42. 宮殿の千代草《ちよぐさ》
◆千代草◆
筍になりすましていた一柳ツキに捕らわれ、私と麝香さんは、宮殿へと連れ去られてしまった。魂を抜き取られた麝香さんは、意識を失ったままだ。
手枷を付けられた私たちは、薄暗い牢屋の中に監禁されている。この部屋の少し高い位置に格子のついた小窓があり、そこからは月明かりが差し込んでいた。
帰還装置とドラゴンのシロを封じてあるポシェットは没収され、隣で倒れたままの麝香さんの武器も全部奪われてしまっている。私は、折れた麝香さんの右腕を持ち上げ、回復魔法を唱えた。折れた前腕はつながった、しかし彼女の意識は戻らない。試しに全身に回復魔法を施したけれど、それも無駄だった。
「ごめんなさい、麝香さん……私のせいで、こんなことに」
麝香さんの手を両手で握り、額に当てて呟く。さっきの悔しさが、胸の奥から再び込み上げてきた。
馬酔木さんと花冠さんはリタイヤ。九鬼班長、英班長は音信不通だ。ポイントRへ帰還も出来ない。ここは、自力で脱出する方法を探るチャンスを待つしかないのだろうか?
敵は私に、蘇生魔法を使わせようとしているが、詳しい目的は読めない。蘇生にはかなり厳しい条件があるのだけれど。
私たちが閉じ込められている牢に近づいてくる足音が聞こえてきた。横たわったままの麝香さんを後ろに庇うようにして、私は足音の主と対峙した。
「こんな場所に閉じ込めてすまない、千代草」
目の前には、長い銀髪の女性が立っていた。弱い月明かりが照らす彼女は、九鬼班長に負けないくらいの長身で細身。眉毛は薄く、表情の無い顔で私を見下ろしている。彼女こそが、私たちが追っている人物、荊さんだ。私は体を強張らせたまま彼女を睨んだ。
「私は、麝香さんの魂を人質に取られています。こんな所に閉じ込めなくても逃げたりしませんよ」
「この世界では、一部を除いて男尊女卑が根づいている。宮殿にいる下級の兵士は、捕らえた女性を乱暴に扱い、欲望の捌け口にしようとするクズが多い。わたしはそんな奴らを近づかせないために貴女たちを此処へ入れたのよ。鍵は私が持っているので手は出せないわ。それと……」
荊さんが私のポシェットを返してくれた。
「な、なんで?……こ、」
あぶない。ポシェットの中にドラゴンのシロがいることを言いそうになり、口をつぐんだ。知らずに返してくれるならラッキーだ。
「貴女のペットが、ずっと寂しそうに鳴いている」
優しい声なのに、荊さんは無表情だった。この中にシロがいるのを理解しておきながら返してくれるなんて、何が狙いなんだろう?
私は格子の隙間から手を伸ばし、ポシェットを受け取る。
「悪いけど、帰還装置だけは返してあげられないわ」
「余裕のつもりですか?」
私はポシェットのカバーに手を掛けた。
「違う。私は千代草と麝香先輩に危害は加えない。ツキや他の連中にも手は出させない」
「花冠さんと、馬酔木さんは撃ったのに!? それに紫雲英さんも……なんで!?」
「たしかに二人のことは撃ったけど、急所は外したつもりよ。紫雲英班長も、帰還すると読んでいた。彼らにはこれからも救済課で職務をまっとうしてもらいたいの」
荊さんの表情は崩れない。まるで意図が読めない。
「ではなぜ苔桃さんを殺してまで救済課を裏切ったんですか?」
荊さんの目は冷たいままだ。じっと私を見下ろしている。その瞳の奥には闇だけが潜んでいて、吸い込まれそうなほど美しい。純粋なこどもの瞳に近いものを感じた。
「苔桃は砂庭ゴウゾウを匿った人物の一人だった。私は、彼らのことは死んでも許さない……」
──私はこの後、荊さんから過去の出来事を聞くことになる。
*次回、『荊の記憶』




