28. 千代草《ちよぐさ》vs麝香《じゃこう》
◆千代草◆
「その“目”だよぉ、千代草様ァ……やっとその目でアタイ様を見てくれたねぇ」
手に持ったチェーンを軽く振り回す麝香さんは、嬉しそうに嗤う。
なんで今、この人と戦わなきゃならないのか分からない。私たちは特命をクリアすること、この人は紫雲英さんを助けることが目的のはずだ。
「ほらほらほらほらイクぜぇ!」
鋭い刃が無数に取り付けられたチェーンが、ビュンビュンと風切音を上げて私に飛んでる。しかし、私の体には当たらない。
「うはっ! なんだこりゃあ!? マジで当たらねぇ!」
私の保護魔法、“好き避け”は私の体と、対象にした人物との間に、“極限に圧縮させた距離”を発生させる。
その距離の幅は、およそ五キロメートル。つまり麝香さんは今、五キロ先にいる私にチェーンを振って攻撃を当てようとしているのだ。
「あっは! 意味分かんねー! キショいじゃねーかよ!」
今度は私に向かって走りながらチェーンを振り回す。
“好き避け《おいかけないで》”は無敵じゃない。こうやって近づけば、五キロ進んだ先で必ず私に攻撃は当たる。その“仕組み”を悟られないように、私は決して下がったり逃げたりはしない。攻撃が届かないこの状態を、相手に“無限”だと思わせなければならない。ビビったら負けだ。
「麝香さん! やめましょうよ! 私たちが戦う意味がありません! それに筍君を探さなきゃいけません!」
「知るかよ! アタイ様は何が何でもお前様をブチのめさなきゃ気が済まねぇんだ! オラオラオラオラ!!」
狂気に満ちた笑顔で、私との間にある、見えない距離を縮めてくる。足の動きが異常に早い。このままだと五キロはすぐに到達してしまう。それに魔力だって消費している。もう、こうなったらシロに頼ろうか?
いや、駄目だ、あの硬そうなアリジゴクを即死させるほどの攻撃力。ドラゴンの硬い皮膚すら切り裂くかもしれない。少し前に、麝香さんと同期の九鬼班長が言っていた。麝香は超攻撃型だと……その力は計り知れない。
どうしよう……魔力は温存したい。距離も詰められたくない……悔しいけど……
「参りましたぁぁぁーー!!」
大きな声で負けを宣言すると、麝香さんが走るのをやめた。
「あぁ? 参りました……だぁ?」
すごく不機嫌そうな顔をしている。私は頭を下げ、好き避け《おいかけないで》を解除した。
「んだそりゃ……お前様は、アタイ様と遊んでくれねぇのかよ?」
頭を下げたまま答える。
「今は紫雲英さんと苔桃さんを助けることが最優先です! 私は、みんなと一緒に任務を遂行したいです! 身内で争うことなく!」
しばらく沈黙した後、麝香さんが口を開いた。
「……わぁーったよ」
そして大きなため息をすると、ゆっくり近づき、頭を下げ続ける私の肩に手を置いた……直後。
ドスッ!
「うぐっ!」
お腹を拳で殴られた。私はその痛みで膝をつくと、次に顔面を蹴られ、砂の上に転がされた。
「舐めてんのかぁ! 千代草様ァ?!」
痛みで怒りと悔しさが込み上げ、涙が出そうになる。私は無意識に砂を強く握っていた。
「お前様たち英班が、何の目的でアタイ様たちに協力してんのか分かんねーがよぉ、アタイ様は今回の任務を、荊の奪い合いだと思ってんだよ」
彼女はうずくまる私の前に屈んだ。
「なぁ、正直に答えな。アタイ様たちに協力したいのか、それとも……アタイ様たちを利用したいのか……どっちだよ?」
鉄の味がする……さっき蹴られた時、口の中を切っていた。プッと血を吐き出し、顔を上げて彼女を睨んで答える。
「そんなの、どっちでもいいじゃない……私たち英班は、救える人を、なるべく傷つけずに救う。ただ、その信念で動いているだけよ」
冷めた目をした彼女と視線がぶつかる。
しばらく黙って睨み合っていたが、彼女が先に表情を崩し、ニッと笑ってギザ歯を見せた。
「ぎゃっはっはっはぁ! お前様ァやっぱり面白い奴だぜぇ、行動理念が『人助け』……それじゃあまるで、ガキが理想にしてる正義のヒーロー様だぁ! 幼稚過ぎるぜ!」
「ぐっ……」
食いしばった奥歯が軋む音を上げた。
「自分で創る甘甘な異世界に逃げちまうような奴らを助けてぇだぁ? それもまた甘甘な考えだぜぇ千代草様よぉ。アタイ様は、自分にとって都合の悪いことを、好都合に変換する努力もしねぇカスどもの根性を叩き直してやってんだよ」
ふざけてる……この人はリョーコさんや、花冠さんが助けた人の気持ちを全く考えていない。
「まぁいいや、殴って蹴ったら少しは気が晴れた……今までの無礼は許してやんよ」
…………は?
許して……やる?
ナニソレ?
「……てない」
「あぁ?」
「私、許してくれなんて言ってないから!」
私の声は怒りて震えていた。
彼女の口角が上がる。そして長く真っ直ぐな黒髪が逆立つほどの殺気を私に向けて放った。
私は怒りで暴走しているのをちゃんと自覚している。
今ここで喧嘩しても無駄なのは理解している……けれど……許さない。
救出対象者の心情に寄り添う……これは九鬼班長の心情でもあり、私たちのリーダー、英さんが引き継いだ考えでもある。それを否定された。
私はやっぱりこの人のことが嫌いだ!
ふと、洞窟の奥から多くの足音が聞こえることに気づいた。彼女も同時に気づいたのだろう。二人で同じ方に首を向けた。
ドドドドドドドドドドドドド!!
音と共に、無数の小さな赤い光が見えた。やがて天から差し込む光が照らし、その正体を捉えた。
それは、人間ほどのサイズの大きな蟻の群れだった。
*次回、『蟻さんに囲まれる』




