02. キャラクターの運命
◆千代草◆
私と芙蓉は周囲を警戒しながら屋敷に侵入した。
窓の外からの視線を避ける為、赤い絨毯が敷かれた廊下を、斜め掛けのポシェットと丈の長いカーディガンを引き摺らないように持ち上げ、屈みながら小走りする。
救出対象者が入った部屋の前に辿り着くと、片膝をついて扉を軽くノックした。
コンコン
「誰? 何か用かしら?」
中からすぐに返事が返って来た。私たちは彼女を現実の世界へと連れ戻しに来た人間だ。経験上、コチラの素性を明かすと敵視されることが多い。
初手が肝心だ。こんな時は相手を驚かせてはならない。極力落ち着いた声で自らを名乗ってから相手を安心させ……
「もしも〜し? 上原リョーコさんですかぁ?」
芙蓉ちゃーーんッ!?
私は慌てて芙蓉の口を押さえて、小声で嗜める。
「ちょっと芙蓉ちゃん! 彼女がビックリするでしょ! 誰か呼ばれたらどうするのよ!」
「フゴフゴフ、ゴゴゴフゴゴ、フゴフゴゴ(早く連れて帰って、班長に喜んでもらいたいじゃん)」
「短絡的すぎよ! 順序があるでしょ! てか、電話じゃないんだからね!」
「フゴゴー(ごめーん)」
わりと真剣に怒ったつもりなんだけど、芙蓉は私に手を合わせて笑顔で謝った。いや、そんな事より彼女の反応は!?
部屋の中からは何も聞こえない……
もしかしたら窓から逃げたとか!?
武器を構えているかも!?
心臓をバクバクさせ、どうしようと狼狽えていると中から意外な言葉が聞こえて来た。
「そこで騒ぐと家の者が来るわ! 早く中に入って!」
私は芙蓉の肩に手を回し、逃げ込む形で素早く部屋に入った。
バタン! ふーっ……
「うわぁ……素敵なお部屋……」
部屋に入るなり、芙蓉は大袈裟に感嘆の声を漏らした。
天蓋のある大きなベッド。
白と黒のチェッカードパターンの床。
猫足のソファーや真っ白な家具。
大理石のテーブルの上には活けられた生花達。
天井には天使が雲間から降りてくる絵が描かれている……凄いけど、庶民派の私には逆に落ち着かない空間。
窓際の椅子に腰掛けた救出対象者に気づいたのは、あらかた部屋の中を見終わったあとだった。芙蓉と同じくらいの年齢の女性が、コチラを表情のない顔で見ている。
「あ……へ、部屋の中をジロジロ見てしまってすみません!」
豪華な部屋の装飾に見惚れ、胸の前で手を組んでいる芙蓉の腕を掴むと、彼女の前に一緒に並んだ。私が頭を深く下げると、釣られて芙蓉も頭を下げる。
「と、突然すみません。え〜と、私とこの子は現実の世界から来た者で、決して怪しい者ではありません!」
頭の中で前もって用意していた台詞は全部飛んでしまっており、私はその場で浮かんだ言葉を喋ってしまっている。この世界にそぐわない服装の女二人が突然家に来て、『決して怪しくない』は無理があるよね?
「決して怪しい者ではありません……は無理があるわ」
ほらね。
「すみません……」
「ごめんなさ〜い」
彼女は呆れた顔をするが、すぐに口元を緩め、窓の外に視線を向けて頬杖をついた。
「いいのよ。ワタシには貴女達が何者なのか大体見当がついてる……迎えにきたのでしょ? ワタシを」
「え? なんでわかったの? リョーコさん」
芙蓉は好奇心たっぷりに訪ねた。
「だって、ここは中世が舞台の世界よ。そんな現代的な格好をした人間が訪ねてくるなんて、ワタシを殺すか、連れ戻しに来たかのどちらかだわ。もし殺しに来たのなら、こんなやり取りしないと思うの」
リョーコさんは落ち着いた様子で窓の外を見つめたまま答えてくれた。その横顔からは、諦めの色が見てとれる。物分かりがいいのは助かるのだけど……何か事情があるのかな?
「その通りです……驚かれると思っていたので、私たちの方が少し戸惑っています」
率直な気持ちを伝えた。
ほとんどの救出対象者は、私たちが現れると……
『暴れる』
『暴言を吐く』
『逃げる』
『死のうとする』
『気力を無くす』の、いずれかの行動をとるのだけれど、この落ち着きっぷりはなんなのだろう?
「ねぇねぇ、リョーコさん。今からウチらがリョーコさんを現実世界に戻すんだけど、やり残した事とかないの? この世界で会った人にお別れとかしなくてヘーキ?」
芙蓉の質問に、最初はキョトンとした顔をしていたリョーコさんは、クスリと笑って答えた。
「気を使ってくれてありがとう。お別れをしたい人……ねぇ……」
言葉を詰まらせ、少しばかり考え込んだ後、立ち上がって、花を形どった凝ったデザインのスカートを摘み上げた。
「コレ、けっこう重たいのよ……肩がこっちゃって。それにワタシには似合わないわ……さ、今のうちに連れて帰って」
困った様な表情を見せるリョーコさんからは、寂しさが伺える。ただこの世界に飽きたから帰りたくなったのだろうか?
「リョーコさんが創造したこの異世界は、思っていたものとは違ったのでしょうか?」
私の質問にリョーコさんは小さく首を横に振ってから答えた。
「完璧だったわ……異世界は。ワタシが高校生の時にハマった恋愛シミュレーションゲームそのものだった」
────上原リョーコさん、45歳
広告代理店に勤めるキャリアウーマン。役職は部長。上司と部下から信頼されている女性社員。仕事の忙しさから結婚とは無縁の人生を送っていたらしい。
この異世界は、およそ30年前に発売された女性向け恋愛シミュレーションゲームをそのまま模倣した世界だ。
主人公は魔法学園に入学して6人の男性の中から推しのキャラとの親密度をあげて攻略するゲームなのだけれど……リョーコさんは何故か主人公のライバルである悪役令嬢のキャラに転生していた──
──「リョーコさんは、なんで主人公のライバルに転生したの? たしか……このままゲームが進んじゃうと、好きなキャラを主人公に取られちゃって更にどの男性からも相手にされずに、最終的には家が没落するって地獄みたいな展開になるはずだよ」
私が気になっていた事を、芙蓉が容赦なく切り込んで聞いた。……いや、アンタ地獄て。
「芙蓉ちゃん、ちょっとデリカシーが足りないよ」
指でバッテンを作って向けると、芙蓉は舌をチロっと出して肩をすくめる。
リョーコさんが私たちのやり取りを見てクスクスと笑った。
「仲がいいのね、貴女たち……まだ時間、ある?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「じゃぁ、少しだけお喋りしてもいいかしら? やっぱり、ちゃんとお別れしておきたいわ」
リョーコさんは私たちを、木彫りのフレームのソファーに座る様に案内してくれた。ベルベッドの布地に腰掛けると、お尻が深く沈み込む。
「ワタシはね、頑張らない人生を生きてみたかったのよ……」
リョーコさんが口を開いた。
こんにちは、ねずただひまです。
第一話に続き、第二話も読んでいただきありがとうございます。
焦らずじっくり毎日1話ずつ投稿していきたいと思います。これからもよろしくお願いします。
*次回、『アメリア・ベルガモット・サウス』




