26 花冠《かかん》と馬酔木《あしび》
◇花冠と馬酔木・岩場◇
雲一つ無い乾いた青空の下、黄金色の砂の大地からは、突き出した赤茶色の岩盤が無数にそびえ立っている。その連なりは、まるで迷路のように入り組んでいた。
花冠は岩場の陰で息を潜め、様子を窺うように頭を出す。襲われているのだ……先ほどまで仲間だった馬酔木に。
出発地点で一緒に居た英達の姿はここには無い。他の仲間たちとは別の地点へ到着してしまったようだ。
────「どうした、花冠……お前はかくれんぼが趣味だったか?……」
馬酔木の声が反響しながら耳に届いたが、花冠からはその姿が見えない。
この異世界に転送され、英達と離れ離れとなった瞬間、馬酔木に腕を斬りつけられた。その傷がズキズキと痛む。
腕をハンカチで抑えているが、乾いた大地に血が落ちていた。
「馬酔木! 今ここで俺たちが争うことに何の意味がある!? 紫雲英さん達を助ける気はないのか!?」
花冠の声は、入り組んだ岩場で幾重に重なった。
「もちろんそれが最優先だが……お前をテストしてやる……使えるなら生かす……使えないなら、今ここで殺す……」
馬酔木の声も反響していたが、最後の方の台詞が、岩に反射する前に花冠の耳に直接届いた。
馬酔木はすぐ近くにいる!
花冠は直感した。うしろだ。
咄嗟に身を屈める。さっきまで背中をつけていた岩盤から、ガキン! と音が聞こえると、岩が一直線に切り裂かれた。
花冠は振り向き、馬酔木を視認すると、背中を向けて逃げ出した。
「日和ったか! 花冠!」
馬酔木がバッと両手を広げると、岩盤と砂の地面に、幾つもの線状の裂け目がつけられた。土埃が舞う中、花冠は必死に逃げたが、足を傷つけられてしまい、思わずその場に倒れ込む。
「ぐっ!」
「お前……ふざけているのか? なぜ戦わない?」
馬酔木が倒れた花冠へゆっくり歩み寄る。
「仲間割れしてる場合じゃない……お前だって理解してるだろ?」
花冠はそう答えて睨みつける。
「お前はもう俺の相棒ではない……英班のメンバーだ……つまり、仲間じゃない」
「子供のような屁理屈だ……作戦中の今は仲間だろ!」
馬酔木は大きなため息をついた。
「やれやれ……面白い返しもできなくなっちまったか……冷めるぜ……英達のお守りなんかやっているせいか? あんな奴らと一緒にいて一体何が楽しいんだか……」
「楽しいさ。お前には分からんだろうが、追跡者を生み出さない彼のやり方は素晴らしい。救出対象者の精神的負担を減らし、俺たち実動員が戦うこともない。それに、他の部署の迷惑にもならないんだ。俺の仲間の……英班のこと悪く言うな!」
花冠は歯を食いしばる。
「追跡者を生み出さないやり方が楽しいのか? 追跡者を救出対象者の目の前で蹂躙し、異世界転生した事を後悔させて楽しんでいたお前の口から、まさかそんな温い言葉が聞けるとは……」
馬酔木は花冠を見下ろし、懐からタバコを取り出すとオイルライターで火を付けた。
「目を覚ませ……花冠。お前が居るべき場所は紫雲英班だ……この件が終われば、俺から紫雲英班長に話を通してやる……帰ってこい」
「お断りだ」
「ああ、そうか……」
馬酔木がタバコを咥え、煙を深く吸い込んだ瞬間だった。花冠の視界の端、岩盤の僅かな隙間から見える砂丘の奥で、何かが小さく光った。花冠の背中に寒気が走る。
「危ないッ!!」
そう叫ぶと、花冠は馬酔木に飛び付いた。一筋の閃光が、花冠の体を貫き、二人は砂の地面に倒れ込む。
「何だッ!?」
馬酔木は自分に覆い被さった花冠の体をどけると、手には生暖かく、赤い血がべっとり付いていた。
花冠の体をよく見ると、腹部からの出血があった。
馬酔木は理解した。
「……! 荊かッ!?」
瞬時に花冠の服を掴み、砂の上を引きずって岩場の陰に隠れる。
「がはっ!」花冠が血を吐いた。
「馬鹿がッ! 誰を庇ってやがる!!」
馬酔木の怒声に花冠が答える。
「俺はもう……戦わない、ただ守る為に救済課にもどったんだ……」
「クソッ!」
馬酔木は耳に装着してある通信機で千代草を呼び出す。
「おいッ! 千代草ぁ! 聞こえるか!? 花冠が撃たれた! お前の出番だぞ!」
馬酔木は怒鳴るように伝えたが、千代草側からは何の応答も無かった。コチラの通信を傍受した感触が無い。
「チッ! 故障か!?」
馬酔木が舌打ちすると、花冠に飛びつかれた時に落としたタバコが、バシュンと弾け散った。荊放った二発目だ。
「おい……マジかよ? ここから宮殿まで六キロメートル以上あるぜ……」
この時から、馬酔木と花冠は、この岩場から動くことが出来なくなってしまったのだ。
いつも読んでいただきありがとうございます♪
今回の任務も一筋縄ではいかないようです。
*次回、『千代草と麝香』




