心に差し込む光
「お兄様。飛び出してきたは良いけど、行く宛はあるの?」
外はもう暗く、人が眠りに着く時間。
琉星とミオは南雀エリアから出て、一心に駆け続けていた。
「通り魔……」
「え?」
「リュアは王玖が出ていた電話相手に連れ去られたと見て間違いねぇ。その中で気になったのは、あの男の『予定通り』って言葉。電話相手の奴は王玖の指示で、いつでもリュアを補足出来るよう、楽土内を予め散策していたんじゃないか?」
「ストーカーみたいだね……」
彼女の言いたいことも分かる。
常識的に考えれば、身近であやしい行動を取っていれば、誰かしらがその姿に疑惑を抱くだろう。
しかし、ここは楽土だ。
誰が何をしていようと、不審に思うどころか、気に止める者は一人も居ない。
だからこそ、身近に関する情報が疎かになっていたのかもしれない。
「まぁ、それは置いておいて。どれだけの実力者か知らないけど、相手はリュア……戦争物質だ。あいつを確実に再起不能にさせる為、即座に戦闘態勢に入るよう指示をした結果……大多数の被害者が出てしまった。それが、通り魔として注意されるようになっていたとしたら?」
「通り魔が日本国の関係者で、リュアを連れ去った張本人ってこと?」
そもそも、この楽土で通り魔という存在が現れること自体が変なのだ。
楽土の住人は主人や商人を除けば、総督会の手で即座に居場所まで判明出来る様になっている。それにも関わらず、突然通り魔として、目撃証言を求める知らせが上がっていた。
つまりその通り魔は、総督会で取り締まることが出来ない存在だったと考えれば納得が出来る。
例えば、世界の要人、またはそれが連れてきた護衛者……そのどちらかに限られてくる。
「通り魔が出没するのは、主に西虎エリア。あの未開拓地で、戦争物質なんて危険な存在を拘束することが出来る場所といえば……かなり絞られてくるぞ」
「もしかして、それももう目星は付いてたり?」
「あぁ、偶然だけどな。始めからどうしても疑問だった。何であんな場所に、巨大研究施設建設なんてものを予定しているのかってな……行くぞ、エリア95だ……!」
推測を重ねつつ、大急ぎでエリア95まで駆けつける。
だがそこは、倉庫や家々が点々としているばかりで、目立った建物が見当たらない、ただの広場だった。
辺りを見渡しながら、広場の中心に歩いていく。
すると、何処かで聞き覚えのある声が、暗い闇の中に響き渡った。
「本当に来るとは。正直驚いたぞ、鳴継琉星よ」
「……!?だ、誰!?」
声のする方向。
近くに設置された、倉庫の上だ。
屋根に、一人の少女が立っているのを発見する。
それは黒髪の忍者の様な風貌をした総督会の刺客、燕という人物だった。
「まるで、俺がここに来ることを分かっていた口ぶりだな」
「…………」
左手が痛む。
高みからこちらを見下ろす燕を、左手を押さえながら睨んだ。
あの時の借りを返してやりたいが、今は彼女に構っている時間すら惜しい。
「ワリィけど、話はまた今度にしようぜ?今は何より最優先でやらなきゃならないことがあるんだから」
「そんなボロボロの身体でどこへ行こうと?」
「お前がここに居るってことは、目的地には辿り着いたって訳だ。偉華坂のやつは何処だ?この近くにあるんだろ?俺の奴隷を閉じ込めている場所がよ」
もう何があろうと立ち止まるつもりはない。
そんな心情を察したのか、燕は恐々とした気配を露わにする。
「ナメるなと言ってるんじゃ。あの男に刃向かうこと、それは即ち日本国を敵に回すこと。主人としてほんの少しの権限を持っただけの小僧が抗ったところで、それもたった一人で、一体何が出来る?」
最もらしい発言を燕が発した瞬間、ミオが琉星の前に躍り出る。
「一人?あんたの目は節穴か?」
直後。
ミオの鼻先で、突然火花が飛び散り、足元に鉄串らしき物が突き刺さった。
「……!勘付かれたじゃと……?」
「何を不意打ちでお兄様を串刺しにしようとしているわけ?殺すぞあんた」
ミオが今にも飛び掛かりそうな様子で、強張った顔で燕を睨んでいる。
その間、少しばかり動揺して鉄串を見ていた。
不覚にも全く気付かなかったからだ。
「何故、分かったのじゃ……?」
「観察眼ってやつ?私って昔から人の顔色を伺うことに長けてるの。そうでしか生きられない、弱い奴隷だったからね。だから、ほんの少しの変化さえも見逃さない。例え、“姿を消したところ”で、私の目を誤魔化すのは百年早いよ」
ミオの自信満々の発言に、ようやく先程の火花の正体がハッキリした。あれは姿を消した鉄串を、ミオが弾いたことにより起こったモノだったのだ。
つまり、燕のルダは、物体を不可視化させる力と考えて間違いないだろう。
「……正体を見破ったところでいい気になるなよ小娘。今のはマグレであることを身を持って知るがいい」
「上等じゃん。マグレは運と力を兼ね備えた、疑いようがない実力ってことを証明してあげよーか?」
ミオは刀と鞘を打ち鳴らし、燕は懐から片手一杯の鉄串を取り出し、互いの睨み合いで激しい火花を散らした。
そんな一触即発の燕に対して、一歩前に進み出る。
「何故、俺たちの邪魔をする?」
「それを言うならこっちからも尋ねようか。ヌシは相手が誰か分かった上で戦いに行こうと言うのか?結果、更なる強大な国を敵に回すことを承知の上で?それ以前にそんな暴挙、総督会が許すと思っているのかのぉ?」
ミオが一瞬だけ固唾を呑む動作を見せるが、こちらは一歩も引くつもりはない。
「規律違反だからって?おいおい、それは違うだろ」
「……なに?」
「あの野郎は、リュアの元主人として権利を主張してきた。だったら、現主人の俺が話し合いに行っても問題ない筈だ。確か二ヶ月前にも同じことを言ったっけ?いいか?これはあくまで主人と主人のいざこざだ。俺は、主人としての当然の権利を、あの自己中野郎に主張しに行くに過ぎねぇ」
「相手が、どれだけ巨大な存在であっても?」
「関係ねぇよ。あいつは俺の生活圏を荒らした。力や権力を持っただけのゲス共が勝手につけあがるのを、これ以上見過ごしてたまるか」
「…………」
現実的に考えて偉華坂に逆らうのは、国家最高権力を相手にすること。
そんな無謀な行為をする人物は、楽土の中には居ないだろう。
だが、奴隷の苦悩を味わい、奴隷の為に生きる主人へと成り代わることで、いつの間にか両者の間に立って抵抗することを学んでいたのかもしれない。
こちらの強張った表情を見た燕は、脱力。
溜めていた緊張を解くように息を吐いてから、倉庫の塀に腰掛けて頬杖を着いた。
「なら、勝手にすればいい」
「へ?」
燕との激闘を予測していたのか、ミオは驚いた顔で刀を降ろす。
「儂は元々この件に関して命令は受けてない。それでも、あの大臣は総督会の護衛を多数雇いおったからな。そこまで大怪我を負った上に、何も考えずに突入をしようものなら、力づくでも止めるつもりじゃった」
「初めから?……もしかして俺があの大臣に掴み掛かった時に、あんたが鉄串を投げたのは……遠回しに俺を助けるつもりで?」
あのまま逆上して、観衆の目の前で佐神に殴り掛かっていたら、何らかの責任問題が発生していたかも知れない。
彼女はそれを防ぐ為に、強制的とはいえ、自分の暴挙を止めてくれていたのだ。
「ヌシらの動向は見ていて飽きないものでなぁ。あまり簡単にリタイアされてもつまらないんじゃ。おっと、あまり儂に関しての深い追求はするなよ?必要以上に入り込んできたら、知らぬ間に針ダルマになっているかも分からんからのぉ」
「どんな脅し文句だよそれ……オーケーオッケー。分かったよ、これ以上は検索しない」
すると、燕は足を組んで満足げに笑い、真下の倉庫を指差した。
「ふむ、物分りが良い様で感心じゃ。総督会の護衛共はそちらのロリっ子が居れば何とか出来るじゃろう」
「ちょっと!変なアダ名付けないでくれる!?」
「さぁ、行くがいい。この地下シェルター式研究所の先へ、な」
どうやら、最初の推理は間違っていなかったようだ。
燕の腰掛ける倉庫の中に入る。
その中には、床に設置された、見るからに強固そうな鉄製の巨大な扉が既に開け放たれており、部外者の潜入を歓迎しているようだった。
「倉庫の中に隠れてるとは言っても、流石に無防備過ぎじゃね?」
燕が天地逆さまに顔を覗かせると、得意げに親指を立てる。
「始めはロックが掛かっておった様じゃが、見張り役を締め上げたらあっさりゲロったんでな」
「……何だよそれ。まさか、本当は初めから通す気満々だったってか?」
その問いに燕は一言、どうかな、と言って顔を引っ込めた。
「ここからは儂にとって、色々とタブーなんでのぉ。後は話し合いだろうが、奪還だろうが、好きにやればいい。儂は見て見ぬふりをしながらヌシらの帰還を待っているとしよう」
人間一人の協力なんて、国家を相手にする以上、雀の涙ほどの価値しかないのかも知れない。
だが、この時だけは確かに、あることを感じていた。
「ありがとうな燕、助かった!」
雀の涙ほどの助力により、国家の構える土俵に足を踏み入れることが出来た。
そう、一歩一歩確実に前へと進んでいるのだ。
この先の到達点には、きっと自らの望むものが待ち構えている筈。
ならば、今は前だけを見るのだ。
余分なことは後回しでいい。
「お兄様!行こう!」
「あぁ!」
自身の望みを叶える為、足を動かし続ける。
それこそ、元主人である、レジダプアから学んだことだ。
琉星とミオは互いに頷きあってから、地下シェルターの内部に足を踏み入れた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「はぁ……はぁ……うぐぅッ!あ、あぁぁ……ッ!」
「ふふ、ふふふふっ、良い、実に良いぞ……段々と儂好みの従順な姿に変わってきたなぁ」
もがき苦しむ紫姫と、興奮した様子の偉華坂。
一面が白で色塗られ、広々とした研究室のド真ん中。一辺二メートル程度のガラスで全方位を囲まれた、正方形のガラス箱の中で、リュアは中央の円柱に首と四肢を鎖で拘束されている。
リュアの全身から浮き出る血管は紫色に染まり、激しく脈を打っていた。眼球は紫に染まり、息をする度に、口からは紫色のモヤらしきものを吐き出している。
それが徐々に蓄積し、ガラス箱の中は紫に染まっていた。
「う゛あぁ゛ぁッ!?ぎっ、ぎぎぎぃぃ……ッ!!」
「苦しい?いや、痛いか。それは痛いだろうなぁ?何故なら、剥がしているのだからな、お前の血束器を。一般的の戦隷士なら身につけてるものを外せばそれで済むだろう。だが、戦争物質はそうはいかない。全身が血束器で出来ているのだからなぁッ!ふふふ……っ」
偉華坂が狂気的な笑みを浮かべる度に、リュアの顔に浮かぶ苦痛の色が濃くなっていく。
「い、や……ぐが、ァ、ァ……ッ!や、め……やめ、て……くるし、い……く、るしい、よぉ……ギィ、ャァアァァッ!!」
「ルダを許容以上に暴走させ、全身の皮を、肉を、骨を、剥がされ、分解され、バラバラにする……ひぃふふふッ!なんとおぞましい光景だ!儂は絶対に同じ目に遭いたくないなぁッ!?ひぃっひっひっひっ!!」
ガラス箱の内部には、ある細菌が蔓延している。
ある人物の身体から採取された、ルダを刺激し暴走させる性能を持つ特殊なルダだ。
ルダとは特殊能力そのものであると同時に、人間の生命線でもある。
それを体内で暴走させることは即ち、身体の細胞や組織を破壊し、命を落とすことに繋がる。
この細菌はそれを故意に引き出すことが出来る為、主に拷問や、戦争物質の身体を分解する際に使用されていた。
「あぁあ、笑わないとやってられないなこれは……見るだけで吐き気がする光景だ。全く、化け物はこれだから手間が掛かる。久遠、さっさと終わらせろ。音声遮断と、ルダを最大出力だ」
偉華坂はガラス箱に背を向け、ルダの出力調整を担当していた久遠に声を掛ける。
だが久遠は直ぐに返事を返さず、中でもがき苦しんでいるリュアをジッと見つめていた。
「…………」
「オイ、久遠ん?」
「……!はい、了解、しました……マスター」
偉華坂の出した低い声に反応し、慌てて音声遮断のボタンを押す。
「まさかとは思うが、同じベースで造られた為に、虫唾が走る偽物の姉妹愛ってやつが芽生えたとでも言うのか?日本国最新最高の傑作品とは言え、儂に逆らうつもりなら、お前のメモリーも同じ様に廃棄にするぞ?」
「……廃棄……」
マスターの命令に従い、任務を実行することが久遠の全てだった。今もそれを疑っている訳ではない。
だが、今は頭の中でリュアのある言葉が何度も何度も、蘇っては渦巻いていた。
『恩人を危険に晒すくらいなら、自ら消えた方がまだマシです』
主人に従う立場である同士の筈なのに、何かが違う。
その小さな違和感が、久遠という存在に初めての戸惑いを与えていた。
「いえ、そんなことはありません……」
「じゃ、やれよ」
どんな戸惑いを抱きつつも、それを口にすることは反逆行為に等しい。
だから、久遠は少しだけ俯きつつ、同意を示すと……。
「……はい」
リュアの命にトドメを刺す、出力装置に手を掛けた。
「ぐ……ぅぅ……ッ」
身体の中が気持ち悪い。
まるで虫が身体の中を這いずり回り、内側から肉を喰らい突き出てくる様な、嫌な感覚。
自分の身体が壊れていくことが、ハッキリと感じられた。
この痛々しい感覚を、リュアは忘れたことはなかった。
そう、あの戦争物質計画の時に浴びかせられた感覚と、全く同じだ。
一生忘れられない呪われた記憶。
あの時は、偶々生き延びることが出来たが、今回は確実にこの身体を“奪い去ろう”としている。その先に待ち受けるのは、最早避けようのない死だ。
だが、これで良い。
自分が消えてなくなれば、琉星が危険に怯えることも、裏切り者として非難されることもなくなる。
二ヶ月前に交わした、共に楽土から脱出するという約束を果たせなくなるのは残念だけれども……これが何より彼の為だと思うと、不思議と躊躇いはなくなっていた。
だから、良いのだ。
これがきっと自分の望んでいたことだから。
もう、心配することはない。
…………そう思っていた筈なのに、何故だろう。
(……もう一度……)
なんでこんなにも心が痛むのだろう。
この結末は、本当に望んでいたことなのだろうか。
せめて、最後くらいは、心の底から安心する場所で眠りに付きたかった……いや、違う。
(もう一度だけでいいから……食べたかったなぁ……あの人の作ってくれた……温かいお粥……)
死にたくない。
こんなところで終わりたくない。
まだ、彼と一緒に戦って、誉めて貰って、笑い合って……ずっと、ずっと、その隣で歩んでいきたかった。
生まれて初めて感じていた幸せを、寿命が尽きるその時まで、ずっと噛み締めていたかったのに。
(別れたくない……嫌だ……嫌だ……嫌だよぉ……ご主人様……っ)
今にも消え入りそうなその声は、闇に溶けて崩れ落ちる。
掬い上げてくれる人は、もう目の前にはいない。
後はただ、深い深い闇へと落ちていくばかりだ。
────そう思っていた。
「人様の奴隷に何を勝手なことしてんだ……テメェらァァァァッ!!」
「な……ッ!?お前、はァ……ッ!!」
痛みだけが存在する異常空間の中。
その時、リュアは確かに聞いた。
悩みや、苦しみ、孤独、苦痛……全ての闇から救い出してくれる存在が放った、光の言葉を。
「ごしゅじん、さ、ま……ッ」
薄れる視界の中、最後の最後で彼の姿を捉え……意識を失ったのだった。




