第68話 暗がりの盲信
「ガスケットの頭、侵入者です!」
一人の盗賊が血相を変え、息を切らしながら声を張り上げる。
「白い仮面の男が仲間たちを殺し回ってます! きっと最近俺たちを潰し回ってる野郎に違いありやせん!!」
神進代が頭領 ガスケット、他の盗賊同様に黒のマスクで口元を隠し、軽装の防具に身を包んだ男。
ただ他の盗賊と唯一異なる部位は装備にカキツバタの文様が入っておらず、教会のシンボルマークである十字架のネックレスを手に持っていた。
ガスケットは仲間の報告を受け、眉尻を上げて眉間に皺を寄せる。
「俺のアジトにまで異物が入って来ただと? てーとなんだ? 様子を見に行った連中全員殺されたってか? 三十人は向かわせたぞ?」
「はい、そうっす……」
ガスケットはミル、行生と相対したブリュヴェルナの戦闘における爆音が鼓膜を刺激した際、音の正体を突き詰めるべく一個小隊ほどの人員をアジト正面入り口へ向かわせていた。
だが全員が生きて戻らなかったという事実に小さく舌打ちをする。
「チッ、使えねぇ奴らだ……」
額に浮かび上がった血管がはち切れんばかりに怒りを露にしたガスケットの元へ、更なる凶報が届く。
「頭、大変です!」
「今度はなんだあ!?」
先刻一報を入れた盗賊とは真逆の方向から一人の盗賊が同じように血相を変え、怯えた表情で口を開く。
「裏口の見張りがやられました。灰色の軽鎧を着た奴が、牢に入れてたエルフたちを開放してやがります!!」
仲間から受けた二つの報告、正面の白仮面と裏口の灰鎧の侵入に、ガスケットは苦虫を嚙み潰したように顔を顰める。
「クソ……挟まれたってか……」
ギリッ
ガスケットは歯を噛みしめると十字架のネックレスを部下の盗賊へ投げ渡す。
「もってけ」
「うわっと」
盗賊はいきなり投げ渡されたネックレスを落とさないよう、あたふたと奇怪な盆踊りでもするかのようにバランスを崩しながら受け取り小首をかしげる。
しかしガスケットは部下の様子を尻目に、鬼のような形相で声を張り上げ怒りを乗せた指示を飛ばす。
「アジトにいる全員に伝えろ、二手に別れてエルフどもの回収と灰鎧を殺れ。白仮面は、俺がぶっ殺す」
▽
全身を赤い血で染め上げた白面鬼は薄暗い洞窟で、返り血を滴らせながら歩を進めていた。
白面鬼が殺した盗賊の数は正面口に出て来た団体分も合わせ、この一時間弱で五十を超える。
その足取りは人を殺めた者とは思えず、ただ村の近場に巣を作った害虫を駆除しに来たかのように、一抹の躊躇いもないモノであった。
白面鬼が薄暗い洞窟を闊歩する中、奥の闇から五本の黒い帯が姿を現し襲い掛かってきた。
矢のように空を疾る帯の二本を、白面鬼は後方へ飛びのき三本の帯を避け、残り二本の帯を槍で弾いて難を逃れる。
しかし帯は意識が宿っているように五本とも一斉に向きを変え、白面鬼へ再度襲い掛かってくる。
本来ならば起こりえない帯の軌道に瞬きの間だけ困惑を浮かべるも、白面鬼は槍を持たない手を前方に突き出し魔術を唱える。
「『エレクトリック』」
電撃は五本の帯を捉え、焼き焦がすほどの閃光を迸らせる。
しかし帯は一本も撃ち落とされることはなく、閃光の中から姿を現し止まることなく襲い掛かってきた。
白面鬼は刹那の間で槍を体にピタっと付け『オーバードライブ』により、更に後方へ飛びのく。
帯は一瞬遅れて白面鬼のいた地面を抉り土埃を立ち上らせる。
回避がワンテンポ遅れていれば、肉を潰し骨を砕かれミンチ状になっていただろう。
帯がゆっくりと地面から離れて空に漂い動きを止めたため、白面鬼は槍を構え土埃の奥から聞こえる一つの足音に耳を澄ませる。
カツ、カツ、カツ
足音が徐々に近づき土埃が収まると、黒のマスクで口元を隠し、黒軽装の防具に身を包んだ男。
進神代頭領 ガスケットが姿を現した。
全身を黒で覆っているガスケットの腕や背中からは、先ほど襲ってきた黒い帯が伸びて空を漂っている。
顔の半分がマスクで見えなくなっているものの、射殺さんばかりの鋭い目つきが感情の高ぶりを示唆していた。
しかし殺意の籠ったその瞳に白面鬼の姿が映ると、ガスケットは眉を寄せて深い皴を作る。
「おいおいガキじゃねぇか。てーとなんだ? 俺の部下はこんなチビ助に殺られたってのか?」
ガスケットの目の前にいる人物は不気味な白い仮面を着け、180cmもする槍を手に持っているものの、身長は160cm程度と小柄であった。
白面鬼の持つ槍の長さと同程度の身長であるガスケットにとって、白面鬼の姿は大人一人を片手で構える子供という歪な存在に見えてしまっていた。
しかし当の白面鬼は気にしたそぶりを見せず、淡々と言葉を返す。
「こう見えて成人してますよ。二十です……いや、二十一だったかも……?」
仮面で表情は読み取れないが、声音から察するに白面鬼は自身の年齢をきちんと把握していないようすで、疑問符を頭に浮かべている。
仇である白面鬼の場違いな調子に、ガスケットは仲間を殺されたことで感じていた憤りを堪えて溜息をもらす。
「はあぁ……おいガキ、おめぇ殺し合いに来てんだよな?」
ガキと呼ばれたことに対して一度は否定を示した白面鬼は、自身の容姿や年齢に触れることなく問いかけに頷いて見せる。
「そうですね」
白面鬼の言葉は感情のない道具のように淡々としたモノであり、ガスケットは眉間に深い皴を作り疑問を投げかける。
「にしては感情の起伏が見えねぇが……てめぇ、死をなんだと思っていやがる……」
盗賊らしからぬガスケットの物言いに白面鬼は仮面の下で目を点にし、瞬きの間だけ息を忘れる。
「……驚きました。正面にいた人もそうですけど、人から奪うことしかできないクズでも、仲間の死を思いやれるんですね。けど、そういう咎めたり、感情に訴えかけるようなの僕には意味ないですよ。もう二年以上前、この仮面と共に覚悟は済ませてますから」
仮面で心を閉ざし大量虐殺を行った日を瞳の奥底で蠢く闇から救い上げて自身の想いを改める白面鬼、しかしガスケットから返ってきた言葉に大きな疑問を生み出す。
「はあ? 勘違いしてんじゃねぇよ」
「?」
「あいつらはただの駒だ。俺が切れてんのは、あいつらが勝手に死んでいったこと……天命を全うせず、主からの施しを享受したってことにだ!」
射殺さんばかりの眼光を向けていたガスケットは表情を一変させて酷く焦燥し目尻から涙を流すと、その場に崩れ落ちた。
「ああ、ああ! 主よ、お許しください! 不躾な部下たちの代わりに、この私めが身を粉にして働かせていただきます故。何卒、何卒、お慈悲を!」
数秒前とは別人であるガスケットの様子を傍から見れば精神の狂った異常者と切り捨てる者が多いだろう。
しかし、白面鬼はガスケットの言動に心当たりがあった。
縋るように願う仕草、そして先刻殺害した盗賊の発していた"教会"という言葉、半信半疑であったがこれだけ材料が揃っていれば元日本人である白面鬼には容易に想像が付いた。
「神進代なんて盗賊団に似つかわしくない名前だとは思ってましたけど、聞いてた通り教会――神大聖堂と繋がってたんですね。宗教の浸透してないこの世界ならではの傲慢なネーミングセンス、嫌いじゃないですよ」
白面鬼の言葉の節々に垣間見える別世界の存在に、ガスケットは目を見開き独り言のような小さい声量で確認を取る。
「てめぇ……異世界人だったのか……」
「ええ」
特に隠す素振りを見せることのない白面鬼の肯定に、ガスケットはゆっくりと瞬きをして瞳の奥を輝かせる。
「なんという運命。いや、これも主のお導きか……まさか同胞に出会えようとは……」
ゴホンッ
ガスケットは一つ咳払いをして白面鬼を力強く見据える。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は神進代頭領 ガスケット、てめぇと同じ、異世界人だ」
ガスケットは独り心の底に沈む暗闇を掬い上げ、過去の凄惨な日々に怒りを乗せた。
「俺は元々クソみてぇな親から生まれ落ちたゴミ溜めの内の一人だった。物心付いた頃にお袋は死んで、生きて行くために毎日盗みを働いた。そうしねぇとクズな親父に殴られちまうからな。まぁそのろくでなしも俺が成人して間もなく、借りてた金を返せず闇金に臓器をバラバラに売り飛ばされたがな。俺はそれから闇金のとこで働くことになってよぉ。せっかくカスから解放されたってのに、俺の生活は特段変わらねぇ腐った毎日だったぜ」
ガスケットはいつの間にか血が滲むほど力強く握り締めていた拳をゆっくりと開けて、大きく息を吐き言葉を続ける。
「そんなある日、盗みに入った教会の奴らに掴まった。その頃の俺はただの窃盗常習犯のゴロツキなんかじゃねぇ。立派なヤクザよ。もちろん教会の奴らが許すわけもなく、俺は教会独自で死刑を決行されることになった。人を不幸にするだけの人生も幕引きってなると悲しいもんでよぉ。俺は初めて本物の恐怖を味わったぜ。死にたくねぇって。情けねぇ話、俺は涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになるぐらい泣いて、喉が枯れるぐらい叫んだ。でもよぉ、そん時、一人のわけぇ司教様が言ってくれたんだ」
"君は死を恐れているね。それはまだ天命を全うできていないからだ。君がなぜ生まれてきたのか、理由を考えてみなさい"
「何が言いてぇかわからなかったが、生かしてもらえるなら願ったりってなぁ。俺は司教様に媚びへつらったぜ。教会から出してもらうことはなかったが、初めてまともと言える生活を送らせてもらった。それでもやっぱり司教様の言った言葉の意味がわからなかったからよぉ、直接聞くことにしたんだ。そんで司教様の部屋のドアを開けてみると、薄暗くてカビくせぇゴツゴツした岩でできた壁に囲まれたなげぇ通路に出た。あらビックリ!」
ガスケットはわざとらしく瞳とマスクで隠れた口を目一杯開いてみせた後、絶望に打ちひしがれたかのように瞳から光を消して顔を手で覆った。
「――それはあの世界にあるはずもねぇ、ダンジョンだったよ。何が起こったか分かんねぇ俺は直ぐに帰ろうと思ったが、さっきまであったはずのドアは消えてた。俺は血反吐を吐いて必死にダンジョンから這い上がってみせたぜ。その時に役に立った力が狂癲だ。てめぇも転移したんなら分かるだろ。俺たち異世界人は必ず狂癲を持ってこの世界に来る。それはなんでだ? 俺たちみてぇな無力な存在に手を差し伸べてくださった方がいるからだろ。その方とは即ち―」
ガスケットは一度口を噤み恍惚とした表情で天を仰ぎ見ると、両の掌を天に向けて想いを馳せるように高揚させる。
「俺たちが最も尊ぶべき主であらせられる唯一なる御方――神。狂癲は主からの寵愛の印だったんだ!! 俺たちがこんな血生臭い世界で生きてこられたのは狂癲のおかげで、この力を与えてくださった主のお力添えによるものだ。俺はそこでやっと司教様の言葉の意味を理解したぜ。俺が、俺たちが生まれて来たのは、主のお役に立つため。ならよぉ主のために力を振るうことはあたりまえだろ? 部下をむやみに殺したことは水に流してやる。今からでも遅くない、共に主に仕えようじゃねぇか! 俺たちは同志だ、そうだろ?」
盲目的なガスケットの誘いに白面鬼は以前フラナから聞いた話を思い出し、胡乱気な瞳をもって返す。
「あなたたちのような宗教団体は異世界人を問答無用で殺しに来ると聞いていましたが、なぜ僕には友好的なのでしょうか?」
ガスケットは呆れたように溜息を吐くと首を左右に振ってみせる。
「宗教団体ってーのは教会の連中だろ? あいつらは俺たち、主の寵愛を授かった者たちに嫉妬しているだけだ。狂癲の数には限りがある、ならば寵愛を授かるために他者の命を奪う。しかし、ただ悪戯に命を奪うことは主への冒涜になっちまう。だが神は唯一であるはずなのに異世界人は別の神擬きを信仰してるから、異教徒を罰するという言い訳の元に殺しをやってんだ」
「もう一つ質問です。あなたたちがやってることは強奪、殺人、人攫い、話を聞く限り、どれも神様のためになるとは思えませんが?」
ガスケットが神を信仰する理由は理解できても、信仰したことによる結果は白面鬼の知る宗教とは全くの別モノに見えた。
それは人を苦しみから救う尊さからかけ離れている。
しかしガスケットは目元を柔らかく弧に曲げ、祈るように手を胸に当てた。
「それは勘違いなんだ。俺が部下たちに殺すよう指示してるのは、主に仕える俺たちを邪魔する奴らだけ。俺たちはできるだけ殺さず攫うようにしてんぜ? なんせ天命を全うせず死ぬなんて、これ以上の罪はねぇだろうからな。まぁこれ以上詳しいことは言えねぇ、だが共にお導きを享受するってなら話をしよう。さぁ……」
ガスケットは小さく頷くと手を差し伸べ握手を求めた。
生憎、神様の存在を信じていない白面鬼にとってガスケットの話は、胡散臭い商売を持ち掛けられているようにしか感じ取ることができなかった。
加えてその商売は、白面鬼――ミル・ノルベルが誓いを立てた決意とは真反対であり、受け入れがたい事柄である。
「残念ですが僕はもう決めたんです。誰かの幸せのためなんて崇高なモノじゃなく、僕個人の自己満足であったとしても……一人でも多く、罪のない人の悲しみを拭い去ってあげようって。そのためだったら、誰が相手であろうと容赦はしません。例えそれが神様であったとしても、殺してみせます」
ガスケットは、雪山で遭難し今にも凍え死ぬ旅人のように体を震わせ、自身を強く抱きしめた。
「主に仕える栄誉を蔑ろにするだけでなく……我らが主たる一逸神様になんたる無礼を……」
我を忘れてしまいそうなほどの怒りでガスケットは両手を力強く握り締め固い拳を作ると、全身から黒で染まった帯を無数に空へ漂わせ、目尻から血を流し声を荒げる。
「敬虔たる一人の信徒として、その愚行を見過ごすわけにはいかねぇ!! 我らが主に悪感情を抱くような不遜なる者よ! 皮膚を裂き、肉を潰し、骨を砕いて脳髄を引き抜き、我らが主への供物にしてやる!!」
薄暗い洞窟を黒に染め上げる無数の漆黒が怒りを振るった。




