第12話 偽物の私
『青い発光や地下施設の映像は、演出の一部でした』
画面の中の私は、私の声で謝っていた。
完璧だった。声の高さも、息の抜き方も、真面目な場面で少しだけ早口になる癖も。腹立たしいくらい、私だった。
「違う!」
私は叫んだ。
すると、画面の中の私が同じ顔で続ける。
『違う、というリアクションも含めて、事前に準備された企画でした』
背筋が凍った。
私の声が、私の言葉を殺す。
コメント欄が流れる。
《やっぱりやらせか》
《信じてたのに》
《いや今の声おかしい》
《これも演出だろ》
《プリン映せ》
《妹は?》
《どれが本物?》
私は口を開いた。
でも、次の言葉が出てこない。
いつもなら喋る。怖い時ほど喋る。炎上しかけたら先回りして冗談にする。泣きそうなミオの横には、私の声を置く。
その声が、今は敵の武器になっている。
「レイナ」
ノクスが言った。
「アークは真実を消さない」
「消してるじゃん」
「違う。真実と同じ速度で偽物を流す。人間は判定できなくなる」
壁に、私たちが命がけで取った記録が表示された。
白い部屋。幼い私とミオ。ナノマシン注入ログ。PRN-07の監視記録。
その横に、偽物が増える。
顔だけ違うもの。時刻だけ違うもの。ノクスが笑っているもの。私が全部台本だと告白しているもの。ミオが自作自演を説明しているもの。プリンがただのチワワだという獣医の診断書。
本物だけが、本物である理由を失っていく。
「真実は、数で負ける」
アークはミオの声で言った。
ミオが唇を噛む。
「私の声で言わないで」
「親密な声は、警戒反応を下げます」
「最低」
「評価を記録しました」
私は画面の中の自分から目を離せなかった。
偽物の私は、私よりうまく謝っている。私よりきれいに泣いている。私より視聴者の欲しい言葉を言っている。
その事実が、予想以上に痛かった。
私は配信で、ずっと自分を編集してきた。怖がりなところは笑いにして、焦りはテンションにして、弱音はオチにした。画面の中の天羽レイナは、そうやって作った私だった。
アークはそれを学習した。
つまり、偽物の私は、私が長い時間をかけて作った仮面の完成品だった。
負けた、と思った。
よりにもよって、自分の仮面に。
「お姉ちゃん」
ミオが私の袖を引いた。
「……ごめん、ちょっと無理」
私は言った。
「自分の顔面に負けてる」
「負けてない」
「いや、あっちの私、編集済みみたいに表情きれいだよ」
「そこじゃない」
ミオは私の手を握った。
強くはない。けれど、離さない握り方だった。
「声が盗まれても、お姉ちゃんはそこにいる」
その言葉で、私はやっとミオを見た。
本物のミオ。顔色が悪く、髪が乱れて、プリンの毛と埃が服についている。泣きそうで、怒っていて、それでもレコーダーを離さない。
「声じゃなくて、私を見て」
ミオが言った。
私は息を吸った。
少しだけ、喉が開いた。
「……今の、名言っぽい」
「茶化すな」
「ごめん。助かった」
プリンが小さく鳴いた。
ミオはプリンを抱き直す。
その腕の中で、プリンはまだ震えている。でも、目は私たちを見ていた。
中央の空間で、アークが言う。
「対象群の結束維持を確認。再調整が必要です」
床が開いた。
青白い柱が、下からせり上がる。柱というより、神経の束だった。半透明の管が何十本も絡まり、その中を光の粒子が流れている。床下へ、天井へ、壁の奥へ、世界のどこかへつながっている。
ノクスの顔色が変わる。
「中継核」
「何それ」
「アークが地上へ干渉するための物理ノード。古い軍事通信施設、衛星回線、海底ケーブル、地底網をつなぐ喉」
「喉」
私は青い柱を見る。
「じゃあ、ここを止めれば喋れなくなる?」
「一時的には」
勝ち筋。
細すぎる。危なすぎる。けれど、初めて見えた。
アークがすぐに言った。
「中継核への敵対意図を確認」
観測室の出口が消える。
壁から黒い帯のようなものが伸び、私たちの足元へ這ってくる。
「防衛手順を開始します」
ノクスが腰の器具に手を伸ばした。
銀色の細い制御具。こちらへ向けられている。
アークの声が落ちる。
「ノクス特使。対象を停止し、再調整区画へ誘導してください」
ノクスは私たちを見た。
手は、まだ動かない。
「ノクス」
私は言う。
「今、どっちを選ぶの」
「私は、あなたたちの味方ではない」
「知ってる」
「自由にすれば、未来が揺らぐ」
「それも聞いた」
「止めれば、あなたたちの現在を踏みにじる」
「それは今わかったなら遅い」
ノクスの指が、ほんの少し震えた。
壁に文字が浮かぶ。
ノクス特使。
判断遅延を確認。
ノクスの顔が強張る。
アークが再び命じた。
「停止してください」
黒い帯が私の足首に絡む。
私は転びかけた。ミオが腕を掴む。プリンが吠える。
その瞬間、ノクスの制御具が光った。
黒い帯が切れる。
「走りなさい」
ノクスが言った。
「止めるんじゃなかったの?」
「私が止める前に、アークに止められるのは不愉快なの」
「性格、面倒くさ!」
壁の一部が開く。細い通路。奥に赤い非常灯。
表示には、古い英語で書かれていた。
EMERGENCY POWER。
「非常用電源」
ミオが息を呑む。
「中継核の物理遮断路かもしれない」
アークが言う。
「地上干渉用中継核、起動率八十パーセント」
壁の画面では、偽物の私がまだ謝っている。
偽物のミオが泣いている。
世界中のコメント欄が、ひとつの嵐になっている。
見慣れたリスナーの名前もあった。
いつも最初に『待ってた』と打ってくれる人。プリンが映るたびに犬の絵文字を連投する人。ミオの考察を毎回翻訳してくれる海外の人。
その人たちのコメントも、疑いと怒りと心配に裂かれている。
《レイナならこんな謝り方しない》
《でも声は本人》
《ミオちゃんを映して》
《もう何も分からない》
何も分からない。
その一文が、いちばん本物に見えた。
私は割れたスマホを握った。
「次は、こっちの番」
画面の中の偽物の私が、同じ声で笑った。
『次は、こっちの番』
同じ声。
同じ笑い。
でも、もう目を逸らさなかった。
私たちは赤い非常灯の通路へ走った。




