第六話:みんないるのに、名前呼び
朝、慎之介が、昨日のメッセージのことを謝ってきたものの。
刺々しく返してしまった。
面倒くさいやつって、思われたかもしれない。
重い気持ちのまま、正午を迎えた。
◇
まもなく、女子バレーの試合が始まる。
体育館で軽く準備運動をしていると、若ちゃんが囁いてきた。
「相手チーム、バレー部の先輩が四人もいてさ。最後の球技祭だからって燃えてるんだよね……。しかもみんな、こわい先輩でさあ……」
そう言って苦笑いしながらも「でも、頑張りたいっ」とひとりで勢いよく頷く。
その拍子に、綺麗なボブが揺れた。
(……あれ)
あることを、思い出す。
慎之介と付き合ってすぐの頃。
教室で、彼を囲む友達が騒いでいた。
「南が好きなんは、『スポーティ、ボブ、爽やか』だろ?」
「なんか夢見がちって感じだな、おまえ!」
それは――彼の『タイプ』の話だった。
ガーン。
(私、ひとつも当てはまってない……)
ダンス部は運動部というより文化系だし、髪はロングが好きだし、しつこい。
慎之介は、ややこちらを気にするような素振りで、「あんなん適当に言っただけだって!」と弁明していたけれど。
今、目の前にいる、若ちゃんに。
昨日、慎之介がものすごく楽しそうに話していた若ちゃんに。
そのタイプが――ぴたりと当てはまっているのだ。
「ひな子? どうした?」
フリーズする私を、若ちゃんは不思議そうに見ていた。
◇
若ちゃんが言ったとおり、相手の三年生チームは圧倒的に強かった。
バンバン点を入れられていくし、私も含めて未経験者をすぐに察知して、容赦なく狙ってくる。
「……わっ!」
なんとかボールを拾ったとき、体育館の床に思いきり膝を擦った。
結構、痛いやつだ。
点数は『20-3』。全然、負けている。
そのまま点を重ねられていくのに、クラスメイトはどんどん声援を大きくしてくれた。
(……えい!)
昨日と同じく、私が必死に返した弱々しいボールが、不意をついたのか、奇跡的に相手コートの前の内側に落ちる。
「ひな子、いいぞーっ!」
コートのすぐ脇から、あずさの声。
そして「膝、血出てる!」と心配されて、はじめて気がついた。
あまり喋ったことのない男子たちまで、なぜか「ひな子!」と呼んでくれている。
点数は、『24-4』。
ふと、『彼』と目が合う。
周りの声に紛れて、だけれど――。
「ひな子!」
大きく、そう呼んでくれていた。
◇
「しみるー! いたいー!」
試合後、痛みに耐えながら、膝の傷を水道で洗い流す。
「それ、痛いやつよねえ。はい、絆創膏。おつかれさまっ!」
あずさから、膝用の四角くて大きな一枚をもらう。
試合には、結局あのまま負けてしまったけれど。
でも、楽しかった。
「……あれれ?」
私の背後を見たあずさが、にやりと笑う。
「じゃあ、私、先に教室戻ってるねー?」
「え?」
そう言うや否や、そそくさと立ち去った。
不思議に思い、振り向くと。
そこには——慎之介がいた。
「……おつかれ」
「あ……うん」
絆創膏をめくろうとして、人差し指の爪が欠けていることに気づく。
「えーっ! 爪まで割れてるー!」
目を丸くすると、慎之介はふっ、と笑った。
「頑張ったんだな」
きゅん。
「貼ろっか?」
「えっ。いいの?」
慎之介は、静かにあたりを見回した。
「……こっち、来て」
こそこそと体育館裏に向かう彼に、ついていった。
◇
喧騒から切り離され、葉の擦れる音だけが聞こえる。
男の子らしい指が、丁寧に封を切った。
血の跡が残る、赤らんだ膝小僧に、そっと貼ってくれる。
その優しい手つきが、愛おしくて。
「……大好きだなあ」
思わず、彼の頭上に向かって呟いた。
「朝、嫌な態度とって、ごめんね」
そして、素直に謝った。
「…………」
私を見上げ、しばらく黙っていた彼は。
すっ、と顔を寄せると。
掠めるだけの、キスをしてきた。
そしてすぐに立ち上がり、そっぽを向く。
「えっ。大胆……」
両手を口元に添え、余韻を噛みしめる。
「……ちょっとは動揺しろよ」
ぼそっ、と言い捨てると、彼は歩き始めた。
その後ろを、追いかける。
耳が、真っ赤だ。
「ドキドキ、してるよ?」
「…………」
「触って、たしかめてみる?」
「……さ、わるわけ、ねーだろ! アホかっ」
振り向いて、裏返りそうな声でツッコまれた。
その可愛さたるや。
数メートル距離を開けて教室へ戻るまで、緩みきった頬がなかなか元に戻らなかった。




