22 空の密偵
「ここが冒険者協会支部か……」
朝食を食べた後全員を起こしたシンはダムルに一番近い冒険者協会支部の場所と行き方を聞いて一人で来ていた
建物自体は大きく、三メートルはありそうな扉にところどころヒビの入った窓、剥がれたタイルが目に付く入口とお世辞にも綺麗とは言い難い
「想像していたよりはマシか」
そんな感想を独り言で呟きながら支部に入ろうとしたその時
「手間かけさせるんじゃあねえよ。このクソガキがぁ!!」
そんな声と共に扉が勢いよく外れ、中から人が飛んでくる
シンが一歩横にずれて飛んできた人を避けると中から更に手斧が回転してシンの頭目がけて飛んできた。
それもシンは難なくキャッチすると刃をタイルが剥がれて露出した地面にめり込む様に落とす
よく砥がれているのだろう、ドスッと重い音を立てて金属製の手斧は倒れることなく地面に刺さった
何となく飛んできた人を見るが、骨折や内臓破裂はしておらず目立った外傷も無い。
放っておいても死なないだろうと判断したシンはそのまま支部の中へ入ろうと、ドアがあった入口をくぐるも今度は武器の代わりに怒声と拳が飛んできた
「いい加減に消えろ、クソガキィ!!」
そんな言葉と共に飛んできた右拳を素早く外側に避けると、拳を放った手首を右手でつかみ、踏み込んだであろう右足を左足で払った後即座に右足も払う。
一瞬宙に浮いた男のズボンを左手でつかみ上げ、同時に両ひざを左足で上に蹴り上げる。
シンに掴まれた右手首を中心に大きく一回転し、途中で放された右手首と左腕を振ることで見事に男は着地を決めた。
「頭は冷めたか? 攻撃するなら相手をよく見てからするんだな」
「あ…………あぁ……すまねぇ兄ちゃん。迷惑かけたな」
反射的に腕を振って着地を決めたはいいものの、自分がやられた事に理解が追い付ていないのか呆然と受け答えをする男。
そんな男の様子など知ったことではないとさっさと中に入るシンだったが、中にいる人々の目が完全にこちらを向いている。
それはそうであろう、人が宙に投げ飛ばされて一回転して着地したのだ。それなりの音もするし衝撃も伝わる。加えて見ない顔の男が突然そんなことをやったのだ、注目されるのも無理はない。
とはいえそんなことも日常茶飯事なのか、次第に注目されなくなっていき、人々の喧騒で賑わっていく
「まったく、人のことは言えんな」
そう呟くシンの声は誰にも聞こえない。
シンが拳を前にして反射的に取ったあの投げは人を殺すためのものだ。本来ならば手首を放さないまま地面に叩きつけ、手首の関節を極めるか肩の関節を破壊すると同時に全身を打ち付ける痛みで敵の動きが止まった所を左手に持ったナイフで首を掻き切るか靴に仕込んだナイフで頭を抉る……というえげつない技なのだがそんな事をすればもちろん殺してしまうので空中で手首を放した。
反射的に出てしまった技だが、相手をよく見ればもっと静かな技も出せた……というより拳を避けるだけでよかったのだ。
本当に人の事は言えないのである
「さて、依頼はどこだ?」
そんなことを言いながらゆっくりとあたりを見回し、依頼の受注などを行っている場所を探すが、どうやら入り口付近にあるのは受付のみでさらに奥にスペースがあるらしい。
入口から見て左には階段があるが、休憩所と書かれていることから依頼を受けるのに階段を上る必要はないだろう
ちなみに右側には食堂らしきものもあり、朝早くだが多くの人々が利用していた
シンが受付の両隣にある扉の片方を開けて人が二人通れるほどの通路を抜けると、まず目についたのは巨大な電光掲示板のようなものと、それを見て指をさしたり隣の者と話し合ったりしている武装した集団、それが生み出す喧騒である。
恐らくは貯像水晶と呼ばれるカメラのようなものの応用なのだろう、電光掲示板には次々と情報が更新されている。
依頼した日時、依頼名、依頼内容、報酬、期限、推奨ランク、受注状況、受注者名、受注した日時が表示されているのだろう。十秒に一度ほどのペースで電光掲示板の内容が更新され、未受注と書いてあった依頼が受注済に表記が変わっていく。
そんな受注競争とも言える朝の慌ただしい雰囲気の中、複数の電光掲示板があるにもかかわらずなぜか入口に最も近い掲示板だけが賑わっていることにシンは気付く。
その理由を確かめるために上から見れば三角形を形作っているだろう三枚の巨大電光掲示板の周りをゆっくりと歩いて行くとその理由もすぐに判った。
他の二枚の掲示板は指名依頼専用の掲示板と推奨ランクが軒並み高い依頼ばかりが掲載されている掲示板であったからだ。
この二つの掲示板は賑わっている掲示板と比べても全くと言っていいほど更新されず、そのほとんどが受注済か達成済の表記になっている
もう一度賑わっている掲示板を見ると先程最新であった依頼はもう掲示板の中ほどまで来ていた。
掲示板に掲載されている依頼数がざっと百近い数であることから三分ほどで五十近い数の依頼が舞い込んできている事になる。
流石に多すぎないか? と疑問に思ったのも一瞬、依頼内容を見れば納得できるであろう。
依頼内容の中には依頼を行う場所も書かれていて、それには世界中の大陸の名前から表記されていた。つまりこの掲示板に載っているのはエカルタス大陸のバルガド、つまりエドナ王国内のみで発生した依頼だけではないという事。
世界中の依頼が表示され、世界中の冒険者たちが依頼を受けているのがリアルタイムで見れるというのは中々どうして、前の世界での株式市場の様子と似通っていた。
「さて、依頼を受けるにはどうするのやら……」
「よぉ、兄ちゃん。依頼を受けるのは初めてかい?」
「ん? あぁ、さっきの」
「ブリックってんだ、まぁそれはいいとして、依頼を受けるんならあっちの魔道具で受けるんだぜ。冒険者なら左端以外の、冒険者以外で受けれるライセンスを持ってるんなら左端だ」
言われた方向を見てみると、確かに銀行口座のように隣が見えないよう区切られたスペースに鉄道の切符売り場のような魔道具が備え付けられている。
「ほぅ……あんなところに魔道具が置いてあったとはな。気付かなかったよ、礼を言う」
「気にすんなって。間違えて殴り掛かっちまった礼だ」
「そうか。そういえば……」
「あん? どうかしたか?」
「いや、あの坊主は吹き飛ばされた割にかなりの軽傷だったなと思ってな。いい腕をしている」
「あぁ、最近多いんだよあの手のクソガキが。生まれてからまともに魔物と戦ったこともねぇくせに、そこらへんの野生動物十匹二十匹狩れたくらいで相手にできると思ってやがる。しかも狩ったのが草食動物ってんじゃ話にもなりゃしねぇ。せめて熊を素手で倒せるようになってから来いってんだよなぁ」
「動物千匹魔物一匹……だったか?」
「おぉ、知ってんじゃねぇか兄ちゃん。そうそう、魔物一匹の戦闘力は同種の野生動物の千匹分ってな。昔から言われてんのに最近のガキどもはそんなことも知りやしねぇ。まったく、冒険者嘗めてるよなぁ?」
「そうかもな。まぁ俺は冒険者ではないから何とも言えんが。ともかく礼を言おう、助かった」
そう言って左端の魔道具に向かって歩いて行くシンをブリックは少し驚いたように見るが少し慌てた様にシンを止める
「お、おい。おいおいおいおい、ちょっと待て、兄ちゃん冒険者じゃないのか?」
「だったらなんだと言うんだ?」
腕を掴まれてブリックの方を振り向かされたシンが少し不機嫌そうに答える
「だったら冒険者になって俺のチームに入らねぇか? さっきの腕を見る限り対人戦闘の腕前はかなりのもんだろ? 兄ちゃんだったら――」
「断る」
「――報酬も……へ?」
「聞こえなかったか? 断る」
「なぁ、頼むよ。俺達のチームは魔物との戦闘は中々なんだが対人戦となると――」
なおも話し続けるブリックに話を聞かせることを諦めたのかシンは一つため息をつく
それを別の意味で諦めたと勘違いしたのかその顔に若干の喜色を浮かばせてブリックは話し続けようとしたその時、
「ブリッツ。なぁブリッツ。俺は二度も言ったぞ、同じことを三度も言わせるな。分かるか?」
ブリッツの首元に周りからは見えないようにナイフの刃が当てられた
周りの人々からはシンが右手をブリッツの右肩に置いたようにしか見えていないだろう。
しかし実際はシンの右手にはカランビットナイフと呼ばれる通常のナイフと違い、内側(刀と逆の方)に反ったナイフが逆手で握られ、その刃がブリッツの首前面を覆うように当てられていた。
このままシンが右手を横に引けばブリッツの首が掻き切られる。
本人もそれを理解したのだろう、シンから静かに出される殺気に脂汗を流し始めた
「次はないぞ、おとなしく仲間の所に戻るか? それとも仲間に自分の血が何色か確かめてもらうか?」
「……わ、分かった。あんたの勧誘は諦める。だからナイフをどかしてくれ」
「…………いいだろう。『冒険者は自由の中にルールを見出す者であれ』、そうだろう? あまりしつこいと愛想をつかされるぞ、気を付けろよ」
「あ、あぁ。肝に銘じておくよ」
「ではお互い仕事に戻ろう。良い一日を、ブリッツ」
「あ……あぁ、良い一日を」
まるで何事も無かったかのように別れの挨拶をして魔道具へと向かっていくシン。その右手にさっきまで確かに自分の首元に当てられていたナイフがいつの間にか握られていないことに気付くとブリッツはその技術の高さに戦慄したように身震いした。
「さて、これが依頼を受ける魔道具か。……分かりやすくて何よりだ」
魔道具には様々なボタンが付いていたが、幸いにもどのボタンが何に対応しているのか細かく書いてあったため、特に問題なく依頼を受けられた。
「しかし何と言うべきか……人が作るものというのはどこの世界でも似通ってしまうものなのかもしれんな」
本人確認のために身分証明代わりのライセンスカードを入れるための差込口があったり、硬貨を出し入れする部分が見たことある形だったりと、どこか異世界と前の世界が混ざり合ったような感覚を覚えたのかシンは感慨深そうに呟くのだった。
依頼を受け終わったのならもうここには用は無いとばかりに足早に出口に向かっていくシン
まだ鳥のさえずりが人々の賑わいと同じくらいに聞こえる時間帯、時刻は午前六時といったところか。
そんな鳥と人の声の混ざり合いを聞きながら水精の庭まで歩いて行こうとするが、行く道を遮らず、かと言って無視するのは憚られるような嫌らしい位置に立つ男が行く手に待ち受けていた。
「おや、奇遇ですね。冒険者協会の支部に何か御用でもあったんですか?」
「これはこれは、武装警備隊の総隊長さんがこんな荒くれのたまり場の前に何か御用かな?」
「……ええ。実はあなたに訊きたい事がありまして」
「それはそれは。このところ人探しにご執心だったようだが……探し人は見つかったかね?」
「ははは、よくご存じで。残念ながら僕の探している人は中々見付からなくて困っているんですよ。そこであなたにお手伝いをお願いしたく」
「残念ながら俺達はもうじきここからいなくならねばならないのでね。そのお手伝いはできそうにないな」
「おや、そうですか。冒険者協会の支部へは?」
「ご想像の通り。報酬目的で依頼を受けにいっただけだが……どうかしたか?」
「いえいえ、特にこれといったことは。しかしそうですか、手伝ってはいただけませんか」
「そっちには優秀な人材もいるのだろう? 応援でも呼んだらいかがかな?」
「それもいいのですが、生憎と先日の魔物襲撃で十分な成果を出せず、再び襲撃があるかもしれないということで迎撃と防衛強化に人員を割かれているのが現状なんですよ」
「そうか。まぁこちらとしては頑張ってくれとしか言いようがないな」
「そうですか、引き留めてしまいすみませんでした」
「気にするな。この程度の雑談ならば仕事に支障も出ない」
そう言ってライデルに背を向けるシン
先程時間が無いとはいえ強引に勧誘を断った彼と同一人物とは思えない言葉だが、相手によって最も時間のかからない話の流し方というのは違うものである。恐らくライデルの場合は言葉で断った方が早いとシンは判断したのだろう。
「……一つ、訊いてもいいですか?」
「……何だ?」
「あなたが持っている情報、いったいどこから仕入れてくるんです?」
心なしか低くなった声色で背後から受けた問いにシンは薄ら笑いを浮かべながら答える
「俺は鴉を飼っているんだが、そいつが中々奔放な性格なのかすぐにフラフラとどこかへ行ってしまう」
突然そんなことを言い始めたシンは背後から困惑したような気配を感じながらなおも続ける
「そいつが戻ってくるのは餌を強請ってくるときなんだが、少々高い餌で餌付けしてないと戻ってこないのが難点だな。だが頭が良くて見聞きしたものをたまに教えてくれる。暇があるなら鳥でも飼ってみたらどうかな?」
「…………その鳥、カラスと言いましたか? どこで見つけられるんです?」
「さあな、人に訊かなければ答えを見つけられないのは感心しないぞ若者よ」
挑発するような、からかわれているような声色で言われ、肩越しに振り返って薄ら笑いを浮かべる口元と眼鏡の奥の紅い眼光を見せつけられるようにされたライデルは自らの拳を固く握った
そんなライデルを見たシンはもう話は済んだと振り返ることなく歩みを進める。
質問に対する答えがどういう意味なのか俯いて考えるライデル。朝日が差すその地面に不意に影が横切った。
彼がその影を追うように顔を上げると一羽の鳥……体中の羽毛が全て漆黒で彩られた見たことのない鳥が大通りの人混みに入ろうとするシンの肩に止まる。途端、鳥の形が崩れてシンの肩に吸い込まれるように消えていった。
それを見たライデルはしばらく惚けていたがシンが人混みに紛れて完全に見えなくなった頃に乾いた笑い声を上げた
「ハ……ハハハ……何ですかあれ。鳥が吸い込まれた?」
そんな他人からすれば意味不明な事を呟いた直後、ハッとした様に顔を上げた
「飼っている鳥が見聞きしたことを教えてくれる……? あぁ、なんだ……そういう事ですか」
疲れたようなため息を吐き出した後、どこかスッキリとしたような、安心したような顔つきでライデルは武装警備隊の詰め所へ歩き出した
「あの吸血鬼、どうします?」
離れた場所から見ていた隊員がライデルに近づいて問う
「もう大丈夫でしょう、監視員を半分にして彼らに休暇をあげてください。履歴書を精査している隊員にも必要無くなったので補強工事の手伝いをするようにと」
「……と、いう事は?」
「えぇ、我々の中にスパイなんて存在しませんでした。全て彼一人で集めた情報のようです」
「……そうですか、良かったです」
どこかホッとした様子の隊員に頷いて答えるライデルだが、隊員の手の甲に引っかかれたような赤い痕があるのを見つける
「その手、どうしました? 少し血が出ていますが?」
「え……あぁ、これは先程まで隠密していた場所にいた鳥に爪で引っ掻かれてしまいまして……」
「建物の屋根にでもいたんですか?」
「えぇ、私が到着したすぐ後に私の近くに降りてきたのですが羽ばたかれて標的に気付かれたらあれなので放置していましたが……」
隊員が少し言い淀んだことに疑問を持ったライデルは先を促す
「それで?」
「お恥ずかしい話ですが、ずっと私を見ているのが気味悪くなってしまいまして……手で追い払おうとした時に引っ掻かれてしまったんです。それでつい捕まえようとしたのですが一向に捕まえられなくてですね……標的が総隊長から離れる時には飛んで行きましたよ」
あそこまで鳥におちょくられたのは初めてです、と苦笑い気味に話す隊員。
だがライデルはその話がおかしいことにすぐ気付いた
「……待ってください、捕まえられなかったんですか? あなたが?」
「は? えぇ、まぁ。父と狩りに行った時を思い出しましたよ、あの時も兎や鳥に遊ばれてしまって……」
そんな思い出話を話し始めた隊員の声を聞きながら、ライデルは内心の戦慄を隠すように適当な相槌を打っていた。武装警備隊の一番隊に入れるような腕利きが野生動物の鳥一匹捕まえられないはずがない。普通の鳥なら初手で鷲掴みにされて捕獲されるだろう。
それに隊員のことをじっと見ていたと言っていた。気味が悪くなるほどに……
「そういえば、その鳥はどんな鳥だったんですか?」
何でもないように聞くと、半ば予想していた答えが返ってきた
「そうですねぇ、まず見たことないくらいに真っ黒な鳥でしたよ。目も嘴も腹も羽根も。足まで黒かったときはちょっと驚きましたね。そんな真っ黒な鳥が自分をじーっと見つめてくるのが余計不気味でしたよ」
軽く笑ってそう言う隊員
「……どうやら彼はこちらと進んで敵対するつもりは無いようですね」
「はい? 今何と?」
「あぁ、いえいえ。独り言ですよ、独り言」
「そうですか。ならいいんですが……」
「良くないですよ」
「え?」
「鳥一匹捕まえられないような軟弱者はすぐ死にますよ? 詰め所に戻ったら久々に模擬戦闘でもしましょうか」
「え゛……あ~あの、ほら、隊長も連日の勤務で疲れているでしょうからたまにはお休みになっては?」
「大丈夫ですよ、ここ最近書類仕事ばかりでしたからたまには隊員たちと一緒に訓練してお互いの信頼を強固なものにしなくては!」
「最悪だ……」
「何か言いましたか?」
「いえ、何でもないです!」
「よろしい、では詰め所に着いたら早速始めましょうか」
「はい…………」
意気消沈したような隊員を引きずるように詰め所に戻るライデル。
彼は理解していた。もしもあの時、あの吸血鬼がこちらに敵対していたら、自分の腕の先で泣き言をブツブツと呟いている隊員が既にこの世に居なくなっている事を。
普段当たり前のように生きていて、命を懸けることも少なくない仕事に付いていながらそれが当然と思えるほど強い隊員達の命をまるで赤子の手を捻るように容易く消し飛ばせる存在。
そんな化け物が自らと敵対していない今この瞬間を神に感謝しながら歩くライデルは、あれに正面からぶつかっても生きて帰れるまでに強くなった隊員たちの姿を想像していた。
あれとぶつかって生きていられるには今より強くなるしかない。そしてそれを叶えることができるのは現状自分しかいない。
ならば、自らの人生を懸けて自分の周りの大切な仲間が強大な敵に相対しても生きられるように強くしよう
そんな事を考えながら歩くライデルの姿は今日も道行く人々の話題に上がる。
だが使命感と責任感とやる気が混ざり合ったようなその表情は、普段の優男のような印象ではなく、精悍な戦士のようなそれを人々に与えたという。
この日から武装警備隊の訓練は以前よりも洗練されたものに変わり、ライデルの人気も心なしか上がったそうだ。
「おう、もう行くのか?」
「あぁ、空船の発着場は首都にしかないのだろう? アストレア大陸に着くまで空船で二日かかるそうだからな。依頼にどれほどの時間がかかるか分からない以上、出発するのは早い方がいい」
「まぁ、お前さん達が言う事も分からんでもないが旅の準備はできてるのか? 今は魔物のせいで貿易馬車も乗合馬車も出てないから隣の街まで歩くことになるぞ?」
「なら尚更だな。心配するな、物資の調達は済んでいる」
「そうか、なら何も言わねぇよ。行って来い」
「お金は持ちましたか? 着替えは? 食べ物と水もちゃんと準備しましたか? 知らない人には付いて行っちゃダメですよ? 他の方達から離れるのも良くないですからね? ちゃんと帰ってくるんですよ?」
「はーい! 絶対帰って来てここのおいしい料理食べるから待っててねー!」
「あはは、アリアさんお母さんみたい」
「心配しなくてもちゃんと帰ってきますよ」
男と女で違いはあれど、その内容に大差は無かった。
「あぁ。行って来る」
「行ってきまーす!」
「行ってきます」
「行って来ます」
そんな言葉と共に一行は水精の庭を出て行く
メレク達はすでに宿を出て旅に必要な諸々を揃えて門で待っている予定だ。
シン達の姿が大通りへ続く道へと消えると、二人は一行の旅路の無事を祈るように寄り添うのだった
「心配すんなよ、二人とも。俺達の見立てじゃ~あいつら女子供以外は相当強いぜ」
そんな声を出した人物を二人は食堂の隅に見つける
二人に見られた男……否、男達は強い酒の入ったコップを片手にだらだらとトランプの様なカードゲームに興じていた。
「あ~クッソ。負けたなこりゃあ」
「ヘッヘッヘ、またリーダーの一人負けだ」
「リーダー弱すぎんよ、これでいくらだ?」
「まーた負けたのかリーダー。ヒャッヒャッヒャ」
「おいおい、リーダーいじるのそこらにしとけよ。また報酬少ねぇのジャンジャン持ってこられたらたまったもんじゃねぇぞ」
「ハハハハハ、あれは笑ったぜ。マジで地獄だったよなぁ」
「おめぇらうっせえよ、静かに酒も飲めねぇじゃねぇか」
「そういうおめぇもうるせぇよ。良い夢見てたのに起きちまったじゃねぇか」
ダラダラとやる気のない声でやる気のないことを喋る男達にダムルは呆れたように声をかける
「お前らなぁ……ちったぁ生産的な活動でもしたらどうだ?」
「そう言うなよ、ダムルの旦那。俺達が動いてねぇ時の方がこの国は平和なんだぜぇ~?」
「生産的な事つったらおめぇ、娼館にでも行けば良いんじゃねぇのか?」
「あ~そりゃ確かに生産的だわなぁ……つまんねーよ、ボケ」
「くっだらねぇー。酒が不味くなるからやめろ」
「フルボッコにされてやんの、あ~酒がうめぇ」
「くだらなすぎて眠くなってきたわ。もっかい寝る」
「もうちょい上手いこと言えよ。あ、アリアさんおつまみある?」
「お酒も追加で~」
「はいはい、ちょっと待ってくださいね」
「本当にお前たちはよく分からんな……昼間っから酒飲んでグダグダしてる時もあるわ急にバカみたいな数の依頼を受けてきたりするわ、そのくせ金だけはしっかり払いやがる……何考えて生きてんだ?」
「行き当たりばったりでどこまで生きられるか?」
「死なない程度になるべく怠惰に生きたい」
「とりあえず酒に困らねぇ生活」
「大体他の奴らと同じだわ」
「右に同じ」
「とりあえずあんま動きたくねぇ」
「働かなくていいならそれに越したことねぇよ」
「……zzz」
出るわ出るわダメ人間の典型の様な答え。最後に至ってはすでに寝ている
「マジで何でこんな奴らが家に来れるんだ……」
「そりゃあ旨そうな飯の匂いに釣られてきたに決まってんだろ。旨い飯を作れる自分を恨むんだな」
「ちげぇねぇ。ダハハハ!」
「おぅおぅ、もう昼じゃねえか。旦那ぁ、飯くれ」
「犬かお前らは……できてるからちょっと待ってろ」
「あぁ~今日も酒がうめぇなあ~」
「ここに入れてくれた精霊ちゃんには感謝だわ~」
「ありがとう、水の精霊様! 愛してるぜぇ~」
そんな事を言った男達の上に水の玉が生まれると男たちの頭に落ちた
バシャッと結構な水量を頭にかけられた男達は目を瞬かせると頭から水を被った互いの姿に馬鹿笑いする
「あれで酔いが醒めねぇとかどんだけ酔ってんだよお前ら……」
「まぁこんくらいで酔いを醒ますほどぬるい人生歩いちゃいねぇよ~。それより昼飯まだかよ旦那ぁ~」
「はいはい、お待たせしました。皆さんの昼食とお酒とおつまみですよ」
「うひょ~うまそ~。酒に合いそうな料理だぜ~」
「お前らならどんな料理でも酒と食うだろうが」
「アリアさ~ん、このおつまみなんだ? 見たことねぇぞ」
「貝の酒蒸しですよ。食べてみてくださいね」
「うおぉぉ……うんめぇ~酒が進むぜ」
ここは大通りから少し外れた宿屋、水精の庭
宿で使われる水全てを賄えるほどの精霊に好かれたエルフとその夫が経営し、精霊に認められるか、認められた者と同伴することでしかなぜか踏み入ることのできない不思議な宿屋である
カラスなんていつ出したよ?
と思った方は三話参照。最後にちょっとだけ出てきます




