譲れない想い~リュアVSミオ~
「……それで、何でこうなった?」
自宅の緑の芝生が敷き詰められた中庭。
そこで呆れた様子で立つ琉星の前には、距離を取って睨み合うリュアとミオが立っていた。
「私のことをどう言っても構いません……ですが、先程のご主人様を侮辱した発言だけは絶対に逃せません」
「お兄様を侮辱したりはしないよ。私はただあんたみたいな腑抜けをいつまでも傍に置いている事が、お兄様の為にならないって言っただけ」
リュアは憤怒の感情を浮かべているが、ミオはどこか不敵な笑みを滲み出していた。
事の発端はほんの数分前。
ミオの素性を聞いている最中に、彼女が口にした先程の発言がリュアの癇に障ったらしく、仮決闘を始めることになってしまったのだ。
「それにしても、少し驚いたな……半年前に万右衛門から買った奴隷って、お前だったんだな」
彼女の正体は、半年前に奴隷商人の万右衛門から、レジダプアには内緒で買い取った少女だったのである。
あの時は、髪もボサボサでみすぼらしい格好をしていた為、こうして彼女から聞かなくては気付くことはなかっただろう。
緊迫した状況でも、ミオは得意げに胸を張りながら答える。
「そうだよ!あの時、私は誓ったんだ。戦隷士として戦うことから逃げてしまっていたけど、いつか本当の意味で力を手にして、お兄様と一緒に戦おうって!でも修行中にお兄様が奴隷から主人になったって聞いてね?」
「それで主従関係を結ぶ為に俺の所に来た、ってことか?」
「ご名答ー!」
「ところで、何で俺がお兄様?」
「雰囲気重視ー!」
つまり、年齢的に兄と呼んだ方がしっくりくるということなのか。
先程から大袈裟な程元気に振舞っているが、こちらの話が盛り上がる程、何故かリュアの機嫌が悪くなっているようだ。
両手から紫色の灼線を放出。
草と土を巻き上げながら、ミオを真っ直ぐに睨む。
「そんなことはどうでも良いんです。早く構えてください。丸腰で殺し合いをするつもりですか?」
「いや、ハッキリ殺し合い言ってるけど殺すなよ?」
的確なツッコミを入れる琉星と何やら燃えているリュアを見て、ミオは一度微笑む。すると先程から手にしていた、身丈一メートルはあろう日本刀を鞘から振り抜いた。
リュアよりも背が低く、百五十センチあるかどうかという身長に対して、手にする刀は流石に長すぎる。
実際に刀と身体のバランスは、確実に悪いとしか言い得ない。
「心配しなくて良いよ、お兄様」
「は?」
「私が殺そうとしない限り、殺し合いになることはないからさ」
「……っ!!」
その瞬間、リュアを取り巻く気配が変貌。
今のは明らさまに格下へ向けた言葉。
疑うまでもない宣戦布告だった。
リュアの右手が素早い動作で動いたと思ったら、手中から半透明の紫の玉が凄まじい速度でミオに襲い掛かる。
その間、約一秒。
だが。
「甘いねぇ」
ミオの目の前に迫った紫玉は、突然真っ二つに切断。
切断された紫玉はそのままミオの両脇をすり抜けて後方へ飛来し、隣の住居に直撃した。
「あ……」
比較的小さかった紫玉だったが、木製相手では驚くくらいの火災を引き出す。
「ちょぉぉッ!?飛び火ぃぃぃぃ!!」
目の前で燃え出す他人の家。
隣人に迷惑掛けられないどころか、下手したら死人が出る。
琉星は大慌てで火の広がり始めた隣人宅へと走って行く。
そして、その場には今にも相手を狩ろうと睨み合う二匹の獣、リュアとミオが残っていた。
戦いの調子は相変わらず悪いままだが、乱暴に膨大なルダの量だけは健在だった。
だからこそ、リュアは動揺を隠す事が出来ない。
紫灼玉が切断されたその瞬間、“何が起こったのか分からなかった”のだ。
恐らく、ミオが何かをしたのだろうが、その正体がリュアには認識すら出来ていない。辛うじて分かった変化は、鞘から引き抜いたバカ長い刀が、再び鞘に戻っていることだけだが……。
「フフッ、不思議そうな顔してる」
「……!」
ミオが楽しそうに笑うのを見て、リュアの動揺は更に肥大化する。
闘いにおいて、動揺を悟られることは同時に相手に主導権を握られることに等しい。
これは普段から心得ていた為、表情の緩みは出ていなかった筈だ。
だが、ミオはいとも簡単に見抜いてきた。
もしかすると彼女は、相手の顔色を伺うことに長けているのかも知れない。
「別に難しいことじゃないよ?でも、最近だと私みたいな例は珍しいみたいだから、ちょーっと掴みづらいかな。それじゃあ、次は“ゆっくりやる”からよく見ててね?」
すると、ミオは大きく腰を落として柄を取ると、居合斬りの体勢で地を踏みしめた。
「ゆっくり……?あ……!」
リュアがその正体を直感する。
同時にミオの身体が前のめりに、予備動作もなく、ロケットの様に跳ぶ。
開いていた距離を一瞬で詰められ、対応しようと腕を動かすリュアだったが、時既に遅く。
「づっ……!!」
ミオが元の位置に戻る頃にはリュアの肩に切傷が走り、赤い鮮血が地に落ちた。
だが、異様な光景はその後だ。
ミオは刀身に付いた血を見てから、ニヤリと笑うと……。
「フフッ、濃厚そうな血液……ご馳走様」
リュアの血を、舌でネットリとなぞる様に掬い取り、口の中へと流し込んだのである。
まるで吸血鬼の様な行動を見せるミオだったが、リュアは肩を押さえながら冷静に観察を続けた。
「伝戎具……現存する武器類に血束器と同様の技術を搭載することで、装着者と同様の能力を武器にまで同調させるモノ……」
「あらら、ご明察ってところ?」
「恐らく、あなたのルダは『速く動くことが出来るようになる』力。本来ならその細身な身体でそんな長身な刀を振り回せる訳がありません。しかし、あなたは伝戎具を使用することで、速さの力を刀にまで影響させている。だからまるで、刀が異常な程速く動いているように見えるのですね?」
伝戎具は言い換えれば、捨て身の武器とも言われている。
人間がルダを発現させる為には血を消費することが必要になる。だが、伝戎具の使用の際には、武器に影響を与えるルダの分も同等に血が必要になってくる。
つまり、血束器に比べて格段に血の消費量が多いのだ。
「燃費が激しい伝戎具は長時間の使用が困難であり、今では使う者はめっきり減ってしまったと言われています。しかし、あなたは現在では禁忌とも言われている方法で、消費を抑えている。そう、他者の血、つまりは他者のルダを自らと刀に吸収させることで……!」
ルダは人それぞれで特性が異なり、基本他者に同調することはない。
だが、中には特異な性質を持った人間もいる。少量のルダならば、体内に取り込むことで自身と同じ性質のルダに変換することが出来るらしい。
楽土創立当時には実際に実行した人物は沢山いた。だが、上手くルダの変換が出来なかったり、感染症に掛かったり等の症状もあった為、今では禁忌の業として伝えられている。
ミオは首を振りながら、ガッカリした様子で話し始めた。
「元々、私は血の量が少ないの。どんな戦い方をしても五分以上戦い続けることすらも出来ないんだよね。これのせいで一時は戦隷士の道を諦めて、主人に奉仕するだけの道を選ぼうともしたよ」
彼女も外の世界では貧困な生活を強いられていた者の一人なのだろう。
戦いと、人生逆転のチャンスを手放した時は、一体どんな気持ちだったのだろうか。
「だけど、偶々ルダの変換が優秀だということを知ったんだ。どれだけ血を消費しても、私の力ならば簡単に相手の血を斬り奪うことが出来る。だから捨て身の伝戎具に変えた。私の実力を最大限引き出し、最も効率良く戦えるやり方……」
ミオはまるで威嚇するかの様に、鞘から数センチ抜いてから、再び音を立てて収めた。
すると、彼女の足元に無数の斬り跡が出現する。
斬っては血を取り込む動作を連続で行うことで、血の欠落を防ぐ。何とも忙しい戦い方だが、彼女の速さを持ってすれば難しくないのだろう。
「私のルダ、《迅無》の力を戦える位置にまで引き上げる為に」
顔は笑顔そのものだが、自分のことを話している時は不思議と強張っている様にも見える。
それほど苦々しい記憶があるのだろう。
いや、そもそも楽土の住人に楽しい記憶なんてあるわけがない。誰もが、生きる為に、人間としての尊厳を取り戻す為に必死なのだから。
「……それでも、捨て身であることに変わりありませんよね?」
「ん、まぁ、違いないかな」
「どうして、そこまで必死になれるんですか?何の為に捨て身の力を身に付け、禁忌にまで手を染めているのですか?……あなたの、根底にある想いとは……一体何なんですか?」
ある意味、自分に投げ掛けた言葉だったのかも知れない。
何の為に闘い、何の為に守ることを誓ったのか。答えのない問答に迷ってばかりだったから。
だが、ミオは即答した。
「そんなもの、決まっている」
次の瞬間、大きく目を見開いたミオが、リュアの懐に出現した。
「なっ……!?」
慌てて対処しようとも、再び認識する前に脇腹に一閃。
ミオの言葉は一直線で、迷いがなかった。
だからこそ、リュアの心に強くのしかかる様に響いてくる。
「鳴継琉星────お兄様の為に戦うと誓ったから」
「……ッ!」
風が四方八方から吹き抜ける。
リュアとミオの髪が絡み合う様に交差し、次々と飛び散る鮮血が鮮明に光り輝く。
一秒がとても長く続く空間で、リュアとミオは炎と剣を交わしながら睨み合っていた。
「人間ってのは他人よりも自分の方が大切な生き物。それはだれもが分かっている。だって他人が傷付こうが死んでしまおうが、自分が傷つくことなんてないんだから。私もそれが当然だと思っていた。だから助かることを諦めた。人間の尊厳を捨てる覚悟で自ら生きる道から飛び降りた」
剣撃と共に、一言一言が心に突き刺さる。
つい最近まで、自分が抱いていた感情と類似していたからだ。
「それなのに、お兄様は赤の他人である私を気遣ってくれた。自らの資金を叩いて、私に戦う意思を指し示してくれたんだよ。その時、お兄様が言った言葉は私は決して忘れない────『自分の望む道は、自分の手でこじ開けろ』って言葉は……!」
「ご主人、様の言葉……」
感情が湧き出て、段々ミオの口調が大きくなってくる。
「お兄様は今楽土の全てを敵に回して戦っている。それが何の為にか分からないけど、簡単なことじゃないのは明白!それなのに、あんたみたいな腑抜けたやつが傍に居たら絶対に失敗する!未確定の那由多クラスだかなんだか知らないけど、百万クラスの私に勝てないやつがお兄様を守れるわけがない!!」
「ぐぅあっ!?」
脇腹への回し蹴りがマトモにヒットし、地面に叩きつけられる。
痛みを堪えつつ、地面を転がる様にして膝立ちで態勢を整えた。
「私は私の全てを懸けてお兄様を守る!!その為には、あんたが邪魔だァァッ!!」
ミオの刀の切っ先が真っ直ぐにリュアへ迫る。
迷いなき切っ先が、鋭い刃となり、強い言葉となってリュアの心に突き刺さってきた。
しかし、不思議だ。
何故か不快感は一切感じられなかった。
圧倒されているのではなく、掘り出されている。そんな感覚だった。
そう、ミオの中には命よりも、金よりも、絶対に譲れない大切な想いが存在している。今まで、考えたことがなかった感情に、戸惑っていたのかも知れない。
だが、多分それは、他人事では言い表せられなかった。
「私も同じ……」
リュアがそう呟いた瞬間、ミオの切っ先がリュアの喉元に到達。
容赦ない剣撃は真っ直ぐにリュアの喉に触ったと同時に……ピタリとその動きを止めた。
「……ッ!なっ、に……!?」
立ち止まり動揺の色を浮かべるミオの眼前には、リュアの開かれた手の平が迫っていたからだ。
「まさか……こんな土壇場で、私の動きが見えた……?ほんの一秒前まで、全く捉えきれていなかったのに……」
あと一歩踏み込めば、刀はリュアの喉を貫いていた。
だが、あと一歩踏み込む間に、灼線はミオを焼き尽くしていたかも知れない。
だからミオは止まった。
危険を察知させる心理的戦法により、リュアは一瞬で主導権を覆したのである。
恐らく、決定打になったのは決闘の場数の差だ。どんな形でも決闘を続けていたリュアと、一時は戦隷士の道から抜け出したミオとでは、戦闘に於ける柔軟さに大きな差があった。
「私だって……」
「え……?」
身体のあちこちに傷を負い、息も耐え耐えのリュア。彼女は突然顔を挙げ、涙ぐんだ顔でミオを睨んだ。
「私だってあなたに負けない位にご主人様のことがぶぼぉ!?」
「冷たぁッ!?」
だが、その言葉は突然頭の上から降りかかってきた冷たい水に遮られてしまった。
ほぼ密着状態にあった二人がずぶ濡れになり、何事かと目を向ける。
その先に立つのはホースを手にしている琉星だった。
「お前らぁそこまでにしとけ」
「ご、ご主人様?」
「お兄様?え、何で水……ふぁっ、くしゅ!」
「目の前のことに夢中になり過ぎだっての。こちとら決死の人命救助やってたんだから、後処理くらいは手伝えよ」
よく見ると服のあちこちが焼き焦げて、何やら無残な見た目になっている。
彼の傍にはボンヤリとした表情の少女が、眠たそうに目を擦りながら欠伸をしていた。
「ふわぁぁ……いいよー後処理なんて気にしなくても。勝手に依頼してやってもらうからさぁ」
「いやそう言って貰えるのはありがたいけどさ。あんたも少し危機感持ってくれよ。火事が起きてた部屋で寝てた挙句、熱いのは季節の変わり目だから二度寝しようと思ったとか……呑気っぷりが最早神がかってんだろ。一瞬本気で見捨ててやろうかと思っちゃっただろうが」
「でもー、あれはあれで風流ある感じになってるかもだよ?真っ黒で炭臭いけどさー」
「真っ黒で……」
「炭臭い……?」
琉星と隣人と思しき少女が眺めるのは、二階部分がほぼ全焼した一軒家。
殺し合い寸前まで発展した決闘の後でも、その光景にはリュアもミオも真っ青である。二人してガタガタ震えながら、琉星を見て彼に助けを求めた。
すると彼はニッコリと笑ってから、親指を立てると……。
「取り敢えず謝っとけこの馬鹿共」
至って当然の行動を要求。
リュアとミオは無意識の内に殺しかけてしまっていた隣人に、全力で謝罪することになった。
「「ご迷惑おかけして本当にスミマセンでしたッ!!」」
不思議とマッチした謝罪を互いに耳にしたリュアとミオは、二人して驚き見つめ合う。
本気で戦いを交わした相手とは、本当の意味で心が通じ合うというが、正直実感は沸かない。何故そんな気分になるのかすら分からないままだが、その時二人は互いに笑い合っていた。
「えへへ……」
「ふふふ……」
譲れない強い想いがある。
だから負けたくない。
しかし共感は出来る。
今日この日、二人の間で不思議な対立関係が生まれつつあった。




