19 世界会議
赤い大きな絨毯が敷かれ、壁には美術的な価値観もあるであろう額に収められた絵画が数点ほど掛けられ、絵画の間には調度品として壺や花が活けられた花瓶が置かれた部屋。
人が十数人いても窮屈には感じないであろう広々とした部屋に置いてあるのは椅子を五つほど並べられそうなほど大きく、高級感漂う執務机と椅子が一つ、執務机と少しの距離を置かれて配置された長方形のテーブルと向かい合いように置かれたソファのみ。
調度品が無ければひどく寂れた雰囲気を醸し出すであろうその部屋には今、七人の人物が居る。
「それで? どうして俺達はここに来るように命じられたのだったかな?」
七人の内の一人、ソファに腰かけたシンが横を、つまりは執務机の方を向いてそう言うと
「おや、改めて思い返してみると出頭理由を添えていなかったかね。これは失敬、では理由を述べよう。その理由とはつまり君の今後についてじゃよ、吸血鬼シン・クロノス君」
執務机の上で両肘を立て、口の前で手を組んだこの部屋の、屋敷の……否。都市の主、バラーク・エドクルドは剣呑な、とまではいかないものの猛禽類のそれを彷彿とさせる鋭い視線をシンに向ける
「俺の今後がそんなに重要か? これだけ巨大な都市の領主ならば他にいくらでもやるべきことがあるだろう?」
「君の性格は概ね把握したつもりじゃ。今の言葉も本心ではないのぅ? 君は自分の立ち位置をここ数日のうちに把握したはず。そしてそれを理解しているからこそ何も知らないような素振りを見せている。違うかね?」
「……人の性格を把握だと? それはお前が把握した気になっているだろう。そいつがどれだけ愚かなのか知るには手っ取り早いがな」
「…………『どれだけ愚か』か。君は……性格とは人がどれだけ愚かなのかを表しているものだと、そう言いたいのかね?」
「その通りだとも辺境伯。そいつがどんな人格で、どんな感性をしているかは仕草や表情、癖として表に出る。そしてどんな環境に置かれて育ってきたのかは体と性格に出る。だが辺境伯、これだけは言っておくぞ。人の性格の全てを把握するなど絶対に不可能だ。たとえそれが親兄弟、友人、知人、恋人だとしても、同一の個体で全く同じ人生を歩まない限りはな」
「なるほど、君は随分と人の内面に思い入れがあるようじゃな。それが分かっただけでも今ここに私がいた価値があったというもの。それはそれとして、私は人の性格には様々な面があることをよく知っている。好ましい面も、そうではない面も……な。」
バラーク辺境伯は執務机の上に置かれた飲み物を口に含み一呼吸を置き、再びシンに目を向けた
「その上で君に言いたい。人の性格というものは決して愚かさを表す指針などではない。大切なのはどれだけ悪いかを見るのではなく、どれだけ良いのかを探すことではないかね?」
「……辺境伯、俺は別にこんな下らんことで議論する気はない。言い出したのは確かに俺だがな、心の内に留めておけという忠告のようなものだ、気にしなくても構わんさ。お前がそう思っているのならばそれはそれで構わない。話を戻そうか、俺の今後がなんだって?」
「君の今後が重要だという話じゃよ。今、君はどの国家にも属していない吸血鬼。それだけならば拘束するなり、人体実験に使用するなり、幽閉するなり、いくつか手はあった」
その言葉を聞いた瞬間三人娘が立ち上がろうと足に力を籠めるが、正面のソファに座ったシンからテーブルの上に置いてあったリンゴの様な果物をデコピンの如く額にぶつけられ、強制的に座らせられた
「落ち着け。向こうの話はまだ終わっていない」
そう言われた三人娘は警戒した様子を見せながらもおとなしく座ったままでいるのであった。
余談だが、人が椅子やソファなどに座った状態から立ち上がるときは重心の関係上どうしても一度頭を前に振らなければならないため、立ち上がる際に額を押されると重心が後ろ側に傾いてしまい立ち上がれなくなる。似たような事例だと体の側面に壁があるとき、壁側の腕を上げて手のひらを壁につけ、片足を壁に付けたままだと反対側の足を上げられなくなる、上げてもバランスを崩すというものが有名である。
「それで? その話はまだ続くのだろう?」
「もちろんだとも。今言ったようにただの放浪者である吸血鬼ならば手はあった。いやむしろ、群れていない分余計な手間を掛けずに捕獲することができたじゃろう。しかし君は吸血鬼のみならず異人だという。この時点で捕獲にはリスクが付き纏うことになった。なにせ今も歴史学者の間では話題に上がることがある異人じゃ。下手に我々が捕獲して幽閉した、人体実験に使用したなどと噂が立つのはこちらとしてはいただけないのだよ。他国の間者の目や耳もどこに付いているか分からんからな」
「国家単位でのゆすりに俺が使われる可能性があるとは、また随分な扱いだな」
「ハッハッハ、いや失礼。一歩間違えればドラゴンとトカゲほど扱いの差があるというのに君は涼しい顔のまま。おまけに私の今の言葉を容易に理解し、外交的問題を『ゆすり』とはなかなかジョークのセンスがある。もちろん高度な教養もじゃが。君は……なんといえば良いのか、ちぐはぐな印象を受ける」
「ほぅ? いったいどんな印象だ?」
「こうして理性的に話している時はまるで掴みどころのない賢者と話している様な印象を受けるが、先日会った時の君は命を躊躇いなく奪うことのできる野獣のような印象を受けた。しかしブッチャー子爵の息子であったダスティ君と戦っている時の君は……何と言うのかね……まるで感情が無くなってしまったかのような冷たい目をしておったよ。まるで精巧な人形が動いているな印象を受けた……と言った方が伝わりやすいかね? あぁ、無駄話が過ぎたな。話を戻そう。君の今後が世界に与える影響は無視できない。何故ならば君は異人であり、吸血鬼であり、そして何より強い。年老いて鈍った私でさえ本能的な恐怖を抱くほどに」
「過大評価だろう。現に、俺に敵う者がそこに一人立っているじゃあないか」
そう言ってシンが部屋の隅に立っているライデルに目を向ける
「ライデル君か。彼は確かに強い。この若さで私の直轄である武装警備隊の総隊長を務めるほどに。だが、それでも私の主観からすると君に一歩及ばない……いや、どんな強者でも、君を殺せるビジョンが私には思い浮かべることができん。そんな君が我々に協力するというのならば心強いが、もし他国に肩入れする、もしくはいいように利用されるという事態になっては色々と困る」
真剣な表情のままそう語るバラーク辺境伯。
どことなく張りつめていく空気の中、誰一人として口を開くことなく、シンとバラーク辺境伯の視線が交わる
一方は興味のなさそうな冷めた視線を、もう一方は集中と緊張の狭間にいるような鋭い視線を送っていた。
重苦しい、とまではいかないまでも静まり返る執務室。
誰かが口を開けば即座に霧散するであろう肌を刺すような空気はしかし、誰も口を閉ざしたままでいる限り永遠に霧散しない無情さを部屋の中にいる七人に知らしめていた。
そんな中、口を開いたのはバラーク辺境伯の後ろで静かに立っていた男
「閣下、お話が来ております」
別に部屋の空気を和ませるために言った言葉ではない。彼のその言葉は自らの『秘書』という仕事を忠実に全うするために発せられたものだ。
だがその短い言葉は二人の、ひいては執務室全体に広がっていた重い空気を取り除くには充分であった
「丁度良い。君たちをここへ出頭させた本題、そして五日後と時間を空けた理由を話そう。ツェーリッヒ君、始めてくれ」
「かしこまりました、閣下。ではこれより、シン・クロノス様、クローディア様、フェニーチェ様、ディアーチェ様の以上四名を会議場へとお連れ致します」
ツェーリッヒと呼ばれた男がそう言うも、事態の呑み込めない四人は何のこっちゃという感じである。
「ここで話せばいいだろう。わざわざ移動する必要はないと思うが?」
シンがそう言うもバラーク辺境伯は少し困ったように
「それがそうもいかん。君が想像しとる以上に今の君の立場は特別で、それ故に非常に危うい。言った筈じゃ、身内ならば心強いが敵になるか利用されると厄介じゃと。それは君の情報を得た他国もまた同じこと。ここまで言えば君になら理解できるじゃろ?」
「…………そういうことか。それで? 五日間の時間を取って今になってお前の下に話が来たということはようやく向こうの準備が整ったということか?」
「素晴らしい、そして恐ろしいほどの理解力じゃな。恐らく今、君が想像しとるのと大差のない状況じゃよ」
そう話しているうちにシン達の前に一枚ずつ複雑な模様が描かれた紙が置かれた
「その紙に魔力を流せば会議場へ移動できる。ただし、強制ではないから勘違いせんようにな。行かなくても良い。じゃが、個人的な意見を言わせてもらうのならば行った方が良い。選ぶのは君たち自身じゃ」
辺境伯がそう言うがこの状況が理解できているのは恐らく四人の中でシン一人。つまり決定権はシンにある。
だが一応シンは三人娘に目を向ける
「どうする? 行くか行かないか、決めるのは俺達自身だそうだぞ?」
シンのこの言葉に三人娘はしばしの間迷う素振りを見せるが、最後には
「私は兄さんに付いて行かないと種族的に大変な思いしそうですし今更ですね。兄さんに任せます」
「まぁ毒を食らわば皿までっていうし、付いていくって決めちゃったしね」
「お兄ちゃんに任せるよ。私が自分で考えるよりもきっと良い方になると思うから」
と、シンに任せることに決めた
「なんとまぁ、見事に主体性が欠けた選択だな。子供か、お前達は」
そう言われて凹む三人。だがこの場合は――
「だが、この場合はそれでいい。自分が状況を把握できず、強制的な二択を迫られた場合に自らの状況を把握できている者がいるのなら、そいつに選択権を譲る方が運に賭けて選択するよりよほど利口な選択だ」
――それが最善の選択である
「ではどうするのかね? 行くのか、行かないのか。君はどちらを選択する? シン・クロノス君」
どこか含みある言い方をするバラーク辺境伯に、シンは鼻で笑って返す
「フン、今更勿体ぶった言い方して俺が選択を変えるとでも? 俺の予想が正しければ行くしかないのだがな?」
そう返したシンにバラーク辺境伯は僅かに笑む
「そうか、それは重畳。ではその紙に魔力を流してくれたまえ」
そして四人が紙に魔力を流す
「ではツェーリッヒ君、頼んだよ」
「かしこまりました。『テレポーテーション』」
直後、執務室から七人の姿は消え、机に置かれた冷めた飲み物だけがそこに人がいたことを物語っていた。
『ではこれより、王連会議を始めます。議題は新たに現れた極めて秘匿性の高い吸血鬼についてです』
シン達がツェーリッヒによる魔術で飛ばされた会議室で最初に聞いた言葉はこれであった。
恐らく拡声器でも使っているのだろう。広大なドーム状の空間で数十人、あるいは数百人が席に座り、プレゼンテーションの様に映像が映し出されている巨大な壁と、喉にロケットペンダントのような物をつけて話している男を見ていた。
『え~、ご覧になっている映像はこの吸血鬼が調子に乗った木っ端貴族の息子の決闘を受けた際の映像です。ご覧の様に使用する魔術が魔法では分類不能であることから魔導であると確信しております。また、その魔導も一つではなく、複数の魔導を操り、情報によりますとエカルタス大陸最南端の都市バルガドで発見されるまで公道ではなくバゴット森林、通称光樹の森を三人の奴隷を同伴して突破していることからかなりの戦闘能力を有していると考えられます。』
男が淡々と解説していく中、説明を受けている者達はにわかにざわついていた。
懐から小さな水晶のような石を取り出す者、映像を食い入るように見る者、隣の者となにやらヒソヒソと話し始める者、特に何のリアクションも見せず、静かに静観している者など様々だが、一つ共通していることは誰一人として無関心な者がいないことだ。
そんな中でも男の話は続く
『さて、この吸血鬼が通常の奴等とは別次元の戦闘能力を有していることはご理解いただけたかと思います。では次はこちらをご覧ください。』
その言葉と同時に映し出されたのはシンがダスティに首を刺された時の映像だ
『え~ここからは少々衝撃的な映像が流れますので、いないとは思いますが慣れていない方、苦手な方は目を背けることをお薦めします。……大丈夫ですか? それでは、この映像は決闘の少し前のいざこざです。この時吸血鬼は首、すなわち急所に光属性の籠った剣を突き刺されました。大量の出血から見てもそれは間違いないでしょう。しかしこの後、この吸血鬼は何事もなかったかのように立ち上がり、傷が再生し、ついでに血も消えています』
この発言にざわめきはさらに大きくなっていく
『さて、この吸血鬼の危険性はご理解いただけましたでしょうか? では次に、この吸血鬼の特異性についてご説明します。え~、まずこの吸血鬼、我々に提供された情報によると数万節の歳月を生きている長寿の吸血鬼であり、かつ異人であるとのことです。』
男のこの発言にざわめきは一旦静まり、続いて起きたのは嘲笑であった。
ほとんどの者は「何を馬鹿なことを」と鼻で笑い、中には「ついに妄想と現実の区別がつかなくなったか」とため息をついている者までいる
『はいはい、お静かに。大体想像通りの反応で安心しました。僕も初めにこれを聞いた時にはどこのバカの妄想だと思ったものですが、この吸血鬼に直接尋問を行った特務一等尋問官の証言付きと言えばよろしいですか?』
男の言葉にまたも会場は静まり返る
『……ご理解頂けたようでなによりです。さて、我々の管轄に存在する吸血鬼抑制管理部門に問い合わせたところ、このような外見や能力を持つ吸血鬼は確認されておらず、目撃情報なども存在しないとのことです。故にこの吸血鬼が異人であることはほぼ間違いないかと。これらの情報を踏まえて、この吸血鬼をどうすべきかを議論していただきたい。そしてこの議論の結果を我々、ひいてはあなた方の共通認識としてもらえれば幸いです。なにかご質問、ご意見のある方はいらっしゃいますか?』
静まり返った会場でただ一人、挙手の意を示す白の光を机の上に置かれた鉱石から出す者がいた
『はい、エドナ王国のヴォルツ王』
ヴォルツ王と呼ばれた男は席を立ち、そのままゆっくりとドーム状の巨大な会場を見回した後ゆっくりと話し始める
「まず始めに訊いておきたい。世界各国の王達よ、かの吸血鬼を殺すべきだと考えておる者はどれほどになる?」
その言葉を受けて白の光を球状に加工された鉱石から放ったのは会場にいる者の七割弱ほどか。それを見たヴォルツ王は一つ頷くと
「では、殺すべきではないと考えておる者はどれほどになる?」
白い光が消え、会場は再び静寂に包まれる
挙手の意を示したものは唯の一人としていなかった
「では、初めに挙手の意を示さなかった三割の者はどのように考えておるのか提示してもらいたい」
その言葉を受けて白い光を発したのは十数人といったところ。全体の一割ほどだ
『え~、ではエイントラス帝国のエソド皇帝』
「こちらとしてはハッキリ言って情報が少なすぎて何とも言えん。ただ……ケートス公務官!」
『はい? いかがいたしましたか?』
「件の吸血鬼の尋問を行った特務一等捜査官は生きているのか?」
『は? え~……っと、そうですね、今のところ生存が確認されている筈です』
「確認されている筈……ねぇ。ハッキリして欲しいな。それなりに重要なことなのだが?」
『そう申されましても……ただ今確認しておりますので少々お時間を頂きたいところではあります』
「それについては生存が確認されている。我が国の尋問官である、確かな情報であろう?」
「ヴォルツ王……そういえばバルガドはエドナ王国にあったな。なるほど、そちらが確認しているというならば確かなのだろう。ではこちらとしては殺す、殺さないの判断をする前にその吸血鬼と話がしてみたい」
『なるほど。エソド皇帝のご意見に賛成の方はいらっしゃいますか?』
この短いやり取りで大勢が動く
殺すべきだとする者が七割を超えていた先程までと打って変わり、賛成の意を示す青色の光を発している者が六割を超えた。
仮に最初に殺すべきだとしなかった三割の者全員がエソド皇帝の意見に賛同したと考えても三割の王達が考えを改めたことになる。
彼、彼女等の何が意見を覆す要因となったのか、それは言うまでもなくシンを尋問した者、つまりセリアが生きているかどうかだ。
映像と解説を受けた段階での王達のシンへの評価は『高い戦闘能力と不死性を持つ吸血鬼』であり、他国の、木っ端とはいえ貴族を容易に、恐れる様子もなく殺害した『身分の差に恐れることを知らない危険人物』である。
故に王達は殺すべきだと判断する者が多かった。不死性の高い吸血鬼、その存在が世界中に潜む吸血鬼たちに知られれば間違いなく反撃と革命のためのテロが起こる。それほど世界各国での吸血鬼に対する差別は深く、その原因となった事件での吸血鬼たちの罪は大きかった。
仮にその存在が完璧に秘匿されたとしても、自国であろうと他国であろうとその力を利用されるようなことがあれば世界の武力バランスが大きく傾く事になりかねない。
それは王達にとって非常にリスキーな選択だ。場合によっては自国が滅ぶ。
だからこそ世界中の王、皇帝、代表者が集まるこの王連会議……通称世界会議で議題に出された時点でその存在を闇に葬り去ることを選択した。
世界会議で議題に出される事は通常まだ世間に知らされていないが世界的な意味で重要度の高い案件である。逆に言えば議題に出される案件は世界合同統合連盟機関……通称アズ・ナレプセによって完璧に秘匿されているということだ。
それはつまり、今ならばまだ間に合うという事。最悪の場合、世界中を巻き込む戦争になりかねない火種を、その手で揉み消すことのできる恐らく最後のチャンスだという事。
だが、エソド皇帝とヴォルツ王の会話によって彼らの国の代表としての判断が殺すことに待ったをかけた。
攻撃的かつ不死性が高い吸血鬼を尋問にかけるのは、通常不可能に近い。
理由は言うまでもなく、大抵の拘束が意味をなさないこと、拷問への恐怖が非常に薄いこと、吸血鬼以外への猜疑心や敵対心が非常に強いこと、そもそも喋る気が全くないことなどが上げられる。
そのため尋問にかける意味が無いといっても過言ではなく、尋問中に攻撃を受けて死亡する尋問官もいたために攻撃的な吸血鬼が尋問にかけられることは普通はありえない。
だが情報では件の吸血鬼を尋問にかけ、更には吸血鬼が異人であると確定付けた特務一等尋問官がいるという。
これが一等尋問官以下であれば国の圧力により虚偽の情報を出したと考える者も多かっただろうが、特務一等尋問官となると話は変わる。
尋問官として特務の位になるには長い実務経験と一定以上の功績、更に尋問官という職業をする上で有利なスキルを保有している必要があり、特務官になると国に縛られることが無くなる。
つまり特務一等尋問官とはアズ・ナレプセから世界各国に派遣される特別な尋問官なのである。
故に虚偽の報告はあり得ないというのが前提となる。
ということは、議題に上がった吸血鬼は話の通じる理性的な吸血鬼と考えるのが普通だ。
それだけならば大半の者が意見を変えることはなかっただろう。
ここで重要なのは、シンが吸血鬼なだけではく異人だということ。
異人は偉人でもある。それはつまり、社会的価値の高い思想や知識を有していることに他ならない。
現在ですら眉唾で、空想の域を出ない話ではあるが、もしそれが事実であるならばこれほど有益な話はない。
もし自国で飼うことができれば、それは莫大な利益を生む。金の成る木どころではない、金が無尽蔵に湧き出す泉が手の届くところに存在する。
それもまだ世界中で自分たちしか知ることのない、つまり競争率が限りなく低い今、目の前にだ。
そして運が良ければそれが持つ強大な戦闘力も手に入る。いや、利益よりもその戦闘力を求めている国も少なくない。
人類と魔物は未だにその生活圏を刻々と変えている。魔物からの侵攻が激しく、領土が安定しない国もあるほどに。
だからこそ、ただ暴れるだけの化け物より自らの意図を組んで暴れる化け物を欲する国は必ずある。
その戦力を持つことで、諸外国から危険視されるとしても、それが生み出す利潤が上回ると予想した代表者たちがどうしたいか? その結果が、エソド皇帝の意見に対する反応に現れていた
『賛成の方が多いようですので、議題に上がったこの吸血鬼との答弁を開始したいと考えておりますが、それに対して反対意見のある方はいらっしゃいますでしょうか?』
この言葉に白の光を出したのは全体の二割ほど
『では……え~、ケルクタス王国のカタル国王』
「まずケートス公務官に質問があるのだが」
『はい、なんでしょうか?』
「吸血鬼との答弁を開始したいと言ったが、それはすぐに始められるのか?」
『ええ、エドナ王国の協力により件の吸血鬼を任意で連行することに先程成功したとの事ですので』
「なるほど、では私が反対する理由がないな。賛成に意見を訂正しよう」
『了解しました。他の方はまだありますか?』
まだ白の光を示している者をケートス公務官が指名していく
『ドワナ共和国のゼパイル大統領』
「私には件の吸血鬼がどうあっても信用ならん。そもそも任意での連行に成功したというがな、それこそが吸血鬼の狙いである事を誰が否定できるのだ? 私は国益や個人的な悪感情抜きにここにいる者達に問いたい。あの吸血鬼が我々の話を理解するに足る博識さと、我らにその牙を向けないという保障があると、本気でそう考えているのか? 我らは大なり小なり国の代表だ。今一度ゆっくりと彼の者の安全性について議論すべきだと、私は考える」
『ありがとうございました。では、これつきましてご意見のある方は……はい、エソド皇帝』
ゼパイル大統領が意見を言い終わった直後から反対の意を示す赤い光を出していたエソド皇帝が指名される
「今のゼパイル大統領の意見に率直に返そう。…………ナンセンスだ」
「何!?」
『落ち着いてくださいゼパイル大統領。……よろしいですか? ではエソド皇帝、続きをどうぞ』
「まず、映像と定型文のような説明を見て聞いただけでどうやって信用に足る印象を与えさせるというのだ。いや、そもそもそちらの『信用ならない』という意見そのものが私には私怨が言わせているとしか思えん。次に、博識さと牙を向けない保障についてだが、博識さについてはそれがいかほどのものであるかを直接確かめるために答弁をしたいと私は言っているのだ。危険性についても同様であり、そもそもの話、莫大な利潤に多大なリスクが付き纏うことはもはや自然の摂理だろう、ここにいる者は皆メリットとデメリットを天秤にかけ、その上で吸血鬼と対話することを望んだのだ。ついでに言うならばゆっくりと議論する時間など、大なり小なり国の代表である我々は持ち合わせていない。今一度言おう、そちらの言い分は全くもってナンセンスである」
『……ありがとうございました。では採決を取ります。先程のゼパイル大統領のご意見に賛成の方は青、反対の方は赤の光を示してください』
結果は赤を示すものが過半数を超えた
『ありがとうございました。反対意見が過半数のようですので我々世界統合合同連盟機関、アズ・ナレプセ監視の下、シン・クロノスを名乗る吸血鬼との非公開答弁を開始致します。なお、この答弁では国家間の平等性や後の信憑性などを鑑み、全ての発言を複数媒体で記録させていただきます。それからもう一つ、安全性につきましては我々も最大限に努力いたしますが……万が一、億が一という事もございます。自らの命というリスクをお望みでない方は退席していただいても構いません。ただし、この答弁の内容の提示などは一切認可致しませんのでそのつもりで。』
この言葉を受けて退席するのは僅かに数人であった
緊張感や高揚感が張りつめ、自然と静かになっていく会場。それを見たケートス公務官は一つ頷くと
『ではこちらに来ていただきましょう、吸血鬼シン・クロノス』
呼ばれたシンは歩き始める。安全そうに見せるために重りの付いた手枷と足枷を着けているがその足取りは何も着けていないかのように軽やかなままだ。
無言のままケートス公務官の横、つまりは世界中の国のトップ達の前に立つ
そしてその第一声は――――
「初めに言っておく、俺はどこの国にも付く気はない」
――――自らの命の保障を、投げ捨てるものであった




