14. 帰還だよ! 麝香《じゃこう》さん!
◇紫雲英班・帰還地点(PR)◇
現在、この国の物流は自動運転の輸送方式に切り替わっており、不要となった旧式の物流ターミナルが各地に放置されたままになっている。
とある県境の山間部には、十年以上前に廃墟となったターミナルがある。そこは地元の住人でさえ寄りつかない場所……のハズだったが、今夜だけは僅かな明かりが灯されている。
ヘッドライトを点けたバンには、七三分けにサングラスを掛けた黒いスーツの男がもたれかかっている。
「やっと帰ってきたか……」
男はそう呟くと、タバコに火をつけ、煙を燻らせた。
男の目の前で眩い光球が現れた。光はすぐに消え、中から麝香と緋衣と細川が姿を現した。
「お、おごぇぇぇ!!」
帰還するなり、床に手をついて伏した細川は、空っぽの腹の中から胃液を吐き出す。異世界から現実世界に戻る時に見える膨大な空間情報で、脳がパニック状態になっているのだ。
「ただいまだぜぇ、馬酔木班長代理様ァ」
「お疲れ様ですね? 馬酔木さん」
馬酔木と呼ばれた男はタバコの煙を深く吸い込み、ゆっくり吐き出すと口を開いた。
「ご苦労だったな、二人とも……緋衣、俺の代わりを頼んでわるかったな……」
「いいえ、馬酔木さんは船酔いするから海系の異世界は苦手なんでしょ? いつでも俺が代わりを務めますよ?」
「そうだな、また頼むよ……」
そう言うと、馬酔木はバンのスライドドアを開く。
「ぼ、ぼくはこれからどーなるんですかぁ?」
腰を抜かした細川は、情けない表情で、誰に聞くでもなく、声をあげた。
「安心しなよ? 殺しはしない。お前の記憶をバッチリ消して、その後は、この国のために従順に働いてもらう」
緋衣が答える。
「い、いやだぁぁ、社会は怖い! 働くのは嫌だぁぁ! 戻してください! ぼくをあの世界へ戻してぇぇ!!」
その時、三人が耳に取り付けてあるイヤホンへ、二拍二連の警告音が鳴り響いた。
ピピッ、ピピッ
これは、異世界間を移動した時に生じる次元の歪みから、追跡者が現れたことを意味する。
三人はバンのライトが照らす先を凝視する。かつてこの倉庫で多くの荷物を積み上げていたスチール製のラックは、ぐにゃりと曲がって渦を描き、だんだんと黒く丸い球体へと変化していく。
「ヘタレのお前様は中で待ってろよ!」
麝香はうずくまる細川の襟首を掴んで立たせると、乱暴に蹴って車内へ押し込んだ。
「海賊は全滅させたはずだけど?」
緋衣が構える。黒い球体の中から、まずは浅黒い肌の、異常に長い腕が六本伸び出る。腕たちは何かを探すように空中をウヨウヨと蠢き、掴もうとしている。
「うひゃひゃ! キッショ! 蜘蛛みてぇじゃんか!」
麝香は嬉しそうに目を輝かせ、ギザ歯を見せる。いつでも戦えるように、手には小さな刃を取り付けてあるチェーンを握っている。
「隔離結界、うつしよとのわかれ……」
ヴゥゥーーン!
馬酔木が結界を発動させた。薄い膜が物流ターミナル全体を包む。
『をををを……ぬぬぬおおを……』
奇怪な声が球体から発せられ、六本腕の本体が、中からずるずると落ちてその姿を現した。それは巨大な蛇……しかし、体は蛇でも、頭は人間の顔が縦に三つ重なっており、顔の横からは左右三本ずつ長い腕が生えている。
車内に押し込まれた細川はその姿を見て驚愕する。
あれは今日、大型商船を襲って奪った、三人の奴隷と大蛇が合わさった化け物だ。
細川は震え、車のシートを汚した。
*次回、『ご機嫌ななめ』




