12 開幕
さぁ、何が始まるんでしょうね?
唐突ですが、作者は性格を曲げて折って溶かして捏ねくり回して作った歪なオブジェのようにひねくれた性格をしているため、ただ重要な設定をだらだらと書き連ねる様な説明回が嫌いです。
なのでこの作品には時々説明を入れる部分(お金のとことか大陸のとことか)はありますが、キャラクターの容姿や設定を一気にばらまく説明回は存在させません。というか思い付きで書いてるから細かい設定は書けません!
(ただし、その時点で判明している情報を纏めた本編とは違う『設定集』は読者様にも思い出して貰うために書くことはあります多分)
「徐々に明らかになっていく系は嫌い。最初から全部情報出してよ」
という方は合わないかもしれませんので悪しからず
「さて、ロワリュアレの作業が終わるまで約60時間ある。カロメウェとの知識の擦り合わせも大体完了した。」
「つまりどういう事ですか?」
「詰まる所、やることが無くなってしまった。という訳だから俺は寝る。昼食は必要無いから夕食の時間になったら起こしてくれ」
そう言ってシンは寝室に入っていってしまった。
残されたのは三人娘と悪魔達。
「あ~らら、相棒が昼間っから寝るとはね~。これは相当眠気が溜まってやがったな~?」
メレクが「俺には分かっちゃうんだな~、これが!」と無駄に自慢気に言うと
「兄さんが昼間に眠るのって珍しいんですか?」
と、クローディアがメレクに尋ねる
「おうさ~!相棒はあれで結構生活リズム崩さない方なんだぜ~?まぁ、その割にはかなりの面倒臭がりなんだけどな?」
「へぇ~。そうなんだ」
フェニーチェも話に入って来た。
「あれ?でも何で今なんですか?」
「そりゃ~、クロちゃん達の事が実は無茶苦茶気になってて、夜も眠れなかったからに決まってるでしょ~。」
「え!?そ、そうだったんですか?」
クローディアが驚きを隠せない様子でメレクに問う。
フェニーチェとディアーチェも気になるのか猫耳がピクピクと小刻みに動き、純白と琥珀色の尻尾をそれぞれゆらゆらと揺らしている。
「相棒はひねくれた性格してっからな~、分かりにくいと思うけどあれでクローディア達の事かなり気にかけてるんだぜ~?」
メレクがそう言うと三人娘は照れた様にモジモジしながらエヘヘとはにかんでから
「そう言えば何でメレク・・・さん、はクローディアの呼び方を呼び捨てに変えたんだ?」
とフェニーチェが訊くと
「メレクで良いぞ~フェニーチェ。いや~、だってもう俺ら家族みたいなもんじゃん?クローディアも敬語とか止めてもっとフランクにいこうぜ~?」
三人娘が固まる
そんな三人娘を見たメレクがちょっと焦る
「あ、あれ?急にどした?お、おーい。・・・ちょいと馴れ馴れしかったかな?ど、どうしよ・・・」
珍しくオロオロとするメレクにクローディアがおずおずと訊く
「あ、えっと、その・・・私達が家族って・・・」
「いや、相棒に追い付くまで強くして貰うんだったらそれこそ1000年単位の時間が掛かるだろうし、もう皆クローディア達の事認めてたから家族みたいなもんかな~?とか思ってたんだけど・・・あ~、悪魔と家族とか嫌だったかな?ごめんな、気が付かな「「「嫌じゃない!」」」・・・へ?」
メレクは悪魔に家族だと言われるのは『自分達も悪魔の一員だ』という意味に聞こえる事に気が付き謝罪をしようとしたが、三人娘の強い否定の言葉に呆けてしまう。
『悪魔は悪い存在だ』という認識が強かった前の世界では『悪魔に見初められた』と言われるだろう言葉を発した事に対して謝罪しようとしたメレクは気付いていない。
この世界は魔と理の比率が等しいと神が言っていた事を。
つまり――――
「どうして悪魔さんと家族になるのが嫌だと思ったの?凄い事でしょ?」
『悪魔は悪い存在だ』という認識がないのだ、この世界は。
それどころか――――
「魔法の原点とまで言われた原始族の一つである悪魔に認められるだけでも有り得ない事なのに、まさか家族とまで言われるとは思ってもいませんでした」
「スゲー、アタシ達神様みたいな人達に家族って言われちゃったよ!」
まるでメレク達がとても尊く、信仰すべきもののような言い様である。
「え~っと、つまり家族になってくれるってことで良いのかな?」
「こちらこそ、私達が家族の一員になっても良いんですか?」
「もちろんさ~!クロちゃん達みたいに強い娘は歓迎するよ~?」
「強い・・・ですか?フェニーチェならともかく、私やディアーチェは強くはありませんよ?」
「いやいや、亡者の記憶の奔流の中に落とされた挙げ句にアデハーカの威圧を受けて耐えきる様な人の事を弱いとは言わないよ~?自覚がないなら教えてあげるけど、今まで試練としてあの記憶を見せられて精神が崩壊したのが98%。残りの2%がアデハーカに招かれるけど、その2%の内アデハーカの威圧に曝されて心臓が止まったのが89.9%、発狂したのが6.9%、気絶で済んだのが3.1%。要するに~、記憶の奔流を抜けて、アデハーカの威圧に耐えられたのは試練を受けた者の内0.001%未満なんだ。
これがどれだけ凄い事か分かるか~い?」
「でも私達はお兄ちゃんの加護があったから生き残れただけだよ?」
ディアーチェがそう言うが、メレクは分かってないなぁという様に続ける。
「相棒の加護は『死んでも生き返る』っていう効果を与えるだけで『死ななくする』訳じゃあ~無い。まして『精神的に強化する』とかのドーピングの様なものは一切与えられない。これがどういう意味を持つか分かるかい?」
三人娘は揃って頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら首を傾げる。
フェニーチェに至っては『%』が出てきてから首を傾げっぱなしである。
そんな三人娘の様子にメレクは小さく嘆息をこぼす。
(この娘達はホントに・・・察しが良いんだか悪いんだか分っかんねーな~)
そんなことを思いながらもメレクは言葉を続ける。
「つまりだな~、アデハーカの威圧に耐えられたのは相棒の加護の力じゃなくて、クローディア達自身の力だってことなのさ~。それに記憶の奔流に耐えきれずに精神が崩壊したのだって相棒が鍛える事を許可って事は片手で数えられる程度だろ~?だから君達は十分強い。誇って良いんだぜ~?」
そう言われた三人娘は照れながらも
「ありがとうございます。それと敬語なのは癖みたいなものなんです。」
「えへへ、これからよろしく!」
「お世話になります!」
と返す。
「おう!宜しく~!」
「これは、これは!めでたいですな!このような日は皆で祝杯でも上げながら料理を囲まなくては!」
突然響いた声に少し驚きながらも四人は声がした方に向くと、そこには案の定ロフォカレが赤い渦から出てくるところであった。
さらに渦からはカロメウェとリガウロス、更に紫色のローブを頭から被った160cm程の人物が現れた。
「おぉ!?あの眠り魔のサビロスが起きてるだとぅ!?」
メレクが驚きの声を上げてロフォカレを見ると
「いやー、私も大変驚きましてサビロスが起きている間にお嬢さん方に紹介しようと連れて来たのですが、我々の一員に、家族になると言う声が聞こえたものですから。ついつい盛り上がってしまいました。」
「えっと、そちらの方は・・・?」
「自己紹介が遅れてごめんなさいね。私の名前はサビロス。指揮棒に宿った悪魔よ。それと、家のバカが眠り魔なんて呼んだけど、私は力の使いすぎで眠気が襲ってくるだけで四六時中眠っているわけじゃないのよ?」
「お姉さん女の人だったんだ~。フードみたいにしてたから分からなかったよ。」
とフェニーチェが言うと
「ご、ごめんなさいお姉さん。お姉ちゃんって思った事直ぐにいっちゃって・・・」
ディアーチェから素早い謝罪とフォローが入る。
「あらまぁ、今時こんなに素直で良い子なんて珍しいわね。ごめんなさいね?私、さっきまで眠っていたからあなた達の名前も知らないのよ。良かったら教えてくれないかしら?」
「アタシはフェニーチェ。で、こっちが」
「妹のディアーチェです。本当にごめんなさい、サビロスさん」
「いいのよ、顔を隠してた私も悪いもの。・・・そうね、身内になるあなた達になら良いかしら。」
そう言いながらサビロスは頭から羽織っていたローブを肩まで下げた。
その顔は――――――『絶世の』、『傾国の』、そんな言葉が自然と浮かんでくる様な整った造形をしていた。
まるで人の顔の理想像を具現化したようなその美貌は、見る者に感嘆の息を吐かせることは必至であることだろう。
よく『整った顔はどこか人形の様な無機質さがある』と言われるが、サビロスにはそれがない。
目元や口元、顔の表情からは美しさの中にも人間らしさが覗いている。
サビロスの顔を見た三人娘は暫くの間見惚れていたが、やがて
「「「・・・綺麗」」」
という感想を告げた。
「ありがとう。あなた達みたいに綺麗な娘に言われると嬉しいわ」
そう言って少し照れた様に微笑むサビロスに三人娘は僅かに顔を赤くしながらもすぐに落ち込んだ表情を見せた。
その表情を見て心配したのかサビロスが
「あら、どうかしたの?悩み事かしら?」
と訊くと、フェニーチェが若干言い辛そうに答える
「だ、だって・・・サビロス・・・さん、みたいに綺麗な人がいたらご主人様に女として見てもらえるのかな・・・って思って・・・・・」
琥珀色の猫耳と尻尾をしょんぼりとたらしながら言うフェニーチェを見たサビロスは他の二人も見ると、ディアーチェの猫耳と尻尾とクローディアのエルフ耳も同じようにたれていた。
そんな三人を見たサビロスは聖母の様な優しげな笑みを浮かべながら三人の頭を撫で付ける。
俯いていた三人が顔を上げると
「心配しなくても、あの方はあなた達の事をいつか一人の女性として見てくれる様になるわよ。ただあなた達はその為に努力しなければいけないけれどね?あの方は人を外見だけで判断したりは決してしないわ。大事なのは、何時までもその綺麗な心を持っている事よ。それと、強さも大切ね。あの方は強い者に興味を持つから。」
「まぁ、相棒は身内にはダダ甘だけどな~。敵になったら容赦無いから裏切りだけは止めといた方が・・・って、言うまでも無いか~。だからそんなに怖い顔するなよ四人とも~。美人が怒ると本気で怖いんだぜ~?」
「新しく入った子達の前で裏切りの話をするなんて、本当にデリカシーの無いバカね。大丈夫よ、この娘達は裏切ったりなんかしないから。」
「何故そう言い切れる?人の感情や覚悟など、すぐに変わるものではないか」
カロメウェがそう言うとサビロスはその紅い瞳を細めながら妖艶な笑みを浮かべて答える
「この娘達の目よ。」
「目だと?」
「ええ、そう。この娘達の目を見れば分かるわ。だってこの目は、恋する乙女が愛した男の為に覚悟を決めている時の目だもの。」
違う?という視線をサビロスから送られた三人娘は顔を茹で蛸の様に真っ赤にして頭から湯気が出そうになっていた。
「その通りです」と言っている様なものである。
そんなやり取りを見たカロメウェは
「そうか、それはまた難儀な恋に落ちたものだな。だが、悪く無い。ああ、悪く無いとも。良い酒の肴になりそうだ。果たして叶うのかな?その恋は。」
カロメウェがそう三人娘に問う。
返ってきたのは
「「「絶対に叶え(ます)(てやる)(るもん)!!」」」
叶う、叶わないではない。叶えてみせるという闘志に燃えた女の声であった。
それを聞いたカロメウェはニヤリと笑う
「意気込みは良いじゃないか。賭けでもするか?俺は『叶わない』に賭けてやる。チップは・・・そうだな、旨い酒を三本でどうだ?」
挑発する様に言われた三人は売り言葉に買い言葉で賭けに乗る
「いいですよ。乗りましょう、その賭け。」
「上等!絶対に勝ってやるんだからからな!」
「負けて悔しがっても知らないよ?」
それを聞いたカロメウェは笑みを崩さないまま
「良し、賭けは成立した。これからどう転がるか、見物だな。」
そう言いながら紙にひたすらカリカリと音を立てながら何かを書いているロワリュアレの元へ行き、その作業を手伝い始めた。
その様子はまるで子供に勉強を教えている親の様で・・・そんな事を思ったクローディアはつい口に出す
「何だか本当に家族みたいですね」
と。それを聞いたサビロスは
「そうね、私達は弱い悪魔だったから仲間同士で助け合わないとあの方のお役に立てなかったから。そのうち、お互いに相談しあったり喧嘩しあったりしてる内に本当の家族みたいになっていったのかもしれないわね。」
「そうだったんですか。」
「何かアットホームな雰囲気もそうだけど、皆黒髪に紅い眼だからぱっと見ると本当に家族みたいだな」
フェニーチェが少し寂しげにそう言う。
そう、実は悪魔達は皆シンと同じく黒髪紅眼なのだ。そのせいか、皆でアットホームな雰囲気を醸し出すと本当に家族の様にも見える。
しかしサビロスはそんなフェニーチェに対して微笑みながら
「あらあら、今日からフェニーチェ達も私達の家族なのよ?」
「そうですぞ、我等は皆主に救われた者ばかり。安心なされ若人達よ。それがたとえ気まぐれだったとしても、主は私達を置いていった事は一度たりともありませんからな。」
ロフォカレのそんな言葉に三人娘は知らず、涙を流していた。
「あなた達の両親、友人、親戚、知人。何処に居るのかも、その安否も不明の中で、あるいは既に死を迎えている事を知る中で、よくぞ今まで生きる事を諦めずに前を向きましたね。ですが、もう良いのですぞ。今は死と隣り合わせではありません。存分に悲しみ、泣き、悼みなされ。今日、あなた達は我等の一員として迎えられた。それはすなわち、我等人外の庇護をその身に受けるという事。ならばそんなに気を張りなさるな。」
その言葉が終わるか終わらないかというタイミングで三人は声を上げて泣き出した。
当然だろう。彼女達はまだ十代の少女でフェニーチェとディアーチェに至っては十代になりたてだ。
自分の住んでいた場所を魔物に襲われ、人々が殺されて行く中で必死に逃げ回り、ボロボロになって逃げ切ったと思えば奴隷商に捕まり、別の街どころか別の大陸にまで運ばれて売られると思いきやまた大型の魔物に追われ、危うく餌として落とされる所だったのを救われたものの救った者は人ではないという。
さらに魔物に打ち勝つ為に力を求めれば絶望を見せつけられ、伝説上でしか知らない悪魔と会い、話でしか聞いたことの無いドラゴンに威圧を受けた。
色々と感覚が麻痺していたのだ。
相当に気が張っていたのだ。
そうしなければ生きることを諦めてしまいかねなかったから。
だが、今は違う。もう気を緩めても良いのだと、安心して泣いてもた良いのだと、そう言われた少女達が、余りにも辛く、衝撃的な出来事を体験しすぎた彼女達が、安心しきって泣いていた。
眼を真っ赤に腫らし、涙の後が頬に残る三人娘をあやすように頭を撫でていたサビロスは、三人娘が泣くのを止めたのを見て撫でるのを止めた。
少し恥ずかしそうに、しかしどこか晴れやかな顔をした彼女達に笑みを深めたサビロスが
「じゃあ、スッキリした所で鍛練を始めましょうか♪」
と、脳筋の様な発言を蕩けるような声で発したのだった。
「はい?」
「どゆこと?」
「今から?」
三人娘も突然の『鍛練』という単語に戸惑いを見せたが、ディアーチェだけは『何故その単語が出てくるのか?』というより純粋に今からやるのか疑問に感じただけの様だ。
「そうよ、今から鍛えるのよ。言ったでしょう?あの方に女として見てもらいたいのなら容姿だけではいけないと。強くなりなさい、体も、精神もね。あぁ、鍛えると言っても最初は簡単な体術からよ。」
そう言ってサビロスが部屋から出ようとするが、ロフォカレとメレクに止められる。
「サビロス、私達はまだ一般人にはこの宿に居ることが知られていないのですぞ?迂闊に外には出ない方が得策だと思いますがね。」
「そうそう、それに部屋を取るなら取るで外から行かないとな~。階段から降りてきた奴等が宿泊客じゃなかったらどう考えてもあのグレンって奴にお縄になるぜ~?」
そう言われたサビロスは扉を開く前に踏みとどまり、
「あんた達ねぇ、そういう大事な事は先に言って頂戴よ。危うく体術の練習相手の所まで出掛けるところだったじゃない。」
「相棒が寝てるからな~。余り五月蝿くすると仕置き食らうぞ~?やるなら部屋の中で筋力トレーニング位だろ。」
「そう、まぁ良いわ。じゃあ筋力トレーニングでもしましょうか。」
そう言われた三人娘はサビロスに体術の基本的な動きである足運びや重心操作などの地味な動きをシンが起きるまで昼食を挟んで延々と続けたのだった。
――――――――――――
彼女達は気付かなかったが、一見自然な風に聞こえた悪魔達の会話には、不自然な点がいくつかあった。
そしてその日の昼過ぎ、水精の庭の最上階にある部屋の一つが空いたのであった。
――――――――――――
シンがロフォカレによって起こされる。
目を開き、伸びをしてベッドから降りようとすると隣に小さな山ができている。
すぴー、すぴーという音もする。そしてシンがその山を軽く叩くと
「むうぅ~~。もうちょっと~~。」
という唸り声と共にシンの腰に細い腕が伸びる。
ガシッと布団の隙間から伸びた腕がシンを捕まえると今度は山がもぞもぞうねうねと芋虫の様に近づいてくる。
山がシンの太ももに乗っかり、
「むにゅ~~。」
という奇妙な音を発して動きを止め、再び聞こえてくるすぴー、すぴーという音。
シンとロフォカレは「やれやれ」といった呆れと諦めを含んだ表情をしながら布団を剥ぎ取る。
出てきたのは波打つ様な黒い髪をセミロングに伸ばし、ディアーチェに勝るであろう二つの果実をシンの太ももに押し付ける様な体勢のまま寝息を立てる少女――――リガウロスだ。
シンはリガウロスの頬に両手を置き、撫でる様に動かす。
するとくすぐったいのか、リガウロスが身を捩る。そして顔を上げたその瞬間、シンはリガウロスの両の頬をつまみながら持ち上げた。
途端に上がる間抜けな悲鳴
「ひゃ~~!いひゃい、いひゃいかやはにゃひてお~(痛い、痛いから離してよ~)!こへんなはい、もうおいるかや~(ごめんなさい、もう起きるから~)」
リガウロスの間抜けな声が響き渡る中、シンは暫くリガウロスの餅の様によく伸び、絹の様に滑らかな頬をみょんみょんと伸ばして遊んでいたが、リガウロスが涙目になったところで解放した。
「うぅ~、主様ひどい~。私が何かした~?」
「阿呆かお前は。何もしていないから仕置きをしたのだろうが。分かったらロワリュアレとカロメウェの手伝いでもしてこい。」
「あんなワケわからない作業手伝えるわけないよ~。だから主様と添い寝してたのに~。」
そう言って膨れるリガウロスを捨て置く事にしたシンは寝室を出た。
そして目に入ったのは汗だくで床に転がっている三人娘と傍で微笑みながら立っているサビロスであった。
「何をしているんだ、お前達は?」
「鍛練です♪」
サビロスの短い返答にしかしシンは納得した様子で
「・・・そうか。お前達も物好きだな、態々最も過酷な鍛練から始めるとは」
「場所が無かったものですから」
というリガウロスの言葉にシンは
「そういえば鼠が四匹チョロチョロと嗅ぎ回っていたな。殺ったのか?」
シンはまるで「洗濯物取り込んだ?」とでも言う様な軽い口調で問う。
「いいえ、殺っていないわ。ロフォカレとメレクのバカに止められてしまったから。」
と、そこへ
「あ、あの・・・・・いったい・・・何の話を・・・しているん・・・・・ですか?」
息も途切れ途切れにクローディアがそう問うと、返ってきたのは愉快そうな笑みと、
「何だ、気付いていなかったのか?俺が寝る前は隣の部屋で気配を消して聞き耳を立てている者が二人に何か書いていた者が一人、ドアの前に立って見張りをしている者が一人で計四人の鼠が居たんだ。それを殺したのかとサビロスに聞いたのだよ、俺は。」
「あなた達の体術の練習台になるかと思って捕まえようと思ったのだけれど、貴方が手を出していないのなら手を出す必要が無いと二人に言われたから止めておいたのよ。」
そう、サビロスが鍛練をしようと言って隣にいる四人を生け捕りにしようとした際にロフォカレはこう言った
「一般人にはまだ自分達の存在を知られていない」
と。つまり隣にいる四人は特別な訓練を受けた隠密だと言ったのだ。
ここからは彼等の言葉を、意訳を付けて思い返してみようではないか
――――――
メレク「そうそう、それに(隣の)部屋を取るなら取る(制圧するなら制圧する)で外から行かないとな~(廊下側のドアの前に見張り有り)。階段から降りてきた奴等が宿泊客じゃなかったらどう考えてもあのグレンって奴にお縄になるぜ~?」
サビロス「あんた達ねぇ、そういう大事な事は先に言って頂戴よ。危うく体術の練習相手の所(隣の部屋)まで出掛ける(生け捕りに行く)ところだったじゃない。」
メレク「相棒が寝てる(手を出していない)からな~。余り五月蝿く(勝手な行動)すると仕置き食らうぞ~?(代わりに)やるなら部屋の中で筋力トレーニング位(しかできない)だろ。」
サビロス「そう、まぁ(シンが手を出していないなら)良いわ。じゃあ(代わりに)筋力トレーニングでもしましょうか。」
――――――
という会話の流れだったのである。
この会話を聞いた四人組はその『練習相手』が自分達を指している事に気付き、三人娘が昼食を食べて部屋に戻るまでに荷物と報告書をまとめながらかなりの緊張状態の中で警戒し、三人娘が部屋に入った後に素早く宿を引き払ったというわけだ。
「そうか、俺としては殺っても殺らなくてもどちらでも良かったんだがな」
三人娘は、そんな殺伐とした会話をまるで世間話でもするように口にする彼等に対して恐怖は別に抱かない。
この世界での命は軽い。それこそある程度のまとまった金で買えてしまう程に。
故に誰かが死んだり殺されたりするのは割と良く聞く話なのだ。
その対象と原因が、人であろうと魔物であろうと、関係無く。
だからこそそんな殺伐とした話を深刻そうにではなく、世間話をするような気軽さで話せるのはある意味では強者の証でもある。
命のやり取りが日常茶飯事になっている者だけが纏える雰囲気というものを、シン達は既に持っているが、三人娘は持っている筈も無い。
だからこそ憧れる。
その強さに惹かれ、焦がれる、心の中に憧憬の火が灯る。
この世界では強者こそが正義を、秩序を作り、守る存在だという意識が少なからず存在する。
何故なら強者こそが生き残れるから。
弱者が生き残るには強者の庇護を受けるしか無いからだ。
三人娘は、サビロスが課す過酷な鍛練にも耐えてみせると決意を新たにする。
これ程の強者に鍛えられる機会は二度と来ないと何となく分かるから。
何よりも自分が好きになった人を、自分を化物と呼ぶ優しい人を、見捨てるなどあってはならない事だから。
三人は気付いていた。
シンが自分を化物だと呼ぶ理由は、臆病なだけではないと。
ディアーチェの真偽眼は確かに相手の嘘が視える。だが相手が真実ではなく事実を述べていたならば、真偽眼の意味は無くなる。
つまりシンが言った『臆病者だから』という理由は嘘ではない。事実だ。
しかしその理由が全てではないと三人は直感的に判断した。
故にシンは未だに自分を化物と呼ぶ理由の全て、真実を話していない。
いつか、真実が分かるその日まで、自分達の主人である吸血鬼が自分を『人』と、そう呼ぶ事ができるようになる日まで、決して立ち止まらないと彼女達は固く胸に誓う。
これはそんなありふれた物語が始まった、ある日の出来事。
澄み渡るように蒼い月が浮かぶ、夜の出来事。
――領主館出頭まで、残り二日と12時間――
正解は、この物語でした。
プロローグの終わりとか出しといてなんですが、ここからが本番です。
今までのは序章ですよ、ジョショー。
さて、続きどうしよう(えっ?)
あと11000PVと2500ユニーク突破しました。
ありがとうございます!




