一触即発
ダグラスから戦争物質のことと、リュアの正体を聞いた琉星は驚きの顔を浮かべていた。
「……正直実感湧かないが……リュアが、ヨーロッパ連合国の切り札であって?核兵器を超える戦闘能力を持っているってことだよな?何で今まで話してくれなかったんだ?」
すると、隣に座るリュアが妙に縮こまりながら小声で返事をした。
「それは……もしかしたら軽蔑されるかも知れないと思ったんです……人を殺す為に、国を侵略する為に生きている存在が傍に居たら、危険視してしまうじゃないですか……それが嫌、でしたから……」
彼女の他人思いな性格を考えると、当然の配慮だったのかも知れない。軽蔑されることが不安なのではなく、他人の不安を煽らないかどうかが気に掛かってしまう。
それがリュアという人間の人柄だった。
「まぁ、そんなことはどうでも良いが……そうか、お前達が巷で噂になっている隻眼の裏切り者と紫姫だったわけか」
「巷のって……今まで知らなかった様な口ぶり?」
呆れた口調で言うが、ダグラスは変わらず気にしていない様子である。
「楽土の内部事情などもどうでも良いし、世界が戦争を起こそうしても知ったことではない。さっきも言ったが、私が興味あるのは人間の秘めたルダと血束器だけだ」
「……へぇ、そうっすか」
「そう、ルダは素晴らしいぞ!魔法や幻術、また特殊能力はフィクションだけの存在だと吹聴されてきたが、そんな考え方はもう古い!超能力が天智的な存在だという考えはまさに愚の骨頂!力は既に私達の中にあり、私達は力を扱うだけの権利がある!」
この唐突のテンションの挙がりようである。
何やら妙な演説が始まったが、要するに『ルダ』とは人間の元々持つ力であり、人間はそれを扱えるだけの感覚を既に持っている、ということである。
この様に彼女はルダのこととなると、性格が豹変しやたらと長い話を持ち出してくる。早めに切り上げる方が得策だ。
「それで?結局のところ、リュアの不調のことに関しては何か分かったのか?言っておくけど、今回ここにはルダについて聞きに来たんじゃなくて、血束器の不調についてだからな?そこのところちゃんとしてくれって……」
「ないぞ」
「……はっ?」
呆れた物腰で尋ねるも、ダグラスの突然の一言に唖然とする。
次はダグラスの方が呆れた顔を浮かべて、溜め息を吐きながら傍にあったトンカチで肩を叩き始めた。
「血束器に関して知識の無い奴がよくもまぁ不調等と言ってのけたものだね。結論から言う。この紫姫の血束器に不調な部分は何一つとして見つからなかった」
「い、いや、でもあんたさっきリュアが、その、何だっけ?戦争物質?ってことに驚いてたじゃねぇか。単純にあんたの作ってる血束器とは造りが違うんじゃないのか?」
「違うのは名前だけであって、造りはすべて私の開発した物と全く同じだ。確かにオリジナルとは幾らかの違いはあるかも知れないが、開発者として断言する。彼女の血束器……つまり紫姫の全身に異常は何一つとして存在しない」
「そんな…………ん?ちょっと待って?今、何て言った?」
不意に今の言葉の中に変な発言があったことに気付く。
ダグラスはリュアの血束器に異常が無いと言った。しかし、血束器という言葉自体を言い換えた単語は……“全身”だ。
「その顔……まさかお前、本当にこの紫姫という存在が何か知らずに二ヶ月間共にしてきたのか?」
「……は?どういうことだ?」
ふとリュアの顔を見ると、少しばかり気まずそうに顔を落としているのが見受けられた。まるで、思い出したくないものを、思い出してしまったかの様に。
ダグラスは、淡々とした様子で説明口調に変わった。
「良いだろう、そんな無知なお前の為に私が分かりやすく説明してやろう。人間の身体には血が通っているのは分かるか?我々がルダ、と呼んでいる物質はその血液を構成する成分の一つだ。人体の外へと放出されることで、多種多様な形に変化する性質を持っている」
「まるでウイルスだな……」
「それは人体に悪影響をもたらす病原体だろ、一緒にするな。だが、ただ肉を裂いて血を出すだけではルダの性質は働かない。そこで登場するのが、血束器だ。血束器は血液ごとルダを吸い上げ、ルダの性質を活性化させる機能を備えている。これを介すことで、装着者はルダを有効的に使用することが出来るんだ。開発者の私に感謝することだな」
そもそも、これを考慮しなくては決闘で命を落とす可能性もある。
そこまでは、戦隷士全員が血束器を受け取った時に説明を受ける為、誰もが知っている常識だった。
「唐突に上から目線……それがリュアの血束器の話とどう関係するんだよ?」
「今からそれを話そうとしているんだ、黙って聞いていろ。戦争物質は元々、戦争の切り札として、大量破壊を前提に生まれた存在だ。だが完成の為の必要条件である、“ルダを最大限活性化させた状態を人間の身体で発揮させる”には、硬度が足りなかった。恐らく強制的に活性化させたとしても、身体がルダの覚醒に耐えきれなくなって、内部から破裂して終わりだ」
妙に具体的な説明のせいで、思わず身体を震わせてしまう。
結果的に凄まじい力を手にすることは出来るだろうが、とても人間の道徳で実行しようとは思えない。
だが、それでも実行を可能にする方法を、ダグラスは口にした。
「ならばどうするか。非人道的ではあるが、難しくはない。ルダの活性化に相応しい身体にしてしまえば良い……そう、皮を、肉を、内蔵を、血管を、限りなく理想の形へ、人工的に改造してしまえば、活性化に関しては問題無くなるって訳だ」
「それって……」
「人体実験さ」
酷い、の一言だ。
聞くだけで顔面蒼白になってしまう研究を、現実で実行に移した者が居た。
自分が被害を被る訳ではない。ただ、戦争に勝つ為だけに、何も罪がない子供達を人体実験の犠牲者にする。
それが……『戦争物質計画』。
「それじゃあ……つまり……」
琉星はリュアを見る。
彼女は、文字通り顔面蒼白だった。
だからこそ、痛いほど伝わってくる。
今までに彼女が、どれだけの苦痛を味わって生きて来たのかが。
「戦争物質は人間を作り変えて生み出された物体。つまり彼女自身、“彼女の身体全てが血束器として”機能している。戦争物質として生きている存在は既に人間じゃない。存在自体が最早殺戮兵器。それだけの為に生きる、正真正銘の化け物なんだよ」
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知りたい情報はあまり得られずに、琉星とリュアは二人並んでエリア60の住宅街を歩いていた。
リュアは琉星の少し後ろを歩き、いかにも主人と奴隷という関係性を表現させている。当初は真後ろを歩いていた為、それと比べれば少し居心地が良くなったのかもしれない。
「結局のところ、あまり収穫はなしか」
「そう、ですね……」
琉星が頭を掻きながら言うも、リュアはどこか気力が感じられない雰囲気だ。
「でもまぁあれだ。血束器には問題がないことは分かったんだし、それだけでも良かったと思うよ?今後決闘する時の心配事も無くなった訳だしな」
「……あの……」
道の真ん中で突然立ち止まり、小さく声を掛けられる。
振り向いて様子を伺うと、俯きながら少し口が震えている様にも見えた。
「どうした?」
「……これ以上言及、しないんですか?」
「何を?」
「私が、戦争物質だということを、です。だって、私は危険物質なんですよ?存在自体が兵器なんですよ?普通、疑いますよね?何故ここに来たのかとか、危険はないのかとか。私の正体を知りつつも、私をお傍に置くのを危惧することは、しないんですか……?」
そういう事か、と納得して口をつぐむ。
ダグラスから聞いた戦争物質の話は要点だけまとめると、戦争物質は危険な兵器、だということ。核兵器は知っての通り、都市一つを丸ごと破壊する威力を誇る。核爆弾のみならず、生物兵器や化学兵器も人類を破滅させるには充分な力がある。
戦争物質はそれをさらに上回る力も持っている。都市どころではなく、下手したら大陸を丸ごと消し飛ばすことが出来るらしい。
今までリュアから話す事がなかったのも、先程の憂鬱そうな様子からしても、全てはそんな危険な存在だと知られたくなかった為だろう。
彼女の兵器としての心情は定かではないが、人としての心は何となく分かる様な気がする。
だから、琉星は気軽な口調で答えた。
「危惧?全くしないな。力を制御出来るのも戦争物質の強みって言ってたし、事実この二ヶ月間何かが起こる事はなかった。何よりお前がお前自身のことをちゃんと分かっていて、誰かを気遣っている時点で危険なんてものはない。だろ?」
「で、ですが……もしも暴走してしまう様なことがあったら……」
「絶対に見捨てない」
「え……?」
改めてリュアに向き合うと、彼女は驚いた顔を浮かべた。
「確かに、リュアの中にある力は俺の想像を越えたもので、万が一の時に俺がどうこう出来る代物じゃないかも知れない……だけど絶対に見捨てない。どんな方法を持ってしても、お前の持つ危険に挑んでみせる。だから、お前も忘れないでくれ」
琉星は、リュアに向かって真っ直ぐに指差した。
「────主人(俺)は、いつでも奴隷(お前)と共にある、ってことをな」
「……!」
それだけ言うと、琉星は踵を返して再び歩き始めた。
「さて、さっさと帰ろうぜ。夕飯前に今後の計画をじっくり練っておかないといかねぇしな」
「いつでも、ここに……心に、ある……私の心、気持ち……」
胸に手を当てつつ、自分に言い聞かせる様に言葉を紡いでいたが、琉星が歩き出したのを見てその後を追った。
道中、ずっと首を傾げていたリュア。
自宅の前に戻ってくると、難しそうな顔をしながら再び琉星を呼んだ。
「ご主人様!」
「ん?次はどーした?」
「やっぱり私……どうしても……!」
その時だった。
聞き覚えのない甲高い少女の声が響き渡る。
「ミオちゃんのぉぉぉ……バストチェェェックゥッ!!」
「はひゃっ……!?」
すると、突然リュアの脇下から細い手がまとわりつく様に侵入し、その小さくも大きくもないバストを鷲掴みにしたのだ。リュアの口から驚きの声が不意に溢れ、引きつった顔のままフリーズ。
だが、その手がいやらしい手つきで動くと、みるみるリュアの顔が真っ赤に染まり、どこかしらエロチックな表情へと変わっていく。
「はっ……にゃっ……なん……なんで、すかぁぁ……!?」
彼女の背後からは、興味深げに震えた声が聞こえてくる。
「おぉ~、おぉぉ~……傍目から見た身体の細さに、ヒップの綺麗な曲線と決して主張の大きい訳じゃない二つのお山……これぞまさに世間的に言う黄金比というやつなのかぁ……?」
「なにを言って……ひゃんっ!!」
「感度も良好ぉ~。あ、もしかして、あまり経験なかったりするの?だとしたら何だか興奮しちゃうぅ」
「し、知りませんよぉ……!」
いや、何だこれ。
こんな大胆な痴漢は生まれて初めて見た気がする。
一人取り残されている琉星は、唖然とその羨ましそうな光景を眺めていた。
リュアの後ろの人物から敵意はなさそうだが、助け舟を出すべきだろうか。
悩みつつ、意を決して、あくまで平然を装いながら声を掛けてみた。
「えっと、ミオさん?でいいのか?突然現れるなり痴漢行為は衛生的に良くないんじゃね?ていうかうちのリュアが悶えすぎてて死に掛けてるからもう辞めてやってくれねぇかな?」
「ご、ご主人様……冷静過ぎで……やぁ、ぁぁぁっ……!」
すると、リュアの願いが通じたのか。
突然手を離して少しだけ離れると、地面に手と膝を着いて何やら落胆し始めた。
「世の中理不尽過ぎるじゃん……女の子の胸の大きさなんて皆同じで良くないかなぁ……それを世の人は巨乳だぁ美乳だぁ貧乳だぁなんとか言って差別してさぁ……ホントマジデカ胸死ね」
超絶に、やり辛い。
突然始まったバストディスペクトには、琉星だけでなく、被害者であるリュアさえもドン引きだ。
一先ず、このままには出来ないので、落胆中のミオと言った少女に近寄って声を掛ける。
「おーい。ミオさん?聞いてますかー?」
琉星の声に反応して、ビックリする速度で首をこちらに向けてきた。本当に忙しい奴だと思ってしまうが、次に彼女が放った一言は決して無視出来ないものだった。
「……お兄様……」
「……おに……は?」
「お兄様ぁっ!やっと、やっと会えたよお兄様ぁぁっ!!」
身体を起こして、何も躊躇なく琉星の胸に飛び込み、首筋に両手を回して大はしゃぎである。
リュアよりも小柄で、茶髪の長髪をポニーテールでまとめている。可愛らしい笑顔はとても明るいが、彼女の発言通り胸は少しまな板に近いようだ。途轍もなく長い刀を背負っており、莫大な存在感を放っていた。
当然だが、自分には妹という存在はない筈なので、意味が分からず硬直していると。
「……ご主人様?お言葉ですが……説明願えますか?」
背後からは何故かおぞまじい気配が突き刺さってくる。
「え、えっ、リュアさん待って、何でキレてんの?今回俺何もしてないよね?そしてミオさんも頼むから離れてくれね?何だかお兄様命の危険を感じ……」
ドスの効いた声に震えながら弁明しようするが、ズドンッ!と鈍い音と共に地面が大きく揺れて口が閉じる。
恐る恐る背後を見ると、琉星の真後ろに焼け焦げた穴がポッカリと開いていた。
リュアの灼線が、抉った跡だということは瞬時に理解する。
だからこそ、なんとも不思議な話だ。
彼女の無表情な顔が、何故か阿修羅の如き怒り狂った顔に見えてきた。
「せ・つ・め・い……してくれますよね?」
「……ミオさん。出会ったばかりで悪いが今すぐに俺の命を救ってくれ」
「エヘっ」
血の気が引いた顔の琉星に反して、ミオは楽しげに舌を出して微笑むばかりだった。




