40. 九鬼対シャヒド
◆英◆
シャヒドは左手に持った盾を、九鬼班長に突き出すようにして半身に構えた。右手に握った剣は、体の後ろで高く掲げている。おそらく、盾で九鬼班長の攻撃を受け止めてから、あの剣を振り下ろすつもりなのだろう。
「あれは団長の得意な構えだ!」
手下が声を上げた。
対して九鬼班長も、巨大な戦斧を両手で持ち、上段に構えている。
お互い、振り下ろしを狙った構えだが、盾を持つシャヒドは後手に回るだろう。
真夜中の小さな太陽が、闘技場を照らしている。両者は砂の足場をすり足で進む。武器は九鬼班長の方が長くて重い。
九鬼班長は一足飛びで間合いを詰めて戦斧をシャヒドへ振り下ろした。シャヒドは盾を使わなかった。剣を素早く水平に構えて、自身に振り下ろされる戦斧の“柄”を狙って剣を横に払ったのだ。狙いは“武器破壊”だ。
「マズイ!」
俺がそう叫ぶと、いや……その前に九鬼班長は読んでいたのだろう、戦斧の下側を握る左手を、一気に手前に引いて滑らせ、斧の部分でシャヒドの剣を受けたのだ。
ガキンッ!と互いの刃がぶつかり、火花が散った。剣を弾かれたシャヒドは、大きな体を後ろに仰け反らせる。両者ともに驚いた顔をしているが、すぐに余裕ある好奇の表情を作ったのは九鬼班長だった。
巨大な戦斧の先を支える柄は細い。だがそこを確実に狙える胆力と集中力を持つシャヒドを、彼女は強者として認めたのだろう。……もやもやするぜ。
「女、いや、貴女の御名前を頂戴したい」
ただの一合の斬り合いだったが、シャヒドも九鬼班長を強敵として認めたのだろう。騎士としての礼を尽くして戦うつもりだ。先ほどとは明らかに目つきが違う。
九鬼班長は口角を上げて短く答えた。
「九鬼だ」
シャヒドは再び構えた。九鬼班長は、今度は右手で斧の後ろにある取っ手を掴んだ。小回りが利く様に構える。
先手を取ったのはまたしても九鬼班長だ。今度はシャヒドは盾で受け止めた。しかし、重い一撃で大きく体勢を崩した。九鬼班長は尚も戦斧で殴りつける様に何度もシャヒドへ打ち込む。その度に盾は、丸太のような太い腕ごと弾かれる。シャヒドは防戦一方になった。苦悶の表情を浮かべながらもなんとかして反撃の剣を振ったが、九鬼班長は体をひらりと回転させて躱すと、遠心力を得た戦斧を盾に叩き込む。受けたシャヒドは体ごと吹き飛び、砂の大地に背中をつけた。
「そんな!? あの団長がっ!?」
「ぐ! ……まだ、まだあ!!」
シャヒドは己を鼓舞して立ち上がるも、疲労の色が見える。何度も九鬼班長の攻撃を受けた腕はブルブルと震えていた。
対して九鬼班長は涼しい表情を浮かべていた。
「あぁそうだ。私はさっきキミのことを馬鹿にしてしまったな。武人の尊厳を傷つけてしまい、申し訳ない。キミは野良犬じゃない、強い狼だ」
シャヒドはひしゃげた盾を投げ捨て、剣を両手で持ち構える。
「構わぬ! だがこの勝負……我が勝ったら貴女に婚約を申し込みたい!」
「は?」
「は?」
九鬼班長も俺と同じリアクションをした。緊迫した場面だというのに、目が点になるとはこのことなのだろう。
「おおおおいおい、聞いたか英ぁ!? 公開プロポーズだ! 私も捨てたもんじゃないなー!」
そう言って、ニヤけた嬉しそうな表情を俺に向けた。
何その顔? もやもやが限界だぜ……
「九鬼班長! ソイツは油断させるために適当なことを言っています!」
「適当ではない! 我は本気だぞ! 九鬼殿のような美しさと強さを持ち合わせた女傑は、是非とも我が妻として迎え入れたい!」
シャヒドの眼差しは真剣そのものだ。
「英ぁ! どうしよう!? 私、ちょっと嬉しいかも!」
いちいちコッチ見んな!
「アホか! 真面目に戦ってください!」
元上司とはいえ、流石にツッコミの言葉が口に出た。
九鬼班長は俺を見てにんまりした。
「可愛いな、お前は」
は?(怒)
「さてさて、冗談はここまでだ。シャヒド。正々堂々としたその態度、気に入ったぞ。もしキミが私を打ち負かすことができれば、キミの妻になろう。だが、私が勝ったら、私たちをこの闘技場から解放してもらうぞ」
九鬼班長は戦斧を再び上段に構えた。
「いいだろう! 我の全力で、必ずや貴女を倒す!」
シャヒドはやや腰を落とし、両手で剣を持ち構える。覚悟を決めたその眼力には、闘士としての炎のような光が宿って見えた。追い込まれた者が最後にふり絞る力を侮ってはいけない。だけど、九鬼班長の涼やかな顔は、それが杞憂であることをすぐに証明した。
俺は今まで、救済課最高戦力と謳われる九鬼班長が本気で戦う姿を見たことがない。
そして予感している。きっとその姿を見ることは、永遠にこないだろう。
勝負は一瞬で決まった。
雄叫びを上げたシャヒドは、真正面から最短距離で相手に攻撃が届く突きを繰り出した。だが、九鬼班長は自身に迫り来る刃を戦斧で素早く叩き落とすと二撃目を振り上げ、シャヒドの兜を空中に飛ばしたのだ。
くるくると高く飛んだ兜が砂の地面に落ちると同時に、愕然とした顔のシャヒドは両膝をついた。盾と剣と兜を失い、誇りすら打ち砕かれ、ついにシャヒドは敗北を認めた。
「ま、参りました」
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*次回、『決着の後』




