10.紫色の者達
■前回のあらすじ
・クロと共にありたいのであれば「長に必要なものは何か」を十日後までに考えることを妖狐の長であるサキに命じられる。
・猫又の間から帰り道、前を歩くたまが何かを感じ取り、猫耳をピンと立ち上がらせた。
「チッ! こんなタイミングで来なくても良かろうに! 妖狐、敵襲だっ!」
たまはどこを向くのでも無く、突然そう叫んだ。
敵という言葉を聞き、俺がその姿を慌てながら探していると、あちこちに配置してあった石灯篭の青い炎が次々と燃え上がっていく。
石灯篭が見えなくなるほど大きく燃え上がった青い炎は、一定の大きさまで燃え上がると揺らぎが小さくなる。
大きいが静かに燃える炎へと安定すると、その炎から姿を現したのは妖狐達だった。
炎から出てきたいずれの妖狐もサキと同様に頭に狐の耳を持ち、複数の狐の尾を生やしている。
サキと異なる点と言えば、尾の本数がサキに比べて少なかったり着物をちゃんと着ているという事だろう。
そんな妖狐達は焦りと緊張の表情を浮かべ、こちらに走り寄って来る。
その内の一妖が口を開いた。
「たま様! 転移門を作り、サキ様の場所へ飛ばします!」
「間に合わん! いつも通り転移門を守れ! ここで叩く!」
たまの指示を聞いた妖狐達は、了解の言葉の後直ぐに鳥居の方へと駆けて行く。
その顔には先ほどまであったはずの焦りの表情は消え去り、緊張の色のみが残っていた。
それは、頼れる上司を信頼し行動に迷いを捨てた優秀な部下のように見え、たまと妖狐達の信頼関係が伺えるようであった。
鳥居の方へ駆けていく妖狐達をそんな風に思いながら見ていると、ある音が耳に入ってくる。
どこか遠くからヒューという風を切る音。
その音が落下音だという事に気付き空を見上げようと考えた時、それは想像以上の速度だったようで、俺が見上げるよりも早く全身を震わすほどの轟音を立て落ちてきた。
落下と同時にその落下物が大量の砂埃を舞い上げる。
何が落ちてきたのか砂埃で分からなかったが、轟音と砂埃の規模からとても大きな物だという事は理解出来た。
そして、砂埃を突き破り突っ込んできたそれがたま達が警戒した“敵”だという事も理解した。
「うおっと!」
たまは少しばかり驚いた声を上げながらも、突っ込んできた敵を受け止める。
気を抜いていたわけでも無く、むしろ注意して落下物の正体を確認しようと砂埃を視ていたのにも関わらず、その敵はいつの間にかたまの目の前に存在していた。
あまりにも早い速度で突っ込んできた敵にも驚愕だが、それに反応したたまの方が余程驚愕に値するのだろう。
ただそいつの姿を見た時、更に驚愕する事となった。
突っ込んできたそいつは全身紫色をしていた。
二足歩行をしているが頭以外は細腕ほどの細さしかなく、到底“人”と呼べるような姿をしていない。
また、ただ細いのでは無く足は犬のような獣の形をしており、腕から先の腕は鎌のような形状をしていた。
唯一細くない頭は犬のような獣の形になっており、その顔には感情など持ち合わせておらず無表情だ。
全身が紫色をしていた事とあまりにも異形な姿をしていたため、それはまるで色を塗る前の人形のような無機物に感じてしまう。
そんな紫色の者の腕の鎌を、たまが両手の“爪”で受け止めている。
爪などでは一見鎌の腕を受け止める事は出来ないように見えるが、猫又の爪は人間のような薄っぺらい物ではない。
猫又の爪は、指の半分以上を占めるほどの厚さを持ち、大型の猛獣のように鋭い。
それが十本もあれば鎌の腕も受け止められるのだろう。
ただ、クロの爪を見ていたから厚さと鋭さに関しては知っていたが、その爪が二十センチほども伸びるなんて思いもしなかった。
「攻撃型は僕がやる! 妖狐は転移門の死守、ミケと小次郎は妖狐を支援しつつ攻撃型を押さえろ!」
たまは斬りつけてきた紫色の者の鎌の腕を爪で弾き返し、紫色の者が体勢を崩したところに横蹴りをしながら各自に指示を出していた。
そんなたまに横蹴りされた紫色の者は、その細い胴体を打ち砕かれ、体が真っ二つに分かれる。
そのまま地に崩れるかと思いきや、上半身だけは片腕で器用に立て直し、もう片方の腕でたまに斬りつけようと振り上げた。
だが、その腕をたまは危なげなく再度爪で受け止め、紫色の者の上半身諸共弾き返す。
その弾き返す力は相当強かったらしく、それだけで紫色の者の上半身が数メートル吹き飛んでいく。
そこからは本当に一瞬であった。
紫色の者が吹き飛ぶ様をたまはただ見ているでも無く、追い打ちを仕掛けるべく跳んだ。
紫色の者は吹き飛びながらも体勢を直そうと両腕を地面に突き刺し、吹き飛ぶ勢いを押さえようとしている。
だが体勢を立て直す前にたまによる顔面への蹴りが炸裂したことにより、紫色の者は頭を地に付ける事となった。
そして、紫色の者は何か抵抗する間も無く、声を上げるでも無く、そのままたまに頭を踏み抜かれた。
頭を砕かれた紫色の者が大きく痙攣させる。
だが動いたのはその一回だけで、動かなくなった上半身は近くに落ちていた下半身と共に砂のように崩壊していく。
崩壊はあっという間で、五秒もしない内に紫色の者は亡骸も残さず空気に溶けるように消滅していった。
圧倒的であった。
かすり傷負うこと無く、危なげな場面も無くたまは圧倒的な力を見せつけた。
その攻防を間近で見た俺は身を震わせる。
戦闘による高揚からではない。
あの紫色の者は体を真っ二つにされても体液の一つ流さなかった。
もしかしたら、生物ではないのかもしれない。
それでも、たまの無慈も容赦も無い攻撃に恐怖を抱くには十分だった。
決してたまを怒らせてはならない。
そんなことを頭で考えるまでもなく心に誓う。
だがそれと同時にたまという心強い味方がクロにいる事を嬉しくも思っていた。
「クロ」
そのたまがクロの名を呼ぶ。
急に呼ばれたクロと呼ばれてもいない俺は共に体を跳ねらせる。
「クロはそこで大切な者を守るのだぞ」
たまは振り向かずにそれだけ言うと、クロの返答を待たず新たな紫色の者の元へと駆けていった。
たまが駆けていった方を目で追うと、後ろにいたはずのミケ、小次郎と妖狐達が先ほどの紫色の者と同様な姿をした者達と戦闘を始めていた。
紫色の者達をよく見ると二種類の姿をしている事に気付く。
一つは先ほどたまに斬りかかってきた細い者、もう一つは犬のような頭と足という点では変わりないが、胴体や手足は人間と同等の太さを持ち、腕は指の代わりに鋭い爪をしていた。
その二種類の者達は姿だけではなく、戦闘力にも違いがあるようだ。
細い者は目で追うのが難しいほどに素早く戦地を駆けている。
もう一種類の方は人間と変わらない程度の速度でしか動けていない。
だが数は多く、細い者の五倍以上はいた。
たま、ミケ、小次郎が細い方と対峙しているのを見る限り、たまが先ほど言っていた“攻撃型”というのは細い方の事なのだろう。
細い方が攻撃型となると、人間の骨格に近く特に何の特徴も無さそうな方は差し詰め“汎用型”と言ったところだろうか。
そんな汎用型に対して、妖狐達は鳥居の周りを陣取り青い炎を放っていた。
妖狐達の青い炎をその身に受けた汎用型は、もがく事もなくただ焼かれ、炎と共に消滅していく。
紫色のどの個体も痛みというものを感じているようには見えず、妖狐から攻撃を受けても妖狐に攻撃する事を最優先に動いているようにも見えた。
個々の特徴も無く、感情らしき表情、仕草も無い。本当に人形みたいな者達であった。
「うお……なんだあれ……」
また、轟音を立て落ちて来た物の正体も砂埃が晴れた事によりその全貌を露わにしている。
直径五メートルはあろう巨大な紫の球体。
単なる球体ではなく球体の表面は蠢いており、紫色の者がモゾモゾとそこから生まれ続けている。
生命の誕生らしい神秘的なものは一切なく、腐肉に群がる蛆のようにただただ気持ちの悪い光景であった。
「他の奴らはまだかっ!?」
「呼びには行ってます!」
「これ以上は厳しいぞ!」
どこからか聞こえるたまの厳しいと言う意味は直ぐに理解出来た。
それはたま達が討伐する紫色の者の数よりも、紫色の球体が生み出す数の方が多いという事だ。
初めは十から二十ほどの数しかいなかった紫色の者達は、瞬く間に倍の四十近い数になっており今も増え続けている。
妖狐達も青い炎から増援されつつあるが、紫色の者達の増加量に比べれば微々たるものだった。
どれだけ増えるのかと思い、次々と紫色の者を生み出している球体を再度見てある事に気付く。
ウゾウゾと紫色の者を生み出している球体であったが、最初よりも少し小さくなっているようだ。
それは恐らく紫色の者も無限に増えるわけでは無いという事を意味しているのだろう。
だがそれと同時に、もし球体の体積が紫色の者を生み出す量であるのならば、直径四メートルほどに縮んだ球体はまだ半分程度しか生み出していないという事も意味していた。
「――クロ!」
更に激化する戦闘の中、たまの声が響く。
その声と同時に見たのは、一体の攻撃型がこちらに突っ込んでくる姿だった。
避けようと考えた頃には既に鎌の腕が目の前に迫っており、脳裏に死が過る。
覚えてるのはここまでだった。
■登場人物紹介
【???】
・空から飛来した紫色の塊から生まれた何か。
・人に似た形の人型と、高速で動き回る細身の攻撃型が作中で登場。
・常に妖気を消費し続けるため短命。
■種族紹介
【猫又】
・妖気を使用することで五感の強化と身体能力の強化が可能。
この身体強化は猫又特有の能力ではなく、多くの種族の妖怪使用できる。
その多くは元の動物の能力を強化するものであり、猫又の場合は牙、爪の強化が顕著である。
強化した際の爪は、指から甲までの骨が爪として妖気で固定される。




