34. 宮殿に集う者
◇砂漠の宮殿◇
この砂漠の世界の真ん中には、一本の大きな川が流れている。その川を起点に文明が栄え、すぐそばで街や宮殿が作られていた。
川底の泥を集め、乾燥させたレンガを積み上げて造られた建物群は、砂漠の中で城下町を形成している。
城下町の全貌を見下ろせる巨大な宮殿内部の壁や廊下は、王家の繁栄を物語る彫刻、幾何学模様、あるいは、額縁に金銀を散りばめた絵画で装飾されており、磨き抜かれた大理石の床には、砂粒ひとつ落ちておらず、常に清掃が行き届いていた。
宮殿の最上階、そこにはこの国の、この世界の女王が、従者達を集めて会議を開いていた。
煌びやかな玉座に頬杖をついて座る女王は退屈そうにあくびをしている。その横には、真っ白な細身のパンツスーツ姿の荊が立っている。
そして、彼女たちの前には……
宮廷騎士団“狼”の団長、シャヒド
宮廷騎士団“禿鷲”の団長、イハブ
軍事大臣、元帥カーリムが跪いて並んでおり、少し離れた場所に、元異世界転生救済課槐班のメンバーだった合歓が車椅子に乗っていた。
「我らの王、ご機嫌麗しゅうございます」
元帥カーリムの言葉で、シャヒドとイハブは女王に頭を垂れた。
「女王陛下! 荊殿! 先ほど我が狼の剣士達が侵入者二名を発見しましたが、片腕の男に全滅させられました!」
筋肉質な体を折り曲げるようにひざまずくシャヒドは、大きな声で報告すると、荊は抑揚のない声で返した。
「予定通りですね。仲間とはぐれ、通信も使えない彼らは、ズィイブの下っ端の剣士を利用した……後は首尾よく例の場所へ案内させれば充分に時間は稼げます」
「荊殿、何故そのように回りくどい事を?」
全身をローブで包んだ細身の男、イハブが聞いた。荊は端的に答える。
「勝てない相手……だからです」
その言葉を聞いて、シャヒド、イハブの両名は同時に眉を顰める。
「粗野な連中の集まりである狼ならいざ知らず、荊殿は、我が率いる誇り高き最強の宮廷騎士団、禿鷲をもってしても、たかだか人間二人を相手に勝てない……と?」
イハブのその言葉にシャヒドが反応した。
「ぬかせ、イハブ! 我らこそ誇り高き狼! 屍肉を啄むが如き卑劣な戦法の貴様らの、どこに誇りがあろうか!」
視線を交える二人の間を、元帥カーリムが割って入り、一喝する。
「やめんか! 王の御前であるぞ!」
二人は同時に自分の足元へ視線を落とし、黙り込んだ。
「我らの王、見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません……」
カーリムもまた、視線を足元へと落としたが、直後に言葉を繋げた。
「しかしながら、狼、禿鷲はこの国の至高の騎士団。これまで数多の敵を屠ってきた列強の猛者たちです。我らの国に侵入してきた、たった九人の下郎どもに負ける姿が浮かびませぬ」
「七匹です……先ほど、私と合歓が二人排除したので、残りの猿は七匹」
荊がそう言うと、女王が笑った。
「あはははは! 侵入者は“猿”か! たしかに、荊の狙撃を恐れてコソコソしている姿は、猿のようじゃ。滑稽よのぅ」
「ならば女王、残りの猿を駆除する命令、このイハブにお与えください」
女王にひれ伏すイハブの横顔を、シャヒドは黙って睨んだ。
「猿どもは焦っておる。故に我らは焦らずともよい……イハブたち禿鷲は引き続き宮殿の警護を。シャヒドの狼は、最強と云われる九鬼とやらの足止めをせい」
「はっ!」
イハブとシャヒドは同時に応じた。
「カーリムは集落に隠れておる紫雲英とかいう猿を、国民共々……炙れ……」
命令を下す女王の表情から、自信と残虐性がうかがえた。
「よいのですか、我らの王? あの地域一帯を、更地にしても?」
「よい……なぁ荊よ」
女王は荊に顔を向けた。
「もちろんです。女王。紫雲英は、ここで消してしまう方が宜しい。私もカーリムに同行します」
「仰せのままに……」
カーリム、イハブ、シャヒドは一礼すると、女王の広間から退室した。
そのやり取りを静かに見ていた合歓が、車椅子を少し前進させて女王に尋ねた。
「げんげさんたちにはカーリムさんが、くきさんと、はなぶさくんにはシャヒドさんが……じゃあ、ちよぐさちゃんたちは?」
その問いに荊が答える。
「少し早いですが、彼女に対応してもらいましょう。英が彼女をこの異世界に連れてくるとは思っていなかったので、少し予定が狂いましたが、これは好都合です」
「悪い顔をしておるぞ、荊」
眉毛の無い荊の顔は無表情に見えるが、女王はそう言った。
「いい方向に運気が流れていますので、嬉しいのですよ。それより……」
荊は合歓を見た。
「いいのかい? 合歓。キミは九鬼さんに会いにいかないのか?」
合歓は柔らかく微笑み、白髪を風に靡かせて答える。
「あいたいよ……いとしいひとだから。はやくあって、くきさんにきられたこのベロで、くきさんのぜんしんをなめまわしたい」
合歓が口から伸ばした舌は、常人の半分程しかなかった。
「可愛い顔をして、お前も相当狂っておるのぅ」
女王はくくくと笑う。
「ぼくとくきさんのさいかいは、もっとドラマチックであるべきなんだ」
白髪の美少年の笑顔は、醜悪に歪んだ。
*次回、『小さな太陽』




