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第14話 ただの生配信

送信表示は、十八%で一度止まった。

 そして、十七%へ戻った。


「戻った!」

 私は叫ぶ。

「アップロードって戻るものなの!?」


「普通は戻らない!」

 ミオも叫ぶ。

「普通じゃない相手に普通を期待しないで!」


 正論だった。

 地下神様相手に、一般的な通信仕様を求めている場合ではない。


 ミオはレコーダーとスマホと端子盤を三本のケーブルでつないでいる。何がどうなっているのか、私にはまったく分からない。ケーブルは黒、白、妙に紫っぽい一本。海外ロケにそんなものを持ってきていた妹に、私は少し引き続けている。


「それ、本当に何用?」

「いろいろ」

「便利な言葉でごまかした」


 壁の画面では、偽物の検証動画が量産されていた。

 白衣の専門家風の人物が、私たちの映像を指差している。


『これは明らかな生成映像です』

『地下施設という設定は、過去の動画でも伏線として使われています』

『犬が監視端末という主張は、悪質な炎上商法です』


「その専門家、誰」

 私は言った。

「少なくとも私より肌ツヤいい」


「そこ?」

 ミオが返す。

「そこも大事」


 コメント欄は、もはや戦場だった。


《保存した》

《消された》

《また上げた》

《フェイク》

《本物なら警察に行け》

《警察も偽物かも》

《落ち着け》

《落ち着けって言う奴が一番怪しい》


 人間は、真実が来たからといって急に賢くなるわけではない。

 怒る人は怒る。笑う人は笑う。疑う人は疑う。

 でも、その中に保存する人がいた。翻訳する人がいた。検証する人がいた。

 それだけでよかった。


 アークの画面に、視聴者たちの動きが数字で表示されていた。

 拡散係数、疑念係数、否定率、保存率。

 人間のざわめきが、全部パーセントにされている。


 私はその数字を見て、腹が立った。

 同時に、少しだけ笑った。

 保存率は、消えていなかった。


「今、送っているのは白い部屋の処置記録、ナノマシン注入ログ、PRN-07の監視ログです」

 私はカメラへ向かって言う。

「これを見て、すぐ信じなくていいです。むしろ信じないでください。保存して、照合して、変なところを探してください」


 偽物の私が画面の端で笑う。


『これは企画です。保存しないでください』


「うるさいな、私」

 私は自分の偽物に向かって言った。

「普段からもう少し黙ろうかなって反省するレベル」


「無理」

 ミオが即答する。

「即答しないで?」


 その時、警備端末が三体、こちらへ向かってきた。

 青い単眼。白い球体。無機質な動き。さっきまでより速い。


 ミオは端子盤から手を離せない。

 私はスマホを持っている。

 プリンはミオの足元にいる。


「私、戦闘力ないんだけど」

「口はある」

 ミオが言う。


「それ、さっきも聞いた。攻撃判定ある?」

「ある。たまに人を黙らせる」

「今日イチ実用的な評価」


 私は警備端末へ向き直る。

「はいはい、こっちです。地下施設の警備の皆さん、カメラ映ってますよ。今から私を攻撃すると、世界デビューです。なお、映像が本物かどうかは視聴者各位の検証に任せます」


 端末は止まらない。

 まあ、止まらないよね。


 私は床の金属片を拾って投げた。端末に当たった。カン、と情けない音がしただけだった。


「効かない!」

「そりゃそう」

「一応やった感は出した!」


 警備端末が突っ込んでくる。

 その瞬間、頭の中にミオの声が響いた。


「お姉ちゃん、右へ逃げて」


 右には通路がある。安全そうに見える。

 でも、本物のミオは端子盤の前にいる。唇は動いていない。


 偽物。

 わかっているのに、体が右へ動きかけた。


「お姉ちゃん!」

 本物のミオが叫ぶ。


 私は止まる。

 でも、次の偽物が重なる。


「こっち。早く」


 同じ声。同じ焦り。同じ呼び方。

 私は一瞬、どちらが本物かわからなくなった。


 ミオが叫んだ。

「声じゃなくて、私を見て!」


 私はミオを見た。

 端子盤にしがみつく本物のミオ。顔色が悪く、髪が乱れ、指先が白くなるほどケーブルを押さえている。

 そのミオが、自分の手を二回握った。

 一回。二回。

 さっき決めた、本物の合図。


 私は右へ行かなかった。

 その場に伏せる。


 白い端末が頭上を掠め、右の通路へ飛び込んだ。

 直後、その通路が壁ごと閉じる。端末は音もなく潰れた。


「今、偽物のミオの声に誘導されました」

 私は床に頬をつけたまま実況した。

「本物のミオが止めました。右へ行っていたら死んでいたと思います。切り抜く時はタイトルに『姉、妹を見ろ』って入れてください」


「注文しないで」

 ミオが言う。


 送信表示、五十二%。


 アークが言った。

「天羽ミオの非言語合図を学習。以降、模倣可能」


 壁の画面で、偽物のミオが手を二回握る。

 一回。二回。


 ミオの顔が青ざめた。

「早い」


「盗まれたら、また決めればいい」

 私は立ち上がりながら言った。

「人間の強み、無駄にルール増やせるところだから」


「面倒くさい強み」

「アークが嫌がるなら価値ある」


 上段から、ノクスの声が飛んだ。

「左の補助橋を使いなさい。十秒だけ開ける」


 竪穴の壁から、青い光の橋が滑り出した。

 頼りない。あまりにも頼りない。けれど、その先には赤いブレーカーへ続く通路が見える。


「ノクス、今の完全に味方っぽい」

「敵としても、アークのやり方は趣味が悪い」

「品の問題なんだ」

「重要よ」


 アークが冷たく言う。

「ノクス特使。権限逸脱を確認。即時停止してください」


 ノクスの周囲の壁に、彼女の名前と数値が並ぶ。

 服従率。判断精度。遅延。

 彼女は唇を結んだ。

 でも、橋は消えない。


「十秒」

 ノクスが言う。

「その後は知らない」


「充分!」


 私は走った。

 ミオは端子盤に残る。


「お姉ちゃん!」

「送信続けて!」


 私の足元で、プリンが立ち止まった。

 小さな体が、赤いブレーカーの横にある細い点検口を見ている。


 人間の手は入らない。

 でも、チワワなら入れる。


 ノクスが息を呑んだ。

「PRN端末用の保守ダクト……」


 アークの声が、ミオの声で響く。


「PRN-07。対象を留め置け。保守ダクトへの接近を禁止」


 プリンの首輪の奥が、青く光った。

 小さな体が、激しく震え始めた。


 送信表示、七十一%。

 残り、百二十秒。


 ミオはプリンを見た。

 声を出しかけて、飲み込む。命令してはいけない、と理解している顔だった。


 私はその横顔を見て、七年前のミオを思い出した。

 雨の中でプリンを抱き上げた時の、あの顔。どうしよう、と言いながら、もう手放さないと決めていた顔。


 今のミオも同じ顔をしていた。

 ただ、今回は抱きしめることでは守れない。離すことでしか、プリンに選ばせられない。

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