39. 闘技場
『獅子身中』
意:味方のふりをして内側から害をなす者
◆英◆
夜中だというのに、南東の空がやけに眩しかった。
夜空の星さえもかき消すほどの強烈な光からは、離れていても太陽光に似た熱が届いていた。
あそこで何が起きているのか気になる。しかし、俺たちは足踏みを余儀なくされていた。
俺と九鬼班長は、宮廷騎士団“狼”の騎士達と、隔離された砂場で戦闘中だ。
滝の裏で俺たちを襲ってきて、返り討ちにした狼の騎士達に、宮殿への道案内させたのだが、この場所に連れてこられ、結界に覆われた砂漠の闘技場に閉じ込められてしまっている。
巨大な岩をくり抜いて作られたであろうこの闘技場には、次元の歪みに似た渦が空中に浮いており、次々と宮廷の騎士達が湧き出ている。
数は多くない。そして、たいして強くもない。ただ、脱出の手段が見つからず、時間だけが過ぎ、俺たちの苛立ちが募っていた。
通信機はやはり使えない。任務の進捗、仲間の安否、共に知らないままだ。
九鬼班長は巨大な戦斧を振り回す。一斉に襲いかかってきた騎士四人をまとめて真っ二つに割った。血飛沫が上がる向こう側、彼女の眉間に皺が寄っているのが見えた。
「キリがないな……英、代われ」
そう言って九鬼班長は、腕に装備した多次元リングに戦斧を収納すると、闘技場の隅にある岩に座った。組んだ腕を指でトントンと叩いている。ニコチン切れなのだろう。イライラしているのが伝わる。
闘技場には、百人近い騎士達が倒れている。そのほとんどは息絶えているが、俺はまだ死んでいない騎士の胸ぐらを掴んで起こす。
「おい、ここから出る方法は?」
「し、知らねぇ! 俺たちも団長の命令で宮殿からここへ飛ばされてきたんだ!」
どいつに聞いても同じ返答……俺は空中に浮かぶ次元の歪みを睨んだ。こっちからあの穴へ飛び込んでもいいが、宮殿に辿り着ける確率は低い。出口と入り口は、必ず同じ場所に繋がっているわけではないのだ。
一旦、現実の世界へ帰還することも考えた。しかし、すぐにこの異世界へ戻ることは出来ない。最低でも二十四時間の冷却時間が必要なんだ。自覚は無いが、異世界間の往来は体に負担がかかっている。すぐに移動すると、空間の摩擦で全身が焼かれてしまうのだ。
「質問を変えよう。お前ら狼の騎士団の団長は誰だ? どんな奴だ?」
「へっ! 俺たちは誇り高い孤高の狼だ! あのお方のことはしゃべらないぜ!」
誇り高いか……
こいつらは弱いクセにプライドと自己評価が高い。そして群れることで調子に乗っている。そんな連中の団長……
引きずり出せるかもしれない。
俺は次元の歪みに向かって大声で叫んだ。
「誇り高い狼のクセにーー! 名前も名乗らない!! 下着姿の女を見て下品な言葉を使うーー!! そして群れている!! こんなのが孤高の狼って言えますかねぇーー!! 野良犬の集団ではないでしょーかぁーー!! 手下ばかりに戦わせておいて! 自分は高みの見物ーー!! そんな自称、狼の団長なんているんですかねぇーー!?」
九鬼班長は、叫ぶ俺を見てキョトンとした顔をしている。俺は彼女にウィンクして、次元の歪みを指さし、彼女にも挑発するよう促した。
九鬼班長は頬を緩めた後、口元に手を当てて叫んだ。
「おいおい英ー!! そんなこと言ってやるなよーー!! 可哀想じゃないかーー! 誇り高いワンワンの団長さんは、私たちが怖くて来れないんだからーー!!」
のってくれた。てか、九鬼班長……悪い顔してる。
「お、お前ら、何言ってやがる! 団長はそんな人じゃねーぞ!! そーですよねー!! 団長ぉぉーー!!」
手下も参加してくれた。いいぞ手下! 煽れ! もっと言え!
「いやいや、出てこれないだろぉーー! 女の私にビビってる団長さんだぞぉーー!! 無理無理ぃーー! きっと小型犬みたいにプルプル震えてるに違いなーーい!」
「違ぁぁーーう!! 団長は強いんだぁーー! 孤高の狼だーー!! 女相手にビビったりしりねぇーー!」
いつの間にか、手下と九鬼さんだけが次元の歪みに向かって叫び合っている。
二人がやいやいと叫び合い、しばらくすると、空中に浮かんでいる次元の歪みが大きく撓み、中から一人の巨漢が姿を見せた。
ズドーーン!!
砂を舞いあげて着地した男は、騎士のくせに軽装だった。赤いマントにヘルメットのような兜。上半身はほぼ裸に近く、顔は真っ赤に紅潮していた。手には丸い盾と装飾された剣を握っている。
こんなに簡単に出てくるとは……己の命よりプライドのほうを大事にするタイプなんだな……アホだ。
「団長ぉぉぉーー!!」
手下が歓喜の声をあげた。
「我は誇り高き宮廷騎士団狼の団長、シャヒド。下賤な賊風情が、我ら狼を愚弄したな……死をもって償え」
「おぉ! 君はなかなか良い身体をしているなぁ。胸筋、上腕筋、僧帽筋……大腿筋までしっかり大きい。毎日鍛錬している身体だ」
筋骨隆々のシャヒドの肉体と、古代の剣闘士の様な出立ちに、九鬼班長は目を輝かせて高揚しているようだ。
俺は毎日自分の裸を鏡で確認している。その姿とシャヒドの体を比べる……負けた。くそ、なんか……もやもやするぜ。
「フン! 貴様、女のクセになかなか見る目があるな。女王からは戦うなと言われていたが、武人の誇りを傷つけられた以上、黙っては見過ごせん。砂漠の芥にしてくれるわ」
シャヒドが構える。そして九鬼班長は不敵に笑っていた。
*次回、『九鬼対シャヒド』




