41. 決着の後
◆英◆
九鬼班長が弾き飛ばしたシャヒドの兜は、砂の上で真っ二つに割れていた。だが、シャヒドに怪我をした様子はなかった。
「ふぅー……シャヒド、キミは強いな。顎先から顔を割ろうとしたのだが、まさか避けるとは」
すぼめた口から息を吐いた九鬼班長は、恐ろしい台詞を吐いてにこりと笑うと、膝をついたまま呆然としているシャヒドに手を差し伸べた。殺し合っていた相手に、なんとも爽やかな笑顔を向けている。シャヒドは震える手で九鬼班長の手を握った。すると、九鬼班長はシャヒドの隣に回り込んだ。
「ゴツいなぁ、凄く太い。上腕三頭筋をここまで育てるなんて。胸筋も、まるで彫刻みたいだ」
九鬼班長は、無垢な好奇心を丸出しにしてシャヒドの腕や胸をべたべた触っている。突然の事態に困惑しているのだろう、シャヒドの顔は赤い。
てゆーか、二人の距離が近いのだが。
う〜ん。
「うおぉぉぉー! 団長ぉぉーー!」
シャヒドの敗北を受けて、手下は大声で泣き叫ぶ。俺も泣きそうだ。九鬼班長のデリカシーの無さに。
「ま、ま待て、九鬼殿。少し離れてくれないか」
女性慣れしていないのか、はたまた武人気質の性格からくるものか、顔を紅潮させているシャヒドは九鬼班長から距離を取った。
「あぁ、すまん! つい」
九鬼班長は両手を挙げてシャヒドから距離を取る。
「ついなんですか……まったく、アナタは他人のパーソナルスペースに簡単に踏み入り過ぎなんですよ! もっと男を警戒して下さい! こーゆー頭の悪い筋肉バカは勘違いするでしょうが!」
俺が語気を強めて言うと、九鬼班長は小さな声で「すまん」と呟いた後、肩をすくめた。
「貴様! 誰の頭が悪いか!」
「団長は脳筋じゃねーぞオラ!」
クッ! なんでこいつらは俺に強気なんだ?
まぁいい。とにかくこの闘技場から早く出て、仲間の状況を確認したい。かなり時間をロスしている。
「シャヒド、お前の負けだ。早速で悪いが俺たちを解放してくれるか?」
「……女王に背いてしまうが、武人として約束は守らなければなるまい」
シャヒドは腰紐に括り付けてある水晶玉を掴むと、もう一方の手で叩き割った。
ガシャーンと割れる音がすると、砕けた水晶玉と連動して闘技場を覆っていた透明な膜は崩壊した。キラキラとした破片がゆっくりと砂に落ちる。
「ありがとうシャヒド。さて、これで宮殿を目指せるな、英」
「えぇ、まずは現在地を確認しましょう」
俺は地図を広げ、九鬼班長と共に覗き込んだ。ふとシャヒドに目をやると、部下と並んで退屈そうに立っている。
「なぁアンタら、ついでだ。俺たちに協力してくれないか?」
俺の言葉に腹を立て、二人は同時に腕組みをしてふんぞり返った。
「我は九鬼殿に負けたが、貴様には負けておらん。貴様の言うことは聞かぬ」
「そうだぜ小僧!」
コイツら……実力を見せつけてやろうと思った時、九鬼班長がシャヒドに声をかけた。
「シャヒド、頼む……力を貸してくれないかな?」
と、困り眉で……か弱い女性のふりして。
「ぐっ!!」
シャヒドは自分の胸を押さえ、首を振りながら悶えている。
「ぬぬぬっ! ぐおぉぉ〜……」
いや、大袈裟すぎるだろ。
「団長ぉ! しっかりしてくださいよ! 狼は女の誘惑に負けてしまうのですかぁ!?」
手下の応援虚しく、シャヒドは両手で顔を覆い隠すと、天を仰ぎ、結局折れた。
「ぐぅぅぅ〜……惚れた女の頼みだ! 断れん!」
「本当か!? ありがとう、シャヒド!」
屈託のない笑顔のあと、九鬼班長は俺に向けて小さくピースサインをした。天然で人たらし。上目遣いでのお願いも計算してない。ある意味怖いひとだ。
次話は千代草パートになります。
*『千代草と荊』




