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11 力と平穏

フラグはしっかりと折ったぞー!

書き貯めが全くできない(。´Д⊂)

今回少し長めです

三人娘が黒い彫像と化してから二日。


シンは一日目はかなり不機嫌な様子だったが、二日目からは辞典の悪魔であり『探究』の力を持つカロメゥエと世界の常識と細かい差異を把握、修正していた。


尚、食事については部屋に持って来る事でダムルとアリアの目を誤魔化した。


そして三人娘の絶望を見る旅は、一つの佳境を迎えようとしていた



―――side ディアーチェ―――



もうどれだけの絶望の形を見たのだろう?


何十? 何百? それとも何万?


見る度に胸が苦しくて、息が詰まって、――――心が、割れそうになる。


何度も何度も何度も何度も、理不尽に力を振るわれて、絶望して、力が欲しいって願って、でも自分にはそんな力が無いことが分かってて、そんな時に力を得る方法を見付けて、やっとの思いで力を得ても、いつも結末は同じ。


力に溺れて、呑まれて、周りが見えなくなって、気が付いたら何もかもが手遅れだった。


そんな時、目の前に現れるのはお兄ちゃん。


「殺してくれ」と願う人達の、まるで悪夢の様な人生に終止符を打つ為に。


でも、方法はいつも同じ。

クロお姉ちゃんを一度殺したあの金髪貴族を殺したのと同じように、沢山の血塗れの人達に血の海に引き摺り込まれる技能で殺される。


「お前に真っ当な死など必要無い」


って、お兄ちゃんがよく言ってた。


私は考える


どうしてお兄ちゃんは毎回あの方法で殺しているのか。


眷属を増やすため?


ううん、違うと思う。だってもう数え切れない位に増えていて、その事にお兄ちゃんは興味を示して無かったから。


じゃあ、何で?


その時、私の脳裏に浮かんだのは、金髪貴族と戦った時のお兄ちゃんの言葉。


「『貴様は俺が手を下すに値しない』………だったかな?」


そこで私はようやく気付いた。


『値しない』者がいるのなら『値する』、つまりお兄ちゃんが直接手を下した人もいるという事に。


なら、その人達はどうなったんだろう?


私はまた考える。そしてある疑問に辿り着く


お兄ちゃんに対する怨念が死んだ人達を亡者とするのなら、怨念が残らずに死んだ人達はどうなるの?


私は気付く。今まで見てきた記憶が全て最期はお兄ちゃんへの怨念に満ちていた事に。


つまり――――


「この記憶は全部、お兄ちゃんの眷属になった亡者達の記憶ってこと?」


『ほう、やはり気付くか。良いぞ、此度(こたび)の求め人の魂は中々に頑強で潔白であるな』 


私の頭に声が響く。それはまるで、頭の中に直接声を届けられている様で、声の主がいる場所も、方向すら分からない。


私は咄嗟に声を上げた


「誰!? 何処にいるの!?」


その時に気付いた。

声が反響している事に。


『我が誰かとな? そうさな、『化物の眷属』であり『奇跡の残骸』でもあり、『怪物』とも呼ばれる存在にして、名をアデハーカという。』


「化物の眷属?」


『左様。貴様らの主人でもある男、数多く居た化物の中でも頂点に位置すると言っても過言ではない最古にして原初、真祖と呼ばれる吸血鬼の、その眷属であるという事だ。』


「……………。」


『どうした? 娘よ。絶望を見すぎて精神が不安定にでもなったか?』


アデハーカと名乗る声が訊いて来るけど、私はどうしても納得できない事があった。


「ねぇ」


『何だ?』


「どうして皆、お兄ちゃん自身でさえ、お兄ちゃんの事を『化物』って呼ぶの? お兄ちゃんは化物何かじゃないよ? だって………だって、騙す様な真似して奴隷になった私達に、傍にいて良いって、優しく言ってくれたもん!!」


叫びそうになるのを(こら)えようとして、やっぱり堪えきれずに叫んでしまった。


お兄ちゃんは自分の事を『化物』だと言う。


でも私はそう思わない、思えない。

だって、あんなに優しくて、あんなに寂しそうで、あんなに怒るお兄ちゃんが化物だとしたら、この世界にいる殆どの人達は化物以下の存在になると思うから。


『ふっ………ふふふふふ………ふっはははははは!』


何が可笑しいのか、私の問いを聞いたアデハーカは突然笑い出した


「何が可笑しいの? 私の質問、そんなに可笑しかった?」


心の中に怒りの感情が沸き上がるのを感じながら、私はアデハーカに問う


『ふふふ………。いや、済まんな。実に面白い。この様な質問をされたのは初めてだ。それも――――三人(・・)ほぼ同時とはな』


「「「え?」」」


気付いたら私はどこかの神殿の様な場所で背後のいくつもの山を形成する程の大量の武器を守る様に鎮座する――――ドラゴンと対峙していた。


いや、私だけじゃない。横にはお姉ちゃんとクロお姉ちゃんも隣にいた。


「ド………ドラゴン?」


クロお姉ちゃんが気圧された様に後退(あとずさ)る。


かく言う私も全身から冷や汗が止まらない。


お姉ちゃんを見てみると、足が震えてる。


私達は自然と三人で纏まった。

この恐怖を少しでもまぎらわせる為に。


『ほう、我の気配を受けて恐怖はしても発狂はせぬか。これは重畳(ちょうじょう)だ、あれだけの記憶を見て精神が崩壊しなかっただけはある。』


「精神が………崩壊?」


お姉ちゃんがアデハーカに訊く


『左様。あれだけの記憶を連続して見るとな、自分が誰で、どういった存在だったが曖昧になっていき、無数の記憶の中に埋もれて自己を認識できなくなる者が大半なのだよ。そしてその結果発狂するか精神が耐えきれなくなり崩壊、すなわち精神が死を迎える事になる。しかして時には貴様らの様に殆ど影響を受けずに我の前にやってくる者も居る。そういう者は皆強い。心と、存在格がな。』


「そ………存在………格?」


止まらない冷や汗と震える身体を抱き締める様にしながら何とかそう訊くと、ドラゴンから返答が返ってくる


『存在格とはその名の通り、その者の存在の格そのものだ。格が高い者程纏う雰囲気や威圧が強いのが特徴か。逆に言えばそれだけなのだが、余りに格が違うと相対しただけで恐怖を与えてしまう。このように抑えない限りはな』


そうドラゴンが言い終わると同時にドラゴンから放たれていた威圧が消えた。


気が抜けてその場にへたりこむ私達を前に、ドラゴンは言う


『さて、では貴様らの問いに答えようではないか。何故主が自他共に化物と呼ばれるのか、その問いに対する答えはな………』


私達は腰が抜けた様に座り込みながらもドラゴンの言葉を待つ。


誰かが喉を鳴らしたその直後、ドラゴンが答える


『主が化物であるからだ』


「「「……………はい?」」」


訳が分からない。そんなの


「どうして山に登るのか?」


という問いに


「そこに山があるからだ」


と答えた登山家位に訳が分からない。

答えになっていない。


「意味分かんねーよ!! 何で化物って呼ぶのか訊いてるのに答えが『化物だから』何だよ! 理由を訊いたんだぞ! 理由を!」


案の定まだ足が震えてるお姉ちゃんが怒り出した。


でも私も怒りたい。だって意味分からないもん


『そのままの意味であるが? 主は化物だ。故に自他共に主の事を化物と呼ぶ。これの何がおかしい?』


「兄さんは化物なんかじゃありません!! 兄さんは優しい人です!」


クロお姉ちゃんが怒った。


そういう私も内心怒ってるからもっと言って欲しいけど、目の前の三つの頭を持つドラゴン、アデハーカを怒らせるとダメな気がするからクロお姉ちゃんの服の裾を引っ張って止めておく。


『主が優しい人だと? 何を(たわ)けた事を。優しいならば、何故貴様らに精神の崩壊を招く危険がある記憶の奔流何ぞに放り込んだ? 人ならば、何故主は何万年も生きている? 主は吸血鬼だ。それも最古の、人類の悲願などと呼ばれる不老不死に最も近い、な。確かにそれだけならばまだ辛うじて精神的に人だと言える要素もあっただろう。』


だがな、とアデハーカは続ける


『何時からかは知らぬ。いや、或いは吸血鬼となったその瞬間からか。主は人である事も人間であることも辞めた。』


「人間とは何ですか?」


この世界には『人間』という概念は存在しない。


人か獣か魔物かのいづれかだ。


人とはすなわち普人族や獣人族の様に種族として確立しているものを指し、獣とはすなわち鹿や虎などの動物を指す。魔物は魔力を持ち、体内に魔力の結晶である魔石か魔晶石を持っているものを指す。


『人間とはな、生物学の観点から言えばこの世界で普人族と呼ばれる者達をさす。だが別の観点からの解釈では人と獣の間にいる者を指す言葉だ。』


「人と獣の間?」


『左様。基準はそれぞれだがな。話を戻すぞ。主は人でも、人間でもなくなり化物となった。そして監視者、否。断罪者とも言える者になったのだ。』


「断罪者? 一体どういう事?」


お姉ちゃんが私達の疑問を代弁する。


『そのままの意味だとも。主は過ぎた力を求めて人としての道を踏み外し、力に溺れた愚者を断罪する処刑人として生きてきた。我等眷属と出会う以前からな。気まぐれも起こそう、道楽もしよう、人を救う時も、虐殺する時もあるだろう。だが主は一度として、力に呑まれた愚者を見逃した事も、生かした事も在りはしない。それが国力に胡座をかき、絶対の力を持っていた帝国と呼ばれた存在であったとしても、だ。あの時の主はまるで神の如しだったぞ。男も女も、大人も子供も、帝も貧民も関係無い。一切の例外無く殺した。生き残りは誰一人居やしない、皆殺しだ。『力に溺れたから』というだけの理由でな。これを化物と言わずに一体何を化物と言う?』


「兄さんが……………」


「ご主人様が……………」


お姉ちゃん達はショックを受けている様だけど、私はどうしても訊きたい事がある。だからアデハーカに訊いた


「お兄ちゃんは………」


『ん?』


「お兄ちゃんは何で、力に溺れた人を殺すの?」


そう、そもそもどうしてお兄ちゃんは力に溺れた人を殺す断罪人の様になったのか。私にはそれが分からない。


だって、それはお兄ちゃんじゃなくても良いと思ったから。

力に呑まれた人が殺されるのはある意味では自業自得だと思ったから。


ならきっと、理由があるはず。

お兄ちゃんが処刑人の様になった理由が。

『力に溺れた』、それだけの理由で国中の人を皆殺しにできてしまう様な、そんな理由が。


『さてな? 我も一度訊いてみた事があるが、その時の答えの意味は我には未だに理解できぬ。』


「教えて! どんな答えだったの!?」


私は自分でも何でこんなに必死になっているのか分からない。

分からないけど、その答えを聞けたら何が埋まる気がした。失くしたパズルの一欠片が埋まる様な、そんな予感がした。


『契約の代償だと、主は短く答えたぞ。何の契約で代償として支払ったのが何なのか訊いてみたが主はそれ以降はただ嗤っていただけだから詳しい事は………どうした、娘よ?』


「大丈夫? ディアーチェ、何かあったの?」


「アーチェ? ど、どうしたんだ急に?」


お姉ちゃん達が心配してくるけど、初めは何をそんなに心配しているのか分からなくて首を傾げた。


でもその時に頬を何かが伝う感覚に驚いて慌てて手で拭うと、水がついてた。


その時になってやっと自分が泣いている事に気付いた私は、二人に大丈夫だと伝える。


「大丈夫だよ。ただ、何でだろ? 涙が………止まらないの」


拭っても拭っても次から次に溢れてくる、絶望の記憶を見ている内に枯れた筈の涙。


「分かったの………何でお兄ちゃんが力に溺れた人達を憎んでもいないのに殺し続けるのか」


ようやく分かった。


何でお兄ちゃんが自分の事を化物に変えてしまったのか。


「お兄ちゃん、言ってたよね? 絶大な対価を払って絶大な力を得たって。」


「確かに………という事はまさか!?」


クロお姉ちゃんは今の話の流れで分かったみたい。

こういうところは流石エルフだなって思う。今は吸血鬼だけどね。


「そう、多分お兄ちゃんが吸血鬼になって不老不死の力を手に入れる為の代償の中に『力に呑まれた者を殺す事』が含まれてる。正確な内容はお兄ちゃんにしか分からないけど………」


「なるほど、確かにそれなら兄さんがあれだけの人々を亡者にした説明がつきますね。」


「不老不死に近い力と吸血鬼になる代償が力に溺れた人を殺す事………か。案外軽い代償の様な気がするぞ?」


お姉ちゃんのその言葉に私とクロお姉ちゃんは溜め息を吐く。


「フェニーチェ、それ本気で言ってるんですか?」


「想像してみなよ、お姉ちゃん。不老不死になった代償が力に溺れた人を殺すっていうことは、生きてる間、ずっと人を殺し続けないといけないんだよ?」


「それも自分と同じように力を求めた人々を、何人も何万人も、ですよ?」


クロお姉ちゃんのその言葉がどこか引っ掛かった。


何だろう? 自分と同じよう………お兄ちゃんと同じように力を求めた……………!?


「う………確かに辛いかも。私だったら正気でいられないかもね………あっ………そっか。だからご主人様、自分の事を化物って……」


クロお姉ちゃんがお姉ちゃんの言葉に悲しげな表情で答える


「恐らくは。自分と同じように力を求めて失敗してしまった人を殺し続けるなんて、自分は人では無いと自分に言い聞かせないと正気すら保てなかったのだと思います。でも兄さんは自分が化物だと思う時間が長すぎて、何時からか身も心も………という事だと思います。」


「そっか、じゃあそこのアデハーカ? が言った事は正しかったんだな」


『言ったであろう? 主は化物であると。』


「違う!」


それは違う。私は強く否定する。

二人と一匹が驚いた様に私を見るけど知らない。私は気付いたんだ、お兄ちゃんはやっぱり優しいって。


私達を苦しめる為に絶望を見せたんじゃないって。

私達を護る為にこうしたんだって。


「違う。お兄ちゃんは人だよ。だって私達を護る事しかしてないもん!」


『何を言うかと思えば可笑しな事を。貴様らをこの試練に送り込んだ事こそ貴様らを殺す気であった証明ではないか。この試練を抜けた者は今まで二人しかおらん。三人同時に入って三人共がこの場に居るのはそれこそ奇跡と言って良いのだぞ。普通ならば貴様ら全員死んでおるわ。』


「そうだよ、本当なら私達全員今ここにいない。死んでるはずだったの!」


「ディアーチェ? 何を言って「クロお姉ちゃん忘れちゃったの? 私達、死んでも生き返るんだよ。」………え? ………あ!?」「そういえば!」


お姉ちゃんも気が付いたみたい。


「そうだよ、私達にはお兄ちゃんから貰った加護があるから死んじゃっても生き返るの! お兄ちゃんはそれが分かってたから私達に亡者達の絶望を見せたんだよ! 私達が力に溺れて呑まれないように! 私達がお兄ちゃんに殺されないように!」


「私達が………力に溺れて絶望しないように………?」


「だからご主人様………アタシ達が強くなるために力が欲しいって言った時、あんなに怒ってたんだ………」


「きっとそう。安易に力を手に入れて、絶望するのは私達自身だってお兄ちゃんは誰よりも知ってるから、私達を護る為にここに送ったんだと思う。」


「全部………私達を護る為に………」


「ご主人様………」


「お兄ちゃんは始めから私達を護る事しかしてないもん。初めて会ったあの時から。お兄ちゃんは確かに不老不死の吸血鬼だよ、悪魔だって眷属にしちゃうような、化物みたいな強さを持ってる。お兄ちゃん自身も、お兄ちゃんの周りも、お兄ちゃんが化物だって事に何の疑問も抱いてない。当たり前みたいになってるけど、お兄ちゃんはきっと、この世界の誰よりも優しい人だよ。ただ、自分が護る事のできる限界を理解してるだけ。他に目を向ける余裕が無いだけ。だったら――――お兄ちゃんは化物何かじゃない。強くて優しくて、ちょっぴり寂しがり屋なだけの――――人だよ。」


「そう………ですね。兄さんは、確かに化物じみた強さを持っていますけど、化物はあんなに色々な感情の篭った瞳はしませんから。やっぱり兄さんは人ですよ。」


「そうだよな、ご主人様は見ず知らずのアタシ達の事受け入れてくれて、加護もくれたんだ。そんなご主人様が化物だってんなら、この世界は化物で溢れてるよ!」


『余りふざけた事を抜かすものでは無いぞ小娘共。化物が人の真似事をしたから人だ等と、(たわ)けた事を抜かしよる。化物に(ほだ)される人など、存在するだけで悪だという自覚はあるのか?』


アデハーカがそう言い終わると同時、再び圧倒的なまでの存在感が解放される。


存在格はそう簡単に上がるものではない。歴戦の猛者や長年人の上に立つことを生業とする王や上流貴族などが放つ、人に自然と畏敬の念を抱かせるようなオーラとでも呼ぶべきものが存在格と言うものだ。


一朝一夕で身に付くものでも、伸ばせるものでもない。


故に今三人を襲うプレッシャーは先程と同様、否。先程よりも尚その存在感を増している。近くに居るだけで常人ならば意識を失うか呼吸困難に陥る程に。


だがそれほどの威圧を受けても三人娘は立っている。油汗を滝の様に流し、膝がガクガクと笑っていても、立っている。


唇を紫色に変え、顔色が青白くなろうとも、その瞳に宿る意志の炎は些かも衰える様子を見せずにキッとアデハーカの三頭にある六眼をにらみ返す。


『『『(兄さんが)(ご主人様が)(お兄ちゃんが)化物なんて、絶対に認めない!!』』』


声が出ずとも、聴こえずともその眼が、三人娘の意地とも言える強い意志を物語っていた。


そのまま睨み合いが続く事凡そ一分。三人娘にとっては永遠にも等しい時間が過ぎた頃、不意にアデハーカの威圧が霧散した。


足を産まれたての小鹿の様にしながらも立つ三人娘が消えた威圧を不思議に思ったその時、声が聞こえた


『合格だ、試練を受けし者達よ。素晴らしい意志であった。努々(ゆめゆめ)その(こころざし)を忘れるでないぞ、強き人よ』


掛けられたその言葉を理解し、声を発した存在を確認して二度呆ける三人娘。


そう、声を発したのはアデハーカだ。


「え? そ、その………」


「はい? え、………え?」


「もしかして………」


『我は言った筈だ。これは試練である、と。ならば試練を突破する条件ないし方法が存在するのは必定であろう? 喜べ、人よ。そなたらは試練を通過したのだ。確かにそなたらの言う通り、主は精神的に化物になりきれておらん。だから今もなお理性を保っておる。』


「え? じゃあもしかして………」


『左様。精神まで完全に化物となりきったその時、主の理性は失われるだろう。だがその様な事はあってはならん。そうなれば敵う者など残っておらん。主は今や10億近くの存在格を取り込んでおる。我でさえ人に換算すれば一千万いくかどうかという所だと言えばこの異常性が理解できよう?』


「一千万? じゃあさっき受けた威圧は『察しの通り、1割程度の威圧だ。故に主が理性を失う様な事があれば恐らく世界が終わる。』………世界が終わる………ですか。」


何だか大変な話になってるけど、やることは分かった


「要するに、お兄ちゃんを人にしてあげればいいんでしょ?」


そう、お兄ちゃんが自分は化物なんかじゃなくて人なんだと思える様にすればいいんだもん。


「なーんだ、そういう事か。つまりご主人様を奪い合って落とせばいいんだな?」


「「はい?」」


何言ってるのお姉ちゃん!?

何でそんな結論に至ったか凄く訊きたいよ!?

小一時間問い詰めてお姉ちゃんの思考回路がどんな風になってるのか調べたい位だよ!?


「え? だって子供ができて育ててる内に愛情とか芽生えればご主人様は人の心を持ってるって事になるし、ご主人様とイチャイチャできるし一石二鳥だろ?」


う、うん。まぁ理屈は通ってる………のかな?

でもお姉ちゃん、何て理想的な未来を………は!?

危ない危ない。涎が垂れそうになっちゃった。


でもお兄ちゃんとの子供かぁ………イチャイチャ………ウへへへへへ……………


「ディアーチェ? 大丈夫ですか? だらしない顔になってますよ? それにフェニーチェ、兄さんは吸血鬼には子供ができないと言ってたじゃないですか」


あっ…………そうだった。


でもなにか方法無いのかな? 今度図書館行って調べてみようかな。


お姉ちゃんもクロお姉ちゃんの言葉に肩を落としてる。


「先ずは強くなりましょう。兄さんと並び立ったり、兄さんを守る為に体も、心も。」


「でもご主人様また怒るんじゃないかな~? だって強くなりたいって言ったからアタシ達今ここにいるんだぞ~?」


珍しくお姉ちゃんが弱気になってる。

大の字に寝そべってウダウダするお姉ちゃんなんて初めて見たかも。

やっぱりお姉ちゃんもお兄ちゃんに怒られたのは嫌だったんだ、怖かったしね。


でも………


「先ずは言ってみようよ、お姉ちゃん。そうしないと何も始まらないよ?」


「そうですよ、もう一度お願いしてみましょう。アデハーカさんに会って試練をクリアしたって言えば鍛えて貰えるかもしれませんよ。」


『さて、そろそろ時間だな。汝らは戻らねばならん。良いか、自分達が特別だ等と付け上がるな。汝らが見た亡者共の記憶にある出来事は常に身近にあると思え。決して力に溺れるな、呑まれるな。汝らの主人を悲しませたくないのならばな』


その言葉を最後に空間が闇に侵食されていき、私の意識は途切れた。



―――side ディアーチェ out―――



寝室でカロメウェと知識の擦り合わせを行っていたらロフォカレが部屋に入ってきた。


「生きておりますぞ。精神状態は気絶していたために不明ですが」


「ほぅ、三人共か?」


「えぇ、三人共です」


「チッ、俺の負けは確定か」


「何だ、賭けでもしていたのか?」


(三人娘の安否をカロメウェが訊くのは珍しいと思ったが、賭けか。大方また魂でも賭けたんだろう。)


「ええ。カロメウェが死亡に五、リロ(リガウロス)が発狂に五、リア(ロワリュアレ)と私が正気での生還に二十、メレクは「ああ、言わなくて良い。あいつの事だ、どうせ面白がって馬鹿みたいな大穴に賭けたのだろう? 『正気で生還かつ俺にもう一度強くなるためにすがり付く』、とかな。それで賭けた魂は………そうだな、四十あたりだ。違うか?」……………流石で御座いますな、その通りです。」


『何故にバレたし!?』


「おにぃすっごーい!」


『いしんでんし~ん?』


「お前達と何年間共に過ごしたと思ってる。お前達の考える事が容易に分かる位は当たり前だ。」


『すげぇな~。俺なんか相棒が怒ったフリしてメチャクチャ安全に亡者の記憶を見れる様にする位あの嬢ちゃん達を気に入ってるぐらいしかわかんねぇわ~』


『私も~。あの時~、若干勢いで言っちゃって~、亡者達の絶望見せたのを~、後になってちょっとだけやり過ぎた~って思ってた位しか分かんなかった~』


「おにぃ、あんまり素直じゃないもんねー。あの時ちょっぴり嬉しかったのに反発しちゃったから、お姉ちゃん達おにぃの事見捨ててどっか行っちゃうかもよ~?」


「いえいえ、亡者の記憶を見た後にアデハーカが宝物殿の方へと招いた様ですから、戻って来たという事はアデハーカの威圧に耐え、尚且つ認められたという事でしょう。」


「………待て、あの化石蜥蜴(とかげ)があの三人娘を宝物殿に招いただと? それ以前に起きていたのか、あの三つ首蜥蜴は。」


「えぇ、今日の明朝4時頃から先程までお嬢さん方と宝物殿の中で何やら睨み合いをしていた様ですが、アデハーカの方が威圧を止めたので認められた様ですな。」


「あの蜥蜴め………余計な事を………」


「それはともかくとして、起きた様ですぞ。」


完全管理空間パーフェクトコントロールルームか、相変わらず便利で強力な能力だな。」


「ここまでにするだけで一万年を費やしましたがね。」


「その根気強さは評価しているぞ。さて、あの馬鹿娘共を見に行くか。」


そう言ってシンはベッドから降りてドアを開けようとしたがドアノブに触れる事無くそのままドアの前から退いた。


直後、勢い良く開くドア。

シンに飛びかかる複数の影。


しかしシンは身構える事もせずにその影を受け止めた。


影は勿論三人娘。だが抱き着く事はせずに直ぐ離れる。


そして三人の第一声は


「「「私達の事を強くしてください!!」」」


であった。


「……………お前達は見た筈だ。力を求め、力を手に入れ、力に呑まれ、力に溺れた者達の、苦痛と絶望に満ちた人生の記憶を。あれらを見て、まだ強大な力を求めるのか?その覚悟はあるのか?」


「「「はい!!」」」


「………理由を聞かせて貰おうか、お前達が力を求める理由次第では今、ここで、その首を落とさなければならん。」


そして三人に襲い掛かるアデハーカとは比べ物にならない程の威圧感。


アデハーカの威圧は広範囲に薄く広く放たれていたが、シンのそれは圧縮された球の様に一点に集中する密度の濃い威圧だ。


当然三人娘の足は震え、呼吸は困難になり、身体中から血の気が失せる。

だが一つだけ異なる事がある。


汗が出ないのだ。アデハーカの時は死の恐怖から滝の様に流れた汗が。

そして同じ位の威圧を一度受けた事があるからこそ気付いた。


シンの威圧には殺意が、生命の危機を知らせ、本能が全力で警鐘を鳴らす様な本気の殺意が込められていない事に。


殺気は感じる。肌が粟立つ程の殺気は感じるのだ。

しかし、殺意が感じられない。

一見矛盾したこの感覚に三人は不思議と心が温かくなった。身体中の血の気が引いてとても寒く感じるのに心は温かいという摩訶不思議な感覚は、しかし三人のシンに対する返答で終わりを見せる


「「「(兄さんの)(ご主人様の)(お兄ちゃんの)人生を幸せにするため!!」」」


「………何? 聞き間違いか? 俺の人生を幸せにするだと?」


「はい!」


「うん!」


「そう!」


「その目的と手段が噛み合って無いと思うのは俺の気のせいか?」


「気のせいですよ」


「気のせいだって!」


「気のせい、気のせい」


シンは深いため息を吐く。無論威圧などとっくに霧散していた。


「ふ~~。お前達、あの三つ首蜥蜴に何を吹き込まれた?」


「な、なんの事でしょう?」


「三つ首蜥蜴? な、ナニソレアタシシラナイナー」


「何の話? お兄ちゃん」


クローディアはどもり、フェニーチェはどもりとカタコトの喋り方になり、ディアーチェは声に動揺こそ乗せなかったものの、目が泳いでいる。


「成る程、大方あの蜥蜴に俺が力に溺れた奴を殺しているのは俺を吸血鬼に変えた悪魔との取り引きのせいだと吹き込まれたって所か。」


「「「うっ………」」」


「その様子からすると当たりだな?」


「「「はい………」」」


「チッ、アデハーカめ。本当に余計な事ばかりしてくれるな。それで? お前達が出した結論は何だ?」


「「「(兄さん)(ご主人様)(お兄ちゃん)に自分は化物じゃなくて人なんだって思ってもらう事………です」」」


「何? ………少し待て、一体どんな話の流れでその結論に至ったのか詳しく話してみろ。」


代表してクローディアが答える


「そのですね………『どうして兄さんは自分の事を化物と呼ぶのか』という疑問が出てきまして、それに対するアデハーカさんの返答が『化物だから』という本末転倒なものだったんです。」


「ほぅ。それで?」


「それで、私達は兄さんは化物ではないと反論したところ、『国の人々を力に溺れたという理由で皆殺しにしたから化物だ』と言われ、何故兄さんがそんな事をしたのかという疑問がうかび、契約の代償だと兄さんが言っていたとアデハーカさんからの情報が入って「ああ、分かったもういい。十分だ。何故あんな結論に至ったかは大体把握した」」


「そうだな、恐らくお前達は悪魔との契約に力に溺れた者の排除が含まれていると考えたのだろう、違うか?」


三人娘はフルフルと首を横に振る


「そして『俺が長年人を殺して来た事でその自責の念に耐えきれずに自らを化物だと思い込む事で精神的な負担を減らそうとしたが、思い込みが行き過ぎて現実にそうなってしまった』という仮説を立てた。違うか?」


これも三人娘は首を横に振る。内心で


『何でそんな細かい事まで分かるの!?』


と思いながら。


「さて、そこでその仮説が真実だった場合、どのような対処が効果的なのかをお前達は考えた。ふ~む、そうだな。優しいお前達の事だ、恐らくは俺が人に近い感情或いは感覚を持っている事を自覚させ、三段論法的に俺が化物ではないと証明しようとしたのだろう。『化物は人の感情を持ち得ない。しかし俺は人の感情を持っている。だから俺は化物ではない。』という具合にな、ここまでで何か間違いはあるか?」


三人娘は力なく首を横に振る。


「良し、ではその仮説に対する対処をどの様に実現するかを当然お前達は考えた。そしてその解決法こそが『俺を幸せにする』、と。こういう事だろう? それから、強くなりたいという理由は結局変わっていないな? あれだけの絶望の結末を見て、それでも尚俺に並び立ち、俺を守る為にと力を求めている。」


「どうして理由まで………」


「お前達の目を見れば分かる。……………俺もな、悪魔と契約する前はお前達と同じ様な目をしてた時期がある。『どんな事があっても自分の大切な奴だけは守りきってみせる』ってな。お前達の目はあの頃の俺に似てるよ。………良いだろう。あれを見たお前達ならば安易に力に呑まれる事もあるまい、強くしてやろう。理不尽をその手ではね除けられる位にな。」


それを聞いた三人娘は抱き合って喜んだ。

だがシンは忠告も忘れない


「だが忘れるな。アデハーカの言った事は事実だ。俺は力に溺れ、欲に塗れた獣は悪魔との契約上最終的には抹殺する事になっている。無いと思いたいが俺の前で獣への道には転がり落ちてくれるな。お前達は殺したくない」


『うっひょ~、愛の告白か~? どうせやるならもっとロマンチックな演出で「出ろ、メレク」………あら? ぐぶぇ!」


シンがメレクを召喚し、宝物殿から取り出した二十本程のナイフをメレクの頭に刃が全て埋まる程全方位から一瞬で突き刺した。


奇妙な断末魔を上げたメレクはそのまま糸の切れたマリオネットの如くドシャリと床に崩れ落ちる。


三人娘が反射的に悲鳴を上げそうになるのをシンが口を押さえる事で防ぎ、三人娘に語りかける


「落ち着け、こいつらは悪魔だぞ。このくらいでは死なん」


「アホかぁー!! ちゃんと一回死んだぞ! 突っ込みにしても過激過ぎるだろ!! 魂一個無駄に消費しちゃったじゃんかぁ!!」


「賭けで収支はプラスになっているから構わんだろう? 一個位。良かったな、大穴を当てられて。」


そこでメレクはそういえば………と他の悪魔達を見て、他の悪魔達は余計な事を………とシンを見る。


その後ロワリュアレによって配当が終わった頃にディアーチェがぽつりと疑問を口にする


「そういえばお兄ちゃん」


「ん? どうした、ディアーチェ」


「力を手に入れて、その力に溺れなかった人ってどうなったの?」


「何だ、知りたいのか?」


「うん、気になる。後お兄ちゃんが自分の事を化物だって言う理由も聞いてない」


「そうか、確かに言ってなかったな。俺が自分の事を化物と呼んでいる理由はな、今までやって来た事もそうだが、一番の理由は『俺が臆病者だから』だ」


「………どういう事?」


「分からないか? 俺は生来臆病な性格でな。自分が人だと思うと不安になるんだ。なんたって人は弱いからな、すぐに傷付き、病を患い、老いて死ぬ。だから自分を化物だと、人では手に負えない怪物だと思っていた方が安心するのさ。実際化物じみた戦闘能力を持っているしな。」


「だから自分を化物だって呼んでるの?」


「ああ、そうだ。ただそれだけの理由だよ。後はまぁ、人を尊く思うため、なのかもな。」


「人を尊く?」


「ああ。羨ましいのさ。約百年、こっちだと二十五年か。いや、長命な種族もいるから変わらんか。そんな短い一生を懸命に生きられる姿勢や生き方が、羨ましいのだろうさ、俺は。」


「ふ~ん、私は長い間生きられるお兄ちゃんが羨ましい。」


ディアーチェの言葉を聞いたシンは苦笑する。


「ははっ、『隣の芝は青い』とはよく言ったものだな」


「隣の芝? 青い?」


「前の世界であった諺ってやつだ。今度教えてやる。さて、力に溺れ無かった奴の話だったか?」


「うん! 聞かせて」


「そうだな、俺が知っている中では大きく二つのパターンがある。生涯現役か、隠居するかだ。生涯現役だった奴は死ぬまで自分を越える強者を見つけるか育てるかしていた、所謂戦闘狂だな。隠居した奴は妻を持って子供も出来て、最期は家族に見守られながら逝った奴が多い。英雄や武道の頂点として崇められた奴もいる。ただ、共通して言えるのは、そいつらは力を手に入れ、己を律し、欲に溺れなかった。そんな奴等の最期は絶望ではなく、平穏だったという事だ。」


「大丈夫だよ。」


ディアーチェの『大丈夫』という意味が分からなかったシンがディアーチェを見ると、彼女は可憐な笑みを浮かべながら言う


「お兄ちゃんが傍に居てくれる間は私達は絶対に、力に溺れたりなんかしないから!」


ディアーチェのその顔を見たシンは前の世界では数千年の間見せる事の無かった優しげな微笑みを浮かべながらディアーチェの頭を撫でるのだった。


それを見たフェニーチェとクローディアもシンにねだったり、それをメレクが冷やかしてまた魂を消費したりと騒がしくなったのだが、それを宝物殿から見ていたアデハーカはこう語る。


『あの時の彼等は、まるで産まれた時から共に育った家族の様であった』


と。

はい、今回はディアーチェメインのお話でした。

ヤバい、そろそろ作者ですら色んな設定や伏線があやふやになってきた

(;・∀・)

バトル多めにしようかな……。

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