14 知識の宝庫
少しタイトルを追加してみました
シンの言葉を聞いたダムルは思わずと言った様子でシンに問いを投げかけた
「金属の欠片を………飛ばす?」
「そうだ。この武器がしたことは弾丸と呼ばれるこの金属片を飛ばしただけだ。」
「そうか……なるほど。だからあの盾はこうも簡単に破壊された訳か。」
「………驚かないのだな?」
シンは銃の破壊力というよりも『盾を破壊された』という事実に対し驚愕し、その理由を知って納得したという表情のダムルに思わずと言った風に問うが、それに対するダムルの返答は
「ああ、確かにその弾丸と言ったか? その小さな金属片を高速で飛ばすことでここまでの威力を出す事は驚嘆するし、その技術力の高さと発想を称賛するが、まぁそこまでだな」
「と言うと?」
「『魔術を使わずに』という条件下での評価なら、お前さんのそれは恐らく世界トップクラスの破壊力と命中率、速度を誇るだろうな。」
「そうか……まぁ、そうだろうな。」
「その反応から察するに、気付いてたのか?」
「当然だ。どんなに強力なものにしようと、魔力を使わずに法則に囚われた理屈だけで作られたものでは、法則に従わない埒外のものには勝てん。」
それを聞いたダムルはある提案をシンに出す。
「なぁ、その武器を俺に作り直させてくれないか? もっと強くしてやれるぞ?」
そう言ったダムルの眼はヒーロー戦隊もののアニメを見たり、初めて飛行機や船を見た少年の様に好奇と興味、興奮の色に染まっていた。
「残念ながらこいつはこのままで良いと思ってるのでな。ありがたい話だが今回は遠慮させてもらおう。」
だがシンはこの提案を断った。そして一拍を置いてシンは話を進める。
「さて、話を戻そうか。聞いたとおりにこの武器は隠密性が皆無どころか、この音で周りに被害を与えかねない。ではその問題をどうするか、ここまで言えば分かるだろう?」
そう言われたダムルは僅かに考える素振りを見せたが直ぐに答えを導けたのか、
「そういう事か……成程な。良し、いいだろう。作ってやる。」
と言って図面の描かれた紙を手に取った。が、
「ただし、一つ条件がある」
条件を提示する。
それを聞いたシンは特に気負う様子もなく先を促す
「条件とは?」
果たしてダムルが提示する条件とは
「この構造で音を抑えることができる原理を教えてくれ。」
というものであった。
「俺も鍛冶師として長く金属を扱ってきちゃあいるが、こんな物は見たことも聞いたこともない。これであの音を抑えられるってんなら是非その原理を知りたいんだが、どうだ?」
それを聞いたシンは少しの間黙考する。
そして熟考の末に出た返答は
「少し……そうだな、二十四時間ほど時間を貰えないか? 調べておきたい事と用意しておきたい物がある。お前に教えるかどうかは調べた結果で決めるが、教えるのにも準備するべき物があるのでな。」
その返答を聞いたダムルは少し残念そう表情をしつつも
「そうか、まぁ技術ってのは門外不出だったり危険な所もあるからな。できれば知りたかったが、そういう事なら仕方ない。待とう。」
と、シンの条件を呑み込んだ。
そんなダムルにシンは
「悪いな、手間を掛けさせた」
と、ポケットから取り出したものを指でダムルに向かって弾く。
クルクルと綺麗な放物線を描いて飛んだそれをダムルは難なくキャッチして見ると、次いでシンを見た。
「手間賃だ。取っておけ。」
そう言って工房の隅にある階段を上っていったシンを見ながらダムルはいそいそと炉に火を入れた。
炉の中で轟々と燃え盛る火の前で、ダムルは自分の手の中にある白いコインを見ながらシンの言葉を思い出していた
「手間賃? 冗談だろ? 手間賃で十万Gも渡す馬鹿はいねぇよ。」
と言いつつ、ダムルはその白いコインを火の中に投げ入れた。
黄色と紫色の炎を出しつつ燃え溶けていくコインを見ながらダムルはポツリと呟く。
「友達に口止め料なんざいらねぇよ、馬鹿め。」
そう言ってダムルは壊された盾の金属部分をすべて外し、また新しい防具を作り始めるのだった。
シンが工房から出て宿からも出ようとするとカウンターに座っていたアリアから声が掛けられる
「あら、シンさん。これからお出かけですか?」
「ああ、少し調べものをしたくてな。この近くに調べものに向いている施設はあるか?」
「それでしたら、ヴェルディントン大図書館がおすすめですよ。落ち着いた雰囲気が人気ですし、何よりあそこで調べられないものは無いと言われるほどの蔵書量を誇っていますから。」
「ヴェルディントン大図書館か。そこにはどうやって行けばいい? 道順を教えてくれ。」
「ここからですと………確か、目の前の通りを右へずっと進めばエアレールの乗り場がありますから、そこからヴェルディントン駅まで行けば目の前にありますよ。」
「エアレール? あのデカいやつか?」
シンが思い浮かべたのはバルガドに来た時に遠目でみたモノレールのような物体だ。
「はい。もしかしてバルガドにいらっしゃるのは初めてですか? エアレールは今から三百年ほど前に実用化された乗り物で、要塞都市位でないと採算が合わないからと、他の都市では設置されていないんですよ。折角ですから乗ってみては? ヴェルディントン駅までは確か……二千G程だったはずですから。」
「そうだな。良い機会だ、乗ってみるとしよう。」
そう言ってシンが宿を出ようとすると、宿の階段から降りてきたディアーチェがシンを見つける。
「あれ? お兄ちゃん、どこか出掛けるの?」
「ああ。ヴェルディントン大図書館まで調べものをしにな。」
「図書館………。ねぇお兄ちゃん、私も付いて行っていい?」
「構わないが出掛ける事を他の奴らに話しておけ。特にフェニーチェにはな。」
「うん、分かった。ちょっと待っててね?」
「早く行ってこい」
そう言ってシンが宿の壁に寄りかかるのを見たディアーチェは足早に階段を上っていったのだった。
『間もなくエアレールが到着致します。お乗りになるお客様は、エアレールから降りるお客様を優先する様にお願いいたします』
そんなアナウンスがどこからか聞こえてくるここは、エアレール乗り場中央駅。
ここは最先端の技術が集まる要塞都市バルガドの中でも、特に高い技術力が結集されて作られた場所である。
ここを利用するのはバルガドに住む者たちと、観光客が半々といったところだろうか。
そんな中に黒の髪に紅い眼の男と、銀髪にスカイブルーと金色の眼を持った男女はいた。
身長差から親子のようにも見えるこの二人、男の方は黒塗りの眼鏡にどこか怪しげな雰囲気も纏っていることから、少女の方はその珍しい色合いのオッドアイと儚げな美貌からだろう、過行く人々の目を引いていた。
「ディアーチェ、そっちじゃない。カードの売り場はこっちだ。」
「人がいっぱいで迷いそう。お兄ちゃん、待って~」
そんなやり取りをしながら二人合わせて四千三百Gで乗車するためのカードを購入。
高い煙突から様々な色の煙を吐く様子や、スノーボードのような板に乗って空中を移動する人々を窓際で眺めながら時速40kmで十五分程移動し、ヴェルディントン駅に到着。
カードを回収され、駅の外に出るとアリアが言っていたとおり、目の前には大きな建物が鎮座していた。
元は白亜の美しい建物だったのだろうそれは、レンガのような石材が黒ずんで灰色のグラデーションを形成しており、バルガドにある煙突を連想させるためだろうか? 所々細長い外装が目に付く。窓が四つ縦に並んでいることからこの建物が四階建てかそれ以上であることが窺える。
そんな美しい建物は、ともすれば貴族の屋敷だと言われても納得できてしまう程のものであったが、建物の前に置いてある石板がそれを明確に否定させる。
『ヴェルディントン大図書館』とエカルタス大陸共通語で書かれたそれは、そこがシン達の目的地であることを示していた。
「着いたな。」
「おっきい建物だね。ここがヴェルディントン大図書館か~。」
ひとしきり外観を眺めた所で中に入り、一見目立たないところに職人のこだわりが感じられる落ち着いた内装に目を奪われていると受付に座っていた青年がシン達に声を掛ける
「ようこそ、ヴェルディントン大図書館へ。初めての方ですか?」
いきなり掛けられた声にディアーチェがビクッとしてシンの背に隠れる。
「おや、申し訳ありません。驚かせてしまいましたね。私、ここヴェルディントン大図書館にて、恐れながら司書を務めさせていただいております、オイゲンという者です。何かお探しの本が御座いましたなら助言ないし詳細などもお話させて頂くことができますのでいつでも御申しつけ下さい。」
そう言って軽く頭を下げた目の前の清潔そうな白い服を着た青年にシンは早速問いを投げかける
「武器、兵器の歴史か目録のような本はないか? どんな常識的な事でも構わない。とにかく武器に関する書物を読みたい。」
「武器……でございますか。ここにある本の中で武器に関する記入が見られる書物は約千三百節前に書かれたという『ゼブレント目録』が最古の物であったと記憶しております。兵器史を書かれた著者は現在まででシェリー・ドロネル氏とゼバンド氏の二人しか確認されておりませんので、この図書館でも十冊あるかどうかという量であったと思いますが、持って参りましょうか?」
「いや、いい。自分で探そう。場所を教えて貰えないか?」
「かしこまりました。ゼブレント目録含め、武器類に関する専門書の類は本館に入って中央に見える階段を上って、三階中央の通路を手前から三十四列目、そこから右に八十二列進むと武器に関する書物が収められている棚が四つほど並んでいる筈です。兵器史の本もその棚に収められています。」
シンはその説明を聞いて、司書の能力の高さに関心した。そこまで正確に覚えているなど普通はありえない。そう、シンの様に記憶を保管しておけるような技能でも持っていなければ。
シンは確かにその時、目の前で温和な空気を醸しだしている青年に興味を惹かれたのだ。
「一つ、聞いてもいいか?」
故にシンは質問をする。興味の対象となった青年はその顔に柔和な笑みを浮かべてそれに応える
「はい、いかがいたしましたか?」
「お前、一体何年生きてきた?」
その問いに青年はクスリと笑みを零すと
「今節にて四十二歳を迎えます。司書歴は三十節程でしたか。ご質問に対する回答は以上でよろしいでしょうか?」
「ああ、十分だ。参考になったよ。」
そう言ってシンは受付の隣にある重厚な扉の中に入っていった。
それを見届けたオイゲンはディアーチェの方に向き直り問う
「さて、あなたのお探しの本はどういった類のものでしょう?」
「えっと………その………種族について書かれた本はないですか?」
重厚な扉を押し開けてまず初めに感じたのは、ひんやりとした冷気だった。次に感じたのは本が多く置いてある場所特有の紙の香り、カビ臭さとは別物の匂いだ。
そして目に飛び込んできたのは綺麗に均整の取れた棚の配置とシックな内装。
扉が分厚く、入り口と受付の隣の二重になっていたり、扉の近くに全く棚が無く図書館全体の室温が低めになっている理由を察したシンはすぐに扉を閉めた。
「さて、中央の階段を三階まで上って奥に三十四、右に八十二列だったか。」
厚めのカーペットが敷かれ、足音が響かない中央通路を歩くとその膨大な蔵書量に自然と感嘆の息をつかせる。
恐らく最上階まで吹き抜けになっているのだろう、高い天井から伸びる柱は棚と一体化しており、シンの身長の二倍ほどはある棚がズラリと続いている様からは荘厳な空気を感じ、その威容はここに人類の知識が全て詰まっているのではないかという一種の神聖さすら感じさせる。
読書スペースも兼ねているのだろう、長い机と椅子が通路と同じ様に縦に伸びる通路を進むと螺旋を描く中央階段に着いた。
やはり細部まで彫り込まれた木製の手すりを楽しみながら三階まで上がると、少し薄暗い明かりが趣のある通路を棚の数を数えながら進んでいく。
終わりの見えないループを繰り返している様な錯覚さえ覚える通路を進み、目的の棚の前に到着したシンはここでも感心する。
本棚の一番下から上まで全ての本が名前順に並んでいたのだ。これだけの蔵書量を誇る図書館ではなかなかできるようなことではない。
それはさておき、オイゲンの言っていた『ゼブレント目録』のほか、『マゼルコス武器辞典』『武器とその製法』『魔物の素材を使用した武器・兵器』『武器に求められるもの』『武器の歴史』『人が魔物に勝った時代』『特殊武器名鑑』など、知りたい情報が載っていそうな本を数点見つけたシンは階段の場所まで戻り、巨大な螺旋階段の脇にあるテーブルと椅子に座って読書に耽り始める。
シンが調べたいのは、この世界に隠密性の高い武器・兵器が存在するかどうか。また、遠距離から高確率で対象を絶命させ得る武器があるのかという事だ。さらに付け加えるならば遠距離から音もなく致命的な攻撃される事に対抗する手段があるのかどうか。これさえ分かればダムルに見せた図面に描かれていた器具――消音器――の原理をダムルに説明して大丈夫かどうかが分かる。
ただ、サイレンサーを付けたからと言ってシンの銃が発する音の大きさでは良くて普通の拳銃並みの音に抑えるまでしかできないだろう。しかもサイレンサーには寿命がある。聖句で発生した炎に熱は無いが、弾丸が通過する際の熱で確実に消耗する。シンの見立てでは百発も撃てば消音効果は期待できない。
サイレンサーは筒状の内部に隔壁が何重にも存在し、その隔壁で弾丸と共に噴射される燃焼ガスを止めることで音を抑えるというのが基本構造として存在し、そこに吸音材を組み込んだり音を良く吸う水や油を入れたりするものもある。
故に銃の発砲音を抑えるという特定用途にしか使えないが、その原理を応用すれば様々な消音器が作れてしまう。
もしもこの世界に隠密用の武器が暗器などの近接武器しか存在しない場合、遠距離武器の消音に成功すると権力者の間で血みどろの暗殺パーティーが幕を開けることになるのは想像に難くない。
だからこそシンはまず調べることにした。不必要な悪影響を世界に与えないために。
「しかしまぁ………」
直射日光が差さないカーテンの様なものが掛けられた窓際で、シンはポツリと呟く
「本を保存するには最適な環境だな、ここは。」
「ふ~ん、分かるんだ? あなたには。」
そんな声をシンに掛けたのは薄緑の髪に同色の眼を持つ髪の長い少女だった。
「何か用か?」
「そうね、用と言えば用かしら。」
「どういう意味だ?」
「武器なんて調べてる人初めて見たし、ここの環境が本を生かそうとしてるのに気付かないひとがほとんどだから興味を持った。ただそれだけよ。」
余談だが、本を保存するのに理想的な環境は室温15℃前後、湿度が40%前後、羊皮紙ならば50%前後で紫外線が射さず、虫や埃、塵が存在しない環境だという。
このヴェルディントン大図書館にロワリュアレを連れて来て温度と湿度を測らせたら室温16℃、湿度43%だと言ったであろう。空気も常に循環し、直射日光も差し込まない。図書館に訪れる人が扉を開けると吹き出す冷気と共に小さな羽虫や埃、塵も外に出るため図書館内の環境は常に一定に保たれている。
本にとっては理想郷ともいえる場所なのだ。
「武器を調べる者は稀なのか? それは嘆かわしいな。」
「何故? 武器に興味を持って調べるなんて野蛮じゃないかしら? 魔術の事を調べた方がよっぽど健全だわ。」
「ほう? それは俺が野蛮人だと、そう言っているのか?」
特に語気を荒げることもなく、穏やかな口調のままそう言うシンに、少女は当然の真実を語るかのように言う
「あなたが野蛮だとは思わないけれど、武器に興味を持っても意味がないじゃない。武器を持っても強い魔術を使える魔術師には絶対に敵わない。それは当たり前のことでしょう?」
「残念ながら俺は魔術には疎くてな。そんな事は知らん。」
そう言いながらもシンは本を読み進める。その様子を見ていた少女は訝しげな顔をしながら
「あなた、どこの田舎者よ。魔武器だって魔法の劣化版の効果しか発現できないんだから、魔術が使える人がただ武器を使える人よりも強いなんて常識よ。大体、もっとちゃんと本に目を通した方が良いと思うわ。流し読みなんて、その本を書いた人に対する侮辱よ。」
と言うと、シンの事を鋭く睨んだ。
その視線を受けたシンは、しかし依然として片面四千字は書かれているであろう本のページを七秒に一度という、ふざけているとしか思えないペースで捲っていく。
しかし少女は気付かない。シンの手付きが本を傷つけないように柔らくページを捲っていることに。
黒塗りの眼鏡の奥にある紅い瞳が、文字の羅列の一つ一つを確実に映していることに。
「流し読み? 俺はしっかりとこの本を細部まで読み込んでいるが?」
「冗談で言っているの? そんな速さで読める訳ないじゃない。仮に読んでいたとしても、覚えていられる訳がないでしょう? いくらあなたが年上だからといって、あまり馬鹿にしないでちょうだい。」
少女がそんなことを言っている内に本を読み終え、優しい手付きで音もなく本を閉じたシンは一息ついて眼鏡を下にずらし、その紅い瞳で少女の薄緑色の瞳を捉えると聞き分けのない幼子に言い聞かせるように言う
「ならば試してみろ。この本のどこでも良い、一文を声に出して読め。俺はその一文の後の文章をそのページが終わるまで暗唱してやる。ただし三度までな。言うまでもないが、大声は出すなよ?」
そんな挑戦ともいえる言葉を不敵な笑みと共に突き付けられた少女は、しかしこちらもその口元に不敵な笑みを浮かべる
「言ったわね? 今更謝っても遅いわよ?」
「良いから早くしろ。俺も暇ではないんだ。」
そう言われた少女はシンがつい先ほど読み終えた本、『ゼブレント目録』を手に取ってページを捲り始める。
「じゃあ一つ目。『要するにこの武器は筒の空洞という条件を使った魔術に頼らないものであったのだ。』この続きは?」
分からないでしょう? と言いたげな少女を前にシンは手元にある台本を読むかのように淡々と話し始める
「これが私の見てきた武器の中で最も古い、魔術に頼らずに長距離の敵を屠るための武器だ。それは極めて弱く、小さく、命中率も高いとは言えない。しかしながら、人類が初めて『魔術』と言う手段以外で、魔力を用いずとも素材と腕があれば作成し、使用できる遠距離武器であったのだ。これは人類史上……………」
というような事を話し、話し終えた後にシンが少女を見てみると、驚いた顔をしてこちらを見ていた。
「何を驚いている? 俺は言ったぞ。細部まで読み込んでいる、と。」
「どうしてあんな速さで読めるのよ……。なにか仕掛けでもあるの? その眼鏡が怪しいわね。今度はそれを外して読んでみてくれないかしら?」
そう言われたシンは大人しく眼鏡を外すとテーブルの上に置いた。
「じゃあ次よ。『この武器はアストレア大陸北部にある………」
こんなやり取りが続き、結局シンは二度目も三度目も見事に完全回答して勝利を収めたのだった。
「負けた……嘘よ……どうしてあんな事ができるのよ………あんなの人が読む速さじゃないもの………」
と、ブツブツ言っている少女を放置してまた読書に戻ったシンは、しかし唐突に投げかけられた少女の問いに思考を割くことになる。
「そういえば、どうして貴方、そんな黒塗りの丸眼鏡なんて掛けているの? ろくに見えないでしょう?」
「これか? 俺は暗い場所でも夜目が利くのだが、そのせいか日が出ている時間帯は眩しく感じてしまうからこの眼鏡を付けているのだよ。眩しすぎずに丁度良くなるからな。」
「そう、ちゃんとした理由があったの。」
「それだけか? なら俺は調べものに戻らせてもらうぞ。」
「もう一つだけ訊いてもいいかしら?」
「訊くだけならば、な。」
「貴方があんなに速く文字を読めるのは何故?」
少女は自分の中でほぼ答えが出ている疑問をシンに問う。だがそれに対するシンの答えは
「ノーコメントだ。自分の能力の事を易々と他人に教える馬鹿はいない。とだけ言っておこう。」
というものだった。しかし少女はそれで満足したのか、
「そう、答えてくれてどうもありがとう。私の名前はメンヘル。また会うことになるかもしれないから、一応教えておくわ。あなたの名前は?」
「シンだ。シン・クロノス。覚えなくて良いぞ。」
「そう、調べものの邪魔をしてごめんなさい。また会ったら、その時は声を掛けてくれると嬉しいわ。」
そう言って巨大な螺旋階段を降りて行ったメンヘルの後ろ姿には一瞥もくれず、更にもう一冊の本を読み終えた頃、シンはふと気づく。
「『自分の能力の事を話す気は無い』という答え自体がそういう技能を持っていると答えているようなものだったな。やはり俺は切れ者にはなれん。」
シンは気付かない。メンヘルの一つだけ訊いても良いかという質問の後、自分が二つも返答してしまっているという事実に。
そういうところには気付かないのもまた、シンが冴えてる人にはなれても切れ者にはなれない理由なのであった。
一方、その頃のディアーチェは……
「吸血鬼との子供……吸血鬼との子供……ハーフ……」
などとブツブツ言いながら各種族についての考察、人体構造、歴史などが書かれた書物をシンには負けるものの、十分速読と言える速さで読み漁っていたのだった。
ダムルが白金貨燃やしたのを書いてて作者自身が「もったいな! 取っとけば良いのに」とか思ってました。
現実には絶対にできないことをできるから創作活動って辞められませんね。
ちなみにヴェルディントン大図書館のモデルはアイルランドにある「トリニティカレッジ図書館」という図書館です。まぁ、トリニティカレッジ図書館は二階建てなんですけどね(´・ω・`)
あ、あとメンヘルは「メルヘン」のアナグラムです。メンタルヘルスの略ではないのでお間違えの無いよう。




