36. トロール
◇紫雲英班・ポイントR◇
紫雲英班のオフィスでは、繁縷がひとりで留守を預かっていた。バーカウンターで、酒の入った瓶をあおりながら音楽を楽しむ彼の耳に、帰還のサイレンが届く。
ゆっくり立ち上がり、なおもカリブ海発祥の音楽に身を揺らせながら、帰還地点であるラウンジ奥の扉を開いた。
部屋の中には、ぐったりと倒れている三人の男がいた。紫雲英、白朮、吾亦紅だ。異常な熱気に包まている紫雲英の元へ、繁縷は駆け寄った。
「大丈夫かよ班長!? あ、熱っちぃ!!」
苦しそうに呼吸をする三人の体からは、もうもうと湯気が立ち上がっている。焦点の定まらない瞳で、意識は朦朧としているように見えた。
「み、水を持ってくる! ちょっと待ってろ!」
繁縷が部屋から出ようとした時、玄関の扉が開く音がした。大勢の足音は、迷うことなく紫雲英たちの居る部屋に向かってゆく。
「なんだよお前ら!?」
繁縷が見たのは黒スーツの救済課の者たちだ。彼らは紫雲英たち三人を取り囲んだ。
遅れて一人、カツカツと高い足音を立て、女が現れた。
騒ぎに気づいた紫雲英が女に視線を向ける。
「黒百合か……」
黒百合は眼鏡を直して紫雲英を見下した。手には硝子の林檎を持っている。
「おかえりなさいませ、紫雲英班長」
表情の無い顔でそう言うと、差し出すように林檎を紫雲英に向けた。そこから蒲公英の声が聞こえはじめる。
『荊の追跡、ご苦労だったな紫雲英。お前ほどの男でも手に余すとは、随分手強い部下に噛まれたな。まぁ、後のことは英たちに任せて、お前はゆっくりと体を休ませろ。その後で話を聞いてやる……おい、運んでやれ』
蒲公英の指示で倒れている三人は抱え上げられ、オフィスから連れ出された。紫雲英は何も言わず、ただ悔しそうに唇の端を歪めた。
「なぁ? 一体どうなってんだよ!」
いまだ状況が掴めない繁縷は、去ろうとする黒百合に尋ねた。
「内密に処理するには、時間をかけすぎたのよ。アナタたちは……」
振り返らずに、ただ呆れたようにそう答えた黒百合は部屋を後にした。
次回、千代草たちに転機が訪れる!?
『報せ』お楽しみに




