16.我が子達
■前回のあらすじ
・妖怪であるクロを人間に知られてはならぬという約束を破った恭介に課せられた罰は供物の献上であった。
そんなことで良ければとせっせと準備する恭介であったが、涙を呑むこととなる。
大量の料理を作るのは大変であった。
お目付け役のシロに量が少ないだの、肉が大量に無いとダメだの、水分が少ない方が良いだとか注文の多い事を言われ、少し遠くにある二十四時間経営の店まで車を走らせ食糧をかき集めた。
猫とか狐の時は生で食べていたのだから冷凍庫にある生肉を解凍するだけでも良いのでは、と思っているところにシロから“クロにも生肉食わせてるのかにゃ?”と脅しのような声で言われたので精一杯料理させていただいた。
たまが記憶を読んで見たであろう鶏の唐揚げの他に、鶏の胸肉のチャーシューやらチーズと大根の生ハム巻きやらと、つまみでよく食べ時間のかからない物を中心に作っていく。
何とかこれだけは死守しようと冷蔵庫の奥へ追いやっていた自家製の干し肉は、当然の如くシロに見つかり献上品と成り果てた。
ついでとばかりに自家製の梅酒も見つかり、それも神酒と化した。
だが、その苦労と涙はそれ以上に見合う情報を得る事となる。
「……え? 一度死んでる?」
「そうにゃ。死にゃにゃいと猫又ににゃれにゃいにゃ」
それはサキとたまとクロが料理を食べている最中、シロに聞いたクロとの関係性の会話の中の事だった。
猫又に限らず、妖怪は死んだ動物の生まれ変わりである。
シロも元は人間に飼われていた猫であり、人間の空間で暮らしていた。
そして、その命が尽きるとこの妖怪の空間で猫又となっていたと言う。
それはクロも同じ事であり、クロは一度死んでしまっている。
クロは猫又となって帰ってきたから良かったものの、もし猫又になれていなかったら俺はあのまま一人でクロがいた痕跡の中で寂しく暮らしていたのだろう。
一度死んでしまっている事を思い、鶏の唐揚げを美味しそうに頬張るクロを見てこの時間もこれからの時間も大切にしようと改めて胸に刻むのであった。
「クロと出会ったのは雪の降る日だったにゃ」
シロが淡々と語るクロとの出会いとシロの最後はこうだった。
雪の降る日、クロがシロの住む家にやって来たのが初めての出会いだった。
クロがその家のドアをあまりにも引っ掻くものだから、シロの主人が開けてやるとクロはシロに跳びかかって来た。
クロは遊び相手を探していたらしく、遊ぼうと誘ってきたが体の弱いシロはそれを断った。
それでもクロはシロの所へ通い詰め、何度も何度も誘ってきた。
体が弱く遊びを断っていたシロであったが、余りにもしつこいので仕方なく少しはクロと遊んでくれたらしい。
そんな関係も数年で終わってしまう。
シロの体は老い、思うように動けなくなってしまった。
だが、主人の膝の上にいることが多くなってしまったシロの所に、クロは変わらず遊びに来た。
遊びに来たと言ってもクロはシロと直接遊ぼうとはしなかった。
シロの死期を悟ってか、クロはシロに身を寄り添い残された短い時間を共有するかのように過ごしたそうだ。
主人の手の温もりとクロの熱いくらいの熱に挟まれ、春の日差しのように暖かく微睡のようなぼんやりとした時間、それがシロの猫としての最後の記憶。
シロは最初こそ淡々と語ってはいたが自分の最後を語り終えた横顔は、少し寂しそうでそれでいて少し嬉しそうに微笑んでいる気がした。
「満足かにゃ?」
「あ、あぁ、話してくれてありがとう。それと、クロと遊んでくれてありがとうな」
シロが猫又となった時期がいつ頃の話なのかは分からないが、最近ではないだろう。
クロもここ二年ほどで元気を失い、外で遊ぶ事などめっきりしなくなった。
それ以前となると、俺達兄弟が学生の時でその期間も長い。
明確な時期は分からないが、昼間は家に誰もいなくなってしまうためクロは外で遊び相手を探していたのだろう。
そして、遊びの誘い方が下手だったクロがようやく喧嘩にならずに見つけた遊び相手がシロだったと。
「シロは猫又になった後、クロのようにその主人の所には行かなかったのか?」
「行ったにゃ。でも、主人はもういにゃかったにゃ。住んでた家もにゃくにゃってたのにゃ」
「そうか……」
「シロはもう猫じゃにゃいにゃ。猫又の住む場所はこの妖怪の世界にゃ。主人にもう会えにゃいのは寂しいけど、それは仕方にゃい事にゃ。こうして自我を持ち、主人に思いを馳せれるのにゃからシロはそれで満足にゃ。クロもいるしにゃぁ」
猫生を終えたシロがまたこうして友猫に会い、家族を思う事が出来る。
それだけで満足。
その考えはよっぽど人間よりも死という事を理解し、受け止めていた。
俺が同じ状況になったらどうであろうか。
そんなに素直に受け止められるだろうか。
……恐らく無理なのであろう。
両親を亡くした時のように泣き、悲観してしまうのだろう。
人はその時間が永遠に続かない事を知っているからこそ永遠を望む。
叶わない夢を見るほどまでに悲痛を拒み、拒絶するのだ。
そう簡単に受け入れる事など出来ない。
「んにゃー? うにゃぅ~?」
「クロ、くすぐったいにゃ」
「んにゃーお」
隣でバクバクと料理を頬張っていたクロがシロに頬ずりをし、続けて俺にも頬ずりをしてきた。
気分が落ち込んでしまっていた事に気付き、慰めに来たのだろうか。
そうだ、シロの言葉に自分を重ね考えてしまったがそういう部分もクロは読み取ってしまっているのかもしれない。
シロは現状に悲観する事無く、新たに生を得た時点で良い事だと思っているのだ。
俺が必要もない同情で落ち込み、それをクロに心配されるようではダメではないか。
「んにゃぁ~にゃうんにゃー、んみゃーお」
「ふふ、何言ってるかさっぱり分からんぞ」
何か必死に伝えようとクロが鳴いているがさっぱり分からない。
だが、ただただ微笑ましいだけのそのクロを見ているだけで落ち込んだ気分が溶けていくようだ。
「……クロは早く言葉を覚えるべきにゃぁ」
「あぁ、それで思い出した。気になってたんだけど何で妖怪であるシロ達は日本語をしゃべってるんだ?」
「簡単な事にゃ。同族間は元の言葉でも良いけど、他種族間ではそれも通じにゃいにゃ。だから日本語を使うのにゃ」
「なるほど……で、クロはどれくらいでしゃべれるようになるんだ?」
「個体によるからにゃぁ。シロは三年かかったにゃ。クロは人の形をしてるんにゃからやる気があればそこまでかからにゃいと思うにゃ」
「それはちょっとクロではあまり期待出来ないのでは……」
「指導者次第にゃぁ~」
好奇心旺盛なクロではあるが、継続力は無く直ぐに飽きてしまう。
そんなクロに言語を一つ教えるというのは至難の業だろう。
ただ……簡単な単語だけでも覚えてくれればそれだけで意思疎通は出来そうだ。
クロであれば、ご飯、遊ぼう、お昼寝の三つ覚えれば十分な気がしてきた。
「さて、妖怪の事を少し知ったようだけど、教育方針は定まったのかしら?」
たまと共に猫又の間にある大岩に腰掛け、優雅に日本酒を飲むサキがいつもの眼でこちらを見据える。
そのサキは大量の料理にはあまり手を出さず、酒を中心的に食しているようだ。
たまもそこまで食べているわけでもなく、この場で一番食べているのは間違いなくクロであった。
こりゃ確実に料理が余りそうだ。
「いや、益々分からなくなってしまった。じっくり考えてみるよ」
「そう、それじゃあ九日後により良い回答が得られる事に期待するかしらね」
そう言うと、杯に残っていた酒を呷り立ち上がった。
どうやら今宵の宴はお開きのようだ。
シロに言われるがままに大量に料理を用意をしたが、並べられた大半の料理が手付かずであり、明らかに用意し過ぎたようだ。
自家製干し肉の無事を確認し、ホッと胸をなで下ろしたのも束の間、たまとサキが何やら不穏な会話をし始めた。
「たま、どれが良い?」
「ふむ、油が少ないのが良いのう。この干し肉と鳥肉……くらいで良いか。酒はいらん」
「そう、じゃあ他は貰っちゃうわね」
「あ、持って帰られるのですね……」
シロの“水分が少ない方が良い”と言うのはそういう事か……。
「こんな量を食べ切れるわけないでしょ。この量を二妖で食べ切れると思って持ってきたの?」
「クロの食べっぷりから、食べ切るのかと思ってました」
「確かにその子の食欲ならそうかもしれないけど……そこまでの大食いは然う然ういないわよ」
その大食いは夕食に五合もの米を平らげたと言うのに、まだまだ入ると言わんばかりに唐揚げをおかずにガツガツとスプーンで米をかき込んでいた。
彼女の宴はまだ終わっていないらしい。
「恭介、貴方の誠意は猫と狐が美味しく頂いてあげるわ」
「あ、はい、お口に合えば幸いです……」
たまに回収されていく干し肉とサキに回収されていく梅酒を見ながら、お嫁に行く娘を見届ける親の心境とはこうも揺れるものなのか、と全国の父親に失礼な事を思うのであった。
ちなみに本当の我が娘はお気に入りの鶏の唐揚げが入った大皿を死守し、見事に全て平らげるのであった。
妖怪の世界でも人間の世界と同様に太陽が空を赤らめ、雲を黄色に染め上げる。
いつも通りの暑い夏の日が始まる。
そう、いつも通り。
猫又のクロが来てからのいつも通りの日常が始まる。
■登場人物紹介
【猫又のクロ】
・恭介の元愛猫。
・猫の時は食は普通であったが、猫又になって以来大食らいとなった。
・人の姿となったが中身が猫であるため、恭介宅では時折段ボールから両足と二つの尾が生える現象が目撃される。
【猫又のシロ】
・とある老人夫婦に飼われていた体が弱い元白猫。
・猫又になっても体を動かす事は苦手である。
・クロと同様にまだまだ新米の猫又であるが、考えることを得意とするため他の猫又からは一目瞭然置かれている。
・陽だまりでの昼寝が好き。
【シロの飼い主】
・老夫婦。
・クロとシロが出会った際には既に妻は亡く、シロが死ぬと未練が無くなったかのように夫も追うように亡くなる。
・主人公である恭介の家族との面識は無いが、たびたび訪れるクロの事も我が子のように可愛がっていた。
・老夫婦が住んでいた家は取り壊され、夫婦の痕跡はもうほとんど残っていない。




