33. 脱落
◆千代草◆
花冠さんが荊に腹部を撃たれた。長距離から狙撃されたらしい。
芙蓉から麝香さんへ、その連絡が入った。
私は自分を恥じた。仲間割れしている時に、こんなことがあったなんて……無駄な時間と魔力を使ってしまった。はぐれた仲間のことを第一に考えなければならなかったんだ。
花冠さんがいる場所は芙蓉から聞いてある。早く合流して回復魔法をかけてあげないといけない。
アリジゴクが作った穴に落とされた私、麝香さん、筍君は薄暗い洞窟の中を走った。ところどころで線状に光が差す場所を見かけるけれど、その真下には砂の山が盛られている。光が入る穴は人が通れる広さじゃないうえ、出られてもその先は砂があるだけでおそらく足場はない。
さっき私たちを取り囲んだ巨大蟻と、いつまた遭遇するかわからない。早く地上を目指さないと……
「ここはさっきの蟻様たちの巣だろう! 光が届いてるからそんなに深くねぇはずだぜ! 出口を探せ!」
先頭を走る麝香さんは振り向きもせずにそう言って走り続ける。重たそうなゴツいブーツを履いてるのに足が速い! なんとか食らいついてるけど、私は息があがってしまっている。それは筍君も同じだった。大きく口を開けて苦しそうに呼吸しながら走っている。
ふと、幾つも光が差し込んでいる中、一ヶ所だけ砂の山が無い場所が目に止まった。
「麝香さん! ストップ!」
私は先頭を走る彼女を止めた。
「んだぁ!?」
「あそこッ! 砂が落ちてない!」
「それがなんだってんだよ!?」
私は膝を折り、荒くなった呼吸を整える。筍君も追いつき、肩で息をしている。
「ハァ、ハァ、……この場所だけ、上から砂が落ちてない……小さい頃、テレビを観て知ったことがあります、蟻の中には、外敵を侵入させないよう、入り口に蓋をする種が存在するのを」
私たちは細い光が差し込む天井を見上げた。高さはおよそ十メートル、やや斜めに切り立った壁を登って行けば辿り着けそうだった。
「へぇ〜、蟻の生体に興味があったんかよ? まぁ、一日中蟻んこ様を眺めてそうな見た目してるよな、お前様は」
「どういう意味ですか?」
彼女の発言に少しばかりの悪意を感じとり、思わずムッとなって真顔で聞いてしまった。
「根暗って意味だよ……さぁ、登ろうぜ!」
なっ!……この人、本っ当に嫌い!!
その感情を押し殺し、先に壁を登る彼女の後ろ姿を睨んだ。
「筍君! 大丈夫? 先に行って」
「千代草さんが先に行って下さい、もし落ちそうになったら僕が支えますから」
後輩からの頼もしい一言で、少し頭が冷静になった。今日は感情的になりすぎている。麝香さんとの喧嘩。花冠さんが撃たれた事の焦り……
深呼吸してから、私はやはり先に筍君に壁を登るように伝えた。
理由は……まぁ、単純に、体の割に少し大きめなお尻を、下から異性に見られたくないからである。
ゆっくりと壁を登っていると、再び群れの足音が近づいてくるのが分かった。
「おい! 蟻様のヤツらが来てんぞ! 早く登れ!」
麝香さんはそう言って素早く壁を上り切ると光が見える穴に手を入れ、穴を押し広げた。草で入り口を隠していたのだろう、光の穴は広がり眩しさに思わず眉を寄せた。まずは麝香さんが外に出て、手を伸ばして筍君を引っ張り上げる。
「急げ! 千代草様ァ!」
私は必死に壁を登る。下を見ると、赤く光る粒がたくさん見えた。蟻達の目だ。焦りから私は手を滑らせてしまい、少しずり落ちてしまった。
ヤバい! そう思った瞬間、私の体に何かが巻き付いた。麝香さんのチェーンだ。
私は「ひっ!」と声を上げた。確かこのチェーンって、刃が付いているんじゃ……アレ? 付いて無い。
「オラァァーー!」
私の体は広げられた穴へ向かって引っ張り上げられ、やがて青空を視界に捉えると同時に、固い地面に体をぶつけた。チェーンが解かれ立ち上がる。周りは砂漠地帯だったが、足元は剥き出しの岩場だ。
「お前ら様ァ! 蟻様が来るぞ! あそこまで走れ!」
麝香さんが指を差した方角には僅かな緑地帯があった。
「あれは……オアシス!?」
私たちは再び走りだした。砂漠にポツリと佇むオアシスを目指して。
────
呼吸が苦しい
熱波が喉を焼く
暑い、砂の上を走る足が重たい……
ぜぇぜぇと息をあげる私と筍君をよそに、先を走る麝香さんは涼しい顔で時折り振り返り、私たちを急かした。長い黒髪と、プリーツのロングスカートが揺れている。
「オラオラどした!? お前ら様ァ! 根性みせろや! ひゃっひゃっひゃー!」
私は後ろを振り返る……蟻達は追ってきてなかった……
「ちょっと! 麝香さん! ハァハァ、蟻、来てないよ!」
彼女は振り返る。
「知ってたよ、やっと気づいたんかよ」
ニヤっと笑ってギザ歯を覗かせた。
「あっひゃっひゃっひゃ!」
……足を止めて笑っている。
わざと走らせたのか! やっぱ嫌いだ! この人!
でも……
私はゆっくり歩いて麝香さんに近づくと、彼女の右手を取った。
「あぁ? 何すんだよ」
手の平から出血している。さっき私を助けた時、刃が付いてない方のチェーンを私の体に巻き付け、自分は刃がある方を握ったんだろう……私に怪我をさせないために。
ムカつく……
「回復魔法……」
私の魔法で出血は止まり、傷口は塞がった。
「魔力を無駄に使うなよ、んなもん唾つけときゃ治るんだよ」
麝香さんは私の手を振り払った。
「アナタに貸しとか作りたくないだけだから……」
それだけ言って背を向け、前のめりでゆっくり歩く筍君の所へ行こうとした時、麝香さんが「どうした?」と言った。
私に向けられた声だと思って振り返ると、彼女は別の方向を見ており、歯を食いしばって目を吊り上げていた。
「今度は馬酔木様が撃たれて花冠様も瀕死だぁ?」
私は息が詰まりそうになった。
次回はついに敵サイドの情報が明らかになります。
花冠と馬酔木を、異世界から排除させた荊と合歓。そして女王を崇める幹部たちが姿を見せます。
*次回、『宮殿に集う者』
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