04. ブレない矜持
◆千代草◆
「お嬢様!? 言い争う声が聞こえましたが大丈夫なのですか!? お嬢様!」
部屋の外から複数の男性の声が聞こえる。私たちは顔を見合わせた。このまま黙っていたら突入してくるだろうか?
救出対象者、上原リョーコとの接触は果たしている。そのうえ現実の世界へ帰る合意も得た。部屋に入ってこられても、私と芙蓉でパパっと蹴散らしてさっさと帰還すればいい。ここらが潮時……あれ?
……いや、ちょっと待って。アメリアの肉体を支配しているリョーコさんを、このまま現実世界に連れ帰ると、アメリアの人格はぬいぐるみに残されたままになってしまうのかな?
既存するキャラクターに乗り移るタイプの転生者を何度か連れ戻したことはあったけど、乗り移られていた側のキャラクターが、その後、異世界でどうなったのかは知らない。
基本的に私たちは救出対象者を、肉体ごと現実の世界へ連れて帰っている。連れ帰ると容姿は、異世界転生する前に戻る。あれ? このままリョーコさんは帰ってもいいの? アメリアは元に戻れるの?
「千代姉っ! どーする?」
芙蓉の呼びかけで思考を中断させ、視界に映る全てを見渡した。
今、リョーコさんはアメリアだ。
アメリアはぬいぐるみに憑依している。
芙蓉は私の腕を掴んでいる。
三人は心配そうに私を見ている。
え、コレどうしよ。私は英班長みたいに悪知恵は働かない。どうしよ? どうしよう!
文字通り私が頭を抱えていると、ぬいぐるみのアメリアが芙蓉に飛びついて叫んだ。
「私はあなたアナタは私!」
ぬいぐるみのアメリアの行動が理解できたのは、この後すぐだった。
「不審者よ! わたくしの部屋に不審者がいるわッ!」
リョーコさんが突然そう叫んだ。なんでこんな事をしたのか分からない。
「アメリア!」
今度は芙蓉に抱えられたぬいぐるみが叫ぶ。
これはもしかして……二人は入れ替わっている。今度はぬいぐるみがリョーコさんになっているんだ。
部屋の扉が勢いよく開かれ、執事と武装した兵士が流れ込む。十から十五人ほどの男達が、私たちを取り囲むように部屋に広がった。
「あちゃ〜……」
芙蓉はそう言って自分の額をペチンと叩くと、本物のアメリアをキッと睨み、指差して非難した。芙蓉も入れ替わりには気づいているようだ。
「ちょっとアンタ、邪魔する気?! リョーコさんの意思を汲んであげれないなんて、まるでガキじゃない!」
「五月蝿いわね、品行下劣な破廉恥女! ちょっと黙ってなさいよ!」
また二人が言い争いをはじめた頃、屋敷の人達が私と芙蓉に武器を向けた。
「お前達、何者だ!?」
アメリアは、私たちがリョーコさんを連れて帰ることを阻止しようとしているのだ。しょうがない……ここは私が、ポシェットの中で飼っている“シロ”に少しだけ暴れてもらおうか。
「いやしい賊めッ! このわたくしの部屋に侵入し、盗みを働くとは!」
「アメリア……どうして!?」
ぬいぐるみになっているリョーコさんは寂しそうに声を震わせた。
「高価な物で溢れたわたくしの部屋の中から、そんな薄汚れたぬいぐるみなんかを欲するとは……貴女にはそれが価値ある物に見えたのかしら? 貴女達の審美眼の無さには同情すらするわ……」
アメリアは薄ら笑いを浮かべると、閉じた扇子を私達に向けた。
「そんな物でよければくれて差し上げますわ、早くここから出て行きなさいッ!」
「お、お嬢様! よろしいのですか!?」
「良い! 部屋で暴れられては、後の掃除が大変よ」
私たちにぬいぐるみを持って出てゆけと促すアメリアを、しばらくの間呆然と見ていた。
彼女は私たちを逃がそうとしているんだ。それならその策に乗らせてもらおう。
「何をグズグズしているのかしら? 囚われる事がお望み?」
「し、仕方ないわ! 今回はこのぬいぐるみで許してあげる!」
芙蓉もアメリアの意図を読んだ。
「まぁ、お子様の貴女には、そのぬいぐるみがお似合いね……さ、ご退室願いますわ」
わかりやすく頬を膨らませた芙蓉を見て心の中で願った。これ以上芙蓉を煽らないでと。
「千代姉ッ!」
「あ、はい!」
芙蓉は怒った顔で私に伝える。
「ウチらは先に帰るからッ!」
「あ……うん、後の事は任せて」
芙蓉はぬいぐるみのリョーコさんを抱えたまま帰還を唱える。二人の身体が仄かな光に包まれると、リョーコさんは最後にアメリアに向かって手を伸ばし、別れの言葉を口にした。
「ありがとう、さようなら……私の大好きなアメリア」
アメリアは何も言わずに扇子を広げて顔を隠すが、そこからは下がった眉尻が見える。そして彼女は何度も肩を震わせた。
二人が放つ光が部屋全体を満たすと、その場にいる全員が思わず目を閉じた。白ぼけた視界が元に戻る頃には芙蓉とリョーコさんの姿は消えていた。
「き、消えた……」
状況に驚いた兵士達は手にしていた武器を下げる。
ピッ
私の耳に装着してあるイヤホンに、現実世界からの通信が入る。
『現世に還す、完了。処置に入れ』
「OK」
それだけやりとりをするとすぐに通信を終わらせた。芙蓉はリョーコさんを無事に現実世界に連れて帰ったのだ。リョーコさんの状態について特に言及はなかったので、おそらく人間に戻っているだろう。
自分のキャラを貫きながら機転を利かせたアメリアには感謝しかない。たいしたものだ。
やがて目を赤くしたアメリアに声をかけられた。
「それで? 貴女は逃げないのかしら?」
「私は最後の仕事を終えてから、お暇させていただきます」
私は執事をイメージしながら、左手を胸に当てて頭を下げた。
「仕事とは?」
「それは……お昼寝の時間ですよ、お嬢様」
私はポシェットから防毒マスクを取り出して、素早く装着すると、ジャケットのポケットから小瓶を取り出し、蓋を捻った。
中からは勢いよく白い煙が飛び出して、たちまち部屋を埋め尽くした。
「うわー! な、なんだこれは!?」
「前が見えないッ!」
これは催眠ガスと、英班長の特異能力の一部をブレンドした物だ。この煙を吸い込むと、すぐに眠りに落ちる。
──兵士たちの戸惑う声が聞こえたが、すぐに静かになった。私はガスを吸って倒れ込む寸前のアメリアを抱えると、さっきまで私たちが座っていたソファーの上に彼女を寝かせる。瞳を閉じたアメリアの目尻には、うっすらと涙の跡があった。
「ありがとう、アメリア……貴女は本当に強い人だ」
私は眠る彼女にそう告げて、帰還を唱えると、この異世界を後にした。
今回も読了、ありがとうございました。(^^)
*次回、『紅茶と夕暮れ』




