24 合同班、動く。
◆英◆
俺たち英班が、集合場所である西関東のとある神社の境内に到着した頃、昨日の夜から降り始めた雨は止み、雲の合間から僅かに陽の光が差し込んでいた。
約束の時間である正午より、一時間も早かったがこれぐらいが丁度良い。
今はまだ、諜報部員たちがここを『ポイントR』にするために忙しなく機器を設営している最中だ。俺たちはこの場所から異世界へ向かい、そして帰還する。仮の本部になる訳だ。
この神社は数十年前から禁足地に指定されている。足を踏み入れることが許されるのは、政府関係者のごく一部の人間だけ。つまり、外界の目は気にしなくていいということになる。
「なんだかいつもより大掛かりだねぇ、ハナブー班長。んで、筍君も頑張ってるねぇ」
バンから機材を運び出している諜報部員達を見ながら、芙蓉はそう言った。従来の任務である異世界転生者を連れ戻す場合は、実動員である俺たちだけで設営をする。今回はその手間が無い分、楽だが任務の内容は過酷だ。今後のポイントR設営を学ばせるために、筍には諜報部の手伝いをさせている。ジャケットの袖をまくり、指示に従ってテキパキ動く筍を見て、昔は自分もああだったなと、少しだけ懐かしい気持ちになった。
「そうだな……芙蓉、悪いがお前だけここに残ってサポートを頼むよ」
そう言って芙蓉の頭を軽くぽんぽんと叩くと、嬉しそうに笑顔を見せた。
「へへへ、任せとけってーの」
「英班長ぉぉ……」
か細い声が背後から聞こえた。振り向くと、どんよりとした顔の千代草が立っている。
「まさか麝香さんまで来るなんて……わたし、やっぱ帰っていい?」
「駄目だ」
ピシャリと即答する。
今朝、馬酔木から連絡があり、荊が凄腕の狙撃手である事と、紫雲英班からは馬酔木と麝香の参加が告げられたのだ。その事を千代草に伝えると、また喚き始めたので今度は無理矢理連れてきたのだ。
千代草は分かりやすく両手と頭をだらんとぶら下げ、猫背になっている。
「じゃあもう、謝れよ。許してくれるかどうか知らんが、お前が楽になるぞ?」
俺のその言葉に、千代草はバッと顔をあげて即答した。
「ヤダ! 絶ッ対! 私は悪い事してない! 弱ってる人に、あんな酷い事する人……私の方が許さない……」
その目には力強さがあった。コイツにも曲げられない信念があるのだろう。なかなか頑固な奴なんだ。
「それでいいと思いますよ」
花冠が優しく声を掛ける。
「人の数だけ正義はあります。千代草さんの正義と、麝香の正義は相反する物。ただそれだけなんですから。けれど、理解する必要もなければ、敵対する必要もありませんよ。昨日も言いましたが、何かあれば私と英班長で庇いますから」
花冠からその言葉を伝えられた千代草は、覚悟を決めたのか、背筋を伸ばすと、自分の頬を両手でパンと叩いた。
「わかった、ありがとう! 花冠さん! 私、なんだか自信がついたよ! よ〜し……麝香さんがなんぼのもんじゃーーい!」
力強く拳を振り上げた千代草の背後に、その声は掛けられた。
「アタイ様がなんだってぇ〜? 千代草様ァ?」
「うえ゛!?」
拳を掲げる千代草は、錆びついた動きでゆっくりと体を後方へとひねった。
そこにはサングラスを掛けた無表情の馬酔木と、ギザギザの歯を見せ、薄い笑みを浮かべる麝香が立っていた。
「あ、あはあははは……」
千代草は顔中に汗を垂らし、笑顔を引き攣らせた。最悪のタイミングだ。揉める前にさっさと話を進めるか……
「紫雲英班の皆さん、お越し頂きありがとうございます。まさか麝香さんまで来ていただけるとは思っていませんでした。本日、我々はチームとして作戦を展開いたします。どうぞ宜しくお願いします」
二人に向けて頭を下げ、注意を引くと、花冠が俺の隣に並び一緒に頭を下げた。
「あぁ、そーゆーのいいからよぉ……仲良くするつもりはねぇし、今日のアタイ様の獲物は荊様だけだぁ」
麝香は俺たちに興味無さそうな顔で手をぷらぷらさせる。
なんだ……千代草のことはもういいのか? 案外サッパリしてる奴なのか?
「おい、花冠……お前、勘は戻ったのか? 聞けば英班は、追跡者との戦闘をなるべく避けているそうだが……ブランクのある奴が、そんな事で大丈夫なのか?」
馬酔木は花冠に詰め寄る。
俺は昨日の夜、花冠から、馬酔木との事を少しだけ聞かされていた。この二人は過去に紫雲英班に所属していて、コンビを組んでいたらしい。狂犬コンビと呼ばれるほど活躍していたが、価値観の違いから花冠は班を抜け、最終的には救済課を辞職したのだ。
「私は英班長のサポートに徹する。戦闘には直接関わらない」
そう言った花冠からは、笑顔が消えていた。心なしか、どこか冷めた目をしている。
「……牙は抜けたままか……ふん、つまらんヤツに成り下がったな……“餓狼”」
餓狼? 馬酔木が言い放った言葉に、少し引っ掛かりを覚えたが、彼女の登場でその感情はどこかへ消えた。
「約束の時間よりも早く来たつもりだったのだが、私が一番最後なのか?」
俺たちが居る境内に続く階段をゆっくり登ってきた……九鬼班長だ。
「おはようございます、九鬼班長」
花冠が挨拶をすると、俺は少し意地悪な軽口を叩いた。
「お疲れ様です、九鬼班長。今日は珍しく遅刻しませんでしたね、定刻の十五分前です」
「南天に口酸っぱく言われたからな、合同作戦に遅れたら格好がつきませんよ。と」
「九鬼はんちょぉぉ〜!!」
千代草は九鬼班長の胸に飛び込んだ。
「昨日は挨拶できなくてゴメンなさぁ〜い」
「おぉ、おはよう、千代草。今日はあの……カワイイお仮面はつけないのか?」
九鬼班長がまた余計な事を口走ったので、早速今回の任務のあらましを全員に伝える。
「おーい、筍! こっちへ!」…………
────「では、全員揃いましたので、紫雲英、苔桃救出作戦の内容をお教えします」
皆の視線が俺に向いた。
「まずはこちらを……コレは一柳ツキが創造した異世界の地図と、宮殿の見取り図です。この見取り図は、窓と扉の数と位置、それらの外観を、AIを使って予測したものであり、正確な物ではありません。かなりザックリしていますが、少しは役に立つかと……異世界全体の地図は、本来ならばうちの芙蓉を先行させて、上空から偵察したかったのですが、荊から狙撃される可能性が高かったので断念しました。世界の八割ほどが砂漠の世界です。ランドマークとなる場所は多くありません」
九鬼班長と、馬酔木に紙の地図を手渡す。二人はそれを広げ、黙って眺める。
「地図の中央に位置するのは、荊が根城にしている宮殿です。おそらくここに紫雲英班長と苔桃さんが捕らえられています。宮殿の座標は割れていますが、意図的にずらされています。昨晩遅くに小型発信機を宮殿の座標に飛ばしましたが、そこは砂漠のど真ん中でした」
「では、奇襲はできない……か」
馬酔木が呟くと、
「では、どうするんだ? 英」
九鬼班長に問われる。
「まず私たちは一度で全員が異世界へ飛び、宮殿から約十三キロ離れた集落に到着します。そこからは行商に変装して宮殿を目指します……ただその前に、筍に囮を作ってもらいます」
「囮?」
今度は皆の視線が筍へ向いた。筍は緊張した面持ちで固唾を飲む。
*次回、『いざ! 砂漠の異世界へ!』




