32. 超長距離射撃
場面は荊に狙われた二人の男たちへと切り替わる。
◇花冠・馬酔木、岩場にて◇
青空の高い場所を陣取った灼熱の太陽は、その熱で容赦なく砂の大地を炙り、岩場の陰に身を隠している馬酔木と、負傷した花冠の体力をじわりじわりと削っていた。
馬酔木は地図を広げ、現実世界の本部と連絡を取っている。相手は芙蓉だ。
「馬酔木だ。現在、花冠が狙撃されて負傷している。他の奴とは散り散りになった。千代草、英、九鬼とは連絡がつかない。だが麝香とはできる。アイツは千代草とルーキーと一緒だ」
『え!? なんでバラバラになってるの!? 花冠さんは無事なの!?』
「俺たちは同じ座標を目指したが散らされた……これは何者かによって意図的にこうなったと考えられる……この事をお前から麝香に伝えてくれ。それと俺たちの居る場所もだ。花冠はそっちへ送り返す」
『了解!』
通信を終えた馬酔木へ、花冠は這いずって近づき、その胸ぐらを掴んだ。
「お、俺は戻らない……まだ、何の役にも立っていない」
脂汗を流し、荒い呼吸で馬酔木に縋った。
「馬鹿言え……足手まといなんだよ……先に帰還しろ」
花冠の手を振り解くと、ポケットから帰還するための装置を取り出し、握らせた。
「俺を帰還させて、お前はどうするつもりだ? ずっとここで隠れるつもりか?」
馬酔木は押し黙る。花冠を帰らせて射程距離の外へ移動し、紫雲英達と合流しようと考えているのだ。
紫雲英が無事であること、そして挽回の為に行動しているが、手詰まりであることは知られたくない。
英が描いた『紫雲英は拘束されている』というシナリオ通りに任務を終える必要があった。
花冠はジャケットの内ポケットから、筍が作った棒人間を取り出し、それを強く握って放り投げた。地面に落ちた棒人間はみるみる大きくなると、花冠と瓜二つに変化してみせた。
「これは!?」
馬酔木が驚く。
「確かめたいことがある。俺の囮を使う……棒人間よ、腹を押さえて苦しそうに這いながら岩場から出ろ!」
花冠が指示すると、棒人間は言われた通りの苦悶の表情を作り、砂の上を這って岩場から出て行った。
二人はじっとその姿を目で追う。荊の銃弾が確実に当たるコースを、棒人間はゆっくり進んでゆく。
「撃たれない? ……なぜだ? アレはどうみても花冠に見えるぞ……」
「馬酔木……タバコを一本くれないか?」
花冠がそう言った。
「辞めたんじゃなかったか……?」
「いいから」
馬酔木がポケットからタバコを取り出すと、花冠に咥えさせ、火をつけてやる。
花冠は煙を吸い込むと、ゲホゲホと激しくむせる。
「久しぶりの煙を一気に吸う馬鹿がいるかよ……」
「ゲホ! ……まぁ、見てろ」
花冠は火の付いたタバコを自分の棒人間に向けて弾いて飛ばした。その直後
バシュッ!
花冠が指で弾いたタバコが空中で弾けた。狙撃されたのだ。
「!! ……まさか!?」
「やっぱりな……荊の狙撃対象は、“熱”だ。さっき俺を撃った後、地面へ向かっての二発目は、タバコを狙った威嚇じゃなかった。ちゃんと命を奪いにきた二発目だ」
「荊は熱源を探知して狙撃している……」
馬酔木の頭の中には今、サーモグラフィーの映像が浮かび上がっている。
「視認ではなく、砂漠に存在しない熱源に対して、撃ったんだ……これは荊の射撃能力じゃないかもしれない、ゲホッ! ゲホッ! 銃以外の道具に頼った可能性がある」
「……陽炎……この陽炎立ち込める砂漠で、スコープを覗いても視界は定まらない……だからサーモグラフィーのスコープで観測して俺たちを狙った……」
「それでも、スコープを覗けば景色は揺らいでいるはずだ。とんでもない腕だぞ……」
馬酔木はその可能性の正体について、顎に手を当てて考えを巡らせる。
荊は銃の取り扱いや知識に長けていた。だが、仕事でライフルを使っていた記憶は無い。脇の下のホルスターに納めていた二挺のハンドガン、威力を改造したベレッタM9しか使っていない。
仮に、プロ級にライフルも上手く扱えていたとしても、射程距離は四キロメートルほどだ。ここから宮殿までの距離はおよそ六キロ。高性能のライフルでも、おそらく届かない距離だ……紫雲英班長は十キロほど離れていて撃たれたと言っていたが……
何か見落としがある……ここは異世界だ。
現実世界の常識の外にある……
!!
「まさか……荊は宮殿に居ない……」
馬酔木はそう呟いた。
「なん、だと……? では何処から? 弾丸の……軌道は、確実に上方からだぞ? 近くに高い場所はないぞ」
花冠は荒い呼吸で聞いた。
「奴は近くで撃っている……透明化……? 滞空……? 何か仕掛けがあるはずだ」
馬酔木はそっと岩場の陰から銃弾が飛んできた方の空を見た。 熱された砂丘が陽炎で揺らめく。その少し上に視線を向けると不思議な透明の渦の動きが見えた。それを凝視すると、まるで空間が溶けたような歪みがあった。
その刹那、馬酔木に緊張が走る。
「まずいぞ、花冠……荊はもう!!」
「ここですよ」
二人が同時にその声の方を見ると、そこには眉毛が無い白い長髪の女が立っており、左右に持っている銃を二人へ向けて容赦なく発砲した。
ドウッ! ドウッ! ドウッ! ドウッ!
ドウッ! ドウッ! ドウッ! ドウッ!
花冠は背中を数発撃たれる。馬酔木は首と頭を守った。救済課のスーツは防刃防弾に優れているが、女の放つ複数の銃弾は、確実に二人の体に穴を開けた。一発ごとに血飛沫が上がる中、馬酔木は花冠の肩を掴んで叫んだ。
「帰還!!」
二人を中心に眩い光が放射状に広がり、岩場を包む。
やがて光は収束すると、その場に花冠と馬酔木の姿は無く、砂の地面には血の跡と、馬酔木が耳につけてあった通信機だけが残った。女はそれを拾い上げて自分の耳に取り付ける。
「いい収穫があったわ。合歓」
女は背後にいる車椅子の白髪の少年に話しかけた。
「そう、よかったね、うばらさん」
合歓は優しく微笑んだ。
*次回、『脱落』




