08. 大人の流儀
◆千代草◆
え〜っと……何の用だろう?
突然声をかけられ、私は首を傾げた。ぱちぱちと目を瞬かせていると、にやけ顔の男二人はこう言った。
「おい、オッサン。若い子ふたりもひっかけて焼肉かよ? 羨ましいねぇ〜」
「楽しそうだな? オレらも仲間に入れてくんねぇ?」
ええ〜! 嘘でしょ? 焼肉屋さんで輩に絡まれるとは、夢にも思わなかった。
芙蓉はプイと顔を背け、再び焼肉を堪能しはじめる。私もそれにならって無視を決め込んだ。でも花冠さんは違った。
「あぁ、すいません。騒がしかったですか? 少し静かにしますね」と、大人の対応を見せたのです。
「オッサン。悪いと思うなら、その女の子二人。ちょっとでいいからオレらに貸してくれよ」
金髪の男が、私と芙蓉の全身を下から舐めるように見てそう言った。
貸せって……この人達は女性をなんだと思ってるのだろう。
いやらしい目つきに寒気が走った。芙蓉も私と同じ気持だったのだろう。
「う〜わウッザ。普通にキモいんすけど……」
汚い物を見るような目つきで芙蓉は言った。
それを聞いて二人は席を立って近づいてくる。
「へぇ〜彼女、口悪いタイプ? オレの好みだけど、あんまオレら怒らせないほうがいいよぉ〜」
坊主頭のぽっちゃりは薄ら笑いを浮かべる。不快だなぁ……
もしも私が、異世界転生救済課に勤めていなければ、今の状況に怖くて震えているのかもしれない。
私は異世界から魔法を持ち帰っている希少種。異世界でモンスターや異能力を持った救出対象者等との出会いを経験している。
目の前の輩二人は、悪ぶってはいるけれど普通の人間だ。恐怖の対象として映らない。私には多くの経験がある。良いことも、悲しいこともいっぱいあったんだ。
「気を悪くしたのなら謝ります。私たちはただ、仕事終わりに食事をしていただけなのです。ご勘弁を」
花冠さんは席を立つと、男たちの前で頭を下げた。
「花冠さん……」
そこまでするものなのかと驚き、立ち上がると、
「花冠さん、謝ることないよ! 絡んでくるコイツらが悪いんじゃん!」
テーブルに箸を叩きつけて芙蓉も立ち上がった。
「おいおい、そうカッカすんなよ〜、オレらにビビって簡単に頭下げちゃう男より、若いオレらのほうがいっぱい楽しませてヤレるぜぇ」
「なんだとぉ〜……」芙蓉が歯を食いしばっている。これはまずい。
恐怖の対象ではないけれど、嫌悪の対象であることには間違いなかった。芙蓉が二人を蹴り飛ばして怪我をさせる前に、ちょっとだけ魔法を使ってこらしめてやろうとした瞬間だった。
「お客さん、騒ぎは困りますよ……」
二人の輩の背後に巨大な人影が現れた。
「んだよ!? 邪魔す……!」
二人は同時に振り向くと、体を固まらせる。そこには……
丸太のような太い腕の、まるで熊のような大男が立っていた。おそらく二メートル以上の上背があるその大男は、冷めた目で輩の二人を見下ろしている。
「でっか……」芙蓉が呟く。
──熊と出会ってしまったら、刺激しないようにゆっくりと距離を取る──
輩の二人もそれくらいの知識はあったのでしょう。
顔を青くした彼らは、大男からゆっくり離れると、一目散に店を出て行った。大男はその姿を見送ると、私たちに目を向けた。
大男はお店のエプロンを着用している。それに気づいた私はすぐに頭を下げる。
「お騒がせして申し訳ありません! 私たちもすぐに出て行きますので、お会計をさせてください!」
「……いいえ、お客さんたちは絡まれていただけです。よろしければ、引き続きお食事をお楽しみください」
思いがけない返事に顔をあげると、大男は厳つい表情を消し、可愛らしい笑顔をみせていた。
そのギャップに戸惑っていると、彼は何かに気づいたようで、花冠さんをじっと見て尋ねた。
「あのぅ……人違いならすみません。お客さん……昔どこかでお会いしませんでしたか?」
しばし沈黙の後、微笑んだ花冠さんは答えた。
「いえ、おそらく人違いかと……私なんてどこにでもいる普通の公務員ですから」
「そうですか……失礼しました。では、ごゆっくり」
大男はそう言って背を向けると、小首をかしげながら厨房へと消えて行った。
「ふぅ……助けられましたね」
花冠さんは安堵すると、ハンカチを取り出して額の汗を拭う。
「まったく! もう少しで顔面にキックするところだったよ!」
芙蓉はドカっと椅子に座った。私も面倒ごとが去ったと胸を撫で下ろし、着につく。
花冠さんは、大男の店員さんが消えて行った厨房を見つめて言った。
「実はさっきの店員さん……昔、私が救出した救出対象者だったんですよ」
「ええ!?」
私と芙蓉は同時に驚いた。
花冠さんは水を一口喉に流し込むと、表情を曇らせた。
「彼は昔……奥さんを事故で亡くしているのです」
私と芙蓉は、花冠さんが語る過去の話に、静かに耳を傾ける。
「そのことで塞ぎ込んだ彼は、いつの間にかスマホにインストールされていたネペンテスを使い、死んだ奥さんが存在する異世界を創って転生したのです……当時、紫雲英班に所属していた私は、バディと一緒に、無理矢理異世界から彼を連れ戻しました……その時に次元の歪みから、彼が蘇らせた奥さんが追跡者となって現れたのです」
後悔? 自責? 花冠さんの表情からはそのどちらとも取れる色が伺えた。
「私たちは、醜悪な追跡者に成り果てた彼の奥さんを……目の前で……」
言葉を詰まらせた花冠さんは、ハッと顔をあげ、私たちを見て、無理に笑顔を作った。
「あはは、すいません、急にこんな話をして。まぁ、彼の記憶は改竄しましたので、ちゃんとは覚えていないのでしょう。私の顔を見て少し引っかかったのかも知れませんね。それにしても、ちゃんと社会復帰して真面目に働く姿を見て安心しました………あはは」
私は少しだけ花冠さんの過去を知った。
相当な実力者だというのは雰囲気から分かるけど、一度退職したのは、その時の事があったからなのだろうか?
「なる〜。花冠さんも、思い悩んだ時期があったんだね。あの人は悲しみを異世界の虚構で満たしてた。それはそれで幸せかも知んないけど、ウチはやっぱり現実の世界で生きて、現実の世界で死ぬのがいいと思うんだ」
救出した救出対象者が、そのあと、どのような生活を送っているのか私たちは知らない……気にはしていたが、次から次へと仕事が舞い込んでその後は調べようがないのだ。
「彼がここで働いていると聞いて、今回の食事会、私が店を選んでしまいました。おまけにお二人に不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ございません」
花冠さんが私たちに頭を下げる。
「ちょっと花冠さん! 謝ってばっかだよ! ウチら全然気にしてないからさ!」
「そうですよ、それに私、昔花冠さんが助けた人の、その後が知れて良かったです」
「はは、二人とも優しいんですね」
花冠さんは、少し困ったような笑顔を見せた。
「今回、お二人が救出した上原リョーコさんも、無事社会復帰できるといいですね」
「それは大丈夫っしょ、リョーコさんなら心配いらないよ……てか、ヤバっ! お肉焦げてる!」
芙蓉が慌てて網から真っ黒な肉を摘み出した。
「あわわ、勿体無い! お、お皿に乗せましょう!」
慌てる二人を見て私は英班長のことを考えていた。
もしこの場に彼がいたら、あの輩二人をコテンパンにしていただろうと……いや、その前に、彼の鋭い目つきと雰囲気で絡んできやしないだろうな……
私はふふふと笑っていた。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
次回は蒲公英課長に呼び出された英パートがスタートします。お楽しみに(^^)
*次回、『面倒ごとがはじまる予感』




