11. 特命
◆英◆
「捕まえろ……ですか? アテはあるんですね?」
「ああ、奴らは今、一柳ツキが創造した異世界へ戻っている。そこは砂漠が広がる異世界、遊牧帝国に似た民族が支配している。ツキはそこで未来死を使い、恐怖で国を支配した女王だ。」
蒲公英課長は空のグラスを黒百合に向け、2杯目を注がせた。
「今まで何度も異世界へ行きましたが、砂漠の異世界はまだ経験がありませんね」
「そうだろうな……ほとんどの救出対象者は、魔法が使える中世ヨーロッパ辺りの世界観や、和風な世界観を創るからな。現実世界に疲れているのに、砂漠なんてわざわざ住み難い世界を望まない」
「あらそう、アラビアンナイトに憧れる女性もいるかも知れないわ……ツキさんがそうなのかも」
言いながら黒百合は、箸で玄米を摘むと課長の口へ運び、それから焼き魚の身をほぐし始めた。
「千夜一夜物語か……残念ながらツキの創った世界観は騎馬兵達が殺し合い、砂を血で固めるような世界だ。……筍、お前も食えよ」
課長に声を掛けられた筍は、正座と緊張を崩さずにコクンと頷き、汁の入った椀を持って啜った。
俺はコップの水を飲み、口の中を湿らせてから話を戻す。
「荊と一柳ツキの情報。未来死で死んだ二人と砂庭ゴウゾウの正体。全部まとめて包み隠さず、今この場で教えてください」
「急かすねぇ、英。食いながらゆっくり話そうぜ……てか、その義手じゃ食えねぇか。黒百合に食わせてもらうか?」
「結構です。俺には黒百合は必要ない」
「あら、寂しい……また振られちゃったわ」
黒百合はわざと悲しい表情を作り、魚の身を課長の口へ運ぶ。
「では、まずは荊なんだが……いた!」
課長は黒百合の方へ首を向け、口の中を見せた。
「あら、骨が刺さってるわね。ごめんなさい」
「これだから魚は好きになれないんだよ、パンが食べたい……」
課長は魚の身をナプキンに吐き出し、ビールを煽った。
「パンは駄目よ、血糖値が一気に上がっちゃうもの」
「で、荊の事。二十三歳女、実動員だが特に戦闘に特化したタイプではない、銃を扱えるくらいだ。荊は苔桃の頭を後ろから撃って殺した。」
「苔桃さんといえば、五十歳手前のベテランでしたよね? 去年死んだ鉄線さんの師匠だった人だ。まさか、最後は味方に後ろから撃たれるなんて……」
鉄線さんの顔を思い出し、少し気持ちが沈んだ。
「そうだな……惜しい人をなくした。次に一柳ツキ。十七歳の女。コイツは中学生の頃に殺人未遂で少年院に入っていた。殺人願望が異常に強いヤバい思考の女だ。保護観察中にネペンテスを使って異世界転生した……ん、これ美味いな」
課長は黒百合に食べさせてもらったかぼちゃの煮物に舌鼓を打つ。
「ところで英。改めて聞くが、お前は異世界転生救済課がどんな形で運営されているか知ってるか?」
班長に昇格した時、九鬼班長から聞かされた事を思い出す。
「俺達は、政府公認の組織。しかし非公表……活動資金は、国の特別会計の一部を偽称して与えてもらった分と、スポンサーからの出資金で賄っている」
「そうだ。そのスポンサーが“賢者達”……稲穂商事会長の藤がその一人……一番の太客だった。俺達の活動資金の36%は稲穂商事からのものだ」
「それは痛手ですね……そして納得がいきました。課長が荊からの脅迫状を隠しているのは、他の賢者達に知られたくないから。もし知られると、次は自分が殺されるかもと思い、資金の提供を止めるかもしれないから……ですね? そして、遅刻の理由は、賢者達への報告でしょ?」
そう訊ねると蒲公英課長はニヤリと笑った。俺はそれを返事と受け止める。
「成川清吾は、砂庭ゴウゾウを特異死刑囚に認定し、とある拘置所の地下深くに収監した本人だ。荊が成川を狙った理由は、砂庭の収監を決めた張本人だからだろう」
「その、砂庭ゴウゾウとは何者ですか? それに“特異死刑囚”なんて言葉、初めて聞きましたよ」
「砂庭ゴウゾウはな……15年前、荊の家族を殺した犯人だ」
その一言を聞いて、暫く思案する。
「殺した……?」
──荊は、砂庭ゴウゾウへ復讐することを企んでいるのか? 自分の手で家族の無念を晴らすつもりなのか? それはわざわざ仲間に手をかけてまでやらなければならないのか? 未来死の能力者を手に入れたから行動に移ったのか? なら砂庭ゴウゾウをその未来死で殺せば済む話だが……
──「荊の目的が砂庭を殺すことなら、ツキの未来死を使えばいい。だが使えない。未来死は発動するための条件がある……そうですよね?」
課長は何も言わず、黒百合が運んできた椎茸の天ぷらをほおばる。
「名前を書くだけで相手を殺すノートがある……わけではない。未来死発動の条件……それは、ツキがターゲットに“会う”か、黒魔術のようにターゲットの一部だった物を使うか、最低でも“視界に入れること”ではないでしょうか? 収監された囚人には簡単には会えない。ましてや特異死刑囚となると尚更……というか、“特異死刑囚”の説明を下さい」
課長の口の中が空になるのを待つ間、視線を感じ、筍の方を見ると目が合った。恥ずかしそうに手元の料理に視線を落としている。課長がようやく口を開いた。
「世間に公表できない異世界絡みの重大な犯罪を起こし、法曹が秘密裏に裁いた者達……その中でも極めて重い罪を犯した者が特異死刑囚だ」
「荊の家族の事件は、異世界絡みだったのですね……となると、砂庭ゴウゾウは救済課の元メンバー、もしくは救出対象者だったのでは?」
「流石はワタシの英班長だわ……キーワードを言うだけで、簡単に推理を繋げてしまうなんて」
黒百合は頬に手を当て、うっとりとした表情を浮かべ、課長は目を細めた。
「悪いが、それ以上先の事は教えてやれない“最重要機密事項”なんだ」
「特命を与えた人間に対して、隠しごとはよくないですよ? このままだと、手が滑って有給休暇を申請してしまうかもしれませんね……あぁそうだ! 班のメンバーで温泉に行きたいなぁ!」
わざとらしく大声を出してみた。
「お前は俺が嫌いだから死んでもいいと思ってるだろ? イケナイ子だなぁ♡」
課長は俺に人差し指を立ててウィンクを向けると、
「何イッテルンデスカ、ソンナコトナイデスヨー」
と、カタコトの喋りで返した。黒百合はクスクスと笑っている。
「あのなぁ英、よく考えてみろ。俺が死ねば次に課長になるのは紫雲英だ。お前、アイツの下で働くのか?」
む……それは嫌だな。思いっきり眉根を寄せる。
「さてさて、ツキの未来死についてだが……発動の条件はおそらく英の推測どおりと俺は思っている。だがこの数日間、俺は信頼のおける人物としか接していない。希少種とはいえ、素人のツキの視線に気づかないほど、俺は鈍臭くないぜ。能力の正体は不明だ。だから、手っ取り早く未来死発動前にツキを捕まえてくれ」
まぁ、あれよこれよと考えるより、そうするのが1番堅実で早い。あと三日以内に異世界で荊と一柳ツキを探す。できなければ課長は死ぬ……か。面倒だな。
「で、そっちの筍の説明は?」
俺がそう聞くと、筍の肩がビクッと跳ねた。慌てて箸をテーブルに置く。
「あぁ、コイツには保険を作ってもらう」
「保険?」
もう一度筍を見ると、俯いた顔が紅潮していた。
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*次回、『棒人間』




