15 襲来
短いです。すみませんm(__)m
「そうか、成る程な。こういう状況になっている訳か。」
空が明るい黄色から暗い紺色までのグラデーションを見せる幻想的な時間帯、シンは数十冊の本が積み上げられたテーブルの上を見ながら最後の一冊を積み上げた。
「遠距離攻撃は弓によるものが主流。他は弓の素材を変えるか魔術を付与するか、魔術そのもので攻撃するか……いずれにしろ、優秀な人材が一人いれば事足りる魔術の方が物資的にも戦術的にも安上がり。……実に歪な戦力構成だな。」
そう。この世界では遠距離攻撃と言えば弓か魔術に限られる。吹き矢などの原始的な遠距離武器もあるが基本は弓だ。
そしてその弓も千差万別。無限に等しいと言える程の種類が存在する。それは必ずしも構造の違いと言う意味では無く、
「魔物素材…か。興味深いな。」
魔力の存在しなかった地球の自然界からは決して産出することのない様々な性質をもつ魔物の素材にあった。
シンがいた世界では弓に使える素材など、木材か金属かはたまた合成素材か、このくらいであった。
だがこの世界ではそうはいかない。木材ならば自然に普遍的に存在する木材と、魔物由来の木材、あるいは魔力が多い土地で稀に見られるという特殊な性質を持つ木材というように三種類も存在し、それら全ての形質を研究、把握、理解するだけでも膨大な年月がかかる。
にもかかわらず、魔物には骨や甲殻、目や牙、果ては筋繊維や内臓までも素材になるものがあり、数はもちろん、種類も膨大ときたものだ。
そこからさらに付け加えるのならば、科学だけではなく魔技術、魔法、魔導に代表される魔術という研究分野も存在する。
科学が発展しないのも納得である。
この世界には人類の知識欲を駆り立て、没頭させるのに十分すぎる研究テーマがありすぎる。
「魔術か……カロメウェの能力では詳しい所までは知る事が出来なかったからな……。いっそここで調べてみるのも一興か?」
そう言って椅子から立ち上がろうとするも、窓からカーテン越しに差し込む光が薄くなっていることに気付く。
「いや、もう日が暮れるな……。そろそろ宿に帰らなければ。」
積み上げられた数十冊の本を本棚に戻したシンは螺旋階段を使い一階へと下りる。
人の気配の感じられなくなった広い通路を赤い絨毯を踏みながら通り抜けて重厚な扉を押し開けると、そこには数枚の紙束を抱えて椅子に座りながらうつらうつらと重そうなまぶたと戦うディアーチェと、受付に座ってディアーチェを微笑ましそうに見るオイゲンがいるのだった。
「あ……おにぃちゃん。もぅしらべものはおわったの……?」
眠気で意識が朦朧としているのか、若干舌足らずな言葉を話すディアーチェにシンは少し呆れたように苦笑すると、ディアーチェの頭を両手で優しく挟んだ。
両手で普人族ならば耳がある場所を包むように添えられた手に、ディアーチェはしばらくの間されるがままになっていたが、突然脱力してシンに抱えられる。
気絶したようにも見えるディアーチェを見てオイゲンが慌てたように席を立ったが、シンが口元に人差し指を当てて『静かにしろ』とジェスチャーを送るとオイゲンはディアーチェの顔を見て安心したのか、ホッと息をついて椅子に座りなおすのであった。
ディアーチェが突如として脱力した原因はもちろんシンだ。
シンがやったことはディアーチェのツボを押しただけ。ただし、もちろん普通のツボではなく、催眠作用のある脳内物質の分泌を助けると言われるツボ。
『安眠』と呼ばれるこのツボは耳の後ろにあるのだが、獣人は頭の上に耳が付いているので顎関節の位置を基準にして指圧したところ上手くいったようである。
「さて、俺たちはこれで帰るとしよう。また来ることがあるかもしれないが、その時はよろしく頼む。」
「はい。私が受付を担当させていただく機会はあまりないのですが、もし運よく担当させていただく時がありましたら喜んで。どうぞまたお越しください。」
そう言って朗らかに笑う青年に背を向けてディアーチェを背負ったシンはヴェルディントン大図書館を出るのだった。
図書館から出たシンはディアーチェを片腕で掬い上げるように抱えたまま、目の前の駅ではなく適当な路地へと入る。
もうすぐ日が暮れる時間帯、細い路地裏ではろくに日が差し込まず薄暗い。
そんな場所でシンはおもむろにしゃがみ込むと、膝を大きく伸ばして跳んだ。
ほぼ誤差無く目的の高さまで跳んだシンは建物の屋根に着地すると、そのまま屋根を駆け出す。
屋根の端まで来るとまたジャンプ。次の屋根に着地してさらに駆ける。
その速さは留まる所を知らず、三軒目の建物に着地する頃にはエアレールと大差のない速度に、四軒目に移る時にはエアレールよりも明らかに速くなっていた。
屋根の上を見る者などいる筈もなく、薄暗くなる時間特有の影の濃さも相まって誰にも気付かれることなく五分ほどで水精の庭に到着した。
シンの驚異的な身体能力によってほぼ揺れることのなかった腕の中にいるディアーチェは未だ眠ったままだ。
シンは後ろから何も来ないことを確認してから水精の庭に入り、部屋に戻って風呂に湯を入れ始めた。
ディアーチェはまだ若いからか、体温が高いために気付いていなかったようだが図書館の室温は16℃。そんな温度の中をワンピース一枚で数時間読書に耽っていたのだ。当然体温は奪われ、体力も奪われる。
ディアーチェが眠そうにしていたのも体温が奪われたからであり、実際シンが触れた時も少し冷たく感じる程に体温が下がっていた。
このまま放置すれば風邪を引くことはまず間違いない。
そう判断したシンはみるみるうちに湯が張られていき二分ほどで完成した風呂を見ると暇そうにベッドの上でごろごろしていたリガウロスと三階の三人部屋でフェニーチェとクロ―ディアに鍛錬を付けていたサビロスを呼んでディアーチェを風呂に入れさせた。
シンに起こされて最初は寝ぼけた様子で半目のまま風呂に連行されていったディアーチェであったが、浴槽に貯められた熱い湯に浸かるうちに目が覚めてきたのかあくびをしつつも体を温め、風呂から上がるころには完全に目が覚めていた。
ほかほかと体から湯気を出しながら戻ってきたディアーチェが既にラフな格好で寛いでいるシンを見ると何かを思い出したように辺りを見渡した。
「どうかしたの? 探し物かしら?」
「私、紙の束持ってなかった? 大事な物なんだけど……」
サビロスの問いにそう答えたディアーチェはキョロキョロと視線を彷徨わせるがどこにも紙の束など見当たらずに不安げな様子を見せる
「ああ、それならあなたがしっかり掴んで離さないから脱衣所に置いてあるわよ。」
それを聞くや否やディアーチェは脱衣所に駆け込んで紙束を大事そうに抱えて戻ってきた。
「さて、すべき事は済んだ。したい事も特にない。何か退屈しのぎになりそうな事でも起こると良いのだがな」
ソファの上に寝そべったシンがそう呟く。
そんな事はそうそうあるわけがない、と三人が言おうとしたその時――鐘の音が鳴った。
重厚な低音を奏でるような鐘の音ではなく、もっと高音の、より遠くの場所まで音を伝えるためだけに作られたような鐘の音。
カンカンカンカンと、明らかに演奏のためではなくがむしゃらに叩き付けるようにして音を出しているのであろうそれは、人の警戒心や恐怖をあおる様なものであった。
それを聞いたシンは口元に薄く笑みを浮かべる
「良いタイミングだ。退屈しのぎにはもってこいだな」
そう言うとソファから起き上がって部屋からでるべく扉を開けた。
『現在、小規模な魔物の群れが西側から近づいています。商業区画及び工業区画の市民の皆さんは慌てず、落ち着いて地下避難所へと移動してください。冒険者協会証及び魔術使用許可証をお持ちの方は西口付近にお集まりください。これは訓練ではありません。繰り返します、これは訓練ではありません。』
そんな放送がどこからか流れるのを聞きながら、シンは階段を下りて宿から出ようとするが、ダムルに声を掛けられる
「おい、もう夜になるし西側から魔物の群れが来る。今から出掛けるのはやめておけ。」
「もう夜になる? それは違うな。やっと夜がくるのさ。こういう夜は風に当たりながら散策するに限る。何か面白いものが見れそうな、そんな気がするだろう?」
そう返したシンの言葉にダムルは首を傾げる。それを見たシンは分かっていないな、とため息を吐くも言葉を続けた
「まぁ良い。俺の趣味の様なものだからな、夜の散策というのは。」
「お前さんが行くって言うなら止めはしないが、ちゃんと帰ってこい。家族なんだろ? あの兄ちゃんや嬢ちゃん達は。」
ダムルの言葉にシンは足を止めると不遜な笑みを浮かべて言う
「当然だ。俺が消えたら何をしでかすか分かったものではない問題児の集まりだからな、あいつらは。」
その言葉を聞いたダムルはもはや何も言わずに踵を返す。
それを見たシンもまた、何も言わずに夜の街へと繰り出すのであった。
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「現在、魔物の群れがここ要塞都市バルガドに向かっているとの情報が冒険者協会から寄せられた。魔物の数はおおよそ七十。魔物はグレイウルフだ。群れのリーダーは希少個体であるホワイトウルフであることが斥候により確認されている。冒険者協会の判断により決定した危険度はクラス3。なお、この防衛戦には戦闘能力調査で三級以上と判断された者は強制的に参加となる。それ以外の者は任意での参加となるが、できるだけ参加してもらいたい。素材の優先権や報酬についてはこちらの用紙を参考にしてくれ。以上だ。」
そう言って集まった大勢の冒険者や魔術師に説明を終えたグレンはその場から離れ、副官のフラウが報酬や倒した魔物の素材の優先権の詳細が書かれた紙を簡易的な掲示板のような物に貼り付けた。
広い広場に集まった人々はグレンから聞いた危険度や報酬の詳細を見て防衛戦に参加するかどうかを決める。
中には女や十代の子供であろう姿も見受けられたが誰も気にするものはいない。
冒険者になったり、あるいは魔術師として生きていく者達というのは命を危険を顧みない愚か者か、やむを得ない事情がある不幸者か、命のやり取りを楽しいと思える狂人か、まだ見ぬ何かを求める夢想家か、富と権力を狙う野心家か、そんなろくでもない連中ばかりだ。
そこに年齢やら性別の問題を持ち込むなどナンセンスである。彼らは『そうなりたい』と、自ら望んで冒険者や魔術師になったのだから。
「ったく、何で俺が西区画担当の日に魔物の群れなんてメンドくさい事を処理しなきゃならねぇんだよ~。」
「隊長の日頃の行いが悪いからでしょう。やはり多少の流血も望めない拷問では効果が薄かったのかもしれませんね」
「馬鹿野郎! 正座した膝の上に重り載せるなんて極悪な拷問しといてなんつー言いざまだ! 正座だけでも十分拷問だっつーの! 誰だあんな座り方考えた奴は!」
「さあ? 別世界からの来訪者が考案した、なんて冗談みたいな史実が残っていたりもしますけど手軽な拷問方法として編み出された、というのが正解なんじゃないですか? それと、私は女ですから野郎ではありません。」
「あ~、メンドくせぇ。もう夜になろうってのになんで魔物が群れで来るんだよ。どうせ来るならせめて昼にしとけよ。」
「狼型の魔物は夜行性です。そんなことも知らないのですか? どうしようもないですね、隊長のおつむの弱さは。」
「知ってるっつーの! うるさいわ! ……で? 群れの到着までの時間は?」
「斥候の情報によりますとここから約三十キロ離れた地点で発見。まっすぐにこちらに向かっているという報告から十分ほど経過しているのであと十五分もすれば接触することになるかと。」
「十五分か…………よし、通常通り西の商隊を壁の中に入れた後に近・中距離戦闘する奴らを外に出してからはね橋をあげろ。遠距離戦闘組は壁の上から遠距離攻撃で援護。森で隠れて見えない場合は下の奴らに当たらないように目安での面攻撃。これでなんとかなるだろ。」
「了解しました。それで準備を進めます。隊長も出撃しますか?」
「分が悪かったらな。無いとは思うが」
「分かりました。一応装備一式を届けるように要請しておきます。」
そう言って去っていくフラウを見ながらグレンは急速に暗くなっていく空を見上げ、何となく心に浮かんだことを口に出す。
「あ~あぁ、強力な助っ人とか現れたりしねぇかな~。早く終わらせてぇぞ、チクショー」
「おや、それではお手伝いしましょうか?」
「あ?」
まさか返答があるとは思わず、声がした方に視線を向けると、そこにいたのは青年だった。
「……まさかアンタがいるとはなぁ。こいつは運がいい。楽な仕事だが手伝ってくれるか?」
「ええ、私もここが気に入っておりますので。それくらいならば喜んで。」
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こうして、要塞都市バルガドの歴史に残るはずもなく、世界各地でよく起こる人と魔物との闘争が幕を開けた。
短いので次回の投稿は明日の夜になると思います。




