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逆転楽土の眷縁主義者  作者: 椋之 樹
Act3 抗えぬ現実と抗うべき運命
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18/22

VS 90N号


 燕の申告通り、地下シェルターに入って直ぐの広間には、総督会メンバーの大群が待ち構えていた。

 恐らく偉華坂に雇われた、総督会の下っ端達だろう。

 とても時間を掛けてられない大群を前に、迷うことなく相手を買って出てくれたのはミオだった。

 彼女が集団の真ん中に突っ込み、混乱が生じた所で、琉星がその脇をすり抜けて突破。

 そして、ようやく偉華坂の元に辿り着いたのだ。

 しかし、そこで見たのは衝撃的な光景だった。

 真っ先に目に付いたのは、四肢を固定されてもがき苦しんでいるリュアの姿だ。全身を紫色に変色させ、痛々しい叫びを挙げているのは分かるが、声は聞こえない。

 恐らくガラスに囲まれて声を遮断されているのだろう。

 それでも壮絶な苦痛を受けていることだけは一目で分かった。

「テメェらは人間をなんだと思ってやがるんだ……なぁ、偉華坂ァッ!」

「…………」

 威嚇代わりに大声を張り上げると、琉星の前に無表情な黄緑色の髪の少女が立ち塞がった。

 偉華坂は相変わらずの、腹が立つ口調で歓迎の言葉を述べる。

「これはこれは、そんなボロ雑巾みたいな傷だらけの身体で、本気でここにやって来るとはなぁ……驚きを通り越して逆に呆れてしまいそうだ。流石に元戦隷士とだけあって、生命力はゴキブリ並みか?ハッ!さっさとドブという名の巣床へと帰れ!ゴミ虫が!」

「言いたいことはそれだけか?数ヶ月ぶりとはいえ、テメェの腐れきった暴言は健在みてぇだ。安心したぜ……これで殴り飛ばす理由が無くならずに済む」

 傲慢な態度と、勝ち誇った口調。

 以前に出会った時と、何一つとして変わっていない。

 いや、変わろうとしていない。

 沸々と沸き上がる苛立ちを無理矢理鎮め、拳を力強く握り締める。

「顔は笑ってるが、声は全く笑ってないなぁ?この化け物がそんなに大切か?確かになぁ……戦争兵器、それに女としての身体は一級品だ。なんだ、お前はこの女を使ったことがないのか?ふふ、ふふふ……ッ!」

 ブチィッ!

 頭の中で何かが切れる音が聞こえた。

「おい、テメェ……今から全力で歯を食い縛っとけ。その顔面……一生元に戻せねぇくらいに陥没させてやらァッ!!」

 怒りを全身に込め、地を思いっきり蹴り上げる。

 右腕はピクリとも動かず、左手は負傷中だ。

 だが、痛みに怯んでいる暇はない。

 《不壊》により痛覚を遮断して、左手に出来る限りの力を込めた。

 拳の振り抜く先に立ち塞がってきたのは、久遠とかいう少女だった。

「マスターの邪魔はさせません────《不壊=複製(レプリク)》」

「ぐっ!?」

 全力で振るった痛覚無視の拳を、軽々と拳で相殺された。

 しかも、今まで相手にしてきた人間の中で群を抜いて、重く、硬い。

 その時、複製という言葉の意味を直感的に気付く。

 恐らくこれは……ルダを真似された。

「これ、は……まさかお前が、リュアを連れ去った通り魔……!?」

 驚愕の言葉を無視して、久遠は突き出した拳とは逆の腕を動かす。

「《銃(ガン)=複製(レプリク)》」

 腕がショットガンの様な銃に変貌。

 発射音が響く寸前、琉星は拳を引いて久遠の脇をくぐり抜ける。

「危なッ……!」

「《灼線(インデセンス・バーナー)=複製(レプリク)》」

 避けたと思い、油断したのが運の尽きだった。

 聞き慣れたルダの名を聞いた瞬間、正面に久遠が出現する。

 これは、リュアの、灼線のブースターだ。

 瞬間移動で懐に入ると、続けてブースターの掛かった右足の蹴りを左脚に外側から打ち付けてきた。

「あっ、がッ……!?」

 激痛。

 何かが砕ける鈍い音が響き、左脚が不自然な方向へ折れ曲がった。

「《剛槌(ラバー・ハマー)=複製(レプリク)》」

 突如、腕が肥大化。

 瞬く間に頭を鷲掴みにし、ガラス箱に向かって投げつけた。

 背中がモロに直撃するが、ガラス箱はビクともしない。

「ご……ッ、こ……ッ!!」

 次々と繰り出される、無尽蔵な能力の数々。

 元々満身創痍だった為に、その全てを捌ける技量も、気力も残っていない。ガラス箱に叩きつけられた後は、力なく倒れ、その場に伏してしまう。

「…………」

 久遠は更に追い打ちを掛けようというのか、剛槌の両手で首を掴んできた。

 首を締めたまま上に持ち上げると、嫌でも力がある腕に、更に力を込めてくる。

「かッ……はッ……!!」

 潰されそうとまではいかないが、抵抗する力がない。

 喉が強く締められ呼吸もままならない中、偉華坂が呆れた口調で声を掛けてきた。

「馬鹿なことだ。こうなることは目に見えていただろう。それなのにわざわざこんなところに来てヒーロー気取りか?ふん、笑えるな!ヒーローとは、全世界の秩序に貢献し、全世界の者達の為に戦う儂らのような者達のことを言うのだ!それにな、儂にもやらなきゃならんことがある。だから、これ以上無駄な時間取らせないでくれるか?」

「……テメ……何、を……」

「なに、簡単なことだ。紫姫の力を利用して、現在まで続く戦争時代を終わらせる。その為に楽土までも一緒に利用させてもらうんだよ」

 人間は追い込まれると逆に冷静になれるとも言う。

 命の危機が迫りつつも、この時ばかりは不思議と頭の回転は早かった。

「ま、さか……楽土、から、兵器を、放つ……つもりか……!?」

「ふん、そんな状態でまだ思考が働いてるとはな……そうだ!紫姫の秘めた力は無尽蔵。こいつの血束器だけを剥がした後、久遠に戦争物質のルダを喰わせ、楽土から全世界に向けて一気に解き放つ!元々世界を滅ぼす力を秘めたルダだ。拡散して放ったとしても、甚大な被害を負うことになるだろう。そして、その責任は全て、“楽土から放出された攻撃”に押し付けられる!全ての責任を楽土に押し付け、日本国には疑いの目は向けられないというわけだ。素晴らしい作戦だろう?」

 偉華坂の目的は、二つ。

 一つは、リュアを再び手中に収め、全世界に攻撃を可能とする兵器を改めて生み出すこと。

 二つは、その全ての責任を楽土に押し付けること。

 これらを達成することで、日本国は一切の手傷を負うことなく、全ての敵対国を排除することが出来る……という寸法だ。

 だが、大臣クラスの人物が動くと、全世界からその動向をマークされる。だが恐らく、楽土に入る際に偽名などを使って身分を隠し、内密に行動していたのだろう。

 一度楽土に入ってしまえば、後は安全地帯だ。

 短期間で、楽土から兵器を発射して高跳びすれば、偉華坂が疑われる心配はなくなる。

 奴は初めから、この展開を望んでいたと考えて間違いないだろう。

「さて、ここまで無様にも健闘したお前に最後のチャンスをやろう。これ以上、我らの事情に首を突っ込むのは辞めろ」

「……!」

「どうせ誰かに唆されてここまで来たのだろう?一人だけ大怪我して、罪を被るなんて、そんなの嫌に決まっているだろう?だったら、もう諦めて巣床に帰れ!紫姫もそう望んでいるだろうよ。分かったらさっさと奴隷は元の賞金稼ぎに戻ることだな!」

 その時、一瞬全身の力が抜けたように感じた。

 どこまでも見下したように言う偉華坂の言葉を聞き、遂に確信する。

 そうだ、唆されていたのだ。

 先程も、あのタイミングで、全てレジダプアの言葉によって動かされていたではないか。

「……もう、どうでもいい……」

「ふん、ようやく身の程を思い知ったか。お前の人生は、儂らの領域には一生及ばん。お前らは一生底辺で這いつくばって、ゴミだけを貪り食っていればいいのだよ」

 レジダプアは……楽土を救う為、世界に生きる人々を救う為、都合の良い立場に居る自分を、都合の良い様に使っていた。

 結局のところはそういうことなのだ。

 使われる者は使われる運命でしかない。

 ようやく、この事変における全ての思惑を知った。

 もう────“悩む必要はない”。

「楽土がどうなろうが、テメェらが何を考えていようが、どうでもいい……ッ!!」

「……あ?」

 心の中で、叫んでいた。


 ────どいつもこいつも、何でも思い通りになると思うなよ。


 左手で右目の包帯を引き裂き、十字架の瞳を露わにして、偉華坂を睨んだ。

「例えそこにどんな障害があろうと関係ねぇ……俺は前に進む。俺の道をこじ開けるのは────この俺だッ!!」

 首を絞められた身でありながら、驚くほどに轟く怒号。

 一瞬、動揺を浮かべた久遠は改めて両手に力を込めようとする。

「沈黙していて下さい」

 それよりも前に、眼球が久遠の右腕に狙いを定めた。

「黙ってるのは、お前だ」

 確かミオが言うには、瞳孔が十字架の形をしているらしい。

 ならば────『十抜眼(じゅうばつがん)』と呼ぶとしよう。

 何故こんなものが右目に入っているのかは分からない。

 だが、どうやらこの眼は、見た相手のルダの流れみたいなモノを捉えることが出来る代物のようだ。

 だからこそ、見える。

 自分でも驚くほどに、分かる。

 今この瞬間、久遠の右腕でルダが滞っており、既に限界を迎えていることが。

 応急処置はしたのかもしれないが、関節部分が軋み、ほんの少しの衝撃で簡単に綻んでしまうくらいに脆くなっている。

「こ、こ……だァ……ッ!」

 そのピンポイントに狙いを定めて、左拳を容赦なく振るう。

「グギゥッ!?」

 拳はアッサリと関節部をへし折った。

 久遠は目を見開いて、反射的に首を締める手を離してしまう。まるで、何が起きたか分からないという様子で、へし折れた腕を無表情で見つめていた。

 ようやく解放されたが、へばっている暇はない。

 続けて、残った右足と左手を使いながらガラス箱に寄り掛かる。それからポケットの中からメジャーを取り出すと、十センチ程度伸ばしてからルダで硬化させた。

「ハァ……ハァ……待ってろよ、リュア……」

「おいッ!?何をしている!?今それを破壊するなッ!!そんなことをしてしまったら、この場に居る儂らにまで危険が及ぶのだぞ!?」

 偉華坂が慌てて制止しようとするが、もう遅い。

 先程身体が直撃し、薄らと脆くなっている部分を狙って……メジャーの先を思いっきり叩きつけた。

 すると、空気が抜けるように、亀裂の走った部分から激しい爆風が吹き荒れる。

 更に、傍に居た久遠を吹き飛ばすと、ガラス箱が潰される様に縮小を始めた。

「これ、は……!?」

「だから言っただろうッ!!今の紫姫のルダは暴走状態を経て小爆発を起こそうとしてる!!このままでは、周囲のものを圧力で押し潰した挙句、楽土全土を吹き飛ばすぐらいの超急激膨張を起こすぞッ!!」

 つまり、超小型の超爆発(ビッグバン)を引き起こす。

 周りに居る者達だけでなく、楽土全域に危険が迫っているということだ。

 この場に立っているだけで、既に身体が押し潰されそうな感覚に襲われ、頭がどうにかなってしまいそうだった。

 実際、誰より先に危険を察知した偉華坂は、急いで距離を取ってから様子を見ている。

「は、ァ……ッ!ぐ、く……ッ!!構うかよ……今行かねぇと……もう、次がない……ッ!!」

 つまり、今が最大のチャンスだ。

 四肢を繋がれたリュアまで、残りほんの一メートル。

 身体が不可視の圧力に押し潰されそうな、異常な空間。その中を、潰れた右腕を抱え、折れた左脚を引きずりながら、一歩一歩、着実に前へと進んでいく。

 リュアに近づく程に増していく圧力。

 身体が、骨が、内臓が、全てが圧迫され、遂に大量の血を口から吐き出してしまった。

「ごォェ……ッ!!ゴホッ!ゴホッ!……リュ、ア、いつまで寝てるんだ……支配なんかに負けんな……自分の力にお前自身が負けるな……!言っただろ、どんな危険があったとしても、何度でも挑んでやるって……お前のことを絶対に見捨てないって……ッ!!」

 それでも、前に進む足だけは止まらなかった……何故なら、《不壊》で痛みを固めていたから。

 それに何より、身体が壊れようとも、前に進むだけ精神は保ち続ける……必ず、この手が彼女の元に届くと信じているから。

 そして……遂に辿り着く。

 手を伸ばせばリュアに届く、その位置まで。

「だからお前も諦めるな……そしてまた俺に奉仕をしろよ、リュア……っ!!」

 朦朧としてきた意識の中で、琉星はあまりにも無謀な手段を実行した。

 暴走しているルダを止めるには、リュアの中のルダを一時的にでも停止させるしかない。

 左手を目一杯に伸ばし、リュアの頭を優しく掴む。

 それから、自身に掛けられた不壊を解除し……。

「────さっさと、起きろぉぉぉぉぉぉッッ!!」

 リュアの暴走するルダを硬化させた。

 直後、封じ込めていた痛みが一斉に襲い掛かる。

 全身が悲鳴を挙げ、限界に達してしまった意識が一気に吹き飛び掛ける。

「……受け、取れ……リュア……!!」

 その最中、血の滲む指先をリュアの口の中に差し入れた。

 ミオが扱う禁忌の業、ルダの変換だ。

 暴走によるルダの放出により、リュアの体内には最早、ルダは殆ど残っていないだろう。

 このままルダを停止させては、命に危険が生じるだけだ。

 ガラス箱を破壊した直後から、自身の血をリュアの体内に流し込む決断を下していた。

 リュアが奇跡的にルダの変換に成功することに賭け、文字通り、命を捧げたのである。

「頼む……帰って、こいよォ……ッ!!」

 その時たま。

 琉星の耳に届く。

 待ち焦がれていた、彼女が口にする帰還の声が。

「────ご主人様!!」

 直後、リュアの身体を中心に、凄まじい爆風が一気に広がった。

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