いつまでも一緒に
楽土に存在する、緊急病院の一室。
右腕左脚をギブス固定された鳴継琉星の入院している病室で、ミオが目元をハンカチで拭いながら、写真立てを持って椅子に座っていた。
「うっ、うぅぅ……偉華坂の思惑を阻止させることが出来たのに、まさか、まさか最後の最後でリュアが……あんなことになるなんて……」
「……あぁ、うん、まぁ……うん……」
喪に服していることを表現しているのか……額縁には『紫姫リュア』と文字が書かれているが、色々な意味で間違っている弔い方に呆れずにはいられない。
「ぐすっ……でも、きっと彼女も最後は悔いなく散っていったんじゃないかな?お兄様がこんなに怪我だらけになってまで助けに行ったことを、心から感謝している筈だよ」
「…………」
思わずミオから目を逸らして、逃げるように反対側の窓から外の景色を眺めた。
あぁ、今日も平和な街並みが広がっている。
「でも、やっぱりちょっと寂しいね。色々あったけど彼女は……うん、良い人だったよ」
あの後、リュアは突然意識不明になってしまい、総督会の手でこの緊急病院に運び込まれた。どうやら身体に異常が出る程にルダを過剰使用し、出血性ショックを起こしてしまったらしい。生死の境を彷徨っており、回復の見込みは立っていない。
そう聞いたのが、昨夜のことだった。
そんな現状を噛み締めつつも、とても爽やかな笑顔で言うミオ……だったが。
突然その小さな肩に、強気で振り下ろされた手が乗せられた。
「へぇ、葬式気分?」
「みゃッ……!?」
驚きの悲鳴を挙げて、震えながら手の持ち主を振り返る。
そこには、恐ろしいくらいに引き攣った笑顔を浮かべるリュアの姿があった。
「何が、良い人だったよ、ですか?そんなベタなドラマ風に殺されるのは誰も望みませんから。おいたが過ぎるようならば、消し炭にしちゃいますよ?あ、ご主人様、お水買ってきました。どうぞお召し上がりください」
「あぁ、おっす……ありがと、うん……」
ミオを睨みつつも、お使いを遂行することは忘れない、奴隷の鏡だ。
リュアからペットボトルを受け取り、少し複雑な心境のまま頭を下げた。
「不思議ですねぇ、どうもミオからは私に死んで欲しい願望が、滲み出ている様に感じられるんですが?」
リュアは医師も驚愕する回復力を発揮して、無事に復活を果たした。
そんなこともあり、ミオがふざけた遊戯をやっていた訳なのだが、こちらも重傷状態だったので注意する余裕がなく……どうやってリュアに言い訳するかを考えていたのである。
「ま、まっさかぁ!同じ奴隷の身なんだから、そんなこと考えてる訳ないじゃん!まぁ、お兄様と二人っきりの時間が欲しいなぁとか思ったりもするけど……あれ?もしかして、リュアも同じこと考えてたり?」
「んなっ!?ふ、二人っきりだなんてそんな大胆なこと私にはまだ早いですよ!!」
「……大胆って……なんだっけ?」
結局、エリア95の研究施設建設は中止され、また元の空き地に戻った。
偉華坂はリュアの返還請求を自ら撤回し、その日の内に楽土から姿を消した。その際に、久遠を連れていなかったそうだが、破棄された研究施設にも居なくなっていたらしい。戦争物質の消失で、総督会が新たに捜索隊を結成したので、発見されるのも時間の問題だろう。
それより、今回の件で自分達に何かしらの処分が下るのではと心配していたが、何故か真武の判断で不問とされたらしい。
それを伝えに来た燕は、何故か笑いを堪えながら言っていたが、一体どうしたというのだろうか。
どちらにせよ、日本国軍事大臣が起こした事変は、被害を起こすこともなく、静かに幕を閉じた。
しばらくは平穏な日々が続くのかと思っていたが……。
「ねぇお兄様はどう思う!?」
「ご主人様は何でそっぽ向いているのですか!?」
「やっぱりこっちに来たよォォ!!」
今までより二倍騒がしくなった気がする。
ミオとの主従関係も無事に受理され、リュアも二日前から一皮剥けたのか、前よりも口数が増えてきた気がする。
どういう訳か分からないが、リュアが以前に比べてミオに突っかかるようになっていた。
「あぁ~もう静かにしろって!ここは病院だぞ!?お前らは大人しく全楽報の掲示板から情報を集めてきなさい!」
そろそろ鬱陶しくなってきたので、追い払うように入り口を指差す。
すると、真っ先にミオが大袈裟に手を振り上げて、明るい返事を返してきた。
「はぁい!一杯集めてくるね!」
「わ、私も負けません!」
「だから何でイチイチ張り合うんだよ……」
しかし、二人の張り合いは収まる様子はなかった。
ミオが胸を張って、リュアに向かって堂々とこんな言葉を繰り出す。
「ふっふーん、私のお兄様への愛は宇宙よりも広いからね!リュアみたいに耐性がないやつに負ける筈がないんだよね!」
「ま、また恥ずかしげもなくそんなことを……!」
「それじゃ、お兄様!ミオ、情報収集に行ってきまーす!」
そう言って、ミオは敬礼すると、病室から走って出て行った。
残されたリュアは、まったくもう、と少し顔を赤らめてから、こちらに向き直って丁寧に頭を下げる。
「申し訳ありません、ご主人様。休養中に騒がしい真似を……ついつい、熱くなってしまいました。私もミオと共に情報収集に出掛けてきます」
「おう、あんま問題になる行動を起こさないように頼むよ」
「……~~っ」
どうかしたのだろうか。
何故かその場で沈黙して、前で組んだ手をモジモジと動かす。
「えっと……リュア?」
「ご主人様、この度は本当にありがとうございました」
彼女はもう一度深々と頭を下げてそう言った。
「どうしたんだよ、改まって?」
「久遠に連れ去られた時は、正直、ご主人様のお傍に居ることを諦めていました。ですが、ご主人様に救われた今、私の中にもう迷いも、戸惑いもありません。軍事大臣に対抗したことも、全世界に宣戦布告をしたことも……私にとっては最高の人生転機になりました」
リュアは戦争物質を狙う全世界の勢力に対して、毅然と戦う姿勢を示した。
今のところ、反乱に対する影響は感じられないが、これから先は様々な戦争国がリュアを狙ってくるだろう。
そのつばぜり合いに少なからず巻き込まれることになるだろうが、それよりも彼女自身が背負った重圧は果てしなく重い筈だ。
「あいつも言ってたけど、後悔してないのか?」
「はい。だって私……」
リュアは頷きつつ、ベッドに寄ってきた。
そして、布団の脇に手を着き、こちらの耳元に口を近付けてから、こう囁く。
「私、ご主人様のこと────していますから……」
予想に反して衝撃的な発言に、心臓が大きく高鳴る。
「えっ……」
それから数秒間、互いを互いに見つめ合った後、リュアの方からゆっくりと口を近付けてきた。
彼女の柔らかそうな唇が少しずつ近付き、甘い香りが漂ってくる。
しかし。
「…………っ」
寸前のところで、留まる。
口をつぐむと、名残惜しそうに身を引いた。
「……リュ、ア……?」
彼女らしくない大胆な行動に少しだけ驚きリュアを見ると、彼女は少し俯き気味でこちらを見つめていた。
今までの動揺だけの行動とは違い、頬を赤らめて本気で恥じらっている顔だ。
そんなリュアを見ていると、不思議とこちらも気恥ずかしくなってきてしまう。
すると、リュアは優しげに微笑んでこう言った。
「ご主人様、あなたの言うとおりでした」
「な、なに?」
「私、笑うことを覚えられて────本当に幸せです」
「……!」
二ヶ月前、彼女がまだ自分のことすら分かっていなかった時、無意識に出していた笑顔が、いつしか彼女の自慢へと変わっていた。
思った通り、いい顔で笑ってくれる。
その笑顔を見るだけで、命を懸けて良かったと思う程だ。
「それでは、ご主人様……いってきます!」
リュアはもう一度頭を下げてから、病室から早足で退室していった。
一人病室に残ってしまい、気まずい気分になって頬を掻く。
「あそこまで面と向かって言われると逆にな……」
「全くだね。君たち、思春期謳歌し過ぎじゃないかい?でも接吻は欲しかった?そりゃそっかぁ、君も年頃の男の子だもんねぇ」
「うるせぇな、放っておけって……って主人!?いつからそこに!?」
気配すら感じられなかった。
気付けば窓とベッドの境目で、レジダプアが林檎の皮をナイフで剥きながら、いやらしい笑みを浮かべていた。
「『あ、ご主人様、お水買ってきました。どうぞお召し上がり下さい』辺りからかなぁ。林檎剥けたけど食べる?」
「居たんなら止めてよ!?つーかマジで気が付かなかったんだけど本当に気配消していたりするわけ!?何っすかそのステルス能力は!?林檎は一口サイズでお願いしますッ!」
「影で気配を悟られずに動くって忍者みたいでカッコいいよね。あーんさせてあげようか?」
「あんたには外見的にも言動的にも無縁の存在でしょうが……あ、林檎は自分で食べるぞ?」
「ありゃ、どっちも残念な答えだ」
そう言いながら、林檎の乗せた皿を膝の上に置いてくれた。
皮を兎の形に切った林檎を口にすると、噛み応えと甘味と酸味がマッチして、何とも言えない美味しさが口全体に広がってくる。
林檎を堪能するこちらを見ながら、レジダプアは呆れ顔で首を振った。
「お疲れ様……というかよくそんな身体で生きていたものだよ。右腕は筋断裂、左手は複雑骨折、左脚は骨折と大量内出血、オマケに胃が損傷……うっわ、ホント何で生きているの?これを機に、異名を隻腕隻脚隻眼の怪我人間と改名したらどうだい?」
「そんな名前からズタボロっぷりが連想されるあだ名は絶対に嫌なんですけど!?」
実際、患者服の下の身体は包帯でぐるぐる巻きにされている。まるでミイラの様な見た目になっており、二カ月前と比べて格段に酷い有様だった。
だが、それはどうでも良い。
レジダプアには、今の内にハッキリさせないといけないことがある。
「そんなことよりさ……あんたには三つ、どうしても聞かなきゃならねぇことがあるんだけど」
「ん?」
「まずはこの右眼な?これを埋め込んだ、もしくは埋め込むように仕向けたのは……あんたじゃないのか?」
二カ月前に緊急病院で治療をしてもらった後、彼女はこう言っていた。
『その右目、大事にしなよ?』、と。
あれは、負傷した右目を気遣う言葉ではなかったのではないだろうか。例えば、改造した右目の存在を、あえて匂わさせる言葉だったとも考えられる。
すると、レジダプアは、隠そうともせずに堂々と言い放った。
「ご名答だね、それで?」
「何の為?」
「役に立ったならそれで良いじゃん」
話してくれない雰囲気を、直感した。
これ以上の追求は無意味と考え、次の疑問へと切り替える。
「……それじゃあ第二に、偉華坂の元へ俺たちを導いて、結果的に今回の事態の責任を俺達なすりつけようとしただろ?一体、どういうつもり?」
今回の件は、実質レジダプアの後押しがあったからこそ、偉華坂に挑む覚悟を決めることが出来た。
逆に言えば、彼女の後押しがなかったら動くことはなかったかも知れない。
それに、あんな事態を起こした後に、総督会が想像以上に大人しいのも気になる。
だからこそ、引っかかってしまった。
あの激励は、何か意図があった行動だったのではないか、と。
「ふぅん?それで?君は私を恨んでいるのかい?」
「いや、まったく。むしろ行く機会を貰ったことに感謝してるくらいだよ」
どんな形であれ、チャンスをもらったことに変わりはない。
恨みなんて抱くわけがないと口にすると、レジダプアは満足げに微笑むだけだった。
「フフッ、なるほどなるほど。ならこれ以上言うことはないね。それで?残りの一つはなにかな?」
読めない。
相変わらず、何を考えているのか理解不明である。
そんな疑問の全てを、今こそぶつける時だ。
「あんたは一体────何を企んでいるんだ?」
「企んでいる……ね」
出会いから始まり、二年間に渡り見てきた彼女の行動は謎に染まっていた。
今まではあえて気にしないようにして行動を共にしてきたが、今回の件で鮮明な疑問へと変わっていたのだ。
だが、それでも……。
「君は、一生知らなくていいことだよ」
彼女が答えを口にすることはなかった。
「結局のところ、何も話してくれねぇのかよ……」
レジダプアの言葉を聞いた瞬間、追求を諦めて肩を落とす。
こちらの反応を見たレジダプアは、ナイフを上に放り投げながら再び微笑んだ。
「君は今回の件も、今までの動向も、全て私に誘導されていると思っているようだけど、それは違う。大いなる誤りだね」
「ちょっ、ナイフが怖いって!」
「おっと……」
レジダプアはナイフをテーブルの上におくと、こちらを真っ直ぐに指差してきた。
「私は君に選択肢を与えたに過ぎない。それを君が、君自身の手で選び、ことごとく成功してきただけのこと。つまり、今君が現在進行形で進んでいる道は、紛れもなく君自身が作り上げたものさ」
「俺が、作り上げた道……」
「そうだよ。だから、その真意を私に尋ねるのは、見当違いも甚だしいって訳。理解したかい?」
「……はぁ、良いように言いくるめられてる気がする……」
結局のところ、彼女が相手では口喧嘩には勝てない。
自分とレジダプアの間には埋められない溝がある。それは生涯掛けても永遠に越えられず、彼女は常に高いところからこちらを見下ろし続けるのだろう。
それこそ、鳴継琉星とレジダプアの関係性を決定付けた運命なのかもしれない。
「おやおや、でも君とその周りが作り出した関係性は本当に奇怪で面白いよ?知ってるかい?この世界の人間達は皆典型的な信条を持って生きている。ここ楽土は主従主義、外の世界は封建主義と民主主義……聞いたことはあるでしょ?」
「……あまり気にしたことないけど、まぁ確かに聞き覚えはあるよ。それがどうした?」
レジダプアは顎に手を当てながら、考えるようにしてこう言った。
「君達の関係はそのどれにも当てはまらない。だけど、敢えて言葉にするならば、そう、君たちは────『眷縁主義者』」
「カイン……?」
「眷属の縁と書き、それぞれがそれぞれの為に戦うことを信条とする、この時代ではなんとも不合理な主義と言える。今日この日、君たちはその先駆者となったのさ」
「不合理な主義ってあんた……ここまで来てそんな否定する?」
ため息交じりに肩を落とし、彼女を横目で睨む。
するとレジダプアは、その視線を受け止めつつ、分かったような口振りでウインクをしてきた。
「でも、君は貫くんだろう?」
「そういう思わせ振りな言い方は辞めなさいよ!でも、まぁ……」
ふと窓の外を見ると、何やら言い争いをしながら道を歩く、リュアとミオの姿が目に入った。
自分の信念に賛同し、付いてきてくれる仲間が居る。
どんな現実にも打ち負けず、背中を押してくれる支えが居る。
鳴継琉星の心に生まれたのは、彼女達の存在が培わせてくれた新たな希望と期待だ。
彼女達の姿を見て、笑みが滲み出ると、不意に湧き出てくる想いをそのまま言葉にした。
「……あいつらとなら、悪くない」
そう言って、平和の甘味に満ちた林檎を口にするのだった。




