37. 報せ
◆千代草◆
花冠さんと馬酔木さん。この二人が、荊に撃たれて重傷。
現在、ポイントRに駆けつけた桔梗さんの回復魔法を受け、病院へ移送中とのこと。
不安と焦りで鼓動が早くなる。私は自然と胸を押さえていた。
「んな泣きそうなツラしてんじゃねぇよ、千代草様ァ、あの二人のことはあっちの世界の医者に任せとけ。アタイ様たちは、こっちの世界の任務に集中だ。わぁーったか?」
麝香さんは頭を掻きながらそう言った。もっともなことを言われ、ひとつ深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
私と麝香さんと筍君は今、砂漠の真ん中にある小さなオアシスで体を休めている。とうに日は暮れ、灼熱の昼間とは打って変わり、気温はぐっと下がっていた。
眩いほどの星空の下、今は三人で火を囲って暖を取っている。シロを収めてあるポシェットから食料の乾パンと、開発部が作った栄養素をふんだんに含んだ特性ドリンクを取り出し、二人に渡した。
「ありがとうございます。千代草さん」
筍君はそう言うと、乾パンを頬張り、ガリガリと咀嚼した後、ドリンクでパンを流し込んだ。緊張の連続だったので、お腹が空いて疲れていたのだろう。夢中で食べ、ドリンクで流し込む途中、筍君はドリンクをジャケットにこぼしてしまった。
「あぁ、もう……慌てて食べるからよ」
彼のジャケットと、口元をハンカチで拭ってあげた。
すいませんと謝る姿が、なんだかとても可愛らしく見えた。
ふと、横から視線を感じた。麝香さんが私をじーっと見ている。何か言いたげだ。
「な、なにか?」
「…………」
暫く黙って私を見ていた彼女は、ようやく口を開いた。
「ウチんとこの苔桃様はもう死んでいる」
「え?」
「紫雲英班長様は、荊様になんか捕まってねぇ。むしろ、荊様に制裁を加えるために、数日前からこの異世界に乗り込んでんだ。アタイ様と馬酔木様は、隙を見て班長様と合流するつもりだった」
それを聞いて驚きはしなかった。けれど驚いたフリをした。
「え、えぇ〜?!」
蒲公英課長から、私たち英班に与えられた特命。それは……
期日内に 一柳ツキの異世界へ乗り込み、荊とツキを捕獲して、課長にかけられた未来死の能力を解除する事。だ。
紫雲英さんがこの異世界で荊をさがしている事は課長から既に聞いている。紫雲英さんは内々で処理しようとしていたんだ。
「な、ナゼそれをーー今、私に言っタの? 紫雲英さんは無事なんデスカー?」
大丈夫かしら私? ちゃんと知らんぷり出来てるかな?
「もし……知らんぷり大会ってーのがあったら、ぶっちぎりで最下位だぜ、お前様ァ……」
麝香さんのジト目は笑ってない。
「本当のことを話せ……」
声と目、怖ッ!
「いや、それは、なんというか、その〜…」
私の目は、きっと泳いでる。間違いないだろう。
「これはアタイ様の勘だが……今回の合同チームの中に、荊様と通じてるスパイがいる」
「!?」
彼女の口から出た意外な台詞に、私は本気で驚いた。筍君も手を休め、麝香さんの方を見た。
「しかも……英班側に」
「私たち……に?」
「まず、この合同作戦を考えたのは、お前ら様英班だ。ポイントRの設置、通信機以外の機材の提供はお前ら様から受けた。異世界の座標を調べたのもお前ら様。転送させたのもお前ら様が声を掛けた諜報員……」
私は思わず生唾を飲んでいた。
「異世界には散り散りに飛ばされた。お前ら様の通信機はことごとく使えない。九鬼様のもだ。地図で確認すると、馬酔木様と花冠様は宮殿から一番撃たれやすいコース上に居た……」
「…………」私は黙り込んでしまった。
「ここへの転送はミスか? 通信機のトラブルは偶然か?」
麝香さんが立ち上がり、そして、筍君を見下ろした。
「なんだか匂うぜ……アタイ様は鼻が効くんだ」
筍君は顔を青くさせて首を横に振った。
「待って、麝香さん! 彼はスパイなんかじゃない!」
私は筍君の前に立ち、両手を広げて庇った。
「証拠は? このガキ様がスパイじゃねぇ証拠だよ。昨日今日入ってきたド新人が、スパイじゃねぇって証拠を出せ!」
麝香さんの目は冷め切っている。
「それは……でも、スパイだって証拠もありません」
「なら、痛めつけて吐かせる」
そう言って麝香さんは私を押し退け、怯える筍君に近寄ろうとした瞬間、東の空が急激に明るくなった。
すぐさまその方向へ目を向けると、眩しい光を放つ光球が目に止まった。だいぶ離れた距離に浮かぶ光球からは、昼間の太陽に負けないくらいの熱を感じる。
「なんだぁありゃ!? ちいせぇ太陽みてぇだ!」
私は地図を開いて方角を確認した。麝香さんも覗き込む。あの辺りは、集落がある場所だ。
「マズイ……あそこにゃあ紫雲英様たちが潜んでんだ! 間近であの光球に炙られりゃ、焼肉になっちまうぜ!」
紫雲英さんがあそこに!? 助けに行こうにもここからは遠い。それにあんなもの、どうすればいいか分からない。そう思っているのは麝香さんも同じだ。拳を固めて立ちすくんだまま何も出来ないでいる。悔しそうにギザギザの歯を剥き出しにしている。
「おい、ガキ様ァ! ありゃ何だ!? なんて兵器だ!?」
麝香さんは筍君の胸ぐらを掴んで剣幕に詰め寄った。
「ちょっと、麝香さんやめて!」
私は腕にしがみつく。
「ち、違います! 僕はスパイじゃありません!!」
筍君は必死に否定するけれど、麝香さんはなおも問い詰める。
「ブチ殺される前に正体見せろや! 吐け! お前様は荊様の仲間なんだろ!?」
遠くの火球に照らされた麝香さんの目は真剣だった。このままでは筍君が殺される。そう思った時、麝香さんの動きがピタリと止まり、黒目がぐるんと上を向いた。
麝香さんは筍君から手を離して膝をつき、力無く砂漠の上に倒れ込んだ。
「麝香さん!? 麝香さん!?」
彼女に駆け寄り、体を揺らすも反応が無い。口は半開きで白目を剥いて意識を失っている。
「やれやれ……服が伸びちゃうじゃん……」
「へ?」
「まだ早いと思ってたけど、小さな太陽まで使ったんだ。ま、仕方ないか」
「え? 筍君? 何を、言ってるの?」
さっきまで麝香さんに怯えていた顔は消え、冷たい目つきの少年がそこにいる。彼は耳の通信機に手を当てて言った。
「ボクだ。小さな太陽で紫雲英を焼いたんだね。じゃあ残りは九鬼と英だけか……」
え? え? ……なんで? 筍くん?
理解が追いつかない私の顔を覗き込み、筍は自分の胸に手を当て、笑顔でこう言った。
「驚かせてごめんね、千代草さん。はじめまして、ボクが……君らが探している一柳ツキです」
*次回、『告白』
週一の更新なので展開が遅いですが、よろしければブクマなどご利用くださいm(._.)m




