09. 面倒ごとがはじまる予感
◆???◆
──血のにおいが、クローゼットに隠れているわたしの所までとどいた。
両手で口をふさぎ、からだを震わせている。ただただ無力な自分を呪った。
胸を突かれたおとうさんは血の海の上に倒れ、何処を見ているわけでもない瞳は開かれたままだ。
おかあさんは腹を裂かれ、臓腑を抱えたままうずくまって動かない。
アイツは灯油を部屋中に撒いて火をつけた。
火は瞬く間に部屋中に広がり、二人を飲み込んだ……
私があの日見たサンタクロースは、黒い血の色をしていた────
◆英◆
「ふえっくしょん!」
突然の鼻のかゆみに襲われる。九月中旬の夜だ。少し肌寒い。風邪ひいたか? 体調管理には気をつけねばならない。
いや……これは、アイツらが飯を食いながら俺の悪口を言ってる可能性が高い。
──課長に呼び出された俺は今、とある高級料亭に来ている。広い和室の襖をすべて開け広げられた大間口の外には、綺麗に整備された和風の庭園が広がっている。塀の向こうには夜のビル群が見える。
「あらあら、風邪かしら? 英班長」
豪華な懐石料理が並べられたテーブルの向こうには、ボディラインが強調されたスカートスーツ姿の黒百合が正座をしている。
蒲公英課長の秘書を務める彼女は、メガネの奥でほくそ笑み、垂らした前髪を耳に掛け直す。妖艶な女をわざと演じてるようでコイツは苦手だ。
「さっきまでビルの屋上にいたからな、少し冷えただけだ」俺は鼻を啜った。
「それは大変、ワタシの推しである英班長が風邪だなんて、心配……明日病院で診察してもらいましょう。もちろん、ワタシも同行させていただくわ。その後は、お部屋で看病してあげる」
黒百合は少し大袈裟に驚き、揶揄うようにそう言った。
「いや、そーゆーのいいから」
俺は犬を追い払うかのように、シッシと黒百合に手を振る。
「んもう、冷たいんだから。じゃあ千代草さんと一緒に行くの? それとも芙蓉ちゃんかしら?」
「どっちとも行かない。それより襖を閉めないか? 外の風が冷たい」
「それはダメよ。課長に言われてるのよ。締め切っちゃうと、この密室に男女が二人きりになっちゃう……アクシデントが起きるかもしれないわ。課長《あの人》、ああ見えて嫉妬深いの」
話題を逸らしたつもりが、まだそんな事を言うのか……参った。
「で……蒲公英課長はなんで遅れてるんだ? こっちは班のみんなとの食事会とトばして来たんだぜ」
「ふふ、じゃあ、課長がくる前に、ワタシが少しだけ教えてあげるわね」
黒百合は目を細め、にっこりと微笑む。
「ああ、頼む」
とは言ったものの、どうせ黒百合は本筋とは関係ない事を口にするだろうなと踏んでいた俺は、完全に油断していた。
「実はね、課長は死ぬのよ」
「はぁ!?」
思わず変な声が出た。
「しかも四日後に……必ず」
指を四本立てた黒百合は、笑顔を崩さない。
「なんだそれ?」
「四日後……とは言っても、もうすぐ今日は終わるわね。実質あと三日かしら?」
立てた指を一本折って減らした。
「あの人に何があったんだ? 病気か? それとも殺人予告か?」
自分で口にした言葉だが、そのどちらでもないと推測する。
実戦で俺より強い課長が、予告されて殺される姿が想像できない。
病気だとしても、余命を四日後だなんて、どんな名医でも宣告できないはずだ。毒でも盛られたか。
「未来し……よ」
「みらいし? なんだよソレ? 未来視? 予言か?」
「違うわ……未来“死”。蒲公英課長は、未来で死ぬの」
黒百合の言っている事が、まるで理解できず、俺の口は開きっぱなしになっていた。
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*次回、『新入り』




