第2話 出会いのきっかけ1
先週末。その日の埼玉県のはずれの天気はとても晴れやかで、新入生として過ごした一週間の疲れを癒すには絶好の気候だった。
俺は向こう一週間分の食料品の買い出しを終えたばかりだった。レジ袋はそこそこ重く、なぜか急に、とてつもない面倒くささが全身を襲ってきた。
清潔さを第一に考える人間として、普段なら家で自分で洗濯をする。だが今日ばかりは、持っていた洗濯カゴに山積みになった汚れた服を見ただけで、ひどく気が滅入ってしまった。
人間らしいだろ? 俺だって飽きっぽいし、たまには妥協も必要なのだ。
そんな時、ふと幹線道路沿いにある古びた看板が目に留まった。
『そらランドリー・24時間営業』
深く考えず、俺はそこで洗濯することにした。たまには、より高性能な業務用の機械にすべてを任せるのも悪くない。
しかし、自動のガラス扉がスライドして開いた瞬間――。
「やばいやばいやばい! なんで水が漏れてくるの!? 止まって! お願い、止まって!」
そのパニックに陥った声は、誰もいないコインランドリーに響き渡っていた。
『3番』と書かれた大型洗濯機の前で、一人の女子が頭を抱えながらパニック状態でしゃがみ込んでいた。ダボダボのTシャツにジャージという非常にラフな格好の上に、店員のロゴが入ったエプロンをつけている。金髪は適当にまとめられていた。
まさか……あれ、あれって……白川 円香しらかわまどかだよな!? うちのクラスが誇る『ギャル姫』の。
彼女は、床を濡らし始めた泡だらけの水たまりを見て嘆いているようだった。
だが、俺には関係ない。きびすを返して逃げ出そうとしたが、彼女の絶望的な悲鳴が少しだけ俺の足を引き止めた。
「うぅ……このままじゃ、お店の床が水浸しになっちゃう! なんでこの機械、急にご機嫌斜めなのよぉ? また洗濯機が壊れたなんて知ったら、お母さんに絶対こってり絞られる……」
その顔はくしゃくしゃで、今にも泣き出しそうだった。学校で常に見せている優雅で上品な印象は、まるで最初から存在しなかったかのように消え失せている。今目の前にいるのは、壊れた機械の対応に追われるただの女子高生だ。
(くそっ、くそっ、くそっ)
結局、俺は彼女に近づくことにした。
「あのさ……」
「ひえぇっ!? だ、誰!?」
白川さんはビクッと飛び上がり、石鹸水の水たまりで滑りそうになった。丸い目を大きく見開いて、俺を見つめる。
「え、ええっ……あ、あんた……宇佐美!? え? 1年A組の!? なんで……なんでここにいるの!?」
「コインランドリーなんだから、洗濯しに来るのは普通だろ?」
「そ、そういう意味じゃなくて! で、でも、今の私の格好……それに、あんた……いつからそこに立ってたの!?」
「お前が洗濯機に向かって『水を出すのを止めて』って叫びながら懇願してた時からだよ」
「それに、パニックになって排水弁をそうやって開けっ放しにしてたら、店が本当に水浸しになるぞ、白川さん」
「え?」白川さんはきょとんと瞬きをした。「は、排水弁?」
「ちょっとどいてろ」
「ち、ちょっと待ってよ、宇佐美さん! ここスタッフルームだよ! ていうか、水汚いよ!」
うるさい抗議を無視して、俺は3番の洗濯機の下部パネルの前にしゃがみ込んだ。
手早くフィルターのカバーを開ける。予想通り、硬貨と太い糸くずが詰まってゴム栓が緩んでいた。
「入れる前に客のポケットを確認しなかったのか?」
「うっ……さ、さっき急いでたから、全部そのまま入れちゃったの。わ、私のせいじゃないよね? ポケットに硬貨を入れたままにしてたお客さんが不注意なだけだし!」
「だとしても、操作する側として確認くらいしろよ」
俺は機械の修理を続け、レバーを回し、詰まりを取り除き、『カチッ』と音がするまでゴム栓を付け直した。
立ち上がり、マシンのメインパネルのボタンをいくつか押す。
エラーで点滅していたデジタル画面が通常通りに点灯した。機械が回り始め、水漏れも止まって正常に戻った。
「ふぅ……これでよし。あとは床を拭くだけだな」
少し濡れた手をパンパンと払う。だが、振り向くと、白川さんは口を半開きにして俺を見つめていた。復活した洗濯機をキラキラした目で見つめ、それから俺の顔へと視線を移した。
「う、宇佐美さん……あんた、魔法使いなの?」
「はあ!!?? 俺は常識と家庭用機械の知識を少し持ってるだけの、ただの人間だ」
「変な褒め方するくらいなら、とっととそこのモップを取ってこい」
「あ、そっか! ちょっと待ってて!」
白川さんは小走りで部屋の隅にあるモップを取りに行き、急いで床を拭き始めた。
俺は隣の空いている洗濯機に自分の服を入れながら、ただ黙って彼女を見守っていた。
「ねえ、宇佐美さん」
「さっきのことなんだけど……」
「俺は何も見てないぞ。マジで」
「学校一の『ギャル姫』が、薄汚れたエプロンをつけて、パニックになってコインランドリーで働いてるなんて見てない。この出会いは無かったことにしようぜ」
白川さんは唇を尖らせた。秘密が守られてホッとするどころか、なぜか不満そうに見える。
「なんでそんなムカつく言い方するのよ! 私、まだ話終わってないんだけど!」
「時間を短縮しようとしただけだ。お前みたいに目立つ奴とは関わりたくないんだよ、白川さん。友達のいない平穏な生活が、俺の高校生活の夢なんだ」
「へえ? 友達のいない平穏な生活? なによそのポリシー、めっちゃ暗いじゃん!」
突然、彼女が歩み寄ってきた。その顔はイタズラっぽく変わり、ギャル特有のオーラを放ちながら笑みを浮かべる。
「なんだよ?」
「ねえ、宇佐美さん。今日から、うちら友達ね!」
「断る。きっぱりと断る。絶対に嫌だ」
「拒否権はなし!」白川さんは俺の鼻先をビシッと指さした。今、俺たちの距離はかなり近い。「あんたは私の秘密を知っちゃったし、それに洗濯機を直す天才じゃん! これから先、もし機械が壊れたら、あんたが直してよね? ね? ねっ? その代わり、私の友達になることを許可してあげる。すごいっしょ!?」
「何がすごいんだよ!? それただの無給の強制労働だろ!」
「あははは! よーし、今日からのあんたの呼び方は秋穂くんだね! あ、違う違う、親しみやすくて礼儀正しい宇佐美くんにしよ! ね、宇佐美くん〜?」
「勝手にそんなこと決めるなよ、白川さん!」
「ふふふっ、断っても無駄だよ。私、ギャル姫なんだから。一度命令したら、もう逃げられないんだからね〜」




