23 異世界の足
「さ~て、首都まであと何キロあるんだ?」
バルガドを出発してから三時間ほど経ったであろうか。道があることを最低限示すような傷んだ石畳の一本道を延々と歩き続けて流石に退屈だったのかメレクが歩きながら隣を歩くカロメウェに聞く
「地図によればあと三百キロほどだな」
「はぁ!? え~っと……相棒? あと何日で依頼終わらせなきゃいけないんだっけ?」
「指定されたのは今朝の五時頃。期間は百六十八時間……三日と半日だな」
「一週間か……半日に百キロ歩いたとして、首都に着くのが一日と半日後。そこから空船に乗ってお隣の大陸に着くまで二日……いや、この時点で三日と半日経過してるじゃん!! 無理だろ!! どんな仕事の内容でも完遂不可能でしょ!?」
「まぁそう喚くな。俺達なら首都までそう時間も掛からないだろう。この仕事が間に合うかどうか賭けるか?」
「俺『間に合わない』に一万G賭けるわ」
「強気だな。では俺は『間に合う』に一万だ」
メレクとカロメウェが賭けを始めるのを尻目にロフォカレがシンを見る
「しかし実際問題どうするのです? クロ―ディア達の身体能力と体力を考えればメレクが言ったように半日で百キロ移動できるかどうかといったところですぞ?」
「そうだな。その計算だと確かに間に合わないが……お前たちまさか歩いて行くつもりでいたのか?」
「はい? それはどういう…………あぁ、これはこれは。外に出るのは何分久しくつい忘れておりました。お恥ずかしい」
どういう意味なのか、とロフォカレが言う前にシンはロワリュアレに作らせた地図をロフォカレに見せる
それを見たロフォカレは忘れていたとばかりに頭に手を置いた
地図に描かれていたのはエドナ王国の下半分だけが詳細に描かれた地図でバルガドと首都である王都エドナディエがギリギリ入っているものだ。
バルガドから歩いて三時間、十キロほど離れた場所に小さな……といっても地図でそう見えるだけで結構な大きさの街がある。
バルガドから続く道を辿っていけば自然と通る街であり、商人や冒険者にとっては欠かせない街だ
「ここで馬なり馬車なりの移動手段を確保すればいい。十数人を載せた馬車を一頭で、それも時速八十キロほどの速さを出せる馬がいるなら生きているという点を除けば自動車と変わらないだろう」
シンが思い返しているのは三人娘を載せた馬車を引いていた馬だ。
「なるほど確かにそうですな。しかしそれほどの馬となると手綱を握るのにも少々苦労を強いられると思われますが……」
「そこら辺の問題は何とかなるだろう。ならなかったらまた別の手段を考えればいい」
そんな事を話しながら樹の間を縫うように気休め程度の舗装がされた道を歩いていると道の脇、樹の側に何やら半透明のゼリーの様な、アメーバのような物体がもぞもぞと動いているのをシンが見つける
「何だあれは? スライムか?」
そう、まるでゲームなどでよく見かけるスライムの様な……というよりそのままの物体が動いている
雨の雫のようにきれいな流線形はしていないが、不定形のまま樹の周りを動くその様はまさしく雑魚モンスター筆頭のスライムである
「おおぉぉぉ……すげぇ。スライムだ……初めて見た」
メレクがなぜか感動したような声を上げてゆっくりとスライムに近づいていく
「近づいちゃダメですよメレクさん。脅かしたら大変なことになっちゃいますから」
それに待ったをかけたのがクロ―ディアだ
「え……大変なことになるの? マジで? ちょっと見てみたい」
興味津々といった様子でなおも近づくメレクの服をクロ―ディアが掴んで止める
「本当に色々と大変なことになるのでダメですよ! それに依頼もあるんですから急がないと!」
「あのスライムがそんなに危険なのか?」
動くスライムという先入観があるからか、あまり危険とは感じられないその物体。しかし博識なクロ―ディアが大変なことになるというのならばそれなりに危険なのだろうかとシンがメレクの襟首を掴みながら聞いた
「よく混同されますけどあれは魔物のスライムじゃなくて光樹の自己防衛組織なんです。地中にある根から樹液を出して魔力で操ることで外敵から身を守っているんですよ」
「自己防衛か……ということは触れば面倒なことになるのは必至だな」
「はい。光樹が出すスライムのような樹液に触れると体の表面に纏わりつかれて固まります。小動物ならそのまま餓死して光樹の栄養になりますし、魔物とかなら脱出はできるでしょうけど体の皮が剥がれるほど粘着力が強いそうですよ」
「危険植物じゃんか! なんでそんな樹がこんなそこら中に生えてるのさ!?」
「光樹の樹液は昼に光を貯めて夜になると光る性質があるんです。発光石や魔晶石ほどではありませんけど夜道を照らすには充分ですし、樹から離れても強い衝撃を加えると固まるので接着剤としても使われています。樹液を出し切った後に伐採した木材も丈夫な木材として有名ですし、常に特定の色に淡く発光しているので『地上から採れる宝石』なんて言われたりもするんですよ。実際に綺麗な青や紫、赤なんかに光る光樹の幹が数億Gで取引されたりしたこともあるらしいです」
「へ~……金持ちの金の使い方ってよく分かんないね」
「なんでそこに? って思うとこにお金つぎ込む人もいるもんね」
クロ―ディアの説明にディアーチェとフェニーチェが感想を言い合う
「なーる。大方この光樹の森はバルガトの収入源ってとこかな?」
「そうだと思います。でも光樹の樹液の量はとても多いのでそれを抜くためには色々な加工をしないといけないらしいですよ。一般人が無断で樹液を採取することも禁止されてますし」
「ふーん……樹液の量ってどんくらいなの?」
「確か光樹の幹と根は空洞状になっててそこに樹液が溜まってる……って感じだったと思います」
「……え? マジで? それってさ――――」
メレクが驚きながら平均二十メートルはあるだろう視線の先の太い幹を持つ大樹を見る
「――――すんごい多くない?」
「ですから樹液を抜くのも大変だそうですよ。下手に樹を伐採しようとすると溢れてきた樹液に体ごと固められて窒息死するケースもあるそうですし……採れる木材も他の樹と違って少ないですから単価は高く売られてますけど。なんでも輪切りにした時の空洞の内部に光り輝く鮮やかな色合いが研磨された宝石よりも綺麗なんだとか」
「へ~見てみたいな。部屋に飾れたらいいのに」
「宝石よりも綺麗ってすごいよね」
「二人ともさっきまでと真逆の反応ですね……」
「年頃の女の子なんてそんなもんだって~。それよりもほら、早くいかないと相棒たちに置いてかれるぞ~」
そんなことを言いつつスライムを放置して先を行くシン達に追いつくべく走り始めたメレクに三人娘は慌てて付いて行く
「最初に興味津々だったのメレクさんだったのに……」
そんなクロ―ディアの愚痴のような呟きは風に攫われて消えていく
メレク。興味のある事にはすぐに首をつっこみ、飽きると全く興味を示さなくなる周りの者たちにとってはある意味で悪魔の様な男である
「見えてきたな。あれがそうか」
地図を片手に道の先を見るシンの視線の先にはバルガドと同じような壁があった
「おぉ~あれが足を確保する町か?」
「そうだ。関所も兼ねた休息のための町だな」
「休息のための町?」
メレクが何だそれ? という顔をしながら聞いたことにクロ―ディアがすかさず答える
「都市や街を行き来する貿易商人さんや護衛の冒険者さんのための町ですよ。関所で身元確認や積み荷の安全確認などに数日は時間が取られるので魔物から襲われる緊張をほぐしたり、旅の疲れを取るために大きな都市に入る前には必ずそういう宿場町があるんだそうです。父から聞いた話なので私も実際に見るのは初めてですけど……」
「そういう街もあるのねぇ。ディアは色々知っていて偉いわ、今度色々お話し聞かせてくれる?」
「はい、私もサビロスさんのお話しいろいろ聞かせて欲しいです」
「いいわよ、世の男どもがどれだけ愚かしくて、馬鹿で、単純で、間抜けなのかたっぷり聞かせてあげるわ。それにしてもディア、また他人行儀な呼び方になってるのはいただけないわ。フェニーチェは『ニーチェ』、ディアーチェは『アーチェ』、クロ―ディアは『ディア』。親しみを込めてそう呼ぶから私の事もさん付けじゃなくて『サビロスお姉ちゃん』とか、もっと軽い感じで呼んでって言ったでしょう? 赤の他人のような感じがしてお姉ちゃん寂しいわ」
紫色のローブを頭から被っているせいで顔は見えないが声色と顔を下げたような動きで寂しさを見事に体現していた。役者ならいい線までいくだろうのではなかろうか
「えっ、あっ、えっと…………ご、ごめんなさい。…………サビロス……ね、姉さん」
そんなサビロスを見たクロ―ディアは顔を少し赤くし、照れながら消え入りそうな声でそう言った
「あぁ……ダメだわ。やっぱりディアはかわいいわね。お姉さん骨抜きにされちゃいそう……」
照れるクロ―ディアをそっと抱き寄せて頭を撫でながらそう言うサビロスにメレクは引いたような目を向ける
「うわぁ……なんていうか……すんごい百合百合しい。いじられてるクロ―ディアがかわいそうになってくるね」
「そうか? あれはどちらかと言うと保護欲だの母性愛だのの類だろう。温厚な者がペットやら動物の子供に向けるものと同じだ」
「相変わらず、すーぐそういうの分析するなぁカロメウェは。もうちょっと温かい心を持てないもんかね?」
「持つ必要があればな」
「冷めてんなぁ……世の中で冷めてる奴ランキング作ったら栄光の一位に輝いちゃうんじゃないの?」
「それは無いな。俺が主を抜くことは無いだろう」
「相棒はどっちかっつーと冷めてるというより頭がイっちゃってるランキング一位に輝く――」
「聞こえてるぞメレク」
「――わけないな。えーと、ほら、そうだ相棒! リアはまだ寝てんのか?」
「あぁ、計算のしすぎだろう。まだ寝てる」
「計算させたの相棒じゃん……」
「俺は地図を作れと言っただけだ。まさか大陸毎どころか地方毎の地図を作るとは思ってもいなかったさ」
「地図と言えばお兄ちゃん、王様たちと取引した時世界地図を材料に使ったってことはあそこに呼ばれるずっと前からあんな会議に呼ばれるって分かってたの?」
疑問に思っていたのだろう、ディアーチェがシンに問う
「そんな訳が無いだろう。あの時点で世界地図が完成していたのは単なる偶然だ。あればこの先便利、程度の考えだった。バルガドに地図を売っている店が無かったからな、早めに作っておいて損は無いだろう? 戦略上の機密扱いになっているかと思ったら作成すらできていなかったと知ったのは図書館でその記述を見つけた時が初めてだ。あの場で交渉材料に地図を持ち出すことを思いつけたのは幸運だったな」
「そうだったんだ……あれ? でも、自分たち用に作ったってことは一枚ずつしか無かったんじゃないの?」
「あぁ、もちろんそうだ。だから地図に値段を付けて売る事にした。無料でもらえる地図ならばとりあえず参考程度になる可能性もあるからどこの国も手を上げるだろう? だが金を出してまで買うとなると話は別だ。考える時間ができ、地図の真偽に思考が行く。その結果何らかの手段でロワリュアレが作成した地図が正確なものだと判明すれば地図の交渉材料としての価値が上がる。結果としてこちらの要求が通りやすくなるわけだが……問題は一枚ずつしか無いことだ。早い者勝ちでは数か国にしか裏条約を飲ませられないからな。だが、国際機関があるのならば話は別だ。俺は国際機関に地図を売り、国際機関は地図を複写して各国に提供する。その際の真偽確認は向こうに丸投げすればこちらに文句は来ないしこちらは納得させたすべての国と裏条約が結べる」
「でもそれって、アズ・ナレプセが無かったらどうするつもりだったの? 地図の真偽だって証明する手段が無いかもしれないのに……」
「想像してみろ、アズ・ナレプセとやらがもし無かったら、バラーク辺境伯はまず誰に俺達の存在を伝え、合わせたと思う?」
「え? えーっと……あ、そっか……」
「分かったか? あの辺境伯は俺達の人数や性別、種族や戦闘能力、性格や思考傾向も事細かくまとめて自国の頂点であるエドナ王国国王のヴォルツ王に報告しただろう。もちろん俺達を取り込むことで得る利を書き記すことも忘れずにな。吸血鬼は世界中から迫害されている。が、逆に言えば誰も手を付けたがらない人材、労働力が野放しになっているということでもある。そこに吸血鬼の異人が現れたらどうするか? 普通は利用するさ。まず異人としての知識を吸い取った後にその知識の成果は吸血鬼であると国民に公表することで人々の意識から苦手意識、差別意識を払拭するプロパガンダを行い、十数年もしたら正式に吸血鬼達と交渉し、正規の労働力として雇い入れる。するとどうなる? 差別されないと知った吸血鬼達はこの国に集まるだろうな。あっという間に大量の人材輸入の完了だ。恐らくヴォルツ王はそこまでビジョンを作り上げるだろう。吸血鬼のための特区を作ることもあり得るかもな。そしてその第一歩である俺との交渉を簡単に蹴ったりはしない。そして俺の出す交渉材料である世界地図で俺の持つ力を認め、条約の締結という要求も通るだろう。問題は他国からの反対だが……それよりも有益な条件をこちらが出せばいい話だからな、負ける要素が見当たらん」
そこまで言ったあと、ディアーチェに考える時間を与えるためなのか、単に喋りつかれたのか三拍ほど間を置いてシンは言葉を続ける
「地図の真偽については、確かに確認する方法が無ければ全くの無駄だな。だがそれならそれで問題は無い。そうなれば別の交渉材料を出すまでだ。武力、知識、技術、思想、物品……出せる物はいくらでもある。地図については真偽の確認が取れ次第、本物だったら追加する条件をこちらから提示しておけばいい。こっちとしては何十年かかっても全く問題のない、あればいいという程度の条件をむこうが呑める限界までな。それと同じことを世界中の国々で非公式にやれば今と同じ現状になっただろう。アズ・ナレプセとやらがあって助かったのは事実だがな。俺が領主館で予想したのは国王との非公式の談合程度だったのだが……手っ取り早く済んで何よりだ」
呆けた様に小さな口を開けたまま器用に歩くディアーチェ。そんな様子を横目で見ながらシンは付け足すように言う
「まぁ、当然穴だらけの計画だ。今回うまく交渉がまとまったのは幸運だった。世の中運が大事な場面が多い。その運が自分ではどうにもできないものだという事実も嫌になるほどにな。お前たちもいつかそういう場面に出くわすだろうが、その時は神にだけは祈るなよ? 神というのはそこにあるだけで、決して特定の何かに入れ込むことなどないからな。そういう時は神が救いを与えるほど自分は大した者じゃないと卑屈になれ。そうすれば自分の現状に諦めと反骨精神が付いてくる」
「神様に祈っちゃダメなの?」
「あぁ、ダメだ。神なんてろくなものじゃないぞ。人は大抵伝え聞いたものに尾ひれと背びれを付けて脚色し、誇張し、自らの理想を交えて美談に仕立て上げるものだ。自分の見聞きしたものを中心に客観性を付けるならともかく、他人のいう事を鵜呑みにするのは最悪だ」
「そうなんだ……騙されないように気を付けないと」
「まぁ……早速俺の言ったことを鵜呑みにしている事に気付いてない時点でまだまだだな」
「あっ…………お兄ちゃんの意地悪」
そう言って膨れながらぽかぽかと叩いてくるディアーチェを無視してシンは町の入口あろう、巨大な門の前で歩みを止める
いつの間にか目の前にまで迫っていた門に他の面々も止まる
「身分証明書の提示をお願いします」
衛兵だろう。門の前に立っていた男達の中でも歴戦の風格漂う男が丁寧に身分証明書の提示を求めてきた
シンも特に何も言わず胸ポケットからカードを取り出して男に見せる
「これはこれは、こんなところに何の御用で?」
「仕事だ。といってもここに仕事をしに来たわけではないがな」
「どのようなお仕事で?」
「残念。それは君が聞くことのできる権限の範疇を超えているぞ」
「……そうですか、分かりました。一応他の方々のチェックをしても?」
「構わない。全員カードを出せ」
言われた面々がそれぞれカードを出して男に見せる
「はい、大丈夫です。ここでの滞在期間はどれほどになりますか?」
「足の速い移動手段が手に入り次第ここを出る予定だ」
「なるほど。どこまで行く予定で?」
「君に言う必要があるのか?」
「これは失礼。よろしければ良い厩舎をご紹介しましょうか?」
「できればこの町にある厩舎全ての場所を教えてもらいたい」
「町に入って入り口近くに集中的に建てられていますからお困りになることは無いと思いますよ」
「そうか。では入ってもいいかな?」
「ええ、どうぞ。案内役は付けますか?」
「必要ない。気持ちだけ受け取っておこう」
そんな事務的なやりとりをして一行は町に入った
シン達一行の対応をした男がまた門の脇に立ち、検問をする役目に戻ると門の内側から一部始終を見ていた男に声をかけられた
「あいつら何者だ?」
「あぁ、班長。アズ・ナレプセの関係者です。仕事でこの町を通るそうですよ」
「アズ・ナレプセの関係者? 所属は?」
「任務部門の第九部隊と書いてありましたが?」
「任務部門……実行部隊じゃねぇか。それがあんな女子供を……? ちょいと匂うな、一応連絡回して裏取っておけ。何もないならそれでいい」
「了解しました。確認してきます」
「おう、行って来い」
そんなやり取りが行われていた事はシン達は知らない。もちろんその後シン達の容疑が晴れたのも本人たちは知らぬことである
町の中に入ったシン達一行はまず馬を見て回ろうとしたが、厩舎の数に圧倒された。
なにせ町に入ってすぐ馬車が四台通れそうなほど幅の広い道が一直線に敷かれ、反対側の門が小さく見えている。恐らく二キロほど離れているだろうか、凹凸が感じられない幅広の平らな道がはるか先まで続いていて、その両側には店と思われる建物が所狭しと並んでいる。
見える範囲の店全てに一つだけ共通している奇妙な点と言えば全て入口が大きく作られていることだろうか。戦車でも通すのか? と疑問に思うほど入口が広い。
だがずらりと並ぶそれらの店の名前を見ればその理由に誰もが納得するであろう。
「『馬車倉庫アントル』、『馬車販売店シュバル』、『レンタル馬車プレット』……見事に馬車関係の店ばかりだな」
「宿場町に着くまでに馬車が破損したり部品を消耗したりすることが多いですからね。できるだけそんなことが起きないように丈夫に作っている馬車のメーカーも多いですけど安い粗悪部品で作られた見た目だけ高級そうな馬車が高額で売られているぼったくり商品もありますから……」
「馬車のメーカーまであるのか。選ぶのに苦労しそうだな」
「メーカーによって売りにしている部分が違いますから、目的によって数台の馬車をストックしてる人もいるらしいですよ」
「最近はレース用の馬車も増えてきたんだよ! あたしたちのいた村でも毎月レースやってたし!」
「お姉ちゃんはいっつも見に行ってたもんね。私はあんな危ない競技見てるより本読んでた方が好きだったけど」
「速く走れるものがあると人の考えることは変わらんな……まぁいい。とにかく店に入るか」
そう言って馬車の販売店に入るとテーブルで帳簿のようなものを付けていた男が作業を止めて椅子から立ち上がる
「いらっしゃいませ。何かご入用でしょうか?」
「馬車を買いたい。なるべく頑丈で壊れにくく、それなりの人数を載せられるものをだ」
「失礼ですが、お客様は何名でしょうか?」
「今ここにいない者も含めて十人だ」
「十人以上でのご利用でなるべく頑丈なものとなりますと……そうですね、バンツァー製のドレッドグルーム、ゼネティクス製のロシュタルト、同じくゼネティクス製のファルマーなどがございます」
条件を言っただけでまるでカタログがそこにあるかのようにスラスラと答えた男。隣で聞いていたフェニーチェが目を輝かせていることからどれも有名な馬車なのだろう
「実物は見れるか?」
「もちろんでございます。セーレ君、お客様を案内してくれ」
「かしこまりました。お客様、こちらでございます」
男に指示された落ち着いた雰囲気のある年配の女性が店の奥にシン達を案内する
案内されたガレージにも見える場所に所狭しと、しかし魅せるために置かれているのだとわかる絶妙な配置で置かれていたのは様々な形や大きさをした馬車の群れであった。
「うわぁぁぁ……すっごぃ……」
感無量と言った声を上げたのディアーチェだ
「これは中々……管理が行き届いていますな」
唸るように隅々を見渡してそういうのはロフォカレか
「当店が保有、販売している馬車は全て徹底した品質管理の下、お客様のお手元に届くよう努力しておりますので。他の馬車も見て回りますか?」
「いや、先に彼が言っていた三台を見ることにしよう」
「かしこまりました。こちらでございます」
そう言われて案内させられたのは『無骨』。
そんな言葉がしっくりくるような飾り気のない巨大な馬車だった。
金属光沢を放つ骨組みにシンの知っているものよりも四倍以上の厚みがありそうな車輪が左右三つずつ。格子状に加工された網戸の様なものが付けられている窓に直方体のようなフォルム。
全体的に高い車高に、外に出っ張っているより自動車の様に車体の下に収まっていると表現できるおおきな車輪。
馬車、というより現代の軍用車のような印象を受けるそれを一行がしげしげとみていると最初に対応した男が板を片手に戻ってきた
「いかがでしょうか? バンツァー社のドレッドグルーム。十二人乗り、百ミリの装甲と車体を支える可動式六輪、前面と後面に計十四のライトを備え、高い車高と車輪を交換することにより全地形に対応可能な次世代型高性能車両です。バンツァー社製の馬車はその頑強さから軍用の補給車両に使われることも多く、世界中から評価を得ているので信頼性は高いですよ」
「すごい……これを自分の目で見れる日が来るなんて……」
なぜか感極まっているフェニーチェを無視してシンは話を進める
「カタログスペックは?」
「こちらでございます」
男が持っていた板をシンに渡す。板にはバインダーの様に三枚の紙が留めてあり、おおよその外観と細かいカタログスペックが記されていた
「重量二十トン、最高速度は時速約五十キロ、最大積載量は三十四トンか……これはどんな馬で引かせた時の速度だ?」
「馬車の最高速度基準は平均的なバルトリオ種を四頭使って舗装された道で計測されています」
「なるほど、ちなみにそのバルトリオ種より力の強い馬はいるか?」
「えぇ、それはもちろん。バルトリオ種は馬としては中の上程度の部類ですから」
「なるほどな、参考になった。他の二台を見ても?」
「ええ、もちろんでございます。こちらです、どうぞ」
次に紹介されたのは白い塗装が特徴的な馬車だ。
全体的になだらかな曲線を描いており流線形のデザインとなっている。四輪のオーソドックスな馬車の形態だが特徴的なのは後輪が車輪を二つ横に並べたいわゆるダブルタイヤになっている事だろうか。
「ゼネティクス社製、ロシュタルトでございます。木製ですが素材は木材としては最高クラスの強度を誇るものが使用され、塗装には石灰を使用した塗料を使用しているため火が燃え移ることも湿気で腐食することもありません。後輪に車輪を二つ平行に付けることで耐荷重量を増やすことに成功しました。金属製のものと同程度の頑強さを維持しながら軽量化に成功した傑作でございます」
カタログスペックは重量二トン、最高速度は約八十五キロ、最大積載量は十トン。
「なるほど、良い性能だな」
「それはもう。何といってもゼネティクス社が持てる技術の粋を凝らして作られたと言われているほどですから」
「最後の一台を見ても?」
「もちろんです。こちらです」
そして立ち止まったのは先程のロシュタルトと同じくらいの大きさの馬車であった。
「ゼネティクス社製の最新作、ファルマー。サイズはロシュタルトとほぼ変わりませんが最大の特徴は見てわかる通り車輪の大幅な改良です。従来の金属や木、魔物由来の丈夫な素材ではなく、樹脂や半固形の魔物素材を使用した『衝撃の吸収』をコンセプトにした車輪で、この馬車が発売されてから馬車本体だけではなく車輪の発注競争が起きています。もちろん本体も高性能。夜間の走行を補助するため大型のライトや御者を守るための魔導具がデフォルトで付いています。さらに内装も機能美を形にしたような美しいデザインとなっております。ロシュタルトに続き後輪を二つ水平に付けるよう設計されているため耐荷重量も一級品です」
カタログスペックは重量三トン、最高速度九十五キロ、最大積載量二十二トン
「買うとしたら値段はそれぞれいくらになる?」
「そうですね……オプションを一切つけないのであればドレッドグルームは二千五百万G、ロシュタルトは三千四百万G、ファルマーは二千万Gほどになります」
「ファルマーの車輪をドレッドグルームとロシュタルトに付けることは?」
「可能です。しかし私共の方でも現在は入荷待ちの状態でございまして……付け替えるとなるとロシュタルトは一輪八万G、ドレッドグルームですと一輪十五万Gほどになってしまいますが……」
「できるのならいい。あぁそれから一つ聞いてもいいか?」
「はい、いかがいたしましたか?」
「上の中か下の馬を買うにはいくらほど必要か相場は分かるか?」
「そうですね……馬の種や毛並みによってまちまちですが……おおよそ一頭三百万から五千万Gといったところでしょうか」
「三百万からか……すまないな、手間を掛けさせた。一応内輪でどうするか相談したいのだが、いいか?」
「えぇ、もちろんでございます。馬車を買うのは一大事、それもこれほどの馬車をお買い求めくださるとなると、決めるのは一大決心でございますから。よろしければロビーの談話スペースをお使いください」
「あぁ、ありがたく使わせてもらおう」
そんなやり取りの後ガレージ内を忙しなく見ていたフェニーチェを引きずり、全員談話スペースの椅子に座ってこの店で用意できるという馬車の一覧をカタログスペックと共に見比べていたのだが、悪魔たちはほとんど興味が無い様子。
「お前たちは楽に移動できれば何でもいい。だろ?」
「ま~ね~。リガウロスとか椅子に座ったままもう寝てるし。」
「私も馬車のスペックとか見せられても正直よく分からないです」
「私もよく分かんないなー」
クロ―ディアもカタログを見てはいるものの何の用語が一体何を表しているのかが分からず頭の上にクエスチョンマークを浮かべているような状態である。
彼女の知識は基本生活に根付いているような身近な知識を広く浅く知っているため専門用語が出てくるような話になると理解が追い付かない。
ディアーチェも似ているが彼女は生活習慣の中で育んだ知識とは違い、本の中から大量の知識を吸収したためいったいどこでそんなことを知ったのか? と疑問に思うような一般教養とは少しずれた知識を広く浅く持っている。
「やっぱり車体重量で判断すべき? いや、でも魔物に襲われたら頑丈な方が……でもやっぱり両方兼ね備えたほうがいいのかな……」
だがこの中で一人だけ、食い入るようにカタログを見て自分がブツブツと呟いている事にすら気付いていない少女は違う。彼女は狭い範囲の知識しか持っていない。
とても狭く、役に立つかもわからない……それこそ自分が興味を持ったことに関する知識しか持っていない、持とうとしなかった。
だが興味を持ったことならばどこまでも貪欲に知ろうとした彼女の知識は狭く、されど深いものであった。
そんなフェニーチェは野生の勘か、はたまた集中が切れたのか、ふと顔を上げる。
すると目に入ったのは自分を見つめる八人分の目線。ようやく自分が考えることに没頭してたことに気が付いたのか顔を赤くしてカタログの紙で自らの顔を視線から守るように隠した
そんなフェニーチェを見て一同はシンに視線を向ける
視線を受けたシンは肩をすくめるとフェニーチェからカタログを取り上げた
突然自分の手の中から消えたカタログに驚いたのかフェニーチェは不思議そうに顔を上げてシンと目が合った
「フェニーチェ、この際機能云々だの引く馬がどうだの値段がどうなるだの俺達は、少なくとも俺は一切言わん。この中で馬車に関する造詣が一番深いお前がどれを買いたいのか、何を付けたいか言ってみろ。お前の好き嫌いで判断していい。それを俺達の足にする」
そう言われたフェニーチェは何を言われたのか分からないという風に口と目を開けっ放しにしていたが、十秒ほどして言われたことを理解したのか首を横に振り始めた
「だ、だ、だ、ダメだって! すごくお金かかるんだよ!? こういうのはやっぱり皆で決めたほうが――」
「全員カタログ見ても何が良くて何が悪いのかよく分かってない。そもそも馬車にそんなにこだわりを持っていない。だがどうせ買うなら良いものがいいということも理解してる。そして馬車の良し悪しが分かるのはこの場でフェニーチェ、お前しかいない。お目意外に適任がいるか?」
「――え、う~えっと、だって……そんな……やっぱりご主人様が決めた方がいいよ……」
「どれを買うか決めてオプションやらその他諸々決めるのは面倒だ。断る」
「えぇ……」
「フェニーチェよぉ、諦めて潔く決めちゃいなよ~。相棒はこう見えて変なところで面倒臭がるからな~。昔に比べりゃ大分マシだけどさ」
「余計なお世話だ。そういうわけだから何をどう買うかはお前が決めるんだ。俺は少し外に出るが時間的に余裕がないからな、他の店に行くのは無しだ。五分以内に決めろ。ちなみにこれは奴隷に対する主人の命令だ分かったな」
「そんなぁ~……」
言いたい事だけ言って店から外に出たシンを追うこともできず、力なくテーブルに突っ伏したフェニーチェ。そんな傷心の少女に忍び寄る悪魔が一匹。
「フェニ~チェ♪ もういっそのこと好き勝手にオプション付けて趣味に走っちゃおうぜ? 大丈夫大丈夫、相棒がいくらでも使っていいって言ったんだから。それに金ならお偉いさんに地図売りつけたからたんまりあるだろうし♪ フルオプションでカスタマイズしちゃおうぜ~。高級馬車を自分の好きなようにいじれるまたとない機会じゃんか~。へーきへーき、相棒だってこのくらいじゃ怒らないから。な? やっちゃおうよ、やっちゃおうぜ、やっちまえって」
五分後、店に戻ってきたシンが見たのはホクホク顔のディーラーの男と、幸せそうな笑顔でなぜか涙を流すフェニーチェと、両者を見て頭を掻いているメレク、そして前方を照らすための大型のライトや新型の衝撃吸収車輪、撥水加工でもしたように輝くシークレットサービス御用達の様な黒い車体、御者台の上に小さな幌が付いていたり乗り降りするための後部扉が大型の金庫を彷彿とさせる様な作りになっていたりと、正規品に違法改造でも施したかのような巨大な馬車であった。
「なるほど、こいつを選んだか……それで? 随分とオプションを付けたようだが、結局いくらになったんだ?」
「はい、こちらバンツァー製ドレッドグルームにオプションとして大型ライト四基と衝撃吸収車輪付け替えを六輪分、さらに予備として更に六輪分、耐水加工と塗装、車高調整、御者台の幌、出入扉の強化、内部のオプションとして座席拡張、安全ベルト、衝撃吸収マット、保冷箱一基、保冷箱のエネルギータンク一基、御者台と座席を繋ぐのぞき窓の拡張、座席下部の荷物入れの追加。以上のオプション追加で合計三千八百七十万Gとなります」
「ほぅ……かなり付けたな。それにしてもよくもまぁ五分でこれだけのオプションを付けたものだ」
「いえいえ、フルオプションでのカスタマイズをご希望されるお客様がなぜか当店にはしばしばいらっしゃいますので、お待たせするのも忍びないと思いあらかじめ取り扱う車両の塗装以外をフルカスタマイズしたものをご用意してあるのですよ」
「なるほどな。賢いやりかただ。三千八百七十万Gだったか?」
「はい。カードでお支払いなさいますか?」
「あぁ、そうしてもらえると助かる。あぁそれと、領収書はもらえるか?」
「はい、少々お待ちくださいませ」
「あれ? 相棒、現金引き出しに行ったんじゃないの?」
「少し野暮用があってな、大したことじゃないから気にするな。それより代金を払い終わったら次に行くぞ」
「次って?」
「馬車を買ったのなら次は当然馬に決まっているだろう」
一行の足を確保するための買い物はまだ続く――
光樹の断面がいまいちピンと来ないという方は「アメジストドーム」で画像検索してみてください。
樹の形をしたドームの空洞部分に樹液、アメジストの部分が木材になる所、岩の部分が外皮だと思えば少し想像できる……かも(表現力が貧弱でごめんなさい)
それからカードでの支払いについてですが、この作品の世界観では「鉱物類の地下資源は硬貨なんか作るのに使うより武器防具に充てた方がいい。金なんか作ってる余裕無い」
という進んでるのか遅れてるのかよく分からない理由で電子マネーのようなものが割と一般的に存在しています。(全財産を現金で保管してるような人は大抵入金履歴調べたらヤバい金が入っていたことが発覚するような連中です)
人と魔物との生存競争真っ最中です。
ちなみにこの作品では一般人でも倒せるような魔物は存在しません(´・ω・`)
かわいいスライムとかギーギー言う小汚いゴブリンが出てくるのを待っていた読者様がいたのならごめんなさい……




