03. アメリア・ベルガモット・サウス
◆千代草◆
リョーコさんが創造したこの異世界には主人公(15)が存在する。その子は平民でありながら、王族が経営する魔法学園に入学する女の子。この学園で6人の貴族の男子と出会い、恋をするのだ。ただ、恋路にライバルはつきもの。
ベルガモット・サウス家の令嬢、アメリア・ベルガモットは、主人公が好意を寄せる相手に近づき、ひたすら恋の邪魔をする悪役。
そのアメリア・ベルガモットに転生したのが、上原リョーコさんだ。
容姿端麗、才色兼備、家柄も良しのパーフェクトなお嬢様……しかし、ワガママで他人を見下し、目的のためなら平気で人に迷惑をかける人物である。
さっきリョーコさんが言った「頑張らない人生を送ってみたかった」の真意は何なのだろう。
「がんばらない人生?」
芙蓉は顎に指を当てて小首をかしげる。
リョーコさんは私たち二人をソファーに座らせ、自身は立ったままで話を続ける。
「ワタシはね、母子家庭で育ったの。物心がつく頃から母とワタシの二人で生活を送っていたわ。楽な生活ではなかったけれど、ワタシのために母は昼夜問わず仕事を頑張ってくれたの。ワタシは母を楽にさせてあげたくて、高校を出てすぐに働いた。とにかく仕事を頑張ったの。そして早く結婚して、孫の顔を見せてあげたくて婚活も頑張った。でもね、誰もワタシの事を相手にしなかった。ワタシは凄く地味な性格で、顔と体型にコンプレックスがあったの。綺麗になりたくてお化粧の勉強をしたり、スポーツジムに通ったり、ちょっとした美容整形にも手を出した……」
リョーコさんはベッドの脇に置かれた熊のぬいぐるみを手に取ると、大事そうに体の前で抱いた。
「お付き合いしてくれた男性は何人かいたのよ。でも、結婚までには至らなかった……気がつけば40歳を越えてた。そして母が体調を崩して介護が必要な体になった頃、ワタシは結婚を諦めたの……ん?」
リョーコさんは、ふと何かに気づいた顔をすると、抱えたぬいぐるみに魔力を込めた。微かに光を纏う熊のぬいぐるみからは生物の気配が感じられる。
「起きたのね? アメリア……二人にご挨拶にできるかしら?」
リョーコさんが話しかけると、ぬいぐるみはリョーコさんの腕から自らの意思で飛び出し、その場に立った。
「えぇ、アメリアぁ? このぬいぐるみが?」
芙蓉が驚いた声を上げると、ぬいぐるみはソファーに座る芙蓉の脛を、閉じた扇子で叩いた。
「無礼者ッ!」ビシッ!!
「いっったぁッ!」
「このわたくしを呼び捨てにしたわね、小娘! なんなのその下着が見えそうなほど短いスカートは!? 破廉恥よ!」
熊のぬいぐるみはそう言い放ち、扇子を私たちに向けてふんぞり返った。
「やめなさいアメリア! この二人はお客様なのよ!」
リョーコさんはぬいぐるみを掴みあげると再び胸に抱え込んだ。
「こんのぉ〜…」
芙蓉は叩かれた脛をさすりながら涙目でぬいぐるみを睨む。今にもぬいぐるみに飛びかかりそうな表情をする彼女の両肩を掴んで抑えた。
「落ちついて、芙蓉ちゃん!」
おそらくリョーコさんは、ゲームの世界を模倣して創造したのだろう。そして、その中のキャラクターに乗り移るタイプの転生をした。一人の体に、二人の人格が共存している。リョーコさんは魔法を使ってアメリアの人格をぬいぐるみに移付させたんだ。
「私とアメリアは頭の中でお喋りする事はできるけれど、時々こうやってどちらかがぬいぐるみになって会話していたのよ」
「リョーコ、この者達は何者? わたくしが成敗してさしあげますわ!」
リョーコさんの胸の中で熊のぬいぐるみが暴れる。
「ごめんなさい、芙蓉さん……アメリア、この方々はワタシを迎えにきてくださったのよ」
「え? 迎えって……リョーコ、帰ってしまうの!?」
ぬいぐるみのアメリアは、はたと動きを止めた。
「ええ、そうよ……私は、ワタシが元いた世界に戻るの」
「そんな……なんで? わたくしの事が嫌いになったの?」
リョーコさんはかぶりを振ると、優しい口調で答えた。
「ワタシはアメリアの事が大好きよ」
「だったら何故? ずっとここにいてほしい! わたくしを理解してくれるのは貴女だけなの! どこにも行かないで!」
リョーコさんに抱かれたアメリアは、小さな子どものように駄々だをこねる。
悪役令嬢のアメリアは、リョーコさんをとても慕っている。突然自分の体に入ってきた人格を受け入れているのはなぜだろう?
「アメリアさんは、リョーコさんに体を使われているのだけれど、それは嫌ではないの?」
私がそう訊ねると、抱えられているアメリアは体ごと振り向いた。
「それは……最初は嫌だったけれど……リョーコはわたくしの事を褒めてくれる。わたくしにとって良い選択を教えてくれるパートナーよ。わたくし達は一心同体なの」
「はぁ? なによそれ、アンタいい歳して自分の人生も選べないわけ? う〜わ、だっさ」
先ほど脛を叩かれた芙蓉が食ってかかる。
「な! そんな事ないわ! わたくしは誇り高きベルガモット・サウス家の人間よ! 子どもくせに! 口を慎みなさい!」
アメリアは再びリョーコさんの腕の中から飛び出す。
「褒めてもらいたがりのクセに、どっちが子どもですかねぇ〜?」
「うるさい! この痴女!」
「誰が痴女か! この甘ったれ!」
「やめなさいッ!」
白熱しながら徐々に距離を詰める二人を、私とリョーコさんは同時に引きとめた。
「それで……リョーコさん、さっき言ってた頑張らない人生って?」
アメリアの登場で逸れた話を戻すと、リョーコさんはアメリアの頭を撫でながら続きを話しはじめた。
「さっきの話だけれど、母の介護をしながらの生活は半年ほどで終わったのよ。唯一の家族を失ったワタシは孤独になり、生きる意味も無くしたわ。そんな時、いつ間にかPCにインストールされていたネペンテスを起動していたのよ」
「それで、ネペンテスにこの異世界を作らせたんですね」
「えぇ。そうよ。恥ずかしい話なのだけれど、ワタシは生まれ持った時から全てを手に入れているキャラクターの人生を選んだの。富、名誉、美貌……すべて兼ね備えたアメリア・ベルガモット・サウスを」
「アメリアさんの人生が、頑張らない人生?」
「そう……そうだと思っていたの。でも実際は違ったわ。アメリアはね、厳しい両親の期待に応えるために、見えない所で常に努力していたのよ。苦手な魔法を克服するのに朝まで研究したり、体型維持や筋力アップのためにトレーニングや食事制限をしたり、貴族としての振る舞いを身につけたり、剣の稽古で全身にアザができるまで稽古したりしていた……何事も全力で取り組んできたの。しんどい姿は決して人に見せず、大衆の前ではいつも優雅に振る舞っていたのよ」
ぬいぐるみのアメリアがリョーコさんの足元にしがみつく。
「この子は凄いの、努力の天才。そんな姿を知らない人は、アメリアの事を高飛車で傲慢な人間として見ている」
リョーコさんはアメリアを顔の高さまで持ち上げた。
「本当は友達が欲しいのに、なかなか人に優しくできなかったから、時々ワタシがアメリアに成り替わって教えてあげたの……人との関わりかたを」
「リョーコ……恥ずかしいよ」
もじもじするアメリアを見つめて、リョーコさんは微笑んだ。
「アメリア……ワタシはね、もう一度上原リョーコとしての人生を続けたいのよ。頑張って生きる事の大切さを貴女が私に教えてくれたの」
「わたくしが……?」
リョーコさんはアメリアをしっかり見つめ、力強く頷いた。
プレイヤーは、キャラクターの裏の事情など知らない。だからリョーコさんは全てを持ち合わせたアメリアを選んだ。労せず、頑張らずに欲しい物をなんでも手に入れられると思ったんだろう……けれど違った。一見、楽をしていそうに見えるアメリアに、そんな努力家な一面があったなんて……
私が肩に斜めがけにしているポシェットの中から「グルル……」とペットのシロの鳴く声が聞こえた。誰かが部屋に近づいてきたんだ。
「お嬢様! 何やら騒がしいですが、どうかなさいましたかっ!?」
部屋のドアが強くノックされた。屋敷の人が芙蓉とアメリアのやりとりを聞きつけて来たのだろう。
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*次回、『ブレない矜持』




