第五世界 【遊園地の世界】 後
「進歩する技術──移り変わる流行──忘れられていく旧式のものたち──」
「……この遊園地のこともそうですが、ここ数十年は娯楽文化が随分と栄えて……けれどすぐ消えていきますね」
「……どんなに素晴らしいものでも人間というのは飽きてしまうものだからな──……ああ、そこが“歪み”か?」
過剰な娯楽。
十八世紀半ばから十九世紀にかけて起きた産業革命をきっかけにありとあらゆる技術が生み出され、または革新され──それに乗ずるように娯楽文化も革新の一途を辿ってきている。特にここ数十年の変化は歴史的にもめまぐるしいものであるが──逆に言えばそのめまぐるしさに人間は慣れてしまったとも言える。
かつては“面白い”とされたものが少し時が経つだけで“つまらない”という評価に変わってしまう。そしてさらに時が経てばその“つまらない”ものを“昔はよかった”として再評価する──と、見せかけて現在のものを否定し、さらなる進歩を求める。そうして新しいものを求め、懐かしいものも求め、けれどすぐ飽きて次のものを求める。
貪欲に。
強欲に。
「“強欲”──……そうか、今でも毎日のように無料のゲームアプリが出ていますけれど……数十年前であればきっと“面白い”と評価されたそれらを今の人たちは十分ほどで飽きてアンインストールして……」
「遊園地もそうだな。開園当時は栄えただろうが……人間というのは常に新しいものを求める。当時は真新しいアトラクションでも時間が経てば“いつもの”に変化して……やがて飽きられる。集客力のあるブランドを保有していたり、常に新しいイベントやアトラクションを創り出していたりする遊園地でなければせいぜい五年……もっても十年といったところだ……!」
廃遊園地の中をよく見回してみれば水族館らしき建造物や動物園であるらしいエリアも見当たる。それらもおそらくは飽きられ、忘れられた娯楽の象徴なのだろう。
「……でもどうやって浄化するんでしょう?」
「……“過剰な娯楽”、“強欲”──君はどう思うのだ? 符正」
「え? えっと……わたしにはよく分からない感覚です。ゲーム大好きですけれど……昔のゲームはよかったとか、そういう“懐かしみ”を覚えたことがないので……“飽き”というのもよく分からないですね」
「飽きたことがないのか?」
「ないというか……分からないというか……ひぎゃっ!!」
符正の悲鳴に何事だと視線を前に向ければ、いつの間にか目の前に一体の着ぐるみが立っていた。
廃遊園地の正面ゲートの看板にもあった、この遊園地のマスコットであるうさぎを模した着ぐるみだ。──ただ元々は白かったであろう毛皮が経年劣化でくすみ、ところどころ錆が付着している。目元の劣化は凄まじく、まるで血の涙を流しているかのような錆具合だ。
さすがにこれにはサジェースタもビビり、思わず一歩後ずさってしまう。
「ッ! 危ないサジェ様!!」
──ツマンナイ
ひゅん、とサジェースタの眼前を轟音を立てる刃物が通過していく。符正がサジェースタの体を引き下げていなければ──首と胴体が真っ二つになっていたところだ。その事実にサジェースタの全身から血の気が引く。
「なっ……!」
「アクティブになってくれて感謝ですよこのクソうさぎ! そういう分かりやすいのは怖くないんじゃ!」
先程までの怯えようが嘘のように符正がサジェースタの前に立っていきり立つ。それと対面するように立つ、轟音を立てて回転するチェーンソーを手にしたうさぎの着ぐるみ。
──モウアキチャッタ
「知るかっ! 散々ビビらせやがって! 何がそんなにつまらないのか、何にそんなに飽きたのか知らないけど──そんな身勝手さは否定する!」
「おいこら! チェーンソー相手に何言ってる! とりあえず逃げるぞ!」
「むがー!」
散々ビビったことで鬱憤が溜まっていたのか、がるると唸り声を上げて威嚇している符正の首根っこを掴んでサジェースタはうさぎの着ぐるみから逃げることにした。
「“強欲”──人間は順応能力の高い生物だ。慣れ、飽きるのは仕方がない──飽きるなと言ってもそれは個人の感覚だ──どうにもなるまい」
「そういうものですかねぇ」
ばたばたと駆けながら追い掛けてくるうさぎの着ぐるみの不気味さに恐怖を覚えつつ、サジェースタは応戦したがる符正の腕を掴んで抑えながら逃げ道を探す。
「欲しいと思ったものを手に入れても、また新しく欲しいものが出てくる。どんなに欲しかったものでもずっと手元にあればそれが当然あるべき日常のものとなってしまう」
「……そこが分からないんですよねぇ。“欲しい”という気持ちを手に入れたことで忘れて、“手に入れた”という喜びも時間の経過で薄れていくというのが……わたしだけでしょうけれど、これは」
符正は呟くようにそう言って、意味を捉えかねているサジェースタに気にしないでくださいと微笑む。
「いくら飽きても、いくら新しいものが欲しくても……それまでの娯楽を“つまらない”の一言で切り捨てちゃうのはどうかと思うのです」
「そこが慣れの恐ろしいところだな。それを生み出すためにしてきた努力をなかったことにしてしまう」
例えばCG技術にしてもそうである。初めてゲームや映画にCGが導入された時はその真新しさに人々は沸き、その技術を生み出すのにどれだけの苦労があったかを見出して評価する。
けれどCG技術があって当たり前となった現代において──CGを作り上げることに対する苦労を考慮する声はほとんどない。むしろ、“この程度か”と一蹴されてしまうものばかりだ。そこに悪意は一切ないのだから、人間の慣れと深まる欲望というのは恐ろしいものである。
「“元祖”は評価されても“追従者”はボロクソに言われるってやつですね」
「うむ。──ここは何だ?」
着ぐるみのせいか、チェーンソーを持っているせいか、それほど早くないうさぎの着ぐるみからだいぶ距離を取ったふたりはひとまず隠れるために建物の中に入ることにした。ステンドグラスがふんだんに使われている豪華な建造物である。
「ミラーハウスですね」
「またややこしいところに入ってしまったな……出た方がよさそうだ」
そう言ってがちゃ、とドアノブに手を掛けたサジェースタは表情を一変させる。扉が、錆びついて開かないのだ。それに気付いた符正が全力の蹴りを扉に喰らわせたが──痺れるのは符正の足ばかりで扉はびくりともしなかった。
「まずいな」
「ミラーハウスに閉じ込められるとかお約束すぎやしませんかね」
符正は不機嫌そうにそう言い、背後に広がる鏡の迷宮を見つめる。床から壁、天井にまで所狭しと鏡が張り巡らされているそこは見るからに何かが起きそうな雰囲気を醸し出している。
──モットオモシロイノヲツクレ
「!」
がりがりがりがり、と扉の隙間からチェーンソーが差し込まれて火花を散らしながら錆が無理矢理削られていく。いつの間にか追いついてきていたらしい。
「お約束!!」
「とにかく出口まで行くしかあるまい」
「武器! 武器!」
「チェーンソーに対応できる武器などそうあるわけなかろう! 戦おうとするのはやめたまえ!」
サジェースタは怒りながら符正の手を離さぬようがっちりと掴んで鏡の迷宮の中へと逃げ込んでいった。鏡という鏡に自分たちが映し出され、途端に方向感覚が分からなくなるが手を鏡に這わせてどうにか鏡にぶつからぬよう気を付けながら進んでいく。
右から、左から、後ろから、前からサジェースタが。符正が。二人、三人、四人、五人。サジェースタ。符正。符正。サジェースタ。六人。七人。五人に減って。七人に増えて。また減って。増えて。
「くそ、混乱する! ──うおっと! また鏡か! 道が全然分からん……!」
「待ってくださいサジェ様、ここさっきも通りました」
「なに?」
「今度はこっちに行ってみましょう──あだっ!!」
ごちーん、と華麗に鏡に頭突きした符正をサジェースタが慌てて支える。
「おいっ」
「いったぁ……」
思いっきりぶつけちゃった、と額を摩りながら涙目になっている符正は、けれどすぐ凍り付く。
眼前の鏡にうさぎの着ぐるみが映っていた。
「ごはぁ!?」
符正ばかりを見て鏡に気付いていなかったサジェースタは突然符正に蹴っ飛ばされて勢いよく鏡に激突する。同時に、生暖かい血飛沫がサジェースタの全身にかかった。
「────え?」
徹底的なまでに赤く。絶望的なまでに紅く。壊滅的なまでに朱く。猟奇的なまでに緋く。無意味なまでに赫い。
血汐のように赤くて。劫火のように紅くて。鳥居のように朱くて。太陽のように緋くて。熔岩のように赫い。
真っ赤な、血。
それを飛び散らしながら空を舞う、符正の首。
首。
クビ。
符正の、首。
「────」
声にならぬ絶叫。
心が壊れる絶望。
手の届かぬ絶命。
それに、サジェースタが呑まれようとした時だった。
宙を舞っていた符正の首に符正の手が、伸びる。
「え?」
自分の髪を掴んだ符正の手はそのまま首を引き寄せて自分の首に戻した。がふ、と符正の口から血が零れ落ち──符正の目がぎろりと、うさぎの着ぐるみを睨み据える。
「死んだかと思った!!」
「は……はぁあ!? おまっ……おまっ」
符正の首は確かに斬られた。
今も首と胴体は繋がっていなく、符正が自分で支えているだけの状態だ。だが符正は生きている。生きて、喋っている。
「どうやらこの体、そう簡単に死なないみたいですね……! いいこと知った!」
「──ンなわけあるか馬鹿者!!」
がぁん、とうさぎの着ぐるみを真横から蹴っ飛ばしたサジェースタはそのまま符正の元にずんずんと歩み寄って符正の首をむんずと掴み、己の目線と合わせて叫ぶ。
「ふざけるな!! いくら怪我が癒えるとはいえ私のために無茶するなと何度言った!?」
「うあっ、でもサジェ様」
首を離された胴体が慌てたようにサジェースタに縋るが、サジェースタはそれを無視してなおも叫んだ。
「弱い私が悪いのは分かる!! いつだって私はお前に守られてばかりだ!! だが──」
ぎり、とそこでサジェースタは言葉を切って歯軋りをした。背後ではうさぎの着ぐるみが起き上がる気配がする。逃げなければならないが、その前にどうしてもサジェースタは符正に言っておきたかった。
「頼むから──頼むから……! 私を、置いていくな……!」
お前を失ったかと思った、と振り絞るように震える声でそう零したサジェースタに符正は目を丸くする。サジェースタがここまで符正のことを大切に想っていると知らなかったのかもしれない。──その何事にも悠然と構えている無頓着さ故に。
「……ごめんなさい」
「許さん」
「えっ」
「とにかく逃げるぞ。符正(胴体)」
「かっこ胴体って言わないでくださいよ! 首小脇に抱えないで!」
首がないからか、わたわたと手間取っている胴体の腕を掴んでサジェースタは再び鏡の迷宮を駆け出した。
「さっきは左に曲がったので右!」
「よく覚えてるな……!」
「記憶力には自信ありますから──あ、あそこじゃないですか?出口」
「やっとか!」
道さえ分かってしまえば五分足らずで迷宮を抜け出すことができ、ふたりは──ひとりと首と胴体は、再び空の下に出ることができた。
「とにかく離れよう」
「その前に首を戻してくださいよぅ」
「しばらくそのままでいろ」
「えぇ!?」
そんなご無体な、と符正が嘆くのも構わずサジェースタは符正(胴体)を引き攣れて廃遊園地の中を逃げていく。サジェースタたちが通過するたびに無人のアトラクションが動き出したり、音楽が突然流れ出したりといった現象が起きたが──今となっては恐怖の欠片も感じない。
「──本当に、勘弁してくれ」
あんな絶望は、二度とごめんだ。
そんな呟きに符正は改めて自分がどれだけショックを与えたのかを自覚し、申し訳なさそうにサジェースタを見上げる。
「……サジェ様」
「……お前が私を守ろうとするのと同じように、私とてお前を失いたくないし守りたいのだ」
「……ごめんなさい」
「ああするしかなかったというのは分かる──お前が強いのも、分かる」
だがそれでも。
それでも、頼むから私の前からいなくならないでくれ。
私にはお前が必要なんだ。
──その心からの、恐怖と絶望とが滲み出た言葉に符正は目を伏せる。
「……サジェ様、本当にごめんなさい。でも……またこういうことがあったら、やっぱりわたしはサジェ様を守ることを最優先に動いちゃうと思います」
「……だろうな」
この半年間、お前はいつだってそうだったもんな。
そう言って唇を噛み締めるサジェースタに符正はまた、言葉を投げかける。
「でも、私が死んじゃったら多分サジェ様も死んじゃうと思うんですよね。弱いから」
「…………、…………その通りだが、もう少し言い方というものをだなぁ」
「だから」
だから死ぬ時は一緒です。
それまでは死なないって約束します。今回のように、死んでも死にません。
符正のその言葉は、サジェースタにとっては何よりも救いとなったらしい。それまで恐怖と絶望に荒んでいた心がすっと落ち着いていくのを感じてサジェースタは小脇に抱えている符正を見下ろす。
「…………そりゃ、最高の殺し文句だ」
──ああ、だからお前には敵わんのだ。
そう言いながら微笑むサジェースタに符正はきょとんとした顔を返す。首だけでもその顔は可愛くて、サジェースタは思わず声を上げて笑った。
「さて、いい加減この世界を浄化せんとな」
「そうですね……あのクソうさぎ倒せばいいんですかね?」
「……いや。……“強欲”というのは確かに一見醜いが、その強欲さがあるからこそ人間の世界は栄えてきたのだ。否定するものでもあるまい」
「行きすぎればサービス過剰とかになって経営破綻に繋がったりしますけれども」
「うむ。まあ何事もほどほどに、ということだな。──他の世界でもそうだったが、“悪い面”というのは悪目立ちするのだ。真っ白な紙にひとしずくインクを零せばそれが目立つようにな」
「…………」
「人間の飽き性ばかりはどうしようもないし、こういう遊園地の衰退も経営陣の力不足としか言いようがない。時の運もある──全てが全て長続きするほどうまくいくことはない」
過剰な娯楽。強欲。
それらを正そうとすること自体が、強欲とも言える。
「提供される娯楽に慣れ、飽き、飢える人間は確かに強欲だろうな。だが、その娯楽を提供する側の人間もまた──新たな技術に飢えていると言っても差し支えないだろう? 他の会社よりも先に──何よりもよいものを──より儲けられるものを──」
「…………」
「ある意味、需要と供給が釣り合っているとも言えるのだ。いつだってな」
何かが過ぎれば必ずどこかが崩壊し、そうしてバランスが保たれてきている。
行きすぎたサービスの提供の末に労働力が崩壊することで強制的にバランスの是正が行われ。
行きすぎた娯楽の要求に対しては供給者が破綻することで強制的にバランスの是正が行われ。
行きすぎた強欲には批判と糾弾という名の圧力が与えられ強制的にバランスの是正が行われ。
そうして社会は回っている。
「革命や反乱……ストライキにデモ……過労死者や破産……釣り合わぬ強欲さの末にそういった問題が起きて、常に後手ではあるが歴史の積み重ねと共に人間社会は確実に是正されていっている」
“強欲”によって社会が変遷していくのを止めることはできない。
だが、我々は歴史を遺すことができる。
そう言ってサジェースタは廃遊園地の正面ゲート、その真正面に悠然と構えられている遊園地のシンボルを見上げる。うさぎやリス、鳥に猫といった可愛らしい動物たちが流れ星の上に座って笑顔を浮かべている。錆びて色褪せ、ところどころ朽ちて欠けてはいるが──きっと当時は多くの人々に好かれ、愛され、写真を撮られていたのであろうということは分かった。
「衰退していくのは止めようがない。だが思い出は残るし、歴史にも遺せる。そうすることが──彼らへの“敬意”ではないかね?」
「……!」
かつて人々の人気を総取りにしたゲーム。
かつて人々の笑顔を総取りにした遊園地。
かつて人々の心を揺るがしたテレビ番組。
かつて人々の魂を揺るがした最先端技術。
かつて人々に求められていた──キャラクター。
「あっ……」
足を止めていたからか、うさぎの着ぐるみがゆらりゆらりと体を揺らしながらチェーンソーを片手にこちらに向かってきていることに気付いてサジェースタの小脇に抱えられている符正(首)は声を上げる。けれどサジェースタはその場から動かなかった。
「朽ちていくものたちを止めることはできない。時代の流れを止めようがないのと同じように」
かつての栄華を取り戻してやるのは叶わずとも。
かつての栄華に対して敬意を表すことはできる。
そう言ってサジェースタは──うさぎの着ぐるみに対して、頭を下げた。
「この遊園地で多くの子どもたちを笑顔にしてくれてありがとう」
お疲れ様。
その言葉に符正は目を丸くしてうさぎの着ぐるみに視線を向ける。うさぎの着ぐるみは──いつの間にかチェーンソーを地面に落としていて、けれどゆらりゆらりと体を揺らしながらこちらに近付いてきている。
──それからしばらくして、うさぎの着ぐるみが目前までやってきたことに気付いたサジェースタは顔を上げた。
うさぎの着ぐるみは、とても綺麗な──ふわふわとした真っ白な毛皮で、錆ひとつない綺麗な目を輝かせながら笑顔でそこに立っていた。
「あ……」
──アリガトウ
符正の気が抜けたような声と、うさぎの着ぐるみが口にしたとても優しい──穏やかな声。
それと同時に、花吹雪がサジェースタと符正の視界を覆った。桃色の、黄色の、赤色の、紫色の、白色の──たくさんのたくさんの花びら。それが濁流の如くふたりの視界を奪い、体を覆い尽くし、感覚さえも染め尽くす。
浄化は、成された。
◆◇◆
「サジェ様サジェ様! 今度はコーヒーカップ行きましょう!!」
「落ち着け……その前にまずポップコーン食べろ」
浄化され、美しく華やかな遊園地と変わった世界で符正がサジェースタの手をぐいぐいと引っ張りながらきらきらとした笑顔で遊園地の中を足早に歩いている。ふたりの周囲には家族連れや恋人、友人同士で遊びに来ている客が大勢おり、やはり声はしなかったが誰もが笑顔で遊園地を愉しんでいる。
首と胴体は無事くっついたようで、符正はどこからどう見ても五体満足の健全な体をしていた。斬首というとんでもない目に遭っても再生するあたり、この世界でのサジェースタと符正の体は相当特殊なものであるようだ。
「あっ、ホットドッグだ。あれも食べましょう!」
「……さっきから食べてばかりだな。やはり腹が減っているのか?」
「ええ、そりゃもう!」
お腹ぺこぺこです!
と、笑顔で言う符正にサジェースタはかつて傷だらけとなった符正が大食漢となったことを思い出して顎を撫ぜる。
「やはり大きな傷は体に負荷がかかるようだな。死ななかったのは幸いだったが……あれ以上の傷を負えば再生しなくなる可能性もなくはない。……符正、分かっているのか?」
「ハイ。よっぽどのことがなければ無茶はしませんし、さっきも言いましたけれど──死ぬ時は一緒です」
ホットドッグのワゴンからホットドッグを頂戴している符正はにっこりと笑いながらそう言った。その屈託のない笑顔には嘘も誇張もなく、心からそう思っているということが窺えてサジェースタも微笑む。
「──……符正」
「ハイ!」
「ほら、私から離れるな」
「お? ハイ」
サジェースタに抱き寄せられ少しバランスを崩しそうになりつつも符正は抵抗することなくサジェースタに腰を抱かれたままもぐもぐとホットドッグを頬張った。病院の世界を浄化した後あたりからだろうか──サジェースタが時折こうしてスキンシップを取ってくるようになったと符正は考えつつ、まあいいかと嫌ではないことを理由に思考を放棄した。
「そういえばサジェ様って遊園地行ったことあるのですか?」
「遊園地というか、国内に遊泳施設はある。砂漠の国だからな──プールは人気があるのだ。遊園地は昔、アメリカに行った時に娘とお忍びで行ったことがある」
「サラルティア様とは行かれなかったのですか?」
「サラルティアはなあ……生まれつき体が弱くてな。公務以外での外出は極力控えていた」
「そういえば公務に出られているサラルティア様以外の御姿は拝見できていませんね。誰も知らぬサラルティア様の御姿を二十四時間見ることができていたとかサジェ様けしからんです」
「何だそりゃ……あいつはああ見えて相当気が強くてなあ。心に体がついて行かないといつも悔しがっていた」
「ほほう。つまりサジェ様は尻に敷かれていたと……」
「なぜそうなる」
「違うんですか?」
「違わんが」
当たっているじゃないですか、と噴き出すように笑い出した符正にサジェースタは照れ臭そうに鼻を鳴らす。そしてサジェースタはふと、何かを考えたように目を細めながら口を開いた。
「──そう言うお前はどうなのだ? 結婚はしていないようだが──彼氏のひとりやふたり、いるんじゃあないのか?」
「ぶっ飛ばしますよ」
「えっ」
想定外の返事に反応できずにいるサジェースタに符正はむっつりと唇を尖らせる。
「悪かったですね、アラサーなのに恋人いなくて」
「……いや、悪かないが。そうか、いないのか」
「まあいたとしても死んじゃった今となっては関係あるのかって話ですけどねぇ」
「まあ確かに」
心なしか符正の腰を抱くサジェースタの手に力がこもった気がして符正は首を傾げつつも、視界に入ってきた骨付き肉のワゴンに意識を奪われてサジェースタに行こうと強請った。
それから日が暮れるまで遊び倒し、日が暮れてからもイルミネーションで彩られた遊園地を楽しみ通したふたりは遊園地の敷地内にあるホテルの一室を借りて死んだように眠り──そうして、翌日からまた旅を続けるのであった。
【強欲】




