07 . ねぎ塩牛タン死亡遊戯
◆千代草◆
高温で熱せられた網の上に、薄くスライスされた牛タンが敷かれた……眠っている子供に、そっとお布団を掛けてあげる母親のように優しい花冠さんのトング捌きは慈愛と気品に満ちていた。
じゅうぅぅ……
鮮やかに赤いタンは、その身を焼く音と共に小さな煙を上げる。焼けたタンが放つ香ばしい“吐息”は、私の元へ届く前に、無慈悲にも銀色の天井のダクトへと吸い込まれてゆく……
花冠さんがタンを裏返した。赤味を失い、茶色く焼けたその身の上に、焼く前に取り外しておいた刻みネギを乗せる。裏面にもしっかり火が通る頃、タンはネギを抱きしめるように畳まれた。
花冠さんはトングで、完成したネギ塩牛タンを持ち上げると、私と芙蓉の皿へと運びながらこう言った。
「お前を、この網の上から排除する……なんてね」
「あっはっはっはっは〜! なにソレ、面白い!」
芙蓉が大きな口を開けて笑った。
「あれ? こんなオヤジギャグで笑ってくれるなんて、うれしいです」
芙蓉のリアクションが予想外だったのか、冗談を言った花冠さんは照れ笑いをした。
そんなやり取りをしている二人をよそに、私はお箸で牛タンを摘み上げると、レモン汁が注がれている小皿にちょんちょんとつけた。口元で一度止め「いただきます」と、食牛と、英さんと、花冠さんへの感謝を述べる。
軽く口を開け、ネギ塩牛タンを迎え入れる。私の舌が、熱とレモンの酸味とネギと濃厚なタンを吟味する。
歯触り、舌触り、全てが完璧……。
嗚呼……私、今とても幸せです。
「千代姉ぇってば、めっちゃ美味しそうに食べるじゃん! ウチもいただきまーす!」
芙蓉もネギ塩牛タンを口に運ぶ。途端に破顔した。
「ふんまーーー!(うんまーー)」
「いっぱい焼きますから、どんどん食べてください」
花冠さんが、次のお肉を網に並べ始めた。じゅうじゅうと焼ける肉たちの大合唱が私たちのテーブルを賑やかにする。焼肉最高ッ!
「それにしても、ハナブーが来れないのは残念だよね、課長の招集なんてブッチすればいいのに」
芙蓉は口の中でお肉を噛みながら喋る。
「それをやっちゃうと、後で面倒だからね」と私。
嗚呼、お肉美味しい……
「はい。ちゃんとお野菜も食べて下さいね。食べて体力をつけることも大切ですが、栄養のバランスも大事ですよ」
花冠さんが笑顔で、芙蓉のお皿に、焼けたキャベツと玉ねぎを置いた。瞬間、芙蓉は嫌そうな顔をする。
「げ、ウチ野菜はいらな〜……」
「ダメです、ちゃんと食べてください」
花冠さんは芙蓉の台詞を真面目な顔で遮った。
しゅんとする芙蓉の顔を見て私はほくそ笑む。
「それにしても、50件連続で仕事が成功したのは素晴らしいことです。労力を抑え、社内に十分な利益をもたらした英班長は表彰されるべきですよ」
一般のお客さんが多勢いるお店なので、言葉に気をつけながら、花冠さんは嬉しそうに言った。
「あ、もしかしたら課長ってば、班長を褒めるために呼んだんじゃない?」
芙蓉が閃いた顔で指を一本立てる。
「それだといいんだけど、課長の呼び出しはちょっと怖いわね……」
楽しげな二人をよそに、私は一人、不安を抱える。 課長はおそらく、英班長に無理難題を押し付けてくると。
「ま、どんなことでも、ウチらハナブー班は大丈夫っしょ! いまや九鬼班と並ぶ実績をつんでるかんね!」
芙蓉は楽観的に箸を進める。
「花冠さんも、お肉食べてくださいよ。私たちばかり食べて悪いです」
そう言って勧めたけれど、笑顔でやんわり断られた。
「ははは、歳を重ねると動物性の脂が重く感じるのです。私はナムルとたまごスープをいただくとします。お肉は千代草さんと芙蓉さんで食べてください」
私は少しだけ悪いなと思いつつも、焼けたお肉をタレに浸して口に運んだ。
「なぁ」
ん? 呼びかけられた?
声が聞こえた方へ首を回すと、少し離れたテーブルに座っている二人組の男性と目が合った。乱暴な声掛けは、私たちに向けられたものだと気づいた。
一人は痩せたタンクトップ姿の男。両腕にドラゴンっぽい刺青がある。髪を金色に染めているが、根元はやや黒い。
もう一人はややぽっちゃり体型の坊主頭、この人も黒い半袖Tシャツの隙間から、和彫りの刺青を覗かせている。二人とも私たちを見て、ニヤニヤしていた。
え? ちょっと気持ち悪いかも……
第七話、読んでいただきありがとうございます。焼肉が美味しい季節です。誰かとBBQもいいですよね〜♪……変な奴に絡まれなければ。
肉を焼くように、白い☆を黒い★にしてみませんか?
(・∀・)
*次回、『大人の流儀』




