第67話 たった一つの命
ゴクリ……
誰のか分からない唾を呑み込む音が静寂を裂いた――
刹那、白面鬼は盗賊たちへと一息で接近し両の掌から電撃を扇状に放射する。
「『エレクトリック』」
盗賊たちは各々手に持つ武器を体の前方に構え防御の体勢を取るが、空を疾る無数の電撃を防ぎきれるわけもなく直撃を避けられない。
「ぐあああああああ!!」
白面鬼の数メートル内にいた者たちは全身から煙を上げて黒く焦げあがり、距離を取っていた者たちは感電して体を硬直させる。
距離による威力の減衰はあれど、盗賊団一個小隊全員が電撃を浴びるかたちとなった。
目をかっぴらき、体を小刻みに震わせることしかできない盗賊たちの頸動脈を、白面鬼は卵の黄身を割るかのように、槍の穂先でスラスラと裂いて血飛沫を撒き散らしていく。
仲間が目の前で次々と濁流のように血を流して倒れる姿を瞳で捉えつつも動ける者は誰もいない。
一つ一つ死体が出来上がり最後の一つとなりかけた、声の弱弱しい盗賊は間一髪のところで感電による硬直が解け、銀に光る槍の穂先から逃げのびた。
「う、うわああ!!」
いや逃げのびたというには、あまりにも楽観的過ぎる。
盗賊は槍を回避すると同時に腰を抜かしてしまい、大きく尻もちを着いて地面に弱弱しく崩れ落ちる。
立ち上がろうにも脚に力が入らず、かたつむりのような速度でずりずりと後方へ尻を引きずることしかできない。
その顔は恐怖で満たされ、目から鼻からだくだくと涙と鼻水を垂れ流す。
しかし白面鬼は素知らぬ顔で槍を頭上に掲げ、一寸の迷いもなく振り下ろし――
「俺たちは違う!!」
生まれたての赤子のような悲鳴しか上げられなかった盗賊の声は、今この瞬間だけ空を裂くほど大きく、白面鬼の槍が首筋で止まる。
そのたった一つの言葉が盗賊の寿命を引き延ばすことに成功し、白面鬼は盗賊の言葉に首を傾げる。
「何が?」
あまりにも端的で温もりを感じさせない口調であったが、白面鬼が止まってくれたという事実に盗賊は懇願する想いで、捲し立てるように言葉を連ねる。
「俺たち進神代は、幸王国の味方なんかじゃねぇ!」
盗賊は地に伏す行生とブリュヴェルナたちを一瞥し、呼吸をすることを忘れて白面鬼へ視線を戻す。
「あ、あそこに倒れてんのは幸王だろ? あいつと同じ紋様を使ってんのは偽造工作のためなんだよ。だから盗賊団は幸王国の味方じゃねぇ、寧ろ敵だ!」
自身の綴る言葉一つ一つに白面鬼は食い入るように耳を傾ける、だからこそ盗賊は勝機を見出して媚びへつらう態度へと移行する。
「そ、それにしても、幸王だけじゃなく、魔王とその配下を一人で倒すたぁ。べらぼうに強いじゃありませんか。是非、俺たちの仲間になりませんか? も、もちろんただとは言いません。俺はこう見えて作戦立案なんかを任されるぐらいには信用されてましてね、逃げることが重罪な盗賊界隈でも俺は見逃してもらえるぐらいには重宝されてるんすよ。なんで、か、頭には俺からあんたが良いポジションに付けるよう口利きしますんで、わ、悪い話じゃないでしょ? 魔王と敵対してるってことは、あんたも俺たちと一緒でエルフを狩って一儲けしようって仲間だ。も、もし不満があるなら今回の俺の報酬はあんたに半分やるよ。どうだ?」
まるでマラソンでも終えた後かのように息も絶え絶えな盗賊と打って変わって、生き一つ切らしていない白面鬼は盗賊の首筋から槍を離して口を小さく開く。
「悪い話では、ないですね……」
白面鬼のたった一つの言葉が、砂漠で彷徨った末に見つけ出したオアシスかのごとく盗賊の心を潤し、その表情に笑みを浮かべる。
「そ、そうと決まれば早速、頭の許まで――」
震える脚で立ち上がった盗賊がアジトへと歩を進めようとしたとき、白面鬼の疑問に言葉を遮られる。
「本当にエルフはいるんですか? 嘘だったら、どうなるかわかってますよね?」
見つけたオアシスに動物の死体が浮かんでいたかのように、盗賊の心は握りつぶされたかのように息が詰まる。
冷や汗が滝のように流れるも盗賊は一度小さく深呼吸をして、白面鬼へ自信満々に答えてみせる。
「もちろんいますとも! つい先日さらった奴らがこのアジトに十数人。ここ二ヵ月分は中央にいます。それ以前の奴らはもういませんが、そんだけでも十分な数ですよ!!」
盗賊が無理に作った笑みを浮かべる中、白面鬼は槍を背に担ぎ新たに生まれた疑問を口にする。
「中央とは何処ですか?」
一度わざわざ濁して放った単語であり、それは明確に何かを隠したい意思からくるものであった。
平時であれば問いただされたとしても口を開くことはなかっただろうが、今の盗賊にその冷静さはなかった。
死の間際で助かった命、そして相手は自身が以前に逃げおおせた人物。
今回も無事に逃げ切ることができたのだと、なんて自分は運が良いのだろうと、安堵を零してしまったのだ。
なんせ目の前の鬼は手に持っていた武器を背に担ぎ、交戦する意思を消したのだから。
盗賊は白面鬼と敵対し、初めて心の底から笑みを零す。
「そりゃあ勿論、教会ですよ!」
「教会?」
白面鬼の素朴な疑問に盗賊は大きく頷いて見せた。
「はい! ここディザム大陸の中央にある教会、神大聖堂です!!」
「へぇ……」
白面鬼のポツリと零した相槌が鼓膜を弱弱しく刺激した刹那、盗賊の瞳には映るはずのないモノが見えたような気がした。
白の仮面で隠れているはずの、その顔が、罠に引っかかった獲物を捕らえたような薄ら笑いをしているように見え――
ドッ
盗賊は腹部に熱を感じ恐る恐る視線を下ろすと、白面鬼の手が自身の鳩尾を貫いていた。
脂汗が滝のようにながれ、声にならない音が喉を震わせる。
「えっ……」
その音が空を揺らすより速く、盗賊の腹部から電撃が体を疾り閃光と共に血と肉を飛び散らせる。
上体の無くなった死体が一つ、力なく地に倒れて僅かに砂を巻き上げた。
白面鬼は手を軽く振って血振りをすると、手拭いでしっかりと血を拭き取り行生たちへと振り返る。
「魔王さん、今の聞いてましたよね?」
魔王は大地へ魔力を送ることで隆起させ簡易的な土の椅子を作成し、血の滴る体を椅子で支える。
ブリュヴェルナは続けて行生の元にも同じように椅子を作成し、行生の体を支えた。
そして自身と部下、行生を覆うように淡い光の輪を作る。
光の輪は少しずつではあるが囲った全員の傷を塞ぎ始めた。
ブリュヴェルナは感情の起伏が乏しい瞳で行生へと視線をやり、一度だけ目を伏せる。
「幸王よ、すまなかった。私の見当違いで、貴様らに冤罪をかけ、命まで奪おうとした」
ブリュヴェルナの謝罪に対して、行生は目を点にして黙りこくってしまう。
それもそのはず、九極癲会談から始まり、行生から見たブリュヴェルナの印象は堅く、他者を見下す冷たい王だと認識していたのだから。
しかし目の前のブリュヴェルナからは、自身の過ちを悔い詫びる気持ちが伝わって来た。
それは行生の傷を癒している淡い光の暖かさから感じ取ったモノであった。
行生は小さく頷き、白い歯をチラッと見せて微笑んで見せる。
「気にしないでください……で、済ませたらムシクたちに怒られちゃうかもですが、大丈夫ですよ。エルフのみなさんは被害者なんですから……それに、俺たちの敵が誰なのかってのは、ノルベルさんのおかげではっきりしましたしね」
行生が白面鬼へと視線をやると、白面鬼は白の仮面を取り行生と同じように白い歯を見せる。
「良かったです。みなさんが仲直りできそうで」
続けてミルは眉尻を下げて心苦しそうに行生へ頭を下げた。
「先ほどは蹴っちゃってすみませんでした。どんな罪でも償いますが、できるだけ軽いやつでお願いします」
はっとなり行生はミルから数十メートルほど蹴り飛ばされたことを思い出し、首を横に振る。
「そんな、気にしてませんよ。あれは俺たちを庇うためだったんですよね? あの状況だったら足手纏いになってたかもしれませんし、文句とかありませんから」
「そう言ってもらえると、ありがたいです」
ミルは独り胸を撫でおろすと、再び白の仮面を被り盗賊たちが出て来た薄暗い洞窟へと歩を踵を返した。
「では、僕は引き続き、害虫駆除にでも行ってきます。みなさんは少しでも体を休めていてください。ここを潰したら"しんだいせいどう(?)"に殴り込みに行くつもりでしょうから」
ミルが洞窟へと歩を進めようとすると、声量の大きさとは打って変わって良く通る声にその足を止めた。
「まて、私が行く」
ミルの足を止めた声の主はエルフたちの王、魔王 ブリュヴェルナであった。
傷は治りかけているが体中から血を垂れ流し、骨の数本は折れたままであった。
それでもブリュヴェルナは震える脚で立ち上がり、ミルへと一歩、一歩と少しずつ足を進める。
「これは私たちの問題だ。貴様には感謝しているが関係ないだろう。下がっていろ」
「いいえ、関係ないことないですよ。僕はもう既にこの人たちのアジトっぽいの、一つ潰してますし、今更です。魔王さんは怪我が酷いんですから休んでていいですよ」
「一国の王として、これ以上に恥を上塗りするわけにはいかんのだ。それに――」
ブリュヴェルナは一度口を閉じると歯をギリッと音を立て、大切な子を奪われた母のように怒りを浮かべる。
「我が同胞たちが先行していたはずだが中から盗賊共が出て来たということは、やられたということ。だが貴様の戦った者たちの中に同胞を打ち負かすほどの強者がいたとは思えん。推定Bランクを越える者、順当に考えれば頭領のガスケットがいるはずだ。ノルベル、貴様は強いが良くて相打ちといったところだろう。私たちの過ちを正してくれた恩人を、みすみす殺させはせん」
ブリュヴェルナの力強い瞳には怒りと憎悪、そして感謝と贖罪が込められていた。
大切な人のために戦う。
ミルにとってその気持ちは痛いほど分かるモノであった。
だがブリュヴェルナの怪我では盗賊団を倒せたとしても傷を悪化させ、最悪死に至る可能性がある。
回復魔術が使えるのであれば、今は冷静に傷の治療に専念すべきだ。
ミルがブリュヴェルナの配下たちへ視線を巡らせると、みな一様に血を流し息も絶え絶えといった表情であった。
それでも全員がブリュヴェルナの身を案じるも、口を出す事が許されないと言わんばかりに唇を噛みしめていた。
ミルは白の仮面を僅かにずらし、横目でブリュヴェルナを見据える。
「あなたが仲間を思うように、みなさんもあなたのことを思っているんですよ」
ブリュヴェルナは同胞と共に何百年もの間、幾つもの困難を乗り越えて来た身であり、ミルの言葉などなくとも同胞が自身を慕ってくれていることなど理解している。
「無論だ。それこそが私たちエルフの誇りなのだから」
「じゃあ、猶更そこで待っててくださいよ」
「しかし――」
ブリュヴェルナが腹部の傷の痛みに耐え声量を上げて反論に試みるが、仮面を深くまで被った白面鬼はゆっくりと槍を手に取ると何の躊躇もなく自身の心臓を一突きし、仮面の下から血を垂れ流して口を開く。
「言いましたよね、僕は死なないんです。みなさんにとってはたった一つの命なんですから、大切にしなくちゃあ、いけませんよ」
白面鬼は体に止まった蚊を殺した後かのように素知らぬ顔で、自身の血がべっとりと付いた槍を心臓から引き抜き、薄暗い洞窟へと姿を消した。




