第6話 宇佐美くんって、神経質なおじいちゃんだよね〜?
アパートのドアの前に着くやいなや、俺はポケットを探って鍵を取り出し、ドアを開けた。
「散らかってて悪いな。言った通り、ただの独身男の部屋だか――」
「ええええええっ!?」
俺が言葉を最後まで言い終える前に、アパートに足を踏み入れたばかりの白川さんが驚きの声を上げた。
「こ、これのどこが散らかってるの、宇佐美くん!? めちゃくちゃ綺麗じゃん! 私の部屋よりずっと片付いてる! え、フローリング見てよ、ピッカピカ! 何で床拭いてるの!?」
「普通だよ。標準的な床用洗剤を使ってるだけだ」
「へえ〜……嘘だ! 座布団は綺麗に並んでるし、ダイニングテーブルにはシミ一つないし、テレビのリモコンは雑誌と完璧に平行に置かれてるじゃん! 宇佐美くんって、実は超神経質なおじいちゃんなの!?」
「誰が神経質なおじいちゃんだ」俺は片眉を吊り上げ、自分の家で馬鹿にされたことに少し苛立ちを感じて彼女を睨んだ。「清潔さを保つのは義務だ。散らかってたら、後で掃除する時に面倒だろ」
「あははは! むすっとしてる顔、めっちゃ面白いよ、おじいちゃん〜!」
「わあ……いい匂いもする。シトラスの香り。本当に、暗い男のアパートには全然見えないね!」
「馬鹿にするのはやめてさっさと入れ。でなきゃ外にいろ」
「はいはい、ごめんね〜。ふふふっ、ただ感心しただけだよ」
荷物を置いた後、俺たちはあまり時間を無駄にしなかった。白川さんは俺をすぐにアパートの外へと引きずり出した。
最初の目的地は、埼玉の街で一番大きいアミューズメント施設とゲームセンターだった。
ゲームセンターの中はとても賑やかだった。アーケードゲームの音、電子音楽、そして客のざわめきが一つに混ざり合っている。
「ほらほら、宇佐美くん! レースしよ!」
彼女は俺をカーレースゲームの筐体へと引っ張っていった。アーケードゲームなんて滅多にやらない俺は、ただ無力に運転席に座るしかなかった。そして予想通り……結果は非常に恥ずかしいものだった。
「あははは! 宇佐美くん、またガードレールにぶつかってる! 見てよ、私の車もう3周目だよ!」
「うるさいな、お前は。ハンドルが滑りすぎるし、アクセルペダルの反応も悪い。ペダルのスプリングに絶対問題があるんだ。もしドライバーを持ってきてたら、この機械を分解してるぞ」
「言い訳しない! 負けは負けでしょ、この不器用男〜」
「いつも無表情で、機械を直すのは得意なのに、レースゲームじゃぶつかってばかり。すごいギャップだね〜?」
「好きに言えよ」
レースゲームで俺を笑い飛ばして満足した後、彼女は俺をプリクラの機械へと引っ張っていった。
俺は恥ずかしくて断ろうとしたが、彼女の引っ張る力は見た目よりも遥かに強かった。
狭いボックスの中で、俺たちは色々な変なポーズで写真を撮った。
「ほら、見て! いい感じでしょ? 宇佐美くんの目がここで大きくなってる!」と、白川さんはプリントされたばかりの写真のシートを持ちながら言った。
「ひどいな……これ、カメラのエフェクトが強すぎる。俺の顔、宇宙人みたいになってるぞ?」
「失礼ね、これが可愛いって言うの! あ、そうだ、思い出したうちに【MINE】の連絡先交換しよ!」
彼女はバーコードの画面が開かれたスマホを差し出してきた。俺はあまり長々と話すことなく、そのバーコードをスキャンした。「白川円香」という名前が、すぐに俺の友達リストに表示された。
「イエーイ!! やったー! これでいつでもチャットできるね!」
「そのお返しに、あそこの屋台でイチゴのクレープ食べよ!」
甘いクレープを食べながら、俺たちはゲームセンターのエリアを歩き回った。
白川さんの足が突然、UFOキャッチャーの機械の前で止まった。その中には、とても可愛い丸っこい白クマのマスコットのぬいぐるみが山積みになっていた。
「わあ、めっちゃ可愛い……」
「やってみるか?」
「うーん、やめとく。私こういうの下手だから。アームの力がいつもわざと弱くされてて……イライラするだけだし」
「この名人の腕前を見てみろよ。ちょっとどいてろ」
俺はコインを一枚機械に入れた。手はジョイスティックのレバーを握る。さっきのレースゲームとは違い、こっちは純粋に重力、アームの角度、そして少しの運動量の計算の問題だ。
レバーをゆっくりと動かし、一番有利な位置にあるぬいぐるみの真上にアームを配置する。
ついにアームが下がり、そのクマの頭と背中の部分を掴んだ。機械がゆっくりとそれを持ち上げ、そして……ぬいぐるみは景品の取り出し口にポトッと落ちた。
「えええええっ!? 一発で取れたの!?」
俺はかがんで取り出し口からクマのぬいぐるみを取り出し、その上の架空の埃をパンパンと払った。そして何も言わずに、そのぬいぐるみを白川さんに向かって差し出した。
「あははは!! 俺を甘く見るなよ、白川さん」
「ちなみに、これお前にやる」
「え? わ、私に?」彼女は自分自身を指さし、その目は信じられないといった様子だった。「ほ、本当にいいの?」
「俺たちが友達になった初日の記念品だと思ってくれ。だいたい、俺がアパートにクマのぬいぐるみを飾るわけにはいかないだろ。神経質なおじいちゃんとしての評判が崩れちゃうからな」
白川さんは両手でそのぬいぐるみを受け取った。彼女はそれをきつく抱きしめ、クマの耳の後ろに顔の半分をうずめた。
「え、えっと……あ、ありがとう、宇佐美くん……大切にするね! 本当だよ! すっごく嬉しい!」
『グルルルゥ〜』
その甘い雰囲気は、俺のとても大きな腹の虫の音によって一瞬にしてかき消された。
白川さんは固まった。俺も固まった。
「ぷっ――あははは! 宇佐美くん、朝からまともにご飯食べてないでしょ!?」
「ち、ちがうよ!! め、メロンパンは食べたし」
俺は顔を背け、とてつもない恥ずかしさを隠した。
「もう、だから言ったのに! ご飯食べに行こ! この近くにファミレスがあるんだ。オムライスとハンバーグが絶品らしいよ!」
結局、俺たちはそのファミリーレストランで昼食兼夕食の時間を過ごした。
白川さんは女子にしてはかなり量の多いものを注文したが、すごいことに、学校での日常を話し続けながら残さずに全部平らげてしまった。
いつの間にか、午後の太陽が沈み始めていた。
今日の締めくくりとして、白川さんは俺をレストランからそう遠くない街の遊園地エリアへと引きずっていった。
そこには、明かりが灯り始めた巨大な観覧車が立っていた。
今、俺たち二人は非常にゆっくりと上に回転して動く観覧車のキャビンの中で向かい合って座っている。ガラス窓からは、埼玉の街の明かりがはっきりと見え始めていた。
「めっちゃ綺麗だね……」と、白川さんは俺があげたクマのぬいぐるみを膝の上に抱きながら、窓の外を驚いたように見つめて言った。
「そうだな、悪くない。窓ガラスが綺麗でよかったよ。埃で景色が遮られないからな」
「たまに、全然掃除されてない観覧車の窓ガラスもあるからな」
「もう、またあんたは掃除の話ばっかり!」
「でも、宇佐美くん……私たちが友達になった初日、どうだった……? あんたが想像してたほど、悪くなかったでしょ?」
俺はキャビンの背もたれに寄りかかり、静かに彼女の視線を返した。
「ああ。認めざるを得ないな、俺が思ってたほど悪くはなかった。すごく面倒くさくて、うるさくて、体力を使ったけど……なぜか今日は結構楽しかった気がする」
「えへへ、よかった! じゃあ、私の今日のミッションは大成功だね!」
白川さんは満面の笑みを浮かべた。その目は嬉しそうに細められている。観覧車のキャビンの薄暗い光の下で、彼女の顔はとても柔らかく見えた。
俺は少し気がついた。今日は彼女の『ギャル姫』らしさが全く見られなかったことに。今目の前にいるのは、ただの白川 円香という普通の十代の女の子だった。
観覧車が一周した後、俺たちは遊園地のエリアから歩いて出て、道路近くの長いベンチに座って休むことにした。
「もう夜の7時か」
「わあ、もう夜なんて気づかなかった……楽しい時って時間が経つのが本当に早いね?」
「こんな時間に帰らなくて、お母さんに心配されないのか?」
「大丈夫だよ! 遊びに行くって言ってあるし。それに、何かあっても守ってくれる宇佐美くんがいるもんね! ふふふっ」
俺は少し夜空を見上げてから、まだクマのぬいぐるみを撫でている彼女の方へ顔を向けた。
どうやら……俺の退屈な日常にこの女子が入り込むのを許したのは、間違いではなかったようだ。
そう思うべきだったのだが……。




