第十一話:覚えていない、自分のタイプ
部活を終えて家に帰ると、リビングで母と姉がテレビを観ていた。
「慎之介。あんたの学校、このあと出るわよ」
自分の部屋に上がろうとしたところを、呼び止められる。
地元のテレビ局が、高校野球の試合結果を放送していた。
『――◯◯高校は延長戦までもつれましたが、惜しくも四回戦で敗退となりました。――』
負けたことは、さっき学校を出る前に耳にしていた。
「試合観てたけど、結構惜しかったよねー」
姉が煎餅を頬張りながら言う。
そして。
(……あ)
「……あっ!!」
俺の心の声と、姉のでかい声が重なった。
「ひな子ちゃん!」
指差す先に、一瞬だけうつったのは。
汗と笑顔を輝かせながら、ポンポンを振って応援する、藤沢だった。
「あらやだ。ずいぶん可愛らしい子だと思ったら、息子の彼女だなんて」
母が、目を丸くしながら見ている。
「…………」
母は藤沢と、何度か会ったことがある。
初めての彼女、しかもああいう華やかな子を、付き合って間もなく連れてきたため、驚いてはいたけれど。
深く追及されることは、なかった。
末っ子の息子ということで、程よく放っておかれながら育ってきた。
高校生男子からすると、有り難くもある。
◇
自室に入り、リュックを床に放ると、ドサッ、とベッドに寝転んだ。
白い天井を見つめながら。
さっき見た、藤沢のチア姿を思い出す。
負けたということは、この夏はもう応援に行かない、ということだ。
そんな考えが、浮かんできて。
(俺、嫌なやつだなー)
少し呆れながら、うつ伏せになった。
すると。
昨日ここで、彼女が上に乗ってきたときの重みと感触が――鮮明に蘇ってきて。
「〜〜〜……っ!」
頭を抱えながら、声にならない叫びを上げた。
一応、付き合ってはいるものの、俺はまだ『好き』と言えていないわけで。
その状態で進んでしまうのは、違うと思う。
いい加減、ビビっていないで、ちゃんと言うべきなのだ。
そこまで考えて、ハッとする。
(……おい)
なんかそれだと、まるで『そういうことがしたいから言う』みたいじゃないかと――。
(違うっ! それは、断じて違う!!)
必死で脳内の誰かに弁明していると、スマホが震えた。
ある人からの、メッセージだった。
◇
翌朝。
合宿に向かうため、早い時間に学校へ集合した。
スマホを確認すると、藤沢からのメッセージが届いていた。
『いってらっしゃい! 帰ってきたらすぐ会ってね♡』
(…………)
思わずにやけそうになるのを堪え、返信を打つ。
『うん』
我ながら、つまんねー彼氏だ。
電源を切り、顧問が「ここに入れてけー」と掲げている袋に入れた。
ちょうど、そのとき。
「南くーん」
背後から、声が聞こえた。
振り返った先にいたのは、若月さんだ。
「あ、おはよう」
女子バレー部も、今日から別の場所で合宿らしい。
「会えたね。はい、これ。昨日言ってたやつ」
差し出された三冊は、値段が高くて買えずにいた、例のバレー漫画の特装版。
彼女が『貸すよ』と言ってくれていたのだけれど、昨晩『明日持っていけるけど、いる?』とメッセージをくれたのだ。
「合宿に持っていくの、重くない?」
「いや、夏休み中に読みたいし。スマホもなくて暇だし」
「サッカー部、本当に没収されるんだね」
真夏の早朝の中で、若月さんは爽やかに笑う。
「じゃ、お互い合宿がんばろ〜」
そう言って、軽やかに去っていった。
男子たちの輪に戻ると、案の定、興味津々に囲まれた。
「今の、誰っ?」
「同じクラスの、若月さん」
「慎之介が女子と喋ってんの、レアじゃん。漫画借りたん?」
「あー。同じ漫画、好きで」
「趣味合う子とか、最高じゃん!」
「……はあ?」
俺をよそに、男どもは『いいネタを見つけた』とばかりに盛り上がり始める。
そこで、蓮沼が「あっ」と手を叩いた。
「若月さんって、前に言ってた慎之介のタイプと完全一致してね?」
「……タイプ?」
「ボブで、スポーティな子じゃなかったっけ」
(全然、覚えてねー)
髪は長くて、甘々でべったりな『彼女』が、脳内で頬を膨らませてきた。
「若月さん、いーじゃん! ついに慎之介にも、春がくんのか?」
「……ねーから」
息を吐いて、バスに乗り込んだ。
◇
厳しい暑さの中、きつい練習を終え、風呂に入り、飯を食い終わった。
蒸し暑い畳の部屋で、無造作に敷いた布団の上に、男どもが転がって適当な話を始める。
俺は布団の上で頬杖をつき、ぼうっとしていた。
(藤沢、何してるんだろ)
今日は、部活があると言っていた。
週末は、立花さんたちとプールに行くらしい。
(水着……か)
モヤっとしていると。
「あーっ。立花さんと付き合いてーっ! 涌井推しとか、意味わかんねー!」
横にいた蓮沼が、叫んだ。
たまにメッセージのやり取りはしているものの、これといった進展はないらしい。
他のやつらも、スマホを取り上げられたことで、逆に暇を持て余し、いつも以上にしょうもない話をしている。
彼女がほしいだの。
彼女と『卒業したい』――だの。
好き放題に喋っている。
そんな中で。
「野球部は『卒業済み』、多いらしいぜ」
その声が、スッと耳に刺さった。
「マジかよ。誰?」
「知らんけど」
「野球部の二年、カッコいいやつ多いよな」
「あーね。新山とか」
(…………)
藤沢が、新山とどこまで進んでいたのかは。
何も、聞いていない。
聞けるわけがないし、考えないようにしていた。
知っても知らなくても、しんどいから。
期間が短かったから、さすがに『卒業』までは、していないと思いたい。
けれど――。
彼女はいつも躊躇いなく、俺にくっついてくる。
それができるのは、いろいろと『初めて』ではないから?
心が、冷えていく。
その話題に背を向けるように、布団の上で寝返りをうった。
「相変わらず、慎之介は興味ゼロっすか」
そう呆れられるものの。
「いや、慎之介。おまえ、いつも興味ないふりしてるけどさ……俺、わかってるぞ?」
蓮沼の含みのある声に、視線だけを向ける。
にやり顔を見せられ、若干焦るものの。
「おまえ、むっつりだろ!」
(…………)
「…………オヤスミ」
息を吐きながら、目を閉じる。
笑われながら、「図星だろっ」と軽く背中を蹴られた。




