第54話:世界崩壊開始
王都の空は、静かに壊れ始めていた。
最初に気づいたのは、城壁の上の見張り兵だった。
「……なんだ、あれ」
彼は槍を持ったまま、空を見上げる。
青いはずの空に、細い線が走っていた。
まるでガラスに入ったひびのような、白い亀裂。
その亀裂の向こうに、何かが見えた。
光の線。
無数の数字。
見たこともない、奇妙な記号。
兵士は思わず呟いた。
「……空の裏側?」
その瞬間。
亀裂が、ゆっくりと広がった。
王都近郊の森。
木々の間を風が吹き抜けていた。
小鳥が鳴く。
いつもの平和な森。
だが次の瞬間。
森の中央が、突然消えた。
音もなく。
まるでそこだけ切り取られたように。
地面も。
木も。
空気も。
ぽっかりと空白だけが残る。
その場にいた猟師が腰を抜かした。
「な……なんだ……」
遠くで山が歪む。
川が途中で途切れる。
水が宙に浮いたまま流れている。
世界が、少しずつ形を失っていた。
王都の広場。
人々が不安そうに空を見上げていた。
「空が割れてる……」
「世界の終わりだ……」
その時。
一人の少年が歩き出した。
三歩。
四歩。
五歩。
次の瞬間。
少年の体が、突然元の場所に戻る。
三歩前。
また歩き出す。
三歩。
四歩。
五歩。
そしてまた戻る。
それを見ていた母親が叫んだ。
「やめて!」
だが少年は止まらない。
同じ動きを繰り返す。
まるで壊れた人形のように。
時間が、狂っていた。
丘の上。
ミリアは空を見上げていた。
亀裂。
崩れる地形。
巻き戻る時間。
その全てを観察している。
彼女の前に、光の画面が開いていた。
データが流れる。
ミリアは小さく笑った。
「……なるほど」
魔族の部下が震えた声で言う。
「魔王様……これは」
ミリアは腕を組んだ。
「世界が壊れてる」
あっさり言った。
「正確には」
空の亀裂を指さす。
「物語エンジンが止まった」
部下は理解できない顔をする。
ミリアは続ける。
「この世界はね」
「物語で動く仮想世界」
「でも物語が壊れた」
「だから世界を維持できない」
空の数字がまた流れる。
ミリアはため息をついた。
「設計ミスだね」
王宮の塔。
王子も同じ空を見ていた。
街の一部が消えている。
人々が混乱している。
王子は静かに呟いた。
「……未完成か」
横にいた騎士が聞き返す。
「殿下?」
王子はゆっくり言った。
「この世界は最初から」
「完成していない」
ゲームの舞台。
必要な場所だけ作られた世界。
だから今。
存在そのものが崩れている。
王子は拳を握る。
「だが」
城下町を見る。
泣く子供。
人々を助ける兵士。
互いに支え合う市民。
「もう」
王子は静かに言う。
「ただの舞台じゃない」
教会前。
セレフィーナも空を見ていた。
亀裂が広がる。
その向こうに見える光。
この世界の裏側。
彼女の周囲では人々が震えていた。
「聖女様……」
「世界が……」
セレフィーナはゆっくり振り返る。
恐怖に震える人々。
それでも互いに手を握っている。
子供を守る母親。
老人を支える青年。
セレフィーナは小さく微笑んだ。
「大丈夫」
空を見る。
「逃げない」
彼女は静かに言った。
「この世界は」
「もう人が生きている世界」
拳を握る。
「守る」
その時。
空に巨大な文字が現れた。
今までとは違う。
冷たい機械の光。
世界初期化プロトコル
王都の人々が息を呑む。
意味は分からない。
だが。
終わりの気配だけは感じる。
次の文字が表示される。
カウントダウン開始
数字が浮かぶ。
300
299
298
人々がざわめく。
「何が起きるんだ……」
「終わるのか……?」
王子が空を睨む。
ミリアも遠くでそれを見ていた。
そして。
セレフィーナ。
彼女は空を見上げて、静かに言った。
「……させない」
その瞬間だった。
彼女の体から、淡い光が溢れた。
周囲の神官が驚く。
「聖女様……!?」
空の画面が突然揺れる。
新しい表示が現れる。
権限検出
ヒロイン識別
光がさらに強くなる。
そして。
最後の文字が浮かんだ。
ヒロイン権限覚醒
世界が、大きく震えた。




