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猫又の育て方  作者: 猫アレのベル
異形達
19/26

18.変化と違い

■前回のあらすじ

・妖怪の空間から帰宅した恭介を待っていたのは幽霊のような少女であった。

 その者は十年以上も滝沢家に住み着き、ずっと見ていたという。

・猫又となったクロと幽霊少女との生活、それはどんなものなのだろうか……?


 妖怪達に供物を捧げたあの日からの日常は、俺が想像していたものよりもずっと平穏であった。


 猫から猫又になったクロであったがその生活リズムは猫の時と然程変わらず、お腹一杯にご飯を食べ、その分を消化するようにいっぱい遊び、この時期の快適なお昼寝ポイントを見つけるために様々な所で寝ていた。

 クロが猫又になった事で食費は増えたがそれ以外に負担になる事は少なく、むしろ猫の時よりも意志疎通が出来るようになったので楽になった部分もあった。


「あ」


「にゃ!」


「い」


「に!」


「う」


「にゅ!」


「え」


「にぇ!」


「お」


「にょ!」


「あいうえお」


「にゃににゅにぇにょ!」


「…………」


「…………」


「ク」


「っにぅ!」


「ロ」


「にゅぉ!」


「クロ」


「にゃー!」


「返事じゃなくて、クロって言ってごらん?」


「ぬにょ!」


 日本語を話せるようになるのは当分先のようだが、こればかりはどうしようも無さそうなので気長にやっていこう。


 また、せっかく人の姿になったのだから他にも出来る事はないかと手始めに料理を手伝わせてもみた。

 ……野菜を千切ってサラダを作るくらいは出来るようだ。

 物覚えが悪いというわけでも無さそうなので、簡単な料理位はその内出来るようになるかもしれない。


 何が得意で何が不得意なのかはやってみないと分からないし、何に興味をもつのかも分からないので色々やらせてみようと思う。

 もしかしたら、芸術のセンスがあったりするかもしれない。


「……ふふ…………ロが……ば……えるのは……つになる……ね?」


 クロの友達であり十年ほど前から我が家に住んでいたという地縛霊の少女はというと、最初に比べ聞き取れる音が増え始めていた。


 見た目にも変化があり、半透明であったその姿はより濃くなり、桃色の着物に一輪のスズランの柄が入っているのを確認出来るほどハッキリ見えるようになった。


 それらの変化の理由は分からないが、変わらずこのまま変化し続けるのであれば幽霊少女の言葉を全て聞き取れるようになるのもそう時間は掛からないだろう。


 そして、そんな幽霊少女のおかげで俺は心が休まぬ日々を送っている。

 起きたら枕元に立って見下ろしているわ、天井に逆さまになって体育座りしているわ、作業中にいきなりテーブルを貫通させて顏だけ出すわ、風呂に入っているといつの間にか湯船に入ってるわ、と本当に色々な悪戯に遭い散々である。


 だが、クロの友達という事は本当らしく、クロと会話したり追いかけっこしたりと俺が作業に没頭している間もクロに遊びを提供していた。

 俺は触れられないがクロは幽霊少女に触れられるらしく、幽霊少女の膝でクロがお昼寝するなど仲睦まじい光景を見る事もあった。


 そんなクロと幽霊少女と過ごすこと九日間、サキに告げられていた期限がやって来た。


「クロ、これに着替えろ」


 その日の夜中、たま、ミケ、小次郎が家にやって来た。

 手には三妖が着ている黒いアオザイのような衣服を持っていた。

 その黒い衣服は“種族服”という物らしく、各妖怪の姿に合わせて作られている衣服だそうだ。


 猫又の種族服の上着は、袖が無く、肩と背中が大きく露出しており、脹脛ふくらはぎ付近まである後ろの丈は二本の尾を避けるように二つに割けている。

 ズボン部分は、スパッツのような伸縮性の内側の生地と、丈夫な生地で出来た馬乗袴の二重構造となっていた。

 後で調べて分かったことだが、スカート形状の袴を行燈袴あんどんはかま、ズボン形状の袴を馬乗袴うまのりはかまと言うらしい。


 今日は各種族長達が集まるので種族服を着ておいた方が良いだろうという事らしい。

 妖怪でも体裁を気にする者がいるのだろうか。


 ちなみに妖狐が着ていた着物も人間が着ている物とは形状が異なり、複数の尾が生えていても着やすいように後ろ襟から尾てい骨部分まで二つに割れているそうだ。

 聞いているだけで妖怪が服を着るのが大変だと分かる。


「なんか……考え深いな」


「にゃー?」


 クロが種族服に着替えたことにより、その姿はより一層黒くなっていた。

 黒く無いのは濃い赤色の瞳と、透き通るように白い肌だけだ。

 真っ黒な髪と服に真っ赤な目と白く輝く肌、その姿が何とも妖しい。


 種族服を着ただけ、たったそれだけ、それだけであったが俺には人間と妖怪という存在の違いを見せつけられているように思えてしまった。

 それが何故だが少しだけ寂しく感じてしまう。


 ああ、これが巣立ってしまう娘を想う親の気持ちか……。


「では、行くかの」


 俺の心情を気遣う素振りも無いたまの言葉を受け、幽霊少女に見送られて家を出る。

 前回同様に先頭をたま、中央に俺とクロ、後尾にミケと小次郎という陣形で妖怪の空間へ足を踏み入れた。


 そして、その一歩でふと違和感を覚える。

 いつも鳥居を潜る際に感じていたのは生暖かいゲル状の何かに身を沈めるような感触。


 それが無い。

 潜った後も纏わりつくような空気は無く、いつも俺を苦しめていた生暖かい熱も感じない。

 その不快感の無さが逆に俺を困惑させた。


「な、なぁ――何をしてるんだ?」


 不快感の無さの理由を聞こうとたまを見た時、たまが何やら鼻をひくつかせている事に気付く。

 後ろにいたミケと小次郎も同様だ。

 唯一クロだけは、三妖を見渡す俺を見てかキョトンとしている。


「たま様、妖気が……」


「うむ……何かおるな」


 たまのその言葉に思わず辺りに視線を飛ばす。

 だがたまが言うその誰かを見つける事は叶わず、以前来た時と何ら変わりない風景である事を確認するだけであった。


「そやつの事は妖狐に任せよう。近くにおらぬ事は確かだが、周囲に警戒せい」


「「はっ」」


 その言葉を最後にたまが歩みを進める。

 また猫又の間がある目の前の山に行くのかと思ったが、今回は別の場所のようだ。

 先ほど潜った鳥居を避け、山とは逆方向の集落の方へと進んでいく。


 集落と言っても家屋が犇めき合っているようなものではなく、家と家の合間には田畑や雑木林などが有り、お隣さんとは数十メートルも離れているような場所だ。


 広い土地を無駄遣いしお互いの家を干渉しないかのように家が建つド田舎な集落ではあるが、だからこそ猫又であるクロと共存出来ているのも事実だ。


 だがそんな集落も妖怪の世界では存在しないようだ。

 よく見ると木の柱や屋根の跡があるので、以前は建物が建っていたようだが腐食具合からそれも相当昔である事が伺える。

 鉄筋やトタンなどの金属部分が一切確認出来ないので、家の様式も古い物だったのだろう。


 そもそも、家を建てるような者がこの妖怪の世界にいたのだろうか。

 以前、シロが帰ると言って山の中に消えた事を考えると、少なくとも猫又がこのような人間の家に住んでいない事は確かだ。


 ……森の中で人間のような家を建てているのであれば話しは別だが……少なくとも、この集落には誰も住んでいる様子は無い。


「…………」


 不快感の無さとそんな疑問と好奇心の混ざった質問をたまに投げかけたいが、それを許してくれるような雰囲気ではない。

 たまの言葉の後、誰もが口を閉ざしピリピリとした空気が流れているのだ。


 前を歩くたまの猫耳はピョコピョコと忙しなく動き、周囲を警戒しているのが分かる。


 その猫耳を見ているとあの時を思い出す。

 空から犬神が襲来してきたあの日。

 あの時は今日のようにたま達が不審に思う予兆みたいなものは無かったが、この肌を刺す空気がどうしてもあの時の場面が脳裏を過る。


 また何か良くない事が起きなければ良いのだが……。


 朽ち果てた集落を横目にたまの後ろを付いて行くと、たまの足がもう一つの山の入口へ進んでいる事に気付く。

 どうやら長の間は、猫又の間がある山とは別の山の中にあるようだ。


 この地域には大きく分けて山が二つある。

 一つは俺の家の裏手にある山、もう一つはその北に隣接している山だ。

 隣接しているので集落を通らなくとも山同士を行き来する事は可能だが、今俺達が行っているように山道を通るよりも一度集落に下りた方が移動が簡単で早い……はず。

 もしかしたら、猫又の能力であれば大差ないかもしれないが、少なくとも人間である俺では今の手段の方が格段に早い。


 そうこうしている内に山の入り口を示す赤い鳥居が見えてきた。

 あの赤い鳥居は何も山の入口だから設置されているのでは無い。

 その鳥居の先の山の中に神社が建てられているため設置されているのだ。


 この地域の神社は全部で二つ。

 俺の家の裏手の山の中と、その山に隣接する山の中に一つずつ。

 妖怪の世界ではまだ行った事はないが、家の裏手の山の神社へは猫又の間がある森の広場への道とは別の道から行くことが可能だ。

 ただ、集落を見る限り妖怪の世界の神社は原形を留めていなそうだ。


 ちなみに二つの神社には当然固有名詞があるはずなのだが、地域の者は神社の位置関係から俺の家の裏手にある神社を“上の神社”、もう一つの神社を“下の神社”と呼んでいる。


 そして俺は勝手に“上野神社”と“下野神社”と漢字を変換させて呼んでいる。


「「「…………」」」


 ……全く理由は分からないが前と後ろから冷たい視線を感じる。

 前を向いているたまからも視線をビシビシ感じる。

 もしかしたら猫又の後頭部には第三の目があるのかもしれない。


 冷やかな視線を浴びながらも、下野神社へ続く山の入口に到着した。

 通常であれば道に沿って入口にある鳥居を潜るのだが、たまはその鳥居を潜らぬようわざわざ避けて入口へ進んでいく。

 どうやらこの鳥居も転移門が設定されているようだ。


 そして、たまはそのまま神社へ続く石畳の階段に足をかけた。

 その行為に思わず溜息が出る。


 下野神社は上野神社と異なる点が一つある。

 それは、山の入口から神社までの間に長い石畳の階段があるという事だ。

 段数を数えた事は無いが、階段を上るのに掛かる時間は優に十分強である。


 やれやれ、どうやらプチ登山をしなければならないようだ。


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