20. ひとり嘘つき大会
◆英◆
俺は黒百合からマイクを受け取り、先端部をトントンと指で軽く叩いて電源を確認した。
『英班、班長の英です。本日は、わたくしのような若輩者の呼びかけに応じていただき、たいへん感謝しております』
口元からマイクを離し、両手を腿の横に揃えて深く頭を下げた。そして再び言葉を繋ぐ。
『蒲公英課長がお話しされた内容を、もう一度伝える形となりますが、我々の組織に足りない物は透明性だと思います。皆さんがそれぞれ素晴らしい働きをしているのは承知しております。わたくし達実動員の仕事は、皆さんのサポート無しで成立しません。しかしながら、同じ課におられる方でも、部署が違えば顔も名前もご存知ない方が多数おられます。これでは自分の仕事が誰に渡り、どのように処理されているのか分かりません。途中で不正が行われていても、監視の目が届きづらいと考え、今回このような交流の場を定期的に開催したいと課長に具申いたしましたところ、快くご承諾いただきました。本日はその記念すべき一回目ですが、急な招集でしたので、あまり皆さんからお時間を取るわけにはいきません。通常の業務に差し支えない程度……ほんの十分、いえ、五分で構いません。お隣におられる方の顔を覚えるだけでも結構です。どうか救済課のメンバーを覚えていただき、声を掛け合い、存在を知っていただきたいと思います。皆さん、これからもどうか我々を、仲間を、異世界へ身を投じた人達を……お助け下さい。宜しくお願いします!』
今度はさっきより深く頭を下げる。はたして俺の想いは伝わるのだろうか?
この国から人が減ることも、仲間が傷つき、死んでしまうことも嫌なんだ……
なにより、九鬼班長が悲しむ姿を……俺はもう、あんな姿を二度と見たくない。彼女には、笑っていてほしいんだ。
沈黙が長く感じられた。 が、小さな拍手が聞こえた。顔を上げると、手を叩き、軽く微笑む九鬼班長と目が合った。彼女に釣られて施覆花さんと南天が拍手を贈ってくれた。俺の班のメンバーも同じく笑顔で拍手をくれた。
紫雲英班は……繁縷だけだが……医療班、開発部、諜報部からも賛同を得たのだろう、拍手の数は少しずつ増え、やがて会場を埋め尽くした。
俺は胸を撫で下ろした。しかし、これで終わりじゃない。本丸はここから……
『もう一つだけ、わたくしからお話しておきたいことがあります』
会場は再び静まり返る。
『今、わたくし達は、大きな危機に直面しています。それは……紫雲英班長とその部下、苔桃さんの二人が、ある人物によって拘束されてしまっているのです!』
会場内がどよめく。サングラスを掛けた馬酔木の眉がピクリと動く。
「英班長、それは一体どういう事だ?」
九鬼班長が尋ねてきた。
『説明します。まだ情報を精査している段階ですが、八日前、紫雲英班の荊が任務中に異世界に閉じこもり、救出対象者を人質に取って離叛したとのことです。紫雲英班長は早急に対処しようと、同班の苔桃氏を引き連れ、荊の捕獲に向かったそうなのですが、ただいま連絡が取れなくなっています』
「なんやそれ? 俺ら聞いてないで〜、また紫雲英班の内緒ごとかいな?」
施覆花さんは腕組みをして紫雲英班メンバーを横目で伺う。
馬酔木も麝香も黙り込んだままだ。
『そして昨日の正午、荊から蒲公英課長宛へ一通の封書が送られたのです。そこにはこう記されていました……』
ピーッピーッピーッピーッ
耳につけたイヤホンが受信を告げている、この音は俺にしか聞こえない。おそらく相手は蒲公英課長だろう。俺はこの計画を課長に伝えていない。だから止めようとしているのだろう。
『七十二時間以内に十億ドル分の暗号資産を用意しろ、それと救済課にいる希少種、英、千代草の二人を、指定した座標の異世界へ向かわせろ。もし定刻を過ぎると二人を殺す……と』
会場のどよめきは強くなる。
『馬酔木さんは、おそらく今日まで、紫雲英班長救出の為に孤独に戦っていたのでしょう。しかし、このように荊が要求を突きつけてきた以上、残った紫雲英班のみなさんだけで対処する必要はないんです。馬酔木さん! 私たちに協力させて下さい! 共に戦いましょう!』
大袈裟に、アピールしてみたが、さぁどう出る? 馬酔木。紫雲英との連絡は定期的に取れているのだろうが、お前らも切羽詰まってるはずだぜ? 受け入れろ。
しばらくの沈黙のあと、馬酔木は口を開いた。
「……英、一つ聞きたい……」
「…………」
なんだ?
なんだよ?
焦るぜ……
「…………荊の要求はそのふたつだけか? 要求が叶えられたら紫雲英班長と苔桃の解放は確実なのか? そもそも蒲公英課長は要求を飲むのか?」
良し! のってきた!
そりゃそうだろう……
──本当は荊が救出対象者と手を組み、苔桃を殺害したから、紫雲英は荊を粛正しに行ってる最中です──
なんて、コイツらはこの場で言える訳がない。
『課長からは、わたくしに、紫雲英さんを救出する為のチームを組むように仰っております。要求に対しては慎重に考えています』
「なぜ黙っていたのですか? 馬酔木さん」
九鬼班長が馬酔木に聞いた。
「俺たちの班で起きた不祥事だからな、俺たちだけで解決を試みた……だが、どうやら時間をかけすぎたようだ……」
麝香は馬酔木の発言の意を汲んだのか、ずっと黙って退屈そうにあくびをしている。繁縷はヘッドホンを耳につけ、我関せずといったところか、音楽を聴いて体を揺らしている。緋衣はまだ俺をじっと見ている。その瞳には怨嗟の色が宿っていた。
『では、わたくしたち英班と合同で、紫雲英班長奪還作戦を実行しましょう!』
……さて、当然、貴女ものってくれますよね?
「英班長、私も是非、そのチームに加わりたい」
九鬼班長が挙手をして、名乗り出た。
予想通りの展開だった。紫雲英は九鬼班長にとって、親代わりだった人物だ。今は関係が拗れてしまっているが、義理がある。放ってはおけないだろう。
それと、苔桃は亡き鉄線さんの身内だ。コチラも助けたい気持ちがあるのだろう……ただ、やっぱり九鬼班長を騙すのは心苦しいな……
『ありがとうございます、九鬼班長。貴女が加われば心強い!』
嘘をつくことは平気だけど、大切な人を騙す嘘は、しんどいな……
俺はずっと鳴りっぱなしだったイヤホンを接続した。相手はやはり課長だ。
『まったく、勝手なことぉしやがるぜ……後で言い訳を聞かせてもらうぞ』
通信はすぐに切られた。さて……課長への言い訳は置いておいて、俺たち英班に与えられた特命、荊とツキ捕獲作戦は、紫雲英救出作戦へと名前を変えた。
馬酔木と九鬼班長という大きな二人の戦力を迎え……
*次回、『会議後、英』




