17 赤熱の矛と鎌
「何だ? あれは……?」
そう呟くのは目を見開いてある一点を見つめるシン。驚愕の感情を隠し切れないその表情を浮かべさせたのは、まず間違いなく遠く離れた位置で立っている男であろう。
グレン・ライズノット。ライズノット公爵家の次男でありながら貴族社会に呆れ果てて家を飛び出し、その能力を買ったバラーク辺境伯がライズノット公爵家と様々な取引をして手元に置いた男。要塞都市バルガドを守護する組織の中でも最強と言われる武装警備隊で部隊長を任せられる程の人物である。
「あ~あ、使っちまったな。結構高いんだがなぁ、これ。」
ため息を吐きながら未練たらしくぐちぐちと呟くグレンの視線の先には紫色をした粉末が地面に小さく、薄く広がっている。
「まぁ勝てたから良いんだけどよ。……いや、でもやっぱこれは勿体ねぇよなぁ……」
「どうしたんです? さっきからブツブツと。何か問題でもありましたか?」
グレンの近くにやってきたオイゲンがそう問うと、グレンはどこか哀愁の漂う背中を見せながらポツリと呟いた。
「いや、問題はない……と言いたいが、当分安酒で夜を過ごさなきゃいけなくなっちまった。」
そう言って膝を抱えて凹むグレンを見てどういう意味か理解しきれなかったオイゲンは、しかしグレンの足元にキラキラと光る紫の粉末をみて全てを悟った。
「これは……なるほど。それで最後の攻撃ができたという訳ですか。しかしあなたも良くこんな高価なものを持っていますねぇ。流石は要塞都市バルガドというところでしょうか? 『紫の血潮』なんて滅多に市場には出回らない筈なのですが……」
「なーにが『市場には出回らない筈なのですが』だよ。お前らの持ってる本だってこいつをバカみてぇに使ってるじゃねぇか。」
「それはそうですよ。私達には優先的に回されてきますからね。軍用物資なんてそうそう一人の人間が持てるような物では無い筈のものをあなたが個人で所有している事の方がこちらとしては驚きなのですが」
「俺は魔力の燃費が悪いからって辺境伯に持たされるんだよ。使うたびに給料減らされる身にもなれってんだ。チクショウめ! だから防衛戦は嫌なんだよ! 大体何でこいつはあんなに強かったんだよ! 頭良すぎだろ!」
そう言ってホワイトウルフの転がった首を指さすグレン。それを見たオイゲンは思い出したようにグレンを見る
「そういえば、最後の攻撃。あれ、どんな仕組みなんです? 目の悪い私には武器が二つに増えてホワイトウルフの首を狩ったようにしか見えなかったのですが。」
そういってグレンの脇に置かれた槍と鎌の両端を持ち炎を操る武器、グルエンツをみるオイゲン。
だがグレンはオイゲンを見てニヤリと笑う
「お? 教えて欲しいのか? そうだなぁ、……百万Gで教えてやらんこともないぞ?」
どうする? たったの百万Gだぞ? お得だぞ? と取引を持ち掛けるグレンに、しかしオイゲンは柔和な微笑みを見せると
「遠慮しておきます。おおよその予想は付きますし、知らずに損が生じるとも思えませんので。」
とバッサリと切って捨てた。
要するに「興味がありません」と遠回しに言われたグレンは興味が持たれなかった事へなのか、百万Gを稼ぎそこなった事へなのか、あるいはそのどちらもか。ショックを受けて再び膝を抱えて小さくなってしまった。
先ほどまで巨大な魔物と死闘を繰り広げていたとは思えない惨めな姿を晒すグレンはオイゲンの言葉によって我に返る
「さて、これは一体どういう事でしょう? グレイウルフが引きません。いえ、それどころか群れの頭が消えたというのに混乱すら起こっていませんね。」
「は? おいおい冗談だろ。何を言って――」
いるんだ、という言葉を発する前にグレンの体が動いた。
素早くその場から跳び退くグレンとオイゲン。そして地面から突き出す黒い影。
先が鋭く尖り、ゆらゆらと揺れる数本の影を見て二人は表情を変える。
「グレンさん。まだ魔力は残っていますか?」
「紫の血潮使っただろうが。すっからかんだよ。」
「そうですか。では――」
オイゲンが何かを言おうとするも再び影が襲い掛かる。まるで網の様に十数本の細い影が整然と並んで襲い来るのを見てグレンは舌打ちをし、オイゲンは素早くヴァイソ・エラを開く
「第三章第一項『炎』 影を照らせ 触れることのない壁をここへ」
破り取られたページが刻まれた幾何学模様を赤く発光させて魔法を発動する。
地面から炎が噴き出し、オイゲンとグレンを守るように炎の壁を形成。炎の壁と衝突した影には炎が燃え移り瞬く間に消え去った。
「影に炎が燃え移るか……つーことは魔法じゃなくて魔導だな。こいつは」
「そのようですね。という事は――」
「ああ、変異種かもしれねぇな」
二人が纏う緊張感が一気に増す。
ピリピリと突き刺さる様な雰囲気が辺りを包み、どこから何が来ても反応できるように構えた。
そのまましばらくの時が経ち、もうすぐ真夜中になろうという時間に差し掛かった時、不意にグレイウルフたちが動いた。
数十匹のグレイウルフが二人に背を向けて一斉に帰って行ったのだ。
襲い掛かってくると予想していた二人はしばし呆けていたが生物の気配がなくなった森を前にし、互いを見て浮かんだ感想を口にした
「何だったんだ?」
「何だったのでしょう?」
結局残ったのはグレンの攻撃によって焼け焦げた地面とグレイウルフたちの炭と化した遺骸が数十体分、首を狩られたホワイトウルフの死体に冒険者たちが狩った十数体のグレイウルフの死体。
戦果としてはそこそこといったところ。冒険者の中でも重傷者は三名、軽傷が数十名、死者はゼロと結果だけみれば上々だといえるだろう。
しかし、一つ問題が残った。それは
「結局、群れのリーダーは討伐できなかったッつーことか」
「正確にはもう一頭リーダーとなっている個体がいたようですね」
そう二人がそう呟くと同時、二人の近くに閃光と轟音が鳴り響いた。
咄嗟に目を庇うも少し遅かったようで、グレンは目を押さえてのたうち回り、オイゲンはしきりに瞬きをして視力の回復を図っている。
そんな二人の轟音によって遠くなった耳に届くのは男の声
「はーはっはっは! 俺、見参!! 魔物はどこだぁ! この俺が来たからには一撃でぶっ飛ばして……あれ? 魔物は? いねぇじゃん。」
盛大な高笑いをし、意気揚々と魔物を探し、周りを見てキョトンとしている色々と忙しい男を回復した視力で確認したグレンは睨みつける
「てんめぇ……一回自分の魔力と態度が周りに与える被害を学んだ方が良いぞ、絶対。毎回毎回はた迷惑な登場の仕方しやがって。わざとか? わざとなのか? それともケンカ売ってんのか?」
「凄まじい属性力ですね。グレンさんといいあなたといい、武装警備隊の隊長格というのはあなた方の様な人ばかりなのでしょうか? 武装警備隊第四部隊部隊長、ドナーさん?」
「あれ? 俺の名前知ってんの!? やっべぇ俺有名人!? ていうか魔物はどこだよ魔物はよぉ! グレンの旦那が珍しく救援要請なんて出したから速攻で飛んできたっつーのに、いねぇじゃん! 何、もう倒しちゃったの? 俺要らない子?」
「だー!! うるせぇよ! その早口言葉みてぇに喋る速さをまず何とかしやがれ! さっきまで群れとリーダーらしき未確認の魔物と戦ってたが逃げちまったよ!」
「え!? 逃げた!? マジで!? さっきまでいたならここから森にぶっ放せばまだ当たるんじゃね? やってみていい? つうかやりたい! 良いよね?」
「ダメに決まってんだろ! バルガドの収入源減らす気かっつーの!! 何でお前みてぇなバカが隊長やってんのかマジで分からん!!」
グレンがそう叫ぶとオイゲンが横槍を入れる
「そうは言ってもグレンさんだって最初の一撃で森まで燃やす気満々だったではありませんか。そう考えるのなら案外、似た者同士なのでは?」
「あははは! 何? 旦那もやろうとしてたんじゃん! じゃあ俺がやっても大丈夫じゃね? 戦る気満々で来たから不完全燃焼なんだよ。欲求不満ってやつ? 一発だけ! 一発だけで良いから!」
「もう届くわけねーだろ。いい加減に魔力抑えろ。眩しいったらありゃしねぇ。」
バチバチと帯電しているように時折発光する魔力を体に纏っていたドナーと呼ばれた少年はグレンに言われて渋々魔力を抑えた。
「魔力だけで発現しにくい雷属性の現象を発生させるとは。あなたの属性力評価がいくつなのかが知りたいですね」
オイゲンがそうポツリと漏らすと
「属性力評価? え~と、確か九十? くらいだったと思うよ?」
それを聞いたオイゲンは少し驚いた顔をし、グレンは手で顔を覆った。
「九十ですか……人類の上位五パーセントに入る実力ですね、素晴らしい。」
「あ~あ、言っちゃったよこのバカ。自分の戦力に対する特定関連事項の秘匿って言葉を知らんのか? お前は」
「え? 何それ? そんなの知ってる訳ないじゃん。なんかカッコよさそうな響きだね!」
「あー分かった。もういい。そろそろ第一部隊の連中が来る頃だろ。説明メンドくせぇから俺はフラウの所に戻るぞ」
「では私も戻りますかね。跳ね橋を下してもらう様に言ってきます」
「必要ねえだろ。そろそろ下りるはずだぜ。」
グレンがそういった直後にギゴゴゴ……という音を立てて跳ね橋が動き始める
「おや、これは素晴らしいタイミングですね。お互いの事を良く分かっていらっしゃる。私の娘にも見習わせたいものです」
「そうか? 俺にはあいつが何考えてるのかさっぱりわからん。有能な副官だから頼りにはしてるがな」
そう言ってグルエンツを拾って跳ね橋へと歩き始めるグレンの隣をヴァイソ・エラを閉じたオイゲンが歩き始める。
取り残されたドナーはしばらく不満そうに土を蹴っていたが、岩で作られたドームの中から人の声がするのを聞いて岩のドームを魔力を使って持ち上げ、冒険者を救出するのであった。
一方、その一部始終を見ていたシンはというと、グレンが使っていたグルエンツという名の武器に視線が釘付けになっていた。
「グルエンツ……騙し武器か複合武器かはしらんが、あんなものが存在するとはな。あれが魔武器か……確かに凄まじい性能だった。短槍と巨大な鎖鎌の合わせ武器、といったところか? 魔力を流すことで超高温の炎を纏い、放出する武器。素晴らしい」
シンはグレンの最後に出した攻撃を思い出しながら称賛の言葉を静かに口に出す。
グレンの最後に見せた一連の攻撃、あれは恐らく何万、何億と繰り返し鍛錬して得たグレンの必殺の攻撃。
グレンがホワイトウルフに槍を突き出した時、グレンは相手に体の正中線を見せないよう半身に構え、左足を前にし、左手で突きを放った。
それをホワイトウルフは自らの右足から氷柱を伸ばし、地面を氷柱で蹴りつけることで回避し、グレンの体の横合いから氷で強化した尾を叩きつけようと体を回転させ始めた一瞬で首が飛んだのだ。
槍は完全に躱した。では一体何がホワイトウルフの首と胴を泣き別れさせたのか? それはグレンが右手で持っていたグルエンツの鎌だ。
ホワイトウルフが槍を避けた瞬間、グレンが何かを呟き、直後にグレンが付けていた耳飾りの紫色の結晶が砕け、グルエンツの鎌部分から一瞬だけ炎が噴き出し、グルエンツの柄に収まるはずのない長さの鎖が柄から伸びて鎖鎌と化した。
グレンはその鎖鎌を使って一瞬でホワイトウルフの首を溶かし切ったのだ。
まるでジェットエンジンの如く炎を後方に吹き出す鎌の速度は常人には見える筈もなく、恐らく使用者自身であるグレンにも残像すら見えていない筈。
血界と思考加速を重複発動したシンだからこそ見えたようなものだ。
かろうじて残像が見えたのであろうオイゲンが武器が二つに増えたと言うのも分かる。それほどまでに速く、正確で、非常識な一撃であったのだから。
故にシンは称賛する。そのような規格外な武器を世に生み出したどこにいるとも知らぬ誰かに、その規格外の武器をあれほどまでに素早く正確に扱えるように至るまで練り上げたグレンに。
「本当に素晴らしい。あいつらならば確実に俺を殺せるな。ここまで強くなるか、人よ。」
そう言って満足気に笑うシンは、背後に佇む男に声をかける
「それで? 俺に何か用か? 武装警備隊第一部隊部隊長、及び総隊長のライデルくん?」
「まさか気付かれているとは。いや、失敬。今夜は魔物が攻めてくると小耳に挟んでね。どんなものかと見に来てみたら先客がいる。気になるのは当然だろう? とはいえ黙って観察するのは少し失礼だったね。」
「それはそれは。妙な疑いを持たせて済まなかったな。俺はただ人と魔物の戦いを観戦していただけだったのだがな。君のお友達も呼んでみたらいかがかな?」
「……これは参ったな。どうやら生半可な相手ではないらしい。よく気付く人だ」
そう言ってライデルと呼ばれた青年が指を鳴らすとシンの四方に四人の人影が瞬時に現れた。
「五人か……領主から直々に監視を命令されたにしては随分と手薄だな?」
「手薄……か。これでもあなたを監視してた隊員がヴェルディンドン大図書館から水精の庭に帰るまでに見失ったと報告を受けて大幅に増員したのだけどね。」
「吸血鬼を見張るのに五人では少ないさ。俺たちは人に紛れて血を吸う存在、どこにでも現れ、どこからでも消え失せる連中だ。そんな存在に五人で足りると思っているのか?」
「どこにでも現れ、どこからでも消え失せるというのは初耳だね。本当にそんな芸当が可能なら五人じゃ心許ないか……まぁ、本当に可能ならばの話だけれどね」
ライデルがそう言ってシンに視線を向ける
「やれやれ、折角親切に教えてやったというのに愚かなことだ。我を張るのも良いが、他人の意見にも耳を傾けるという事を知れ。小僧」
シンが手を持ち上げると四方の人影から凄まじいプレッシャーと緊張感が迸った。
「そう緊張するな諸君。酒の肴になりそうな見世物も終わり、面白いものも見れた。ついでに酒も切れた。今宵の宴はこれにて終演と言う訳だ。俺は帰って寝るとしよう」
そう言って宝物殿を開いて椅子とテーブル、空になったワインボトルを仕舞うとライデルに視線を向けた
「丁度良い。お前が疑っていた事実を披露してやる」
シンが薄い笑みを浮かべて言うとライデルが目を細めてシンに問う
「どこからでも消え失せると? 仮にここから立ち去っても、そのことに対する証明にはなり得ないと思うけどね?」
「ああ、その通りだ。普通に立ち去ればな」
シンの言葉の真意を掴めないライデルが再びシンに問おうとして驚愕の表情を浮かべた。それもそのはず、目の前のシンの体がまるで闇夜に融けて消えていくように見えなくなっているのだから。
「ではこれにて失礼するとしよう。またな、聞き分けのない少年諸君?」
そう言い残して完全に消えたシンのいた場所にライデルが素早く拳を振るうも当然その拳は空を切る結果となった。
「透明化じゃない……本当に消えてなくなった……」
信じられないものを見たというような……否、信じられないものを見たという愕然の表情そのもので自らの空を切った拳を見たライデルは呆然としていたが、突然笑い出した
「フ……フフフ……アッハッハッハ!! アーハッハッハッハ!! みんな見たかい今の!? すごい! すごいよ! 一体どんな魔術を使えばあんな真似ができるんだい!? 一体どんな原理で物を出し入れする魔術と体を消失させる魔術を両立させているんだい!? 分からない! 全く分からない! それに何だいあの吸血鬼は? 異人だと聞いていたさ。聞いていたが完全に想像を超えていたよ! 異世界の吸血鬼というのはどいつもこいつもあんな力を持っているのかい? あれは最早吸血鬼じゃない別の何かだろう!? あんなのがうじゃうじゃいるなんて想像したくもないね!」
とても、それはもうとても嬉しそうにそう語るライデルの様子にシンの四方を囲んでいた隊員はまた始まったか……というように肩を竦めた
ライデル・アストラクタ。武装警備隊第一部隊隊長にして総隊長の地位を持つ要塞都市バルガド最強の男。市民からの評判は優しいお兄さん、隊員達からの評判は戦闘狂という相反した二面性をもつ青年である。
「ハハハハハ……いやぁ笑った笑った。しかしまぁ、これは色々と調べなおさないといけないねぇ」
「あの吸血鬼についてですか?」
隊員の一人がライデルに問うも、彼は首を振って否定する
「僕が言っているのはあちらではなくこちらのことさ」
「と、言いますと?」
「考えてもみなよ。隠密がバレて僕たち第一部隊に命令が下るまで彼……いや、彼らは一歩も宿屋の敷地から出ていない。じゃあ――」
その次の言葉に、隊員達は思わず息をのんだ
「――なんで彼は、僕が第一部隊隊長で、総隊長で、ライデルという名前だと知っていたんだろうね?」
「…………まさか!?」
「うん。そのまさか、かもしれないね。――――内通者がいるかもしれない」
――――――――――――――――
「さて、どんな行動を起こすのか楽しみだな。どうなることやら」
体を霧から肉体へと戻したシンは口元を歪ませて愉悦の笑みを浮かべる。
そう、シンは体を霧へと変えただけ。消えたように見えたのは霧の量が少なかったからだ。大量の霧ならともかく、真夜中に少量の霧を目視するのは不可能に近い。
まぁ、体を霧へと変えることができるのは上位の吸血鬼のみで、この世界にシンが上位と認識する吸血鬼がどのくらい存在しているのかも不明な現状では『体を霧へと変えただけ』とさも簡単そうに語るのは不適切かもしれないが。
ともあれ水精の庭に戻ってきたシンが部屋の扉を開けて中に入るとそこにはロワリュアレが大きな紙を抱えて待っていた。
「おにぃ! できた!!」
主語がないその言葉に、しかしシンは
「そうか、それは朗報だ。これで随分と動くのが楽になるな」
と返し、二人で笑みを浮かべるのだった。
グルエンツはグリューエンGluhend(ドイツ語で赤熱という意味)からつけたりしました
ドイツ語……ちょっと響きがカッコいい……かも?
発音間違ってたらごめんなさいね(´・ω・`)
ネーミングセンスは……うん、ないね!




