19.長の間 - ①
■前回のあらすじ
・妖狐のサキと約束していた日が来た。
・たまをはじめとする猫又達に連られ、妖怪の種族の長とは何たるかを述べるため長の間を目指す一行。
長の間が何処にあるかも告げられず、恭介とクロは下野神社へと続く石階段を登って行くのであった。
階段を上ること五分強、俺達は石畳の階段を上りきり、人間の世界には無い石造りの鳥居の前に来ていた。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
平坦の道を歩くかのように上るたま達に付いて行くのは難しく、早々に付いて行くのを諦めたのだが、後ろにいたミケがそれを許してくれなかった。
ペースが少しでも遅れると、ミケが俺の背中を押しやり無理矢理ペースを上げるのだ。
最後には常に俺の背中を押し続け、完全に老人の介護状態であった。
通常であれば十分以上かかる階段をそんな感じで五分程度で上ってきたのだ。
息が上がるのも仕方ない。
「人間とはこの程度で根を上げるほどだったかのう?」
「はぁ……俺は、運動が、はぁ……苦手なんだ……」
子供頃は兄弟達と山の中を駆け回っていたので、普通の田舎少年並に体力はあった。
だが、今は一日中家にいて唯一の運動がクロと遊ぶことなのだ、
そんな俺をあまり舐めないでいただきたい。
「さて、恭介、これから長の間に入る」
息を整えつつ、たまの言葉に耳を傾ける。
どうやら休憩という贅沢品は頂けないようだ。
「長の間は長級の者しか入れぬように妖気が満ちておる。人間など入った試しがないからのう、どうなるか分からん。だから、死にそうになったら言うのだぞ」
「え、死――ぅぐっ!?」
抗議の言葉を言う前にたまが俺の腕を掴み、熱い妖気を流してきた。
その妖気は淡く、クロが出した黒い妖気より熱くないがそれでも十分な熱を持っている。
我慢出来なそうで我慢出来る。
そんな長時間続けば低温火傷になりそうな熱が、たまが触れている腕から全身へ伝っていく。
たまの反対の手はミケと小次郎の手を触れており、濃い赤オレンジ色の妖気が纏わり付いていた。
俺を掴んでいる手と妖気の密度は異なるようだが、ミケと小次郎にも同様に妖気を流しているようだ。
長の間は長級しか入れないと言っていたので、ミケと小次郎もこうやってたまから補助して貰わないと入れないのだろう。
「うむ、こんなもんかの。では行くぞ。クロも付いて来るのだぞ」
全身に妖気が巡ったところで俺の返事も待たず、たまが腕を引っ張った。
熱さに身を捩り耐えていた俺がそれに抗えるはずも無く、たまに引っ張られるがままに前方に倒れ――なかった。
見えない何かが目の前にあり、俺の侵入を拒むように反発して来る。
押したら押した分だけ返ってくる、ゴムのような抵抗だ。
たまの手に触れいていたミケと小次郎は長の間に入れたようでその姿は無く、唯一残っているのは俺の腕を掴むたまの右手首だけであった。
その右手首は未だにグイグイと俺の腕を引っ張っている。
これが転移門の初めの光景であったら間違いなく恐怖で泣き叫んでいただろう……。
「にゃー?」
横のクロも変な体勢で止まっている俺を見て首を傾げている。
そして何を思ったのかたまに掴まれている腕とは逆の腕にしがみ付いてきた。
行動の意味を考えたが、クロの事だから俺の手が空いていたから何も考えずにしがみ付いてきたのかもしれない。
その後、何回かたまに引っ張られていたがそれも止まってしまった。
さて、長の間に入れないようだがどうするのだろうか。
「……ん? 何か凄く熱い――っ!?」
最初に感じたのは、チリチリとした炎のような熱だった。
そしてその熱がたまの手から感じているのだと理解した直後、濃い赤オレンジ色の妖気が一瞬にして全身を包み込む。
肌を焼く熱が全身に貼り付く。
その熱は間違いなく身を焦がす灼熱の炎であった。
「うむ」
ただ、その炎からは直ぐに脱する事となる。
熱を感じた直後にたまに引っ張られ、先ほどまでの抵抗が嘘かのようにスルリと長の間に侵入すると、体に貼り付いた妖気が剥がされる。
体から剥がされた妖気は拡散する事なく、満足そうな顔のたまの体へと戻っていった。
どうやら侵入時のみ妖気を纏っていれば良いらしい。
「ぐっ……」
だが、その安心も束の間、次に感じたのは吐き気を催す強い不快感だった。
それは熱いようで寒いようで痒いようで気分が高まるようで冷めるようで、体がどう感じているのか全く理解出来ないほどだった。
「ッ――――」
その不快感に我慢出来ず、胃の中の物をぶちまけてしまった。
吐瀉物がいつの間にか現れた青い炎へ吸い込まれるのが見える。
だがその視界も直ぐに焦点が合わなくなってしまう。
視界だけではない。
意識と感覚が切り離され、感覚が遠くに行ってしまう。
クロが初めて来た際になった恐怖と緊張で気絶しそうになる感覚に似ている。
だが今回はクロ来襲の時と異なり、意識を保っていられたのはほんの数秒だった。
§
月一回開かれる各長達による集い。
この集いは安定した生活を送るための情報の共有の場となっておる。
議題として挙がるのは、周辺の情勢や食糧に関する事が大半じゃが稀に今回のように例外が発生する。
今回は猫又に長級の者が現れその飼い主との接触があった事から、この長の間に呼んで長級を任せて良いかわしらの目で判断するという事じゃった。
生前に飼い主がおった者は飼い主の元に帰ろうとする行動に出るが、それを行う前に大体は止められる。
だが、今回は長級という事もあり気付かぬ間に帰ってしまったようじゃ。
素早く行動出来るとはいえ、それほど力を持たぬ猫又に監視網を突破されるとは……監視役を務める者の質を上げるべきじゃろう。
「たまの奴、おっせーなー」
暇そうに体を揺らすシンが言う通り、他の種族長は既に集まっており、残りは肝心の猫又だけとなっておった。
大方この長の間に人間を連れて来るのに難儀しとるのじゃろう。
人間をこちらの世界へ招く時点で例外じゃと言うのに、長の間とはのう……。
「よっと、あーやっぱりダメか」
噂をすれば、転移門からたまが姿を現した。
傍らに雌と雄の猫又もおる。
名は小次郎と……ミケじゃったか。
普段は連れて来ぬが、念の為の人間の護衛じゃろう。
そのたまが転移門の向こう側へ手を突っ込んだまま何かを引っ張るようにしておる。
どうやら人間を長の間に入れようとしてるようじゃが、上手くいかぬようじゃ。
「たま、手伝う?」
「んー、これでダメだったら頼む」
サキの助力を断り、たまが腕に妖気を溜める。
そして直ぐに放出し転移門から人間を引っこ抜きおった。
引っこ抜かれた人間はヒョロヒョロとしており、触れれば直ぐ折れる小枝のように細い奴じゃった。
モジャモジャとした髪が片目にかかっており、何とも邪魔そうじゃ。
そしてその人間は何かを言う前に嘔吐し、そのまま気を失いおった。
人間とは何とも軟弱な……。
「にゃっ!? にゃぁにゃ! にゃぁにゃ!」
人間と一緒に入ってきた黒髪の猫又が何やら騒いどる。
どうやらあやつが新たな長級の猫又のようじゃ、が……妖気の制御が出来ておらぬのか、妖気がダダ漏れではないか。
む?
それにしても漏らしておる妖気の量が尋常では無いのう……なるほど、確かに監視網を突破するだけの力はあるようじゃ。
「あーあ、セン頼める?」
「……ん」
サキの言葉にセンが腰を上げ、人間の方へ歩み寄る。
そのセンに黒髪の猫又が威嚇をしておる。
やれやれ、本当にまだ生まれたばかりの猫又のようじゃ。
「サキ、あやつの意識が戻ってもまたこの妖気に耐えられず気絶するのでないかのう?」
「それもそうね。起こす前に妖気を浴びさせときましょうか。そうすれば少しは慣れるでしょう。それに気づくなんて流石モモね」
「う、うむ……」
モモと呼ぶでない。
さて、今宵の集いはどうも時間が掛かりそうじゃ。
余り余計な事は言わず、静観を選んだ方が賢明かもしれんのう。
「なぁなぁ鬼熊」
静かに見守ろうと考えた矢先、シンが話しかけて来おった。
「気になってたんだけどよ、どうしてあいつを呼びつける必要があったんだ? もうあの猫と一緒に暮らしてんだろ? 別にそのまんまで良いんじゃねぇのか?」
「もう、シンってば本当に馬鹿ねぇ」
シンの言葉にわしが答える前に嬉しそうな声で悪態を吐いた者がおった。
「なっ、大蛇には聞いてねぇだろ! 勝手に会話に入って来んなよ!」
「あら、何をそんなに焦ってるのかしらねぇ?」
「焦ってねぇよ! 怒ってんだよ!」
「シュルル、あんまり怒ると身体に悪いらしいわよ?」
大蛇のすみれがまたシンをからかっておる。
からかうのは別に良いが、捕食者の眼を向けるのはどうかと思うがのう。
「あーもう、うるせぇなぁ。鬼熊、大蛇の事は放っておいて教えてくれよー」
すみれの曲線を描くからかいに付き合いきれなくなったのか、シンがこちらに戻って来おった。
む、すみれの奴、満足した顏をしおって……。
「シンよ、全てを聞くのでは無く、少しは自分で考えてみてはどうじゃ?」
「考えたけどわかんねーんだもん」
「う、うむ……では、人間と暮らし事によりあの猫又とわしらが利する事はなんじゃと思う?」
「わっかね!」
こ、こやつ、浅慮とすら言えぬぞ……。
どうやら、今回も静観とは言っておれぬようじゃ。
腕っぷしがものを言う世界と言うても、あまりにも軽躁な者も考え物じゃのう……。
■用語紹介
【長級】
・妖怪間で妖量の差・力の差を明確にするために用いられる。妖気が特段多い妖怪を呼ぶ。
・小次郎、ミケを"長候補"と称していたが、これは種族の長の候補という意味であるため、長級には及ばないが通常よりも妖量がある、という意味ではない。
【長の間】
・サキが統べる妖怪達が呼称する長級の妖怪しか入ることの出来ない空間。
・空間内には様々な種族の妖気が満ちている。
・長の間に入るための転移門に何か特別な施しをしているのではなく、単に妖気の密度による侵入の制限である。
・侵入の条件は"長級の妖量を宿す者"であるが、今回の恭介達のように長級に妖気を纏わせて貰えれば長級以外でも侵入は可能。




