第7話 ギャル姫が堂々と広めてるじゃないか!
教室の中の現実は、180度真逆だった。その雰囲気はまるで、大安売りをしている夜市のようだった。
「おい、おい、おい! お前ら、あの噂もう聞いたか!?」
「何の噂だよ? まさか数学の抜き打ちテストとか言わないよな?」
「違うよ、バカ! もっとヤバい話だ! うちの学校の男子たちの命とプライドに関わる問題だぞ! なんと……白川さんがこの前の日曜日、男と二人で遊びに行ってたらしいんだ!」
「はああああっ!? 嘘だろ!?」
「マジだって! しかも、その男がゲームセンターで白クマのぬいぐるみを取ってあげたらしいぜ!」
窓際のいちばん後ろの席に座っていた俺は、突然パニックに陥りフリーズした。
(待て、待て、待て。なんだこれ?)
俺の視線はすぐに、教室の前方の群衆の中心へと向けられた。そこには、学校一のギャル姫、白川 円香しらかわまどかが優雅に座っていた。
「ねえ、ねえ、まどっち! その噂マジなの!? 日曜日に本当に男の子と遊びに行ったの!? 誰!? うちの学校の子!? 隣のクラスの子!?」
ピンク色の髪をした彼女の親友、天海 葵あまみあおいが、大興奮で白川さんの腕を揺さぶっていた。
その顔は、親友からの情報を聞き逃していたことに対する焦りと興奮が入り混じっていた。
「ふふふっ……葵ちゃん、少し落ち着いて。どうしてみんなそんなに騒いでるの?」
白川さんは手の甲で口元の笑みを隠し、貴族のようなエレガントな雰囲気を醸し出していた。
「ただの友達よ。私が一人で歩いてた時に偶然会って、彼が助けてくれたの。彼、とっても、とーっても優しい人だから……結局、少しだけ一緒に遊びに行ったってわけ」
「で、でも、クマのぬいぐるみは!? まどっち、その男の子がUFOキャッチャーで超簡単に取ってくれたって言ってたよね!?」
「あ、うん。すっごく可愛いぬいぐるみだったわ。友達記念のプレゼントとして私にくれたの。彼、すごく頼りになって、頭が良くて、なぜか一緒にいると居心地がいいのよね」
「ぐおおおおっ! どこのクソ野郎がそんな幸運を手に入れたんだ!?」
教室の前方にいた男子の一人が大声で叫んだ。
「まさか東京のエリート校の奴か!?」
「白川さん! そいつの名前を教えてくれ! 俺たちが白川さんに相応しいかどうか見極めてやる!」
(本当にバカな女だ! この軽率でバカな金髪! なんで昨日のことをみんなに話しちゃってるんだよ!? 俺たち、秘密の友達って条件だっただろ!?)
まあ、確かに彼女は俺の名前を出してはいない。だが、『道で会った』とか『頼りになる』なんて描写をされれば、遅かれ早かれバレるに決まってる! ましてや天海さんはすごく勘がいいんだ! もし天海さんに知られたら、明日にはクラスどころか学校中が大騒ぎになるぞ!
(よし、終わったな……ギャル姫の熱狂的なファンのせいで、俺の平穏な生活のポリシーは崩壊するようだ)
「「「ブーッ、ブーッ」」」
パニックの最中、ズボンのポケットの中でスマホが振動した。俺はまだ教師が来ていないことをちらりと確認し、机の引き出しの下でゆっくりとスマホの画面を開いた。
メッセージアプリ【MINE】からの通知。差出人は:白川 円香。
【おはよう、宇佐美くん〜! ♡( ◡‿◡ )】
【どう? 前のほうの話、聞こえてるでしょ? 私の話、すごかったでしょ?】
怒りをこらえながら返信を打つ俺の手は、少し震えていた。
【何がすごいんだよ!? なんで昨日の出来事をクラスのやつらに広めてるんだよ!? 俺たちの約束を忘れたのか!?】
俺のメッセージに『既読』がつくまで、たった2秒しかかからなかった。
【えへへ、だってすごく嬉しかったんだもん! ぬいぐるみ、朝まで抱きしめてたんだよ! それに、宇佐美くんの名前は出してないもん。セーフ、セーフ! (≧◡≦)】
【それに、クラスの男子の反応めっちゃ面白いでしょ? あんなに悔しがっちゃってさ!】
(MINEスタンプ:笑い転げる白クマ)
【全然面白くないぞ、白川さん! もし俺だってバレたら、明日には俺の机が画鋲と脅迫状で埋め尽くされるに決まってるだろ!】
【おじいちゃん、大げさすぎ〜。私がいる限り、誰もあんたにちょっかいなんて出さないから大丈夫だよ! (^ω^)】
【今すぐ前言撤回しろ。その男は実はすごくブサイクでつまらない奴だったって言え】
【やーだ! べーっ! (੭˃ᴗ˂)੭】
俺はスマホを引き出しに叩きつけそうになった。クラスの前方を鋭く睨みつける。それと同時に、白川さんが群がっている友人たちの肩越しに、ゆっくりと後ろを振り返った。
彼女の澄んだ青い瞳が、俺の目と合った。
そして……憶測に夢中になっているみんなの前で、彼女はわざと俺に向かってウインクし、イタズラっぽく微笑んだ。
俺は慌てて顔を窓のほうへと背けた。
くそっ、くそっ、くそっ。
もし生徒の誰か一人でも今のウインクを見て、彼女の視線の先を追っていたら、俺は本当に悲惨な結末を迎えていただろう。
「え? まどっち、後ろの誰を見てたの?」突然の天海さんの質問に、俺は再びパニックになった。
「誰も見てないわよ、葵ちゃん〜。窓の外の鳥を見てただけ」
「ほら、みんな、もうすぐ予鈴が鳴るわよ。席に戻ってね。先生がすぐ来るから」
彼女の天使のような優しい声に、男子生徒たちはすぐさま従った。
一時間目の授業が始まった。だが当然ながら、俺は日本史のノートを取ることに全く集中できなかった。頭の中は、俺の高校生活に降りかかるかもしれない最悪の可能性に囚われたままだった。
「「「ブーッ、ブーッ」」」
スマホが再び振動した。俺はどうにか画面を確認した。
【ねえねえ、宇佐美くん。まだ怒ってる? (・_・;)】
【当然だろ。どうやって正体がバレないようにするか考えて頭が痛いよ】
【ごめんごめん〜。お昼にお弁当食べるの忘れないでね。いっぱい食べて、頭痛治してね!】
(MINEスタンプ:ウサギの頭をなでなでしている白クマ)
【そのバカげたスタンプを送ってくるな。今は構ってほしくないんだ】
【ケチ! せっかく優しくしてあげようと思ったのに! (`ε´)】
【あ、そうだ宇佐美くん! 今日の放課後、一緒に帰ろ!】
そのメッセージを読んで、俺の左眉がピクピクと大きく引きつった。
【お前はバカなのか、それともわざと俺の人生を壊そうとしてるのか? クラス中に噂が広まったばかりなのに、今度はこの暗い男を一緒に帰ろうって誘うのか?】
【ふふふっ、もちろん校門で待ち合わせたりしないよ! あんたが先に歩いてて。学校から2ブロック先の、からくり時計がある小さな公園で待ち合わせしよ。葵ちゃんや他の子たちの目も届かないから安全! どう? (^_~)】
俺はしばらくその画面をじっと見つめた。彼女を避けるのが、生き残るための最も賢明な手段だ。
だが……その一方で、俺には自分の権利を主張する必要がある! 『秘密の友達』の協定を破ったことについて、直接文句を言ってやらなきゃ気が済まない。メッセージのやり取りだけだと、彼女は間違いなくイタズラなスタンプを送り続けてくるだろう。
【わかった。学校から2ブロック先の公園だな? 午後4時だ。今日の噂の件、きっちり説明してもらうからな。逃げられると思うなよ】
【やったぁ! 交渉成立! 待ってるからね、宇佐美くん! ૮₍ ˃ ⤙ ˂ ₎ა】
(MINEスタンプ:ポンポンを持って踊る白クマ)
俺はスマホの画面を消し、歴史の先生の解説を聞きながら、ぐったりと椅子の背もたれに寄りかかった。
歴史の先生は今、戦国時代について、領地を守るために戦った武将たちについて説明している。
もしかすると、戦国時代に例えるなら、今の俺もまた自分自身の戦場に足を踏み入れているのかもしれない。平穏な高校生活という幻想と戦い、噂と戦い、そしてもちろん……俺の人生に入り込んできた頑固なギャル姫と戦うために。
はぁ……俺の平穏な青春は、完全に終わってしまったようだ。




