全ての敵へ──『宣戦布告です!』
研究室のど真ん中に、爆風による焦げ跡が円形に広がっている。
だが、その中心の一部分だけが真っ白に染まり、爆風の影響を一切受けていないことを物語っていた。
「……遅いお目覚め、だな」
「ごめんなさい。呑気に温かい夢を見ていて、気づくのが遅れてしまったようです」
白い空間の中には二人の人物が座っていた。
仰向けでグッタリとしたまま右目を押さえる琉星と、正座で座って彼の頭を膝枕で支え、包容力のある笑みを浮かべるリュアだ。
不思議と卓越した様子を見せるリュアの紫の長髪は、神々しく輝きながら、そよ風で揺らぐように浮かび、まるで別人の風格を漂わせていた。
「ようやく、出来たんだな……ルダの制御。コツでも、掴めたのか?」
「そうですね……コツかどうかは分かりませんが、気付いたんです。私の、私自身が抱いていた、本物の気持ちに。それがきっと制御の鍵になったのではないかって……そう、思います」
あの身体で爆風に呑み込まれては、確実に命を落とすところだった。
しかし、呑まれる寸前でようやくリュアの意識が回復し、自身のルダの暴発を寸前で制御したのだ。
だから、生き残ることが出来た。
まさに、奇跡の一瞬だったと言えるだろう。
「ご主人様は言ってくれましたね、主人は、いつでも奴隷と共にあると……」
「あ?なんだよ、そんな気恥ずかしい台詞を今更……」
そこで、リュアは自身の胸に手を当てて、小さく微笑みかけた。
「ならば、私も同じですね。私は(奴隷)は、いつでもあなた(主人)と共にあります」
そこには根拠も、論理もないけれど、リュアの感じたという確信が確かにあった。
リュアの迷いや曇りもない表情を見て、満足気に笑うとただ一言、そうか、と呟いておく。
「……いな……」
そんな二人の様子を遠目で眺める一人の人物が居た。
彼は絶叫した。
まるで、今起こった全ての現象を否定するかの様に。
「アアァァァァァァァァァァッ!!理解出来ねェェェェェェェェッ!!」
「……!?」
琉星とリュアが反応して視線を向けた先には、こんな状況でも不気味な笑みを浮かべる偉華坂が、荒い呼吸を吐きながら、身体を震わせて立ち尽くしていた。
「友情だぁ?絆だぁ?そんな生暖かくて反吐が出るお友達理論が、ルダの呪縛を打ち破ったというのかッ!?あり得ない……そんな気持ち悪い現実があってたまるかクソがァァァァァァッ!!」
「あの、野郎……いい加減に……」
また無理に口を開こうとする琉星の言葉を遮るように、リュアが鋭い声を発した。
「────五月蝿い黙って下さい、軍事大臣」
「……!リュア……?」
「き、さまァ……ッ!!それがご主人様に対する態度か!?あぁ!?」
過去、権力者に抗わず、戸惑いばかりを見せていたリュアからは考えられない言動だ。
こちらに、待っていて下さい、と言葉を掛けてから床に下ろしと、真っ直ぐに偉華坂と向き合った。
「軍事大臣、あなたも本当は、そのお友達理論を信じていたんではないんですか?」
「……な、に?」
「今の『あり得ない』という言葉は、『あるわけがない』と自分自身を否定している様にも感じられました。それはきっと、過去に信じていた信念が、世界という巨大な思想に押し潰され、否定されてしまったから。だから、変えざるを得なかった。世界で生きていく為にはそうするしか方法はなかったから……違いますか?」
輝く髪を揺らし、一心に偉華坂へ問い掛けるリュア。
彼は腕を振りながら、取り繕う様子すら見せない。
だが、その表情には明らかな戸惑いが感じられる。
「黙れ!!なんだ、神にでもなったつもりか!?そんな甘ったるい考えではこの世界では生きていけないのは、儂が一番よく分かっている!!」
「分かっている、ですか。ならば尚更、あなは何故抗う意思を示すことすらしないのですか?あなたは恐らく、誰よりも他人を思いやる思想の持ち主だったんでしょう?その思想を押し留めることでしか自分を表現できない……誰よりも可哀想で、哀れな存在です」
「黙れェッ!!おい久遠!!さっさと起きろ!!」
偉華坂の怒号に、離れた場所から同意の声が不気味に響き渡った。
土煙の中、ダメージの蓄積を感じさせない動作で直立している。
「了解です、マスター────《核兵器=複製》」
直後。
研究室が大きく揺れ、爆風により飛ばされた瓦礫が声のする方へと飛んでいく。
それが久遠の身体に次々と装着されていき、溶けるように同化。
「なんだ、こ、れ……」
気付けばそれは、全長五メートルの二足歩行で進む鉄巨人へと姿を変えていた。
踏み出す足跡が巨大なクレーターを生み出す様は、まさに歩く要塞。
久遠の一声だけで生み出されたその兵器一つで、どれだけの破壊を繰り返すことが出来るだろう。
見たものを畏怖させ、全てを破壊し尽くす災厄が、眼前に降臨した。
「これが……彼女の力……」
「お前の存在はこの化け物と同等の災厄そのものだ!それが一丁前に、他人を思いやるなどと綺麗事を口にするんじゃねぇッ!!」
偉華坂の強い批判と、核兵器以上の化け物を前にするリュアは……冷静そのものだった。
不思議とスッキリした表情で偉華坂を見つめながら、両手を動かし始める。
「その言葉を聞いて、安心しました。他人を思いやることが綺麗事だと、あなた自身も思っていることが分かりましたから」
「……は、ァ?」
「そう、それはあなた方人間が口にすべき言葉であり、本物の災厄である私には相応しくない言葉。しかし、それでも敢えて私はこう返します……馬鹿にしないで下さい。破壊してはならぬもの……誰よりも大切にすべきモノは……私の心の中にだってあるんですからッ!!」
リュアが左手を水平に振るう。
すると、灼線の放出される音と共に鉄巨人の両足を、付け根から切り落とした。
何も脈絡もなく発せられた極大攻撃により、リュア以外の人物達は一斉に動揺を顔に浮かべた。
「なん……っ!?」
「……ッ!!《銃=複製》」
大きく上体を傾けた久遠が左腕で身体を支え、銃へと変形した右腕を突き出す。
同時に、銃口から極大のエネルギー光線を発射。
リュアを丸々呑み込む程の巨大なエネルギー光線は、研究室の壁を地面を焼き尽くしながら飛来する。
「未熟……自分という存在意義を持てないあなたは、まだ未熟です────《灼線》」
迫り来る滅亡の一撃を前に、リュアは自身の開いた手を前に突き出す。
極大と極大。
天地を揺るがす、世紀の真っ向勝負。
手先に紫色のオーラを収束させると、ルダを一気に放出させた。
「今のあなたでは、私の力には及ばない……出直してきなさいッッ!!」
それは、一瞬の出来事だった。
凄まじい爆発音と共に、五メートルの巨体が研究室の天井ごと消失……いや焼失した。
地下の建物、地盤を一瞬で消し去る程の、巨大で強大な威力を秘めた灼線が、全てを呑み込んだのだ。
「す、げぇ……っ」
拮抗するかと思われた戦争物質同士の戦いは、覚醒を果たしたリュアの力により、一瞬で勝敗を決してしまった。
これが、戦争物質。
これが、紫姫の真なる力だ。
「……ねえ、さん……」
久遠の生身は、辛うじて形を保っていた。
彼女は研究室の壁に叩きつけられ、そのまま目を閉ざす。
そのあまりにも哀れな結果に唖然と立ち尽す偉華坂に、リュアは迷いがない言葉を投げかけた。
「私は、私の望む居場所で、私を守ろうとしてくれた人と共に生きていきます」
「……望む、居場所だと……」
リュアは手を払いながら偉華坂に向き直り、自身の胸元に拳を叩きつけた。
「それがあなた方がいう、災厄である私の意思。もし反感を持つ者が居るのならば、殺す気で私に挑みに来て下さい。いつでも相手になります────この人類史上最強の力を持ってして!」
他の道は沢山あったのかもしれないし、これが正しい選択だった保証もない。
それでもきっと、根本には琉星と共に居たいという気持ちがあったのだ。
自分の心がそう確信していた。
だからこそ、決意する。
彼と共に、彼の為に戦うのだと。
それこそが、自身の心に抱く本物の想いだったのだ。
強固な意志と共に口にした決意の言葉に、偉華坂は顔を強張らせて震えていた。
「……ふざ、けるな……覚悟しろ?世界がお前達の考え方を認めることは絶対にないんだぞ……?今回の一件で、全ての存在がお前達の敵として立ち塞がる筈だ……それでも尚、戦う意思を示すというのか……?」
自分の望む道は、自分の手でこじ開けろ。
琉星の言葉に後押しされたリュアは、自身の信念を振るい立たせる為、自分自身の覚悟を言葉にして、拳を彼に突き付けた。
「上等、宣戦布告ですッ!!」
今この瞬間、一つの戦争物質が、初めて抱いた我が儘で全世界を敵に回した。
現在彼女の所有権を持つ、日本国にとっては相当の痛手に違いない。
当然、彼の心境も穏やかのままではいられなかったのだろう。
「ははは……ふヒヒィあはハハハハァッ!有り得ない!こんなものある筈がないッ!おい分かっているのか紫姫ェ……貴様が儂に逆らうということは、貴様の主人も同罪なんだッ!!」
「この……いい加減に……!」
本人は負けを認めている筈だ。
しかし、どこまでも心情を曲げることが出来ず、自分を保っていた芯が崩壊し、感情が崩れてしまった。
こうなってしまっては、最早廃人も同然だ。
「待て、リュア」
「ご、ご主人様……?」
いつの間にか背後に立っていた琉星に肩を掴まれ、驚きつつ振り返る。
彼の足は痙攣して、既に満身創痍のように見えるが、その意志で凝り固まったような瞳には、眩いくらい炎が灯っていた。
「あんな奴の為に、お前の手を痛めるまでもない。主人同士のいざこざは、主人が決着をつける」
そう言って、左足を引きずりながら、一歩一歩偉華坂に近付いていく。
彼の姿が見えていないのか、偉華坂は両腕を振り回しながら意味もなくわめき散らしていた。
「殺してやる……殺してやる……貴様も!その周りの連中もォ!我が日本国の全ての権限を持ってして貴様らを全員抹殺してやるぅぁッ!!」
琉星は偉華坂の目の前で立ち止まり、真っ直ぐに彼を睨みつけると、潰れた筈の右手を握り込めた。
「吼えるだけなら、今すぐにその口を閉ざせ……この勝負、お前の負けだッッ!!」
右拳が唸り、顔面を捉えた。
バジィッ!!
痛々しい音と共に、偉華坂は床に叩きつけられる。
「が……ッぼ……ッ!?なぜ、か、て、ない……だ……わし、は……」
「そんな勝ちたいなら……まずは自分に勝ってからにしろ。他人の言葉で自分を見失っている奴に、この楽土で勝つことは出来ないんだから。そういった意味じゃ……俺はお前よりも恵まれいたのかもしれないけどな」
「じぶ、ん……か……つ……ッ」
そこで、最後の力も使い果たしたのか、眠るように気を失ってしまったのだった。
「……ふ、ぅ」
これで、本当に終わった。
深く息を吐いてから琉星に視線を送ると、彼は辛そうな表情を浮かべながらも、応えるように親指を立ててくれた。
その姿を見て、心の底から安堵すると、彼に向かって一歩踏み出す。
だが、次の瞬間。
「あ、れ……?」
髪の輝きが拡散するようにして消滅。
同時に、瞬間的に足の重みが増す。
視界が大きく揺れ、頭の中では何かが渦巻くような不快な感覚が広がった。
「お、おい?リュア───どう───い!?」
視界の向こう側では、こちらの異変に気付いた琉星が声を挙げている。
何とかして彼の元まで行きたいが、突然襲い掛かってきた不快感に打ち勝つことが出来なかった。
なす術なく限界が到来し、その場で膝を付いてしまう。
「ご、しゅじ、ん……さ……」
その後のことは覚えていない。
視界が一瞬でブラックアウトし、力尽きるように床へ倒れる痛みが身体全体に響き渡った。
それだけで、この意識は無惨な終わりを告げたのだった。




